2 五章-②
五
綾人が行動を開始した頃、街にはある冒険者たちが盛大に祝われながら通りを歩いていた。
その冒険者たちには傷一つ付いた形跡が無く、誰もが整った顔をしており、その一帯だけ異常な煌びやかさを感じさせる。
それには老若男女関係なく誰もが目を奪われる。
「おい! Sランクのクエストをクリアしたんだって⁉︎」
「おおよ! 見てみろ、全員無傷さ!」
「うわ〜、すげぇぇ…………」
「マジかよ…………」
「景気が良くなるんじゃねぇか?」
「おっと、こうしちゃいられねー」
見物していたオヤジたちは、この流れに乗ってくるであろう観光客の財布から金銭を奪うべく、自分の店に戻って準備を始める。
ただ、それは一部の者たちのみで殆どの住民や通行人は中心で手を振る冒険者たち――――ロットル勇義団を眺めていた。
「かなりの人数が見てるね」
「私たちそんなに有名?」
「Sランクってのが引っ張ってきてんだろ?」
「まぁ、そうだろうな」
「ほらほらみんな! ちゃんと対応しなきゃ!」
「「はいはい…………」」
歓声で周りに聞こえないことをいいことに、団員たちは本音で発言し合い、そこには外から眺める煌びやかさは微塵も感じない。
どこにでもあるような冒険者の集団。
彼らの実績と外見が過剰な評価を生み出し、現在の状況を作っていた。
勿論、これらは経済王たちの策略である。
それに加え、団員の中でも精力的に広報活動をする一人の女子団員によって想像以上の経済効果を生み出していた。
彼女にとって長年の夢が叶っている現状は、何の苦しみもないため活動にはより拍車がかかっている。
他のメンバーは彼女の思いを知っているため、面倒であるが付き合っているのだ。
「お待ちしておりました。ロットル勇義団の皆さん。王たちがお待ちです」
ロットル勇義団の面々が通りを歩いていると、目の前から黒と金で統一された如何にも高級な馬車と一人の執事が人混みを掻き分け現れた。
その突然の事にロットル勇義団団長の男――――ロットルが前に出る。
「そうですか。短時間で終わるのでしたら今から向かおうと思います。短時間で終わりますか?」
「はい。王たちは皆さんの無事を自らの目で確かめたいというだけですので」
「そうですか。それでは行きましょう」
「はい。男女分かれておりますので、男性はあちらにお願いします」
「わかりました」
爽やかな会話が行われ、その内容により賑やかな通りは一瞬にしていつもの喧騒に戻る。
王たちの言うことは絶対。
これは商国では当たり前のことで、庶民が抵抗することなどできるはずがなかった。
ただ、会話を見て分かる通り、ロットルはそんな王たちにも喰ってかかるような意思をちらつかせるため、住民の間でも人気を博している。
しかし、主な人気は殆どが外見によるもの。
これはロットル勇義団の団員全員に言えることだ。
ロットルは会話からわかるように爽やかなイケメン。
金髪は勿論のこと、肌も白くきめ細かい。その美貌に嫉妬する女性も多く存在する。男メンバーの中では二番目の身長だが、それでも一八◯は超えている。
何も知らない人が見ればどこぞの王子と勘違いをするかもしれない。
「はぁぁ……面倒だよな。全くよ」
馬車に乗り込み早速愚痴を漏らすのは、団員で一番の長身ジャスパー。
こちらも金髪ではあるが少し毛先に茶髪が混じり、少し焼けた肌と相まって危険な雰囲気を醸し出している。
ただ、そんな男にも怯まず口を出す者が一人。
「いつものことだろ? あの銭ゲバどもは」
商国を動かす四人の王を銭ゲバと称し、ジャスパーの隣に腰掛けるのは最年少で最低身長のグルズ。
こちらは金髪というより白髪に近い金髪で、毛先は薄緑とまさにファンタジー。
妖精が存在するのではないかと噂されるほどに、人間を惑わすグルズはロットルに並ぶ人気ぶり。
そんな三人は互いを認め合い、常識とされる冒険者たちとは一線を画すほどの仲の良さを誇る。
「まぁまぁ、短時間で終わると言ったんだ。それで良しとしようじゃないか」
「だがなぁ、ロットル。アイツらは余裕で時間を越えるぞ?」
「いいんじゃない? そうなったら勝手に帰っても。殺されるのは執事でしょ?」
「相変わらずだな、グルズ。はははっ!」
