2 一章-①






 商国の、それも中心地へ入場するための関所にやってきた綾人と召喚者は、汗を流し息を上げていた。


 「はぁ…………やっと着いたな」

 「ああ…………何とか振り切れたな」


 馬車に乗った二人は、関所の列に並んで自分たちの番が来るのを待つ。

 ただ、そこに希望などの感情は存在しない。

 あるのは少しの興奮と疲労感。それと安堵だ。

 しかし、二人がこうなったのには、理由がある。

 それは、少し前に遡る。

 国境を越えて抱負を宣言した後、二人は既に開拓された正規ルートを通って、商国へと向かっていた。

 天気も良く、清々しい気持ちで二人は旅路を楽しんでいた。

 だが、運悪く道に沢山の木々が転がり、正規ルートでは先に進めなくなっていた。

 二人は迂回して進み始める。

 二人とも急いでいる訳でも無かったため、そこは文句も出ず、そんな道中も楽しんでいた。

 しかし、中心地の関所まであと少しというところで、巨大な人型魔物と遭遇してしまう。


 「なんだあのデカい魔物は!」

 「知らん。あんなの見たことがない」

 「くそっ…………あんなのと戦っていたら時間が――――」

 「ゴォオオオオオオッッッッッッ!!!!!!」

 「「見つかった!!!」」


 王国の城壁を余裕で越える大きな魔物に見つかり、二人は声を揃えて大声を上げる。

 馬を操る召喚者は、すぐに馬を最高速度で走らせる。

 すると、それに呼応するように、綾人は荷台の後ろまで行って状況を召喚者に知らせ始める。

 そのようにして、突然のことだったが二人は連携してその魔物から逃げ始める。

 しかし、人型魔物は歩幅が大きく、すぐに二人との距離を縮め、手に持つ巨木で叩き潰そうと振りかぶる。

 それに対し綾人は、


 「舐めんなッ…………!」


 と声を出すと共に、「ファイア・デストルクシオン」を放つ。

 馬車の後方に巨大な炎の塊が出現し、分裂して人型魔物へ向かっていく。すると、魔物の面積が大きく、全てのファイアが魔物に当たる。


 「ヴゥヴヴヴヴヴヴッッッ――――!!!!!!」


 魔物は大きな悲鳴を上げて足を止める。

 綾人はその動きを見て、


 「今のうちだッ――――気にせず走らせろッ!!」


 と召喚者に伝える。

 それに対して召喚者は、ずっと前を見て馬を走らせ、


 「迎撃はいいがッ――――追いかけられないようにしろッ!!」


 と綾人に釘を刺す。

 綾人は、その言葉を受けて、視線を切っていた魔物に視線を戻す。

 すると、魔物は体の至る所に火傷を負い、その痛みを紛らわすために暴れていた。

 巨木を振り回し、近場の木々を薙ぎ倒す。

 その光景は凄まじく、言葉を失わせるほどの衝撃を綾人に与える。

 だが、数秒後に綾人は我に返り、魔物に追われないように思考する。


 (はぁ…………今のうちに何か考えなければ。追っ手を撒くには姿を見えなくするが最適だから…………《隠蔽》と《防音》がいいな)


