2 三章-②






 突然の綾人の行動に、対峙する二人の黒ずくめは驚きながらも茂みから出て来た五人に視線を向ける。

 二人にとってはよく知る姿。

 しかし、綾人は黒ずくめの三人同様、また別の組織のスパイが来たのだと認識する。


 「おたくらはどこの人間なのかな?」

 「はっはっはっ…………言うわけないだろ。ただ、お前の魔法で一人負傷した。対価は払って貰うぞ?」


 返事をした人間が、声からして男であることをその場の全員が理解し、綾人の魔法で傷を負った一人が後ろから姿を現す。

 放たれた鎌鼬によって切り裂かれた脇腹を抑え、片目を閉じ苦悶の表情を浮かべる。

 抑えている手からは血が滴り傷の深さを物語る。


 「覗いているのが悪い。スパイか何か知らないが、視線で気づかれてるようじゃ一流とは言えないんじゃないか? 自業自得だ」

 「手厳しいな。しかし、そんな余裕を見せていてもいいのかね? こちらは一人負傷していても四人は全力を出せる」


 男は綾人の指摘を受けても飄々とした態度で受け流す。ましてや、数的優位を持ち出し挑発しだす。

 それに対し綾人は、驚くことも怒ることもない。ただ淡々と男の問いに答える。


 「数の論理か。そうだな、数的優位を取ることは重要だ。ただ、それは誰もが誤差程度の実力しか持っていない場合だ。圧倒的個が実在したら、その優位は破綻する」

 「それが、お前。とでも言いたいのか? うちの部下の視線に気づいたのには多少驚いたが、それは誤差、だろ?」


 二人の舌戦が繰り広げられる。

 そんな中で、黒ずくめの二人は負傷した一人を介抱しに向かっていた。

 綾人も新たに出現した五人も三人には興味を示さない。

 それが幸いとなって、負傷した仲間を救うことに成功する。


 「あ、ありがとう…………」

 「いや、仕方ない。アイツは強い。生きてるだけで十分だ」

 「ええ、全員が回復系スキルを持っていて良かった」


 近距離の小声で話は進み、黒ずくめの三人は更なる結束を強め、話は今後の動きになる。


 「しかし、どうする? アイツらとやり合うのは分が悪い」

 「だけど、見逃してくれるとも…………」

 「隙を見逃さないことだけに集中しよう。隙だと判断したら誰でもいいから逃げるための布石を打とう」

 「わかった」

 「了解」


 三人は覚悟を決め、立ち上がると綾人と濃緑色の五人組に視線を向ける。

 すると、それに気づいた綾人と舌戦する男が手で後ろに指示をする。

 すると、控えていた二人が突然飛び出し、黒ずくめの三人と対峙する。


 「濃緑色のマント。貴国のお偉いさんは何を考えてんだ?」

 「知るか。そっちこそどうなんだ? 闇深い公国さん」


 黒ずくめのリーダーである男が、やって来た貴国のスパイに挑発を仕掛ける。

 しかし、それに乗ることなく貴国の男は発言し返す。

 ここに来て、二組の集団の出自が判明する。

 綾人は貴国のリーダー格の男に対峙しながら、それを聞いてやっと欲しかった情報を得る。





 それぞれが敵に対峙し、拳と言葉を交錯させていく。

 公国のスパイ三人組は、貴国のスパイ二人と互角の戦いを繰り広げていた。

 回復したとはいえ、ボロボロである一人を抱える公国は戦力的に実質二人。

 それが戦況を拮抗させていた。

 それに比べ、綾人と貴国のスパイ三人は、圧倒的な力の差を見せていた。


 「どうした、誤差じゃなかったのか?」

 「クソがッ…………!」


 地に尻をつける貴国のリーダーと、それを見下し問いかける綾人。

 本来三対一と数的優位の貴国であったが、綾人の魔法「ウインド」を受けた一人の傷がかなり深く、もう一人が回復に回り、実質一対一の状態。

 リーダーの男は、いかつい見た目とは裏腹に仲間思い。

