2 四章-①




 一



 気楽に森を駆け追ってくる冒険者を振り払い、俺はとりあえず街へ逃げ込むことにした。

 一度歩いた道を戻り、俺は迷うことなく未開拓領域に入った地点に戻って来ていた。

 森から街の方を眺めると、目の前には簡素な木の柵があり、その奥には場違いなほどに高く聳えるビル群が見えた。

 俺はそれに多少の違和感を持ちつつ、侵入した際に注意していたことを思い出す。

 街側には関所がある。

 そして、この地点の近くには関所があるため、細心の注意を払って柵を越えなければならない。

 着地の音を出さないように、脱力を意識する。

 膝のクッションを用い、着地する時は両足同時では無く、片足ずつと神経を研ぎ澄ませる。

 身軽であったことと、身体を最適化しているのがかなり役に立った。

 降り立つ瞬間、関所の方を一瞥し誰も居ないことを確認する。

 別にそこまでする必要はなかったが念には念をと思いそれを行い、視線を切るとすぐに路地裏へ向かった。


「はぁぁ…………地味に疲れるな。さっさと離れよう」


 中心地へ戻るまでのことを考えてしまい、急に疲労感が押し寄せてくる。

 俺はそこで足を止めて休憩したいのを我慢し、見つからないように場所を移動する。

 建物同士の陰であまり掃除をされないため、鼻を貫く強烈な臭いが漂い離れたい気持ちが足を速めていく。

 ただそんな中、俺はこれから起きそうなことについて考え始める。

 商国による領域侵入者の捜索。魔力痕跡での追跡。冒険者が雇われており、その数も多いということ。

 それらを踏まえて、俺は侵入経路のすぐ近くで対策を全て済ませることにし、その場で足を止める。

 まずは姿でバレないよう《変装》を用いて老人へ。次は仕込み刀は杖にし、生活感を出すため中流層が生活する区画へと赴く。

 これである程度は時間が稼げるはずだ。

 スキルを使って魔力痕跡が少し残っただろうし、それに気づいて追跡を始めてくれればいい。

 その間に俺は別の区画へ向かって住民に溶け込み、大半の冒険者が街に戻って中流層の区画に来れば脱出のチャンス。

 そんな風に俺は入れ違いに未開拓領域に向かって逃げる策を思い描く。

 今も通りを歩いているが、冒険者はチラホラと存在し、普通に過ごしている。

 聞き込みや捜索願いを行なっていない。

 まだ情報が回っていない、もしくはあの時の冒険者たちが領域から帰って来れていないということ。

 俺は紛れるのは今しかないと考え、店などで買い物をして顔見知りを増やす作戦へ移行した。

 中流層が住まう区画ということで、かなり地球の社会に近い形で建物が存在し、地面も整備されている。

 それにどこか懐かしさを感じつつ、二つ、三つと店を回って菓子や服を買っていく。

 三つ目の店で買い物が終わり、外に出ると通りの景色は一変しており、ボロボロの冒険者が住民に聞き込みをしていた。


「領域侵入者が街へ隠れている! 怪しい人物が居なかったか教えてください!!」



 二



 大きな声を出して情報を集める冒険者たちに住民の目が向かう。

 通りを歩いている人々は、それぞれが近くに居た人と声を掛け合い自分が何も知らないことを証明していく。

 まずは自分が助かりたい。

 それは誰もが無意識のうちに抱く避けようのないこと。

 客観的に見ると、それをやっていない人間は正直黒に近い。

 そのため、俺もそれを行わないと速攻でバレる可能性がある。

 そう思うとすぐに行動に移し、近くで話していた二人の女性に話しかける。


「すみませんな。耳が遠くて何と言っとるのか聞き取れなかったんだが、彼は何と?」


 今現在の容姿に合わせて口調も変化させる。

 個人的には何も問題ない様ではあるが、他人が見ると変に感じるかもしれない。

 俺はそれを頭に残しながら二人の女性の反応を待つ。


「そうでしたか。彼が言ってるのは、この前開拓された領域に侵入した人が街に忍び込んだ、ということですよ」

「そうでしたか。破天荒な者が居るもんですな」

「そうですねぇぇ。お爺さんも気をつけて」

「ええ、出来る限り。ありがとうございました。それでは」


 俺は礼を言ってその場からゆっくりとした足取りで離れる。

 立ち止まっていた人たちも既に行動を再開しており、何ら不思議なことではなく、再び住民に溶け込む。

 ただ、どんどんどんどん冒険者が増えていき、街中の至る所で聞き込みが開始される。

 そのため、俺は時折立ち止まり腰を叩いたり、屋台があったら椅子に座らせてもらったりと、不自然にならないようにして街中で行われている会話を聞いていった。


「今、領域への侵入者の情報を探しているんですが、何かいつもと違うことってあったりしましたか?」

「うーん。いつも通りだけど、ほんとにそんな奴が街に入ってんの?」

「ええ、私たちは国に依頼されて再び領域に入っていたんですが、その男が姿を現してすぐに逃げてしまいまして…………」

「あんたたちで捕まえられないって結構強いんじゃないか?」

