2 三章-①






 「避けたか…………」


 洞窟を出て、すぐ目の前の茂みに人の気配を感じて、綾人は背後を取って仕込み刀を振るった。

 しかし、それは空を切り、そこに居たはずの人間は洞窟の入り口前に姿を現す。

 人数は三人。黒ずくめの軽装。フード付きのマントを羽織り、口元は布で覆っている。ハッキリと見えるのは目元のみ。

 男か女か見分けるのは容易ではない。

 綾人はそれらを観察するも、目立った情報を得ることができず問いかけて引き出すことにした。


 「いきなり襲ってすまない。商国の人間だと思ったもので…………」

 「…………」


 真っ赤な嘘。とも言い切れない微妙な発言。

 綾人は自分の発言で相手が困惑し、何かポロッと話すのではないかと考えていた。

 ただ、それは考えが甘過ぎであり、案の定黒ずくめの三人は答えない。

 今まで平和に生きて来た人間が、頑張って裏の人間の真似をするがあからさま過ぎる。

 怪しいと思ったら問答無用。

 殺して死体から情報を得るのが基本。

 そのため、黒ずくめの三人は綾人が裏の人間なのか見極め切れずにいた。

 綾人の目論見は一部成功しているようだが、少し違った方向で三人から発言を得ることはできない。


 「俺は一般人…………というより、決まりを破った犯罪者、が近いかな。それで、君たちは?」

 「…………」


 何とか情報を得ようと試みる綾人。

 しかし、三人は口を開かない。

 ただ、立ち去ることもしない。

 そこで綾人はもう一度声を掛けようと試みる。


 「教えて――――」

 「ッ――――」


 しかし、三人は綾人の問い掛けを無視し、息の音を残して突撃する。

 常人ではない速度で綾人に迫る。

 綾人は警戒を強め、どこからでもいいよう身構える。

 それを知ってから知らずか、黒ずくめの三人は連携を始める。

 三人で突撃と見せかけて、二人は手前で急停止し、一人がいつの間にか手に持っていたナイフで切りつけようとする。

 ナイフが向かっている場所は胴の真ん中。鳩尾付近。

 綾人はそれを瞬時に見抜き、切られるギリギリを見計らい右足を後ろに引いて半身になる。

 切りかかった黒ずくめは、避けられたことに驚き次の行動が一瞬遅れてしまう。

 綾人はそんな黒ずくめのことなど考えておらず、すぐにナイフを持つ右の手首を握り掴むと、無防備になった腹に右膝を抉り込んだ。


 「かはッ…………!?」


 空気を全て吐き出させられ、捕まった一人は目を見開き硬直する。

 しかし、綾人の攻撃は終わっておらず、手首を引いて動くことのできない黒ずくめを慣性に従わせる。

 何もできないまま一瞬の浮遊を経験した黒ずくめは、次の瞬間に高速で繰り出された綾人の裏拳で鼻を折られ、意識を混濁させられる。


 「ゔっ…………」

 「なあ、教えてくれよ。お前たちのこと」

 「あ、ぇ…………ぶゃ……」


 綾人の問いかけに黒ずくめは恐怖に屈しそうになる。

 しかし、呼吸が難しくなったおかげで綾人の問いに意識を持っていかれずに済み、呼吸法を必死に探っていた。

 綾人は何も話さないその黒ずくめではなく、残りの二人に聞くために視線を切る。





 飛ばされ地面に尻をつけた黒ずくめから、背後に立つ二人の黒ずくめに綾人は意識を向ける。


 「なあ、お前たちはどこの国から来たんだ?」


 綾人は問いかけの姿勢を崩さない。

 しかし、襲われている黒ずくめの方は、その姿に狂気を感じ同僚を倒されていることから尚のこと話せなくなっている。

 綾人はそれを理解できていないため、より狂気的な行動に出る。


 「話せばコイツの鼻を治す。話さなければ、コイツの小指を折る。どうする?」


 三人の黒ずくめの何となくの関係性を掴んだ綾人は、恐らくスパイであると分かっていながら情のある人間が迷う選択を迫る。

 仲間を選ぶか組織を選ぶか。

 情を捨てきれていない残りの二人に、この問いは強烈に訴えかける。


 「残りサン秒。ニー…………イチ…………」

 「…………」


 綾人は三本指を立て、薬指から順番に下ろしていく。

 残っている二人は、その瞬間に一瞬顔を見合わせるがすぐに戻し、綾人の指が下りるのを待った。


 「ゼロ。はい」

 「ダャアァアアアアアアッッッッッッ!!?」


 鼻に詰まる血と肉のせいで、おかしな絶叫が響いていく。

 第三者が聞いていれば笑っていたであろう。

 しかし、声を出した本人含め四人とも真剣であり、そこに笑いは起きず、無感情な一人と心配する二人がそこには居た。





 口を割らない黒ずくめ三人の忠誠を理解した綾人は、死ぬという恐怖を引き摺り出し、命乞いさせることに作戦を変更した。


 「…………」

 「ガァアアアッッッッッッ!!?」


 何も言わずに綾人はボロボロの黒ずくめの薬指を折った。

 一回目よりマシな叫びが響く中、耐えきれなくなった一人が足を動かす。

 すると、それに釣られてもう一人も足を動かし、綾人に突撃する。


 「やっとその気になったか」


 綾人は同時にやって来た二人の攻撃であるナイフの切りつけを仕込み刀一本で防ぎ、黒ずくめの心が理性から感情に針が振れたことを呟いた。

 その場で二、三回と切り結び、蹴りを受けた一人が飛ばされる。それに綾人が追撃を行おうとし、それを防ぐためにもう一人が仕掛ける。





 二対一のまま、数分の格闘が行われる。

 数的優位な黒ずくめの二人は、阿吽の呼吸で綾人に休む暇なく攻撃を繰り返していた。

 しかし、綾人の防御からの反撃や、流れるような受け流しからのカウンターにより、二人は肩で息をしなければならないぐらいに消耗していた。

 それに比べ、綾人は呼吸を一つも乱さない。

 その事実は、黒ずくめの二人の心を挫く。


 「もういいだろ。さっさとお前たちがどこから来たか教えろ」


 ここに来て、まだ出自を探る綾人。

 これには心を挫かれた二人も戦慄せざるを得ない。

 相手の男は、本当にそれだけを聞きたかったという事実。

 それを疑い、反撃に出たせいで仲間を一人傷つけた。

 黒ずくめの二人は、挫かれた心に追い打ちを受ける。

 二人は呆然とした表情をし、互いに顔を見合わせると一つ頷いた。

 綾人はその姿を眺めており、ようやく戦闘が終わることを確信した。


 「ふぅ…………やっと――――!?」


 綾人は一息ついて二人に話しかけようとする。

 しかし、黒ずくめの三人を見つけた時と同様に、人の気配を感じる。

 緊張を解いて周りにも意識が向いたこと。

 これが引き金となって綾人はそれに気づくことができた。


 「ウインド」


 視線のする方向。綾人にとって左の茂みに魔法が放たれる。

 すると、そこから現れたのは、五人の濃緑色のうりょくしょくのマントを羽織る集団。


 「見つかってしまったか」

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