2 二章-③






 日が昇ると共に、俺は起床しすぐに行動を開始した。

 前日の疲れは残っておらず、寧ろ絶好調。

 千年蜂蜜の効果が効いているようで、良い一日をスタートさせた。


 「最後は洞窟だったな」


 走りながら自作の地図を見て目的地を確認する。

 目をつけた最後の地点。

 商国から一番離れた場所にあり、手がつけられた跡が全く無かった場所。

 商国ですら手付かずということで、俺は他二つの場所より期待していた。

 日が完全に姿を見せ、世界を照らし始めた頃。

 俺は洞窟前に到着し、探索を開始する。


 「何が出るか……」


 何となく不気味な雰囲気を感じつつ、円型に掘られた入り口をくぐる。外の光が差し込まなくなる所で「ライト」と呟き、光源を発生させる。


 「なるほど、こんな感じか」


 暗闇から姿を現した無数の土山を見て、自然現象でないことを悟る。

 恐らく穴を掘るタイプの生物。いや、魔物か。それがこの洞窟に棲みついてるというわけだ。

 俺は目の前の光景を見終わると、光源を奥の方へと送る。

 そこもやはりボコボコと土山が存在し、この景色が続くのか。と、俺がそう思った瞬間。一瞬一つの山が動く。


 「なんだ…………」


 それを見逃さず、確かめようと近づこうとする。

 しかし、周りの土山もいきなり動き出し、俺はその山が生物の一部であることを察する。


 「やばいっ…………」


 振り返り入り口を見ると、そこには既に土の中から出て来た生物のシルエットが見え、だんだんと焦りが膨らんでいく。

 ただ、《真実の瞳》をすぐに使用する癖をつけていたため、そのシルエットの正体がわかると落ち着きを取り戻す。


 「モグラ、か…………とりあえず洞窟を出よう」


 俺は冷静さを取り戻し、襲われないよう入り口まで駆け抜ける。その際に真ん中に陣取っていた一匹を仕込み刀で切り裂く。

 後ろからモゾモゾゴソゴソと響いていた音も、ボトッというモグラが倒れた音が聞こえ、ピタリと一瞬で静まり返る。

 だが、次の瞬間。


 「ギュウゥウウウウウウッッッ――――!!!」


 と聞いたことない鳴き声を耳にする。

 俺は「モグラってこう鳴くんだ」と関心してしまい、洞窟内から飛び出してくるモグラたちに一歩反応が遅れてしまう。

 そのせいで、物凄い勢いでモグラたちが突撃してくる。

 洞窟の入り口はモグラの顔で埋め尽くされている。そう思わせるほどの迫力があった。

 しかし、一歩反応が遅れただけで、魔物に遅れを取ることはない。

 俺は、突撃してくるモグラを仕込み刀でバサバサと切り裂いていく。

 モグラの血や体液がそこら中に飛び散り、酷い臭いも放ち始める。それに我慢しながら湧いて出てくるモグラを切り続けた。





 「グゥッッッ――――!!」


 スコップ型の手を振り回してモグラの魔物が突撃してくる。

 欠けたところがないモグラの手は、かなりの耐久力を持っているように見える。流石の仕込み刀でもそれを切り裂くのは難しい。

 そのため、俺は振り回してくる手の攻撃を避けて、隙をついて一太刀入れていく。


 「ふっ…………よし。かなり切ったが…………まだまだか」


 突撃して来た一匹を切り伏せ、周りを見回し現状の把握を行う。

 しかし、これまで数十匹と切っていたが、洞窟からどんどん飛び出してくる。

 このままでは埒があかない。


 「やるか…………ハッ――――!!」


 俺は、さっきまでとは比べられないほどの速度を出し、次々と魔物を切り裂いていく。

 自分に降りかかる血や体液など、気にすることなくただただ存在する生物を殺していく。

 動きながらでもわかるように、地面は次第に色を変えていき血溜まりができる。

 俺は周りの状況を把握し、更に追い打ちをかけていく。血が口に入っても気にしない。切って切って切りまくる。ただそれだけを続けていった。