一方その頃、後ろを走る馬車には二人の女性が楽しく会話を弾ませていた。
「ねぇねぇ、今回の報酬ってかなりの額なんでしょ?!」
「そうなの。ロットルに見せてもらったけど…………今まで稼いだ分全部合わせても超えてるわ」
「きゃーーー!!! そうなの!? どうしようどうしよう。やりたかったこといっぱいあって、何からやろうかなぁ?」
「テンション上げすぎ! 少しはお休みも貰えると思うし、ゆっくりやっていけばいいんじゃない?」
「う、うん。楽しみすぎてソワソワしちゃう…………」
「ふふっ」
いきなり金の話で盛り上がる二人はミコとレンゲ。
テンションが高く、さっき説明した精力的に活動するのが天真爛漫なミコ。
オレンジ色のように見える髪を短いツインテールにし、自身の魅力を更にアピールしている。
身長はそこまで高くなく、この世界の平均の一六◯と同じぐらいで細すぎず太すぎない男好みの体型をしている。
それとは逆に冷静なのがレンゲ。
薄い水色の髪をストレートに伸ばし胸の辺りで切り揃えており、少し細身の体型で密かに女性に憧れられている。
二人はロットルたちと同様に、女冒険者たちの常識とは掛け離れた仲の良さを誇り、他の男冒険者たちからも人気が高い。
このように、ロットル勇義団の面々はそれぞれが一人でも目立つほどの素質を持っており、男女だけではなく全体での仲も良い。
これらのことから、商国の住民の大多数はロットル勇義団の誰かしらを良く思っており、嫉妬をしようがぶつけようとはせず、憧れの存在となっていた。
「もう着くよ」
「ああ、速攻で帰ってやる」
「むしろ行かないって選択肢もあるよね」
「「おいおい」」
それからロットルたちは目的地に着くまで談笑し、馬車が止まると中での雰囲気を出さず、一人ずつ威圧感を出しながら馬車を降りる。
「気を引き締めすぎじゃない?」
「怖いのは良くないよ!」
ロットルたちの後ろからミコとレンゲが三人の雰囲気を感じて発言しながら近づいていく。
二人は馬車内の会話を知らないため、何か良くないことだと感じて止めに入る。
しかし、三人にはこれっぽっちもそんなことはなく、二人に言われるとすぐにそれを鎮めた。
「ちょっとした遊びさ」
「そうそう。嫌々従ってるってな」
「オレは対面したらまた放つ」
「「やめろ…………」」
グルズに全員がツッコミを入れることで話題を終わらせ、王たちの待つアレスプレイスのある一室へ向かう。
勿論案内人がおり、ロットルたちは装備した武器を預けて無害であることを証明し、部屋を通過していく。
それから何回も誰もいない部屋を通され、ロットル勇義団はやっとのことで四人の経済王たちと対面する。
「すまないね。決まりだから許してほしい」
「さっさと次の仕事と話だ」
「まあまあ、彼らもお疲れでしょうし」
「いや、話した方がどちらにとってもメリットだ」
姿を現したロットル勇義団にそれぞれが思うことを発言して話を進める。
ロットルたちは四人の王を見て、「毎度のことながらよく喧嘩しないよな」と不思議に思う。
四人の経済王たちはそれぞれ、中立的、利己的、平和的、合理的の考え、性格を持っている。
それらが対立することなく国を運営できている事はこの世界の常識的にはおかしなこと。
どこの国を見ても、一人の支配者、一つの組織、一つの思想が国を動かしている。
ロットルたちはそれを把握しているため、「逆にそういう体制だから上手く運営できてるのかもしれない」と判断する。
ただ、疲れている状態での召集は気分が良くなく、ロットルは早く話を聞かせるように四人に告げる。
「そうですね。話がおありでしたら早速行いましょう」
その発言に四人の目は鋭くなり一瞬空気が凍りつく。
しかし、それに勇義団のメンバーは一ミリたりとも臆することはなく、逆に「さっさと話せ」と言うような雰囲気を放つ。
「そうだな。では手短に話させてもらう。ロットル勇義団には、現在未開拓領域を逃走中の男を捕らえてもらう」
話は話でも依頼の話。
ロットルたちはそれは無いだろうと何処かでたかを括っていた。
そのため一人の王の発言を聞いて、団員たちの内心は穏やかじゃなかった。
(今帰ってきたばっかだぞっ…………!)
(舐めてんのか、ゴラッ…………!)
