五章-③






 炎の海となった街の一角を抜け王宮へ近づいた頃、綾人は叫び回る騎士を見つける。


 「