 すると、やっと俺という存在が脅威であることを感じたのか、モグラたちは次々に洞窟内に戻り始める。


 「はぁ…………少しは休めるな」



十一



 俺は、洞窟に戻る大量のモグラの背中を見ながら、一息吐こうと一瞬気を緩める。だが、次の瞬間。

 グチャ――――という音が横から唐突に聞こえ、俺はその音の正体を目にする。


 「モグラ? 何で飛んできたんだ…………?」


 横に存在したのは、モグラのだった何か。

 ぐちゃぐちゃになり過ぎて原型を留めていない。

 ぶつかった石に残る血飛沫でどこから飛んできたのか推測し、その方向に視線を向ける。

 洞窟だ。

 一度入って出て来た洞窟だ。

 洞窟の奥に見える暗闇がこちらを覗いているように感じる。感覚的なもので、それは一瞬しか感じることはなかった。

 ただ言えることは、何かに見られている。それだけだ。


 「何が来る…………」


 無意識のうちに思っていることを言葉にし、洞窟に目を向けながら警戒して気を引き締める。

 洞窟内の静寂が地上にも広がり、時たま吹く風による音だけが世界を包んだ。

 それから数秒待つと、微かにだが洞窟の奥から音が響いてくる。


 「何だ…………? っ…………?!」


 耳を澄まし音に集中すると、こだまする液体の音と金属が擦れる音が聞こえた。だが、下げていた視線を洞窟に戻すと、音を生み出した原因がそこに居た。


 「…………」


 その魔物は何も発することはなく、ただ俺を眺める。

 その不気味さに息を呑み、動くことすら躊躇わせる。

 目の前に現れたのは、鉄の装甲を身につけた大型のネコ。

 体型はネコそのものだが、その表皮には柔らかな毛ではなく鉄の装甲を身につけており、素早い戦車と言えるのではないだろうか。

 瞬時にそれを考えた俺は、動き出すのを止めて魔物の行動を観察する。

 そのネコは、一旦俺を眺めて何もして来ないと感じたのか、洞窟前に伏せて寛ぎ始める。

 赤色で染めた体を丁寧に舐めて綺麗にしている。

 恐らく俺から逃げ出したモグラを全て殺めたのだろう。

 あんな大群を俺より速く。

 その事実は、俺の足を止めることにより負荷をかける。

 初めての恐れ。

 俺は今、それを感じている。

 何かやれば殺される。

 その言葉が脳内を永遠と巡り続ける。

 だが、動かなければここから移動することもできない。

 俺は、攻撃されることを承知で動こうとし、体の硬直を解くために一旦脱力する。

 すると、案の定ネコは俺に突撃して来た。

 素早い戦車。

 それを連想して、迫ってくるものが速く強固なものであると認識してしまい、俺の思考は回避一択になる。


 「くっ…………!」


 何とか回避し、受け身を取ることで体にもダメージを残さない。次が来ると予測し、顔を上げてネコの居場所を目で追う。

 正面、右と首を振り、次は左というところで正面にネコは現れる。

 俺はそれを間接視野で捉え、反射で後ろに跳ぶ。


 「ブヴゥウウウウウウッッッ――――!!」


 しかし、素早いネコはそれをも読んでいたかのように追撃し、俺の脇腹に爪を突き立てる。


 「クソッ…………!!」


 あまりの速さに苦しい声を上げる。

 だが、ギリギリのところで仕込み刀を滑り込ませ、爪に切りつけられることはなかった。

 しかし、力が加わっているため、空中にいる俺は無条件に吹き飛ばされる。

 幸いなことに飛ぶ方向に木々が少なく衝突することはなく、俺は着地を決め、宙を舞う中見続けていたネコに向かってすぐに突撃した。

 正面に待ち構えるネコは、バッチリと俺の姿を捉え、反撃する気満々。だがコイツには弱点がある。俺はそれに気づいており、実行に移す。


 「ウインド」


 走りながら魔法を唱え、ネコに向かって無数の鎌鼬かまいたちを放つ。その後、俺は正面進路から外れ横から刀によって首を狙う。

 ネコは戦いの中で魔法を放たなかった。

 魔物なのに、だ。