 綾人はすぐに答えを導き出し、スキルを馬車と召喚者、自分自身に発動させる。

 すると、馬の足音と車輪の音が消えて、召喚者が驚いた声を上げる。


 「うわっ…………!? 何だ? 音が聞こえない。おい! どうなってるんだ!」


 綾人へ大声を出して尋ねるが、《防音》のせいでその声は届かない。

 ただ、召喚者は綾人がスキルを発動したことに気づいていないため、もう一度綾人へ声をかける。


 「おい! どうなってるんだ! 音が消えたぞっ」


 先程よりも声を出して召喚者は尋ねる。

 しかし、やはり返事がない。

 召喚者は、その時点でおかしいと思い、『交信』を使用する。


 ⦅おい! 音が消えたぞっ。どうなってる⦆

 ⦅ああ、すまない。スキルを使って音を消した。あと隠蔽で姿も見えてない⦆


 そこで初めて召喚者は心を落ち着かせる。


 ⦅先に言えよ。ならこのまま普通に進んでもいいんだな?⦆

 ⦅ああ。ただ周りには気をつけてくれ。向こうは見えてないから事故になりかねない⦆

 ⦅了解⦆


 そこで『交信』は終わる。

 二人はそこから無音の中を過ごし、人型魔物から距離を取る。

 ただ、ある程度進んだところで、召喚者が綾人に声をかけようとすると、


 「あ”ぁあ”あ”あ”ッッッ――――!!!」


 と人間の苦しむ声が響く。

 正体は、勿論綾人。

 召喚者は、その声に思わず大声で問いかける。


 「おい!! 大丈夫か?!」


 しかし、返事は返って来ず、召喚者は後ろを気にしながら操縦を行い始める。

 ただ、その結果馬車の速度は落ち始め、最終的には停止する。

 召喚者は、前の操縦席から荷台に移り、綾人の容体を見ようと近寄る。

 しかし、突然綾人に、


 「戻れ!! アイツが来るぞ!」


 と怒鳴られ、召喚者は席に戻った。

 その後、綾人はすぐに、


 「スキルの効果が切れた。姿は見えてるし、音は鳴る。さっきの声で呼び寄せてしまったかもしれない」


 と告げる。

 召喚者は、何が何やらわからずにいたが、このまま止まっていては危ないということだけ理解し、馬を走らせ始める。

 綾人はそんな召喚者を見て、まずは自分を落ち着かせようと試みる。


 (どうなってる…………あんな頭痛は経験したことがないぞ。明らかに異常だが、スキルを解いたら治った。はぁ…………原因究明したいが、今は関所まで逃げ切ることを考えよう)