(おかしいでしょ。このジジイども)
(ちょっと…………きついかなぁ……)
その空気を察したロットルは、その提案に物申す。
「すみませんが、我々は今帰ってきたばかりです。この国には他にもたくさん冒険者がいるはず。何故我々なのでしょうか?」
「簡単さ。他の冒険者が使えねーからだ」
もう一人の王がロットルの発言を受けて答える。
それはただの事実を意味しており、ロットル含め団員はそこまでの依頼であることを理解する。
「なるほど。冒険者が見当たらなかったのもその影響ですか」
「そうなんですよ。逃走中の男は、報告によれば他国のスパイたちを一人で片付けるほど、だそうです」
「そいつは強いな」
「ええ」
ジャスパーが反応し、ロットルはそれを見て依頼を受けるか検討し始める。
他の団員も依頼の内容から危機的状況であることを察して、始めの嫌な空気を取り払い自分ごとで話を聞くようになっていた。
ロットルはそれらを感じて決断を下す。
「仕方ありません。その依頼、受けさせてもらいます」
「そうですか。よかったよかった」
「当然のことだ。この国の危機なのだからな」
先に反応するのは平和的な思考の王。次に合理的な思考の王が反応する。
ただ、他二人は次の行動を考えており、詳細な情報が書かれた紙をロットル勇義団に渡し話始めた。
「紙には様々な情報が書かれている。逃走中の男の能力や魔法などだ。今ここで覚えて行け」
「わかりました」
それからロットルたちは情報を暗記して部屋を去る。
かかった時間は五分ほど。
ロットルたちは案外早く終わったことに感心しながらアレスプレイスを出る。
六
領域の森を歩き続けて数十分。
周りに追いかけてくる冒険者が居なくなった。
ついさっきまで追って来ていたのに、ピタリと行方がわからなくなった。
始めはそれに喜んだが、よくよく考えるとおかしい。
捕えるのに必死だったはずなのに、それを諦めるというのは考えられない。
となると、考えられるのは作戦がある。ということ。
俺はそれに気づき《探知》の範囲を狭めて察知する反応を強めた。
何が起きてもいいよう備えるためだ。
ただ、森の中は歩き続け、あたかも何も知らずに逃走しているように見せる。
何をしてくるかわからないが、これで誘き出して反撃に出る。
俺が取れる行動は正直これしかない。
まぁ、諦めてくれているのならそれが一番いいのだが。
「国境の印はないのか? 結構歩いて来たが…………」
同じような景色の中を歩き続けるが中々印を見つけるのが難しい。
憶測でしかないためそれが存在しないことも理解している。
ただ、隣り合う国同士なのだから、さすがに国境は決めているはず。
それが無いとなると、生きて辿り着けるかは知らないが密入国し放題だ。
裏の人間に使われて国を腐敗させられる恐れもある。
ただまぁ、あの王国だからな。
「印は諦め――――なっ!?」
突然の魔力反応を《探知》によって知る。
だが、その魔力は今までの冒険者ではあり得ないほどの量と質をしていた。
しかも、その魔力は俺の視界に入る距離まで反応せず近づいて来ていたのだ。
「嘘だろっ――――?!」
七
目の前には巨大な魔力の塊が見えていた。
それは走ったとしても避け切れるか分からないほどに大きくて速い。
確実に俺を狙った攻撃。
冒険者たちが居なくなったのもこれが来るからだったのかっ。
明らかにさっきまでの冒険者と格が違う。
魔力の感じからもこれは一人によるもの。
俺と同じ、いや、魔力量で言えば向こうが上かもしれない。
というか今はそれどころじゃないだろっ。
避けなければ致命傷だぞ。
「クソがッ…………!!」
足に力と魔力を込め地面を蹴る。
今までにないほど必死にそれから逃れようとする。
ただ、具現化した魔力の光がすぐそこまで届き目の前は白んでいく。
無傷で済むだろうと予測した、その辿り着きたい場所にさえ光が届き逃げ場を失う。
「ふざけんなっ…………」
最後の足掻き。
俺はそれを魔力に触れる前に終わらせ、衝撃に備えた。
魔力に触れたのは足掻きを終わらせたほんの少し後。
一瞬にして世界が白くなり、体中に衝撃が走る。
「くっ――――!!!」
いつの間にか俺は吹き飛ばされ地面にうつ伏せで倒れていた。
薄らと覚醒していく意識の中でそれを知ると、生きていたことに少なからず安堵の思いが浮かんで来た。
死ぬのではないかとどこかで思っていたのかもしれない。
体に力を入れると四肢を含めそれに連なる筋肉に痛みが走り、それを弱めるために反射で硬直してしまう。
だんだんと痛みが引いていき、体がそれに慣れたと感じて俺は再び動こうと力を加える。
