2 三章-③
九
黒のマントを羽織り、虎の顔模様の仮面をつけた二人組が乱入する。
その二人は堂々としており、人数差に微塵の不安も感じさせない。むしろ、好戦的まである。
二人を除くそれぞれの者が、乱入した二人の行動を観察する。
ただ、それに耐えきれなくなった乱入者の一人が突然大声を上げる。
「何見てんだよ!! 闘えよッ!!」
声色からその人物が女であることをその場に居たもの全員が認識し、理不尽な言い分に声を出した当人以外呆気に取られる。
綾人は、乱入して来た二人がスパイであることを理解していたが、ここまで気持ちをまっすぐ伝えるスパイが居てもいいのか、と疑問を浮かべる。
そんな綾人と同様に、貴国のリーダーの男も疑問に思い、それを直接伝える。
「何がしたいんだ。乱入して来たと思えば向かって来るわけでもなく、闘え。と」
その言葉に声を上げた女は頬を赤くし、プルプルと震え照れた様を見せていた。
それには同じく乱入して来た仲間もおかしくなり、吹き出してしまう。
「ブッ――――」
仲間の吹き出しに過敏に反応し、バッと物凄い勢いで女は振り向き仲間を睨み出す。
その瞬間に仲間もスッと表情を戻し、何も無かったというような態度をとった。
女は不満があったが追及することをやめ、乱入した目的を思い出して空気を一変させる。
「くっ…………なんだ?! この圧は……」
「っ…………!」
「うっ…………」
「やる気か」
貴国の三人と綾人がそれぞれの反応を示す。
女から溢れる魔力に貴国の三人は気圧され、綾人は冷静に見守った。
女は魔力を解き放つと、目の前にいる貴国のスパイ一人に襲いかかる。
「逃げろ!」
「くっ…………あ、足が…………!?」
「ビビったから仕方ねーよ!!」
リーダーの男が叫ぶ。
しかし、仲間は乱入した女に気圧されたことで足がすくむ。ただ、これはリーダーの男も例外ではなかった。
四人の中では、全く効果の無い綾人だけが自由に動くことができた。
そのため、綾人は少し距離を空けて貴国の三人と女の戦闘を見守り始める。
十
こんなことになるなんて思いもしなかった。
オレは貴族が国を運営する貴国の秘密組織、ウルの第二部隊隊長。
組織に入った時に名前を捨てたため、呼ばれる名前は無い。強いて言うなら行動偽名のツーワン。
今回の任務は、商国が未開拓領域の開拓を成功させたという発表の真偽の確認。スパイ活動というわけだ。
いつものように淡々と済ませ自国に帰還する。はずだった。
オレは洞窟前で公国の連中とやり合う一人の男を見つけ、作戦に無い行動を取ってしまった。
公国の連中と見知らぬ男を殺せば、貴国がより有利に世界を動かせる。そう思って戦況を見守り、良きタイミングで漁夫の利を狙おうと思っていた。
しかし、その見知らぬ男に阻まれた。
そこから流れが悪くなった。
オレの独断が部下たちを窮地に追いやり、自分の命すら失いかけた。
ただ、それだけなら良かった。
戦闘狂の魔国の連中が来るとは思わなかった。
今まで世界のことなどどうでも良いというアピールをして来ていたはず。
それが急にどうした。スパイまで送り込み何かを企んでいる。
情報を得れて嬉しいことではあるが、戦闘を回避することが難しい。
逃げ切れるかの問題。
だがどうだ。魔国の女の魔力解放で気圧された。
部下も一人致命傷だ。
助けなくては…………部下を逃がさなければ…………戦わなければ……………………死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
命を捨てる覚悟をしたはずなのに…………死にたくない。
誰でもいい…………助けてくれ。
十一
貴国の三人が気圧されたのを見ながら、俺は新たに現れたスパイの一人との距離を広げた。
公国と貴国のスパイたちとは二段階程強さが上。
そんな奴らが二人も現れた。
近くの貴国の三人は勿論、少し離れた残りの奴らも気圧されて動けないでいる。
女が目の前の貴国の奴に向かっていく。
俺から命拾いした男も仲間に必死に声を掛けている。
しかし、その甲斐虚しく女の目の前にいた奴は、顔面に拳をまともに受けて嫌な音を立てて吹き飛んだ。
「折れたな」
「女ッ!!」
俺の呟きを掻き消す大声をあげて男が突撃する。
さっきまで気圧されていたはずなのに、仲間がやられると動けるのは面白い。
犠牲が出て力が出るタイプ。
それじゃあ遅いことを後で知ることになるだろうな。
まあ、俺には関係ないことだ。
さっさとあの二人組の情報を手に入れたら戦闘を終わらせよう。
「クソがッ!! 戦闘狂の魔族め!」
「褒め言葉か? 良いぞ、もっと来い!」
戦闘を眺めながら会話に集中していく。
戦闘狂というのは見ていたらわかる。
ただ、魔族というのは驚きだ。
何となくいるんじゃないかと思っていたが、現実に存在することを知れた。
王宮の図書館でも、魔族に関しては噂程度のものばかりだった。
ということは、人知れず魔族の国が存在するんじゃないんだろうか。
いや、乱入された時から理解していたが、二人組の様相からしてスパイのようだし、国があるのはほぼ確定。
王国は魔族の国、魔国に何かやましいことでもあるのかもしれない。
俺はそこで再び、行われている戦闘に集中していく。
「クソッ…………!!」
「イヒヒヒッ。いいぞっ、もっと怒れ! もっと強く打ってこい!!」