 それに気づいて《真実の瞳》を使えば、情報にも書かれてあり、確信を得て行動に移した。

 案の定ネコは、突然の魔法に対処することができず、体に無数の切り傷をつけて、俺の刀によって首を落とした。


 「焦っても《真実の瞳》使うよう癖つけないとな…………」


 俺は、何も知らないということで脅威になり得ない魔物に恐怖したことを反省した。

 魔物より明らかに人間の方が強い。

 それを認識し直し、ネコの死体から素材を切り分けていった。



十二



 魔物の処理が終わり《清潔》を発動すると、俺は洞窟に再び進入した。


 「ライト」


 光が届かなくなり、魔法で光源を生み出す。

 入り口からモグラの死体が道案内のように続いている。辿って行けば、恐らくネコのテリトリーに入るはず。そう思い俺は進み続ける。


 「何だ? あれは…………」


 奥に到着すると、そこには無数の鉱石が積まれ、肌寒かったのが一気に快適な温度に変わり、心地よい気分に変える。


 「《真実の瞳》、変熱石…………これがこの空間を作ってるのか」


 空間を作る要因を見つけ出し、その効果の高さに驚愕する。

 一つの石があれば、どんな環境でも一定の空間を生物の適温に変えるというもの。それも、生物を自動認識して、だ。

 正直、これだけでどれほどの利益を出せるのか見当がつかない。

 商国にとって必ず手に入れたい。そんな代物だ。

 俺はそれを考えるが、千年蜂蜜同様に全て貰うことにした。

 変熱石は、ネコの暮らしていたであろう空間。人が二十人入れるぐらいの広さで三百個ほど発見した。

 しかし、多いことは嬉しかったのだが、それでは持って帰ることができない。そのため、俺は新たな魔法を作り上げる。


 『ボックス』


 読んでいた小説を参考に収納することのできる魔法を完成させる。

 引力で作り出した異空間への扉に腕を入れ、無理やりその先の空間を魔力で固定する。そうすることで、一つの箱のようにし、収納できる空間を作り出した。

 この魔法を作るだけでかなりの魔力を消費し、立っていることすら出来なくなる。

 ただ、『ボックス』の扉は引力であるため、変熱石の近くに移動させれば瞬時に吸い込まれ、ほぼ自動で収納されていった。

 収穫はそれだけではなく、どうやら『ボックス』は普通の人間が扱える魔法で無いらしく、特殊魔法という分類をされる。

 現在俺の特殊魔法は、『交信』、『ボックス』に続いて、それを制作するために使用した引力の『グラビテイション』と無理やり空間を固定した『コンセプト』の四つ。

 運良く発現させることができたようだが、本来は魔力が尽きて死ぬか、発想したことと現実での現象が異なり体がぐちゃぐちゃになって死ぬらしい。

 考えただけ背筋が凍る話だ。

 俺はその運の良さに感謝し、一つの変熱石を残し魔法を解く。

 変熱石があれば、適温で心地良く時を過ごせると思い、より速く回復するんじゃないかと考えて残した。

 その後、体の回復をさせるために洞窟内に留まる。


 「あぁ…………寝てたのか」


 心地良過ぎていつの間にか眠ってしまった俺は、どれくらいの時間を過ごしたのか洞窟を出て確認する。

 ただ、そこで人間の気配を感じ取る。


 (二人…………? いや、三人か。洞窟正面の茂みに居るな。俺と同じ感じか、それとも…………いや、商国の奴らじゃ無さそうだ。となると、スパイか。面倒だな)


 洞窟の入り口から少し離れた光が届かないところで思案し、どう行動するのか考えていく。

 時間を確認するためが、何かに巻き込まれそうと感じ気分は落ちていく。

 一旦奥の空間に戻り、『ボックス』を使って荷物を最小限にし、俺は洞窟を駆け抜ける。

 外に出る頃には、音と姿を乖離させる速度を出し、一瞬のうちに茂みの三人の背後を取る。

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