2 五章-①
一
三度目となる領域への柵を視界に入れる。
後ろからは荒れ狂う冒険者たちが声を上げて追いかけて来ている。
その声は遠くから聞こえているはずが、すぐそこに居るのではないかと錯覚させるほどに大きく響いていた。
そのため、俺は後ろを気にしながら走り進み、目の前の柵と背後の景色を交互に視界に入れていた。
すると、背後から冒険者の姿が見え始め、聞こえていた声は先ほどよりも大きく圧迫感を与えてくる。
それに対し俺は少し走る速度を上げると、近くまで来ている柵をどうするか一瞬のうちに判断する。
今までであれば音を立てずに柵を越えて領域に侵入していた。
しかし、今回はそんなことをしなくても領域まで確実に追ってくる。
俺はそう考え、近くに関所があろうが関係なく仕込み刀に魔力を乗せて斬撃を飛ばし、柵を切り壊し領域に侵入した。
すぐ後ろからは「うそーん」というボソッとした声が聞こえてきて、それには吹き出しそうになった。
冒険者たちに聞こえなかったのが残念でならない。
確実に吹き出して統率が乱れたかもしれないのに。
その一瞬の出来事を体験できなかった冒険者たちに運が無いことを憂い、そのことを頭の隅に追いやる。
それにしても、大声を出し続けるのは疲れないのだろうか。街中からずっと聞こえている声が今なお続いているのだ。
ただ、それを聞いても答えてくれそうに無いため、時たま背後を見るだけで話しかけることはない。
徐々に未開拓領域の森の中に侵入していき、冒険者たちの視界から消える。
「どう逃げるべきか…………」
冒険者たちの視界から消えたはいいものの、どこに逃げれば捕まることなく済むか頭を働かせる。
とりあえず斜めに移動してどこに冒険者がいるのか把握するのもあり。
俺めがけて真っ直ぐ追いかけてきているなら横に方向を変えればすぐに逃げ切れる。
一つ一つ可能性を試していくしかない。
「まずはこっちだ」
俺は走る方向を右斜めに変え、冒険者がいる範囲を調べながら逃げる。
しかし、森の中を真っ直ぐ走って移動するのも大変なのに、そこを斜めに移動するのはかなり厳しい。
体力と集中力の勝負だ。
「何だ? 声が…………マジかよっ!」
前方と足場を確認しながら走り時折背後を見ていた俺は、周囲からの異音を感じて立ち止まり首を左右に振って確認する。
すると、木々の隙間から冒険者が薄らと見え、このまま進むのが危険であることを理解する。
俺はすぐさま方向転換して、更に距離を離すために走り始める。
「次はこっちだ……」
先程とは逆の左に方向を変え、始めの転換点を越えて更に左に進んで行く。
しかし、そこにもやはり冒険者がおり、俺はまたしても方向転換をさせられる。
「クソッ…………包囲網が作られつつある」
俺は冒険者の範囲を把握し、奥に逃げること以外にできないと理解して仕方なく森の奥へと足を向けた。
二
奥へ奥へと逃げ続け、冒険者の執念に焦りを覚え始める。そのせいもあって、俺は足を動かしながら頭の中で様々なことを考え始める。
どうすれば逃げることができる。
このまま走り続けてどうなるんだ? この先は王国の未開拓領域だぞ。
まだ知りもしない場所で逃げ切ることができるのか?
いや、無理だ。
例え少しの時間を稼いでも、商国と王国で連携されるかもしれない。
それでは確実に捕まる。
商国より王国の方が正直手強い。
そいつらを相手にするのは逃走成功の確率を下げることになる。
ならばどうする…………。
捕まって牢屋に行き一生を終えるか。無謀に戦い王国の時みたいに力尽きて倒れるか――――どっちも願い下げだ。
それに、そこじゃない。
俺が改めなければいけないのは、独りで生きていく力とこれまでの倫理観や価値観を捨てることだ。
この世界に来て、美羽と千佳に言ったように地球の価値観は捨てたはず、だった。
でも、今思い返せばこの地に暮らす人々の命を考慮していた。
王国で一度だけあったあの時だけ地球での全てを捨てされていた。
あの時の高揚が必要だ。
あれを表に出さず扱い切れれば、俺は倫理観と価値観を捨てることができ、この世界で自由に生きていけるはずだ。
地球の時の価値観や倫理観が変に邪魔して、犯罪者になり切れていない。
それが今の現状で、どっちつかずで生きていて楽しくないのだ。
もう既に犯罪者ならその道に進むしか残されてない。
今から反省して真っ当に生きる何て出来るわけないし許されない。
覚悟を決める時だ。
そう俺が思った瞬間だった。
「食らえッッッ!!!」
三
急に姿を現した冒険者に俺は目を見開く。
どうして追いつかれた。
その考えが一瞬頭を過ぎるが、足が動いてないことに気づき自分が立ち止まっていたことをそこで初めて理解する。