すると、今度はなんとか痛みに耐えることができ、徐々に体を起こすことに成功する。
それから膝をつき立ちあがろうとしたところで、前方から声が複数聞こえてくる。
「今ので気絶でもしてくれてたら嬉しいんだけど」
「どうだろうな。王たちが言ってるレベルとオレらが言うレベルだと差があるだろ?」
「あの感じだとそこまで強いとは思えないけどね」
「国の冒険者なら死んでてもおかしくないわ」
「死体はあんまり見たくないかも〜」
呑気な雰囲気でゆっくりと近づいて来る。
あんなものを放っておいて疲れた様子が声からは判断できない。
どんだけの魔力量を持ってるんだっ。
俺でさえアレを撃てば少なからず肩で息をするぞ。
「反応だとこの辺なんだけどな」
「生きてんのか」
「ふ〜ん。オレたち以外に居るんだね、アレに耐えれるのが」
「結構面倒かもね」
「目的は何だろうね?」
まだ俺を発見できていないらしい。
今のうちに距離を取りたい。でも、音を出せば確実に突撃して来るはずだ。
はぁぁ…………仕方ない。
ここで死ぬならそれまでだ。
「いきなりデカいの撃って来やがって。それも近くまでステルスとかどうかしてるぞっ」
俺はマントを「ボックス」にしまいながら五人の冒険者の前に姿を現す。
「へぇ〜、面白い魔法だね」
「いいねぇ、強気で」
「半裸って、…………野蛮人?」
「ちょ、ちょっとカッコいい…………かも」
「きゃーーー⁉︎ 裸なんてエッチだよ‼︎」
八
姿を見せた綾人に待っていたのは呑気なロットル勇義団の面々。
それぞれが思い思いの感想を述べて綾人の姿を注視する。
その内容は魔法に、精神に、外見と様々。
決して敵対してるとは思えないほどに呑気な雰囲気を放つその一団に、綾人は不思議な感覚に陥る。
(呑気な空気なのに隙が全くない)
それは今まで対峙した者たちには無かったことで、綾人は少しだけ心を乱す。
しかし、その少しが隙になり、ロットル勇義団の攻撃を許してしまう。
「展開!」
「おう」
「よし」
「はい」
「了解」
一瞬にして周りを囲まれた綾人は今までの冒険者とは違うことをこの時点でハッキリと理解する。
だが、五人の速度に綾人は翻弄される。
正面から突撃されたかと思うと背後から刃物での斬りつけが来る。それを防ごうと正面の相手と距離を取って背後を向くと、正面だった者のシンプルな拳を受けてしまう。
そんなことを繰り返して綾人はボロボロ。服の脱げた上半身の体には幾つものアザを作っていた。
それに対してロットル勇義団は数の優位もあってか息一つ上がっていない。
「生きてたのはまぐれか?」
「まぁ、アレは避けれても今は五対一だからね」
「関係ない。弱いから死ぬんだ」
「なんか…………拍子抜け、かな」
「みんなっ、油断したらダメだよ‼︎」
ボロボロの綾人を見ながら五人が会話をしていく。
全員が拍子抜け感を持ちながら、何処か楽しげな雰囲気を放つ。
正しく強者のみが味わえる感覚。
それを綾人は受けて、初めての感覚を経験する。
(何だ、この感じ…………相手にされてない、のか? 俺はそんなに弱いのか? 何だこの感じは…………イライラが湧き出て来る。収まりがつかねぇ…………)
沸々と湧き上がる感情は徐々に綾人の精神を犯し始める。
冷静だった心が感情の激流に呑み込まれる。
相手にならない。期待外れ。弱い。拍子抜け。弱いけどちゃんと相手しなくちゃ。
五人の言葉から変換されたものが綾人の中で巡っていく。
「終わらせてさっさと帰ろうぜ」
「そうだね」
「はぁ、やっと寝れる」
「みんなよろしく。私疲れた」
「ちょっとちょっと、最後まで頑張ろうよ」
綾人の変化に気づけない五人は次で終わらせることを決める。
しかし、次の瞬間。
「おい――――よけろっ‼︎」
ロットル勇義団に綾人の魔法が迫り、ジャスパーの一言で団員が気づき回避行動を取る。
しかし、綾人の初歩魔法の速度が速く、回避する前に全員が被弾する。
「くそっ…………大丈夫か⁉︎」
「大丈夫」
「やられた」
「油断したはね」
「だから言ったでしょ‼︎」
「仕留めよう」
「「おう」」
勇義団の面々は安否の確認と反省を行い、綾人の姿を確認するとすぐに反撃に打って出た。
さっきまでとは比にならないほどの速度で打撃、剣撃、魔法と連携しながら綾人に迫る。
それには一撃を入れた綾人も防ぎ切れず、内心で愚痴を漏らすだけだった。
(くそっ、感情だけで何ができんだよっ! 頭を冷やせ! このままだと死ぬぞっ‼︎)
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