 原因が明らかになるも、それを考えるのは今ではないと考え、自分を落ち着かせると、綾人は問題ないことを召喚者へ伝える。


 「さっきは心配かけた。大丈夫だ。魔物が来たら知らせる」

 「そうか。だが、少し遅かったな」

 「あ?」


 召喚者の言葉に、綾人は気のない声を上げる。

 しかし、次の瞬間。

 綾人は、その意味を理解する。

 ドンッドンッドンッ――――と地響きが遠くから伝わり、次第に音が大きくなっていく。


 「そういうことか」

 「ああ、見つかった。迎撃頼む」

 「了解」


 綾人が理解すると、召喚者は援護を頼み、さっきとは逆の形で行動を開始する。


 それから数十分。

 二人は何とか人型魔物から逃げ切り、今に至る。


 「旅立ちからキツイな、これは」

 「ははっ…………まぁ、こっからは良くなるだろ」

 「だといいが…………っと、そうだ。金の価値について教えてくれ」


 綾人が愚痴をこぼし、召喚者が慰め程度に一言告げる。

 綾人はそれに同意する。

 ただ、その後すぐに関所で支払いがあることを思い出し、召喚者に教えを乞う。





 綾人の唐突な問いかけに、召喚者はバッと勢いよく後ろを振り向き、


 「大きい声で常識的なことを聞こうとするな」


 と小声で告げる。

 召喚者は、この世界でタブーとされている言葉や行動を知っている。

 綾人の聞いた貨幣に関することも、こと商国に至ってはタブー。

 無知であることを知られると、法外な価格で買わされ騙されるのだ。

 綾人は、召喚者にそのことを教えられ、肝に銘じる。


 「そうだったのか。助かった」

 「ああ。それで貨幣に関してだが…………これが――――」


 召喚者は、綾人の態度を見て問題無いことを確認すると、懐から幾らかの貨幣を取り出し一つ一つ教え始める。


 「一般的には、石貨と言われる石の硬貨。この百式ひゃくしき十式じゅっしき一式いっしきの三種類だ」


 百式とは、日本円にして百円。十式は十円。一式は一円となっている。

 名称が違うだけで、価値は殆ど変わりがない。

 そのため、綾人はすんなりと覚え、召喚者を驚かせる。


 「お前、これを覚えるのに数月すうげつかかる人も居るんだぞ。向こうの世界と変わらないからって…………」


 召喚者は、綾人の覚えの良さに感心し、もう一つ上の段階の貨幣に関して口にしようとする。

 だが、それは綾人によって止められる。


 「なあ、これは三つどれにも当てはまらないぞ?」


 そう言って綾人が取り出したのは、銀の硬貨。

 召喚者は、それを両手でパッと握り隠し、周りをキョロキョロと見始める。

 綾人は、そんな召喚者を見て不思議に思い、その旨を伝える。


 「おい、何してるんだお前。さっさと手を離せ」

 「いや、お前何でこの硬貨持ってんだよ。中々手にできる物じゃないんだぞ」

 「そう言われてもな…………」


 ジャラジャラと、巾着の中で音を立てる銀の硬貨が召喚者を覗く。

 その瞬間、召喚者は口をワナワナと震わせ始める。

 ただ、数秒後には体を硬直させ、また数秒経つと、サッと素早い動きで綾人の巾着の紐を結んだ。


 「忙しい奴だな」

 「…………お前のせいだろッ」


 気の抜けた綾人の言葉に、召喚者は小声で毒づく。

 ただ、それもそのはず。

 銀の硬貨は、庶民で見かけることなど殆ど無い代物。

 一枚で屋敷を建てることができるとされる価値を持ち、個人の店でも見ることのできない物。国が許可した店や大商会しか持っていないと言われる物なのだ。

 それを、一人の庶民が数百枚持っている事実に、召喚者は肝を冷やすばかり。

 ただ、幸いなのはこの上の硬貨を持っていなかったこと。

 召喚者は、それだけを頼りに正気を保つ。


 「お前…………銅貨ならまだしも、銀貨はダメだろ。マジで」

 「銅貨というのもあるのか。それで、この硬貨は一つでどれくらいの価値なんだ?」

 「……………………百万だ」


 召喚者は、かなり間を空けて告げる。

 しかし、綾人はというと、


 「そうか、百万か。なら、銅貨は一つ十万って感じか。じゃあ、一万はどうなんだ?」


 と軽く受け止め、召喚者に疑問を投げた。

 召喚者は、その軽い感じにバカバカしくなり、淡々と教えていくようになる。


 「一万は、この紙。紙幣だ。庶民の方が数的に多いだろ? 流通させるのが楽だからこうなっている。で、他には?」

 「ああ。そうだな、銀貨の上はあるのか?」

 「あるさ。銀の一つ上が金。その上が魔鋼と言われる鉱石で作られた硬貨。魔鋼貨だ。まぁ、見かけることはないだろう」

 「そうか。大体把握した。助かった」

 「ああ…………」


 そこで二人の会話は終わり、二人は入場の順番を待つ。