まずい。これは受けてしまう――――ダメだ。こんなところで攻撃を受けていてはダメだ。
その思いが硬直していた体を動かす。
現状を把握するため目を動かし、冒険者がどこに、どれだけ、何をしようとしているかを把握していく。
目の前にいる一人の冒険者の奥には、次に攻撃を放とうとする者たちが大勢控えている。
その情報から一瞬の内に答えを導き出す。
「一点集中――――ファイア・デストルクシオンッ!!」
全方位へと放たれる魔法を一定方向に定め解放する。
それはまるでマシンガンのように絶え間なく放たれ続け、対立する冒険者を飲み込んでいく。
圧倒的なまでの発射速度と魔力の質により、当たらずとも近場に着弾するだけで爆発し、それに冒険者は被害を受けていく。
目の前にいた一人の男は始めの数発を被弾すると意識を失いその場に倒れ、他の冒険者の壁になることもなく死んでいった。
高熱と加速された弾道により腹は抉れ肉は焦げる。
数人のその姿を見て冒険者たちは怒声を悲鳴に変えて逃げ惑う。
俺はそれにも容赦なく魔法を放ち続け数を減らしていく。
それからしばらくして、目の前の冒険者がほとんどいなくなったことを確認すると、魔法を解いて再び走って逃走を開始した。
この一瞬で一歩を踏み出せた気がした俺は、少しの高揚感を感じて再び世界が楽しくなってきた。
しかし、事はそう簡単に進まない。
「逃げたぞッッッ――――!!!」
背後から居なくなったはずの冒険者が現れ再び追いかけ始めて来た。
「どんだけ居んだよっ」
それには俺も愚痴を溢し普段通りのテンションに戻される。
そして、次は逆転して冒険者たちの魔法攻撃が始まった。
「どんどん放てぇぇ‼︎」
「ファイア」
「サンダー」
「アイス」
「ウインド」
「ストーン」
どれもが初歩魔法。
ただ数が多く、背後からの攻撃であるため避けるのが難しい。避けようとして場所を移動すると別属性の魔法が飛んできて対処に労力を割かれてしまう。
「ああっ、鬱陶しいっ!」
そこで俺は「オートリフレクトカウンター」を発動して移動だけに集中する。
すると冒険者の魔法が全部一点に集中し、全てが俺を目掛けて飛んでくる。
それには冒険者たちは顔を緩ませ勝ち誇ったようにしていた。
しかし、次の瞬間にそれらは意識を失う。
「あ…………ぉ、ぇ…………」
俺はうまくいってニヤッと口端を上げ、声だけを聞いて後ろを見向きもせずに走り続ける。
四
なんとか冒険者を振り払い逃走を再開する。
しかし、体力も魔力もかなり消耗した。
冒険者たちから少し離れた段階で疲労が急に襲い、走るスピードも落ちて遠くまで行くことができそうにない。
やはり数の多さは戦いにおいて重要か。
一人で生きていくと決めても急激には強くなれない。
ただ、さっきの戦闘で自分のレベルを何となくだが理解できた。
今後はそれを伸ばしていくことに専念し、数にも屈さない強さを手に入れていけばいい。
やることは決まった。
あとは冒険者たちから追われないところまで行くだけ。
「数人だがまだ探しているな…………」
スキル《探知》を使って周囲の魔力を探ると、人型に浮かぶ魔力が脳裏に映し出され、追っ手がまだいることが判明する。
ただ、その後ろに魔力反応がないため、人数で言えば少なく焦ることでもない。
それに俺はホッとし、体力を回復させるために走るのをやめて歩き始めた。
見つかるかもしれないが苦戦していたほどの数が居ないため問題ない。
「はぁぁ…………あの時のような高揚感はないが、モヤが消えたような気がする」
少し前まで胸にかかっていたものが消え、軽くスッキリとして呼吸をしやすく感じる。
まだ慣れてはいないが、一歩踏み出すだけでこんなに違うのか。
中途半端な状態から抜け出し、後は進むしかないため楽というのもあるかもしれない。
「まぁ、そのうち慣れるか」
俺はそう呟き今考えている話を強制的に終わらせる。
次の行動を考えなければならない。
追っ手の数が少ない今、
正直もう商国は飽きた。
早く別の場所に向かって休息を取りたい。
見つかりそうにない場所に拠点を置くのもありだ。
そうすればこうやって追いかけ回されることもなくなる。
まぁ、罪を犯したのが悪いんだけどな。
俺は自分で犯したことによって苦しめられていることを再認識し、それに捉われずに生きる方向へ考える。
「ただまぁ、そんなこと言ってもしょうがない……か」
やってしまったからな。
とりあえず、国境付近に行くことで追っ手を免れるかもしれない。
どこかに目印があるはずだ。まずはそれを探そう。
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