 負傷した部下の回復を優先して、自分が囮になることを選択していたのだ。

 しかし、今まで遊んでいた綾人とは違い、多少力を出した状態の綾人は数段と強さが上。

 リーダーの男は、それに翻弄され地面に尻をつける結果となっていた。

 リーダーの男が見たのは、公国のスパイ相手に遊び程度の力で対応する綾人の姿。

 そのため、対峙した際にその姿が一つもなく、ただ無慈悲に鋭い攻撃を受けるのみだった。

 男は仲間が回復するのを今か今かと待ち侘びた。


 「それじゃあ、死のうか」

 「っ…………」





 無慈悲にも綾人の仕込み刀が振るわれる。

 その速度は高速。

 公国と対峙する男の目にもその光景が映り、一瞬にして焦りが胸中を埋め尽くす。

 しかし、その刃がリーダーの男に届くことはなかった。

 キンッ――――と甲高い音が響き、綾人は進まなくなった刀の矛先を見つめる。

 すると、そこにはナイフで受ける貴国のスパイ。

 仲間の治療をしていた者がギリギリのところで間に合い、リーダーを救う。


 「助かったぜ…………」

 「ギリギリでした」


 そう言葉を交わし、二人は綾人から距離を取る。

 そこに治療を受けていたもう一人が加わり、三対一の状況に変化する。


 「ふぅ…………これで準備はできたか」

 「あとは実行するのみ」

 「援護は任せろ」


 三人が揃い、気力も回復して綾人に対峙する。

 それに少しの煩わしさを感じ、綾人はそれなりに戦うことを決める。

 そんな中、公国と貴国同士の対決では、公国の負傷者が援護を開始し、劣勢から持ち直す。


 「リーダーが助かったのは良かったが、このままじゃキツイな」

 「ああ、何かないか…………」


 貴国の二人は公国からの連携攻撃を回避しながらボソボソと会話をし、打開策を考えていた。

 しかし、綾人たちの集団とも離れており、向こうの援護を期待できない。

 自分たちで打開しなければならない状態に陥っていた。





 公国と貴国、綾人と貴国の対決は激しさを増していた。

 まず、公国と貴国のスパイ同士の戦闘は、三対二になった時から変わることはなく、貴国の二人は劣勢を強いられていた。


 「くそっ…………援護が地味に効いてんなぁ」

 「負傷覚悟で踏み込まないといけないか」


 魔法で自身を強化し、回避からの反撃を行う二人は、覚悟して切り抜けることを考える。

 二対二で対峙する中、反撃のタイミングでもう一人の援護に邪魔をされる。

 二人はそれが嫌で、ちょっとした会話で援護を先に潰すことを意思疎通し、二人と援護の人間が一定の距離離れた瞬間。


 「鬱陶しいんじゃ、ボケェッッッ!!」

 「消えろ」


 貴国の二人は一斉に同じ方向に動き出し、負傷して援護している公国の一人に迫る。

 それには対峙していた公国の二人も目を見開き驚く。

 ただ、すぐに反射でもう一人への攻撃を防ぐために動き出す。

 しかし、貴国の二人の速度が今までとは違い、より速い速度を出していたため、追いつくことができない。

 その瞬間、援護をしていた公国のスパイの一人は、防御姿勢を取るが死を覚悟した。

 だが、貴国のスパイ二人の攻撃は、いくら待っても届かなかった。


 「なんだ! 面白そうなことしてんなっ!!」


 突然の乱入者に、その場にいた全員が意表を突かれる。

 それは綾人と貴国の三人の所にもおり、その場は混乱に包まれる。


 「退け。三人の命を貰う」

 「それはできないなぁ…………オレも混ぜてくれよ!」


 綾人の言葉に怯むことなく、乱入した声の高い一人は逆に興奮気味に食いつく。

 その異常な光景に貴国の三人は、綾人と違った恐怖心を抱く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る