「ざけんなっ!!!」
貴国の男と魔国の女は手を組み合い、力比べをしていた。
男は自分の不甲斐なさからなのか、はたまた女の強さに愚痴をこぼしたのか分からないが、俺の時より必死さが強く表れていた。
しかし、女はそんな男の力の増加に興奮し、もっと暴れろと言い放つ。
当事者からしたらたまったものではない。
男は俺と同じ気持ちだったのだろう。
怒声を上げて、より強い力で女を持ち上げる。
女は負けじと男の手をまだ握っており、男はそれを利用して回転し始める。
「アハハハッ、楽しいな!!」
「楽しくねーよ!! くたばれっ!」
男は回転を徐々にずらし、最後に一気にずらして女を地面に叩きつける。
凄まじい力が加わり、地面はドンッと音を上げて揺れる。
砂煙が上がり、女がどうなったのか分からない。
男は音が鳴った瞬間に煙の中から出ており、状況を確認している。
しかし、女は思わぬ所から現れる。
「何観戦してんだよ! お前も混ざれ!」
女は俺の背後から突如として現れる。
振り向いて姿を確認するが、女の下には穴が見えて地面を高速で掘り進めたことを理解する。
「そうか。終わらせよう」
「イヒッ、いいね〜」
十二
戦闘が激化していく中、一人の男は完全に気配を消して遠くからそれを眺めていた。
(公国、貴国、魔国…………一人の男。なかなかの情報だ。一人の男は三カ国と敵対している。アイツは戦力になるな、あの方に報告せねば)
この男もまた、国のスパイ。
あの方とは、皇帝。すなわち、この男は帝国のスパイである。
そんな訳で、皇帝の指示により調査しに来た未開拓領域で様々な情報収集を行っていた。
(魔国の女が動いたな。単独の男は…………凄い!! どんどん敵を変えていくっ! 魔国の女。貴国の隊長、部下。しかし――――)
帝国の男が綾人の戦闘に釘付けになる。
だが、一人も殺していないことに気づき、考えを巡らせようとした時。
「おいおい、どちらさんだ? ここは商国の土地で、現在封鎖中なんだがな〜?」
商国の冒険者の一団が現れる。
戦闘の音を聞きつけてやってきたのだ。
地面には倒れたスパイたち。
その中心に立つ一人の男。綾人。
挑発的な言葉に綾人は動じることなく、徐々に動き出したスパイたちを一瞥すると、商国の冒険者に軽度の《覇王の器》を発動させ、その場から逃走を開始する。
(何だ今のは?! 商国の連中がかなり怯んでいるぞ!? いや、今は逃げるのが先決だな)
帝国の男は、綾人が作り出した一瞬の隙に誰に追われることなく逃走を成功させる。
しかし、その男と同様に逃げ出したスパイたちは、少し出遅れてしまい冒険者たちに追われる形になる。
(綾人視点)
弱すぎたな。
完璧な逃走を果たしたと思ったが、リーダーと思しき男が付いてきてやがる。
険しい森じゃなかったらもう追いつかれていてもおかしくない。
男は怯む時間も短く、逃走する俺を追いかけるまでの対応が迅速だった。
後ろに指示を出していた瞬間に若干速度を上げたが、すぐに追いつかれた。
なかなかにできるヤツっぽい。
ただ、時折様子を伺うと、だんだんと顔が険しくなって来ている。
その内根を上げるだろう。
俺はそこで危機感を鎮め、普段の落ち着きを取り戻して徐々に速度を上げて逃走する。
(公国スパイ視点)
一人の男が何かをして、商国の冒険者が怯み一瞬隙を見せた。
その瞬間に、オレたちは目を合わせて意思疎通すると一気に駆け出した。
今考えると、あの男は初めから誰も殺す気がなかったんじゃないたろうか。
オレたちが立ち上がろうと動き出した瞬間に何かをした。
逃がしてくれたとも考えられる。
「なあ、あの男は何だったんだ?」
「知らねーよ、そんなの。それより――」
「それより追手から逃げる策を考えて!」
仲間の二人に尋ねてみるが、二人とも何とも思っておらず、逃げることを考えていた。
オレはその瞬間に一旦疑問をしまい込んで、三人で逃げることのできる策を考え始めた。
(貴国スパイ視点)
一人の男と公国の奴らの行動が一足早かった。
いや、オレの責任か。
注意散漫で瞬時に指示を出すことができなかった。
だから今、オレたちは商国の冒険者と戦闘中。
不甲斐ない。
「リーダー! ここからどうする!?」
「さっさと指示出せよ!」
「もう限界っ!」
「早く決めろ!!」
戦闘中であるにも関わらず、部下たちはオレの指示を待っている。
全員戦い続けるのが無理なのは分かっているんだ。
しかし、どうする。
誰かを生贄にするのは好きではない。
だが、逃げるためには…………。
「かかってこいやッッッ!!!」
「全員殺すっ!!!」
魔国の奴らが注目を集めている。
今だ。
「魔国の奴らに押し付けろ!!」
オレは咄嗟の判断で、部下たちが相手をしている冒険者たちを魔国の二人になすりつけることにした。
そして、それは成功した。
「危なかったぜ…………」
「ホントだよ」
「鍛え直さねば」
「ああ」
「まずは報告だ」
オレ含め思い思いに言葉を溢す。
そこには罪悪感など無く、いっそ清々しい雰囲気が広がっていた。
そんな中、後ろからは嬉々とした声が響き、もう関わりたくないという思いがオレの胸中を埋め尽くした。
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