 綾人は、荷台で硬貨の仕分けをして待ち、召喚者は馭者台に座り途方に暮れる。

 それからしばらくすると、前の馬車が動き出し、二人の順番になる。

 召喚者は、馬車を前に進め、入場料を二人分支払う。

 その後、通行書と滞在書を受け取り、馭者台に戻ると再び馬車を進める。

 それから、馬車を返すために馬車売り場に向かい、綾人を下ろして手続きを始める。


 「お前のじゃ無かったのか」

 「当たり前だ。一般人は馬を持つのもかなり金が掛かるんだ」

 「そうか。なら、この商売は儲かってるな」

 「はっはっはっ。旦那〜それは言っちゃあダメだぜ?」


 召喚者と机を挟んで対面する店主が笑って茶化す。

 召喚者はそれに反応せずに淡々と手続きを済ませる。


 「これでいいか?」

 「ちょっと待てよ……………………うし、いいぞ。また使ってくれよ」


 店主がそう発言すると、召喚者は綾人を連れてその店を出る。

 そして、


 「ここまででいいのか?」


 と綾人に告げる。





 「ここまででいいのか?」


 召喚者の言葉が綾人へ届く。

 元々、国境を越える手伝いという約束であったため、召喚者は念のための確認を取った。

 すると、綾人は、


 「ああ。そういう約束だしな」


 と召喚者の言葉をそのまま肯定した。

 そのため、召喚者は、


 「それじゃあ、オレは――――」


 と別れの言葉を告げて、立ち去ろうとする。

 だが、それは綾人によって止められる。


 「これを持っていけ」


 差し出された手には、巾着が握られおり、その膨らみから先程の硬貨であることを知らせる。

 召喚者は、巾着を見てそれを受け取って良いのか聞き返してしまう。


 「お、おい。本当に貰っていいのか?」

 「ああ。タダ働きは良くないからな。それに、魔法も教えてもらったし」

 「そ、そうか。なら、受け取らせてもらう」


 召喚者は、恐る恐る下から巾着を両手で持ち上げ綾人から受け取る。

 手にはかなりの重量がかかり、力を入れねば支え切れない。そう錯覚させるほどの重みを召喚者は感じ取る。


 「防犯に関しては気にすることないぞ。その巾着は、お前の魔力でしか開けることも傷つけることもできないからな」

 「な、なんて加工してんだよ…………」


 付け加えられた言葉に召喚者はまたも驚かされる。

 確かに、道中様々な魔法、生活で必要となる生活魔法を中心にだが、召喚者は綾人に教えていた。

 しかし、そのお返しが、特定の人しか開けることのできない魔法で加工された財布に、百万の価値がある銀貨が数十枚。

 明らかにおかしい。

 ただ、召喚者は、綾人の態度から本気で言っていることを理解し、それ以上確認することはなかった。


 「確かに受け取った。それじゃあな」


 召喚者は、そう言って綾人に背中を向けて歩き出す。

 それに対し、綾人は気にすることなく応え、召喚者同様背を向け歩き出した。


 「ああ。なんかあったらまた『交信』する。またな、ネル」

 「!? ちょっ、おまっ――――居ない?!」


 綾人の突然の名前呼びに召喚者ネルは、今までにないぐらい驚き、振り返って綾人に説明を求めようとする。

 しかし、そこには既に綾人の姿は無く、通行人がチラホラと居るだけだった。





 召喚者ネルと別れた綾人は、まずは何があるのか知りたくなり、観光することを決める。


 「さて、どんな国かな」


 期待に胸を膨らませ、キョロキョロと周りを見ながらゆっくりと歩いて行く。

 馬車を返した場所が中心ではないためか、王国に似た建築物があり、少し古びた印象を綾人は受ける。


 「商国だから金の周りは良くしてるだろうけど…………郊外がこれだろ? 中心はかなり現代ぽいんじゃないか?」


 得られる情報から推測していき、綾人は想像を膨らませていく。

 そんな中でも、綾人は食に関して大きな期待をしていた。

 王国で食べていた物は、質素で質の悪い物ばかりであったということもあり、強い願望を抱いていた。


 「最低限の味付けだったしな。でも、商国ともなれば多くの調味料もあるだろうし、美味い変わった食べ物もあるはずだ。まぁ、のんびり散策するか」


 綾人は、中心に向かうにつれてどんどん欲求を高めていく。

 しかし、それでは散策の意味が無くなるため、それを抑えるために必死で街並みを眺めて発見を続けていく。

 建物は、王国のような煉瓦造りだけかと思いきや、木造で建てられた屋敷だったりと、様々な形で建立している。

 それに、道も隅々まで整地されており、王国の通りとでは比べものにならない。

 綾人は、そんなことを発見し比べて、様々な文化が存在することを理解していく。

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