「否定はできないですね。もしかしたら危害を加える可能性もあるので…………何かありましたら、近くの冒険者にお伝えください。ありがとうございました」


 住民に徐々に不安が広がっていく。

 話にはだんだんと尾ひれがついていき、侵入者は冒険者を何人も殺した殺人鬼と噂されていた。

 俺はそれを聞き、笑いを堪えるのに必死だった。

 人間の会話に脚色されるのは間々あることだが、ここまで悪い人間になるとは思いもしなかった。

 聞き耳を立ててはそんな話を耳に入れ、内心で否定するという行為を複数回続けていった。

 ただ、どうやら話は固定されつつあり面白味も無くなって来たため、俺は路地裏に戻って次の行動を思案し始める。



 三



 露店で品物を買う人がいる中、日陰になっている路地裏へゆっくりと身を進めて行く。

 その行動には何一つの違和感もなく、近くに居る露店商と客に声をかけられることはなかった。

 路地裏はゴミが落ちていたりカビの臭いがしたりと、強烈な臭いを放ちどこへ行っても同じ感じがする。

 ただ、そんなことも今まででは感じれなかった感覚で、ちょっとだけ嬉しさが勝つ。

 地球では、学校と家の通学、偶に寄り道もするがそれも誰かが必ず居る場所だった。

 誰も居ないということが、少しだけ解放感をもたらしてくれる。

 王宮に居た時もほとんど一人だったが、近くに見知った人間が一人もいないというだけでかなり楽に過ごせる。

 俺はそんな一瞬の感覚を味わい、また臭って来た路地裏の臭いによってすぐに現実に戻り次の行動を考える。

 ある程度の時間も稼ぎ、冒険者も多く活動し始めた。

 今がチャンスではないだろうか。

 俺はそう思った瞬間に、来た道を戻ることを決める。

 本来なら《変装》を解いて通りを駆け抜けたい。

 しかし、それをしてしまえば明らかにおかしい人物だ。それに魔力痕跡が残り結局バレてしまう。

 そのため、爺さんの姿を継続したままゆっくりと戻らないといけない。

 俺は選択のミスを反省しつつ、路地裏から出るために一歩踏み出す。

 暗い陰から光の照らす通りへ顔を出す。

 露店商も客も気づかない。

 そこでそのまま踏み出そうとした。

 しかし、そこに偶然の出来事が発生する。

 赤いリンゴのような果物が足元に転がって来る。

 それは視界に入ってしまい、無意識に転がって来た方を見る。

 すると、そこには露店商と客、そして冒険者がその場に佇んでいた。

 瞬時にリンゴを拾うために視線を切り、果物を握って顔を上げる。


「すみません、転がっちゃって。ありがとうございます」

「いいえ、ダメになって無いといいが…………」

「ちょっと待って? あなたここの人間?」


 その瞬間、俺は自然と冒険者へと視線を向けてしまった。

 バレてないだろうか。

 無意識にそんな思いが働き目を動かしてしまう。

 俺がダメだと思った時には既に遅く、冒険者は前にいる女性の客を後ろへ引いて安全を確保する。

 それを見て完全にバレたことを俺は悟る。

 足に力を込め、姿など気にせずその場を離れようと走る姿勢をとる。

 ただ、冒険者はそんな俺に、


「逃がさねーよ」


 と呟いた。



 四



 その覚悟を決めた言葉に俺は一瞬気圧される。

 しかし、走り始める瞬間であったため、その時間は短く済み俺は街中を猛スピードで走る爺さんと化す。


「そこのジジイを止めろっ!!」


 後ろからは冒険者の声が聞こえてくる。

 通行人はすぐにその声に反応して一様に俺に視線を向ける。

 ただ、すぐに追いかけてくることはなく、一瞬の間を置いて俺との距離を詰めようとする。

 しかし、誰もが俺との距離を詰めようとした時には既にそこからかなり離れているため、その動きが無駄になる。

 そこで通行人は停止し、冒険者に俺の相手を任せることになる。

 そのため、俺は見つかり追いかけられる羽目になったが、そこまで緊迫することなく走り続ける。

 しかし、執念深い冒険者のせいでその余裕は無くなる。


「冒険者ァッッッ!!! 走っているジジイを捕まえろッ!!」


 街中に響くほどの大声を上げ、はじめに見つけた冒険者は確実に俺を捕まえようとしてくる。

 走りながら周囲を見て行くと、その声に反応した冒険者たちが通行人の中の異質な存在である俺に気づき、それを捉えると追いかけてくるようになった。

 盛大にバレてしまった。

 これでは《変装》の意味が無くなった。

 俺はそれを感じて一瞬で元の姿に戻ると、爺さんの時には出せなかった速度を出して通りを駆け抜ける。


「うわっ!? なに?」

「ちょっと、風強くない?!」

「あー! 商品がっ!」

「おかーさん! 浮いちゃったー!」

「何喜んでるのよっ」


 一瞬にして駆け抜けた結果、その被害によって背後から様々な反応の声が通りから聞こえてくる。

 突風が吹くほどの速度を出しているとは気づいていなかった。

 この街に来てから、走ったとしても被害を出さないように気をつけていたため、少しの驚きが俺の中に生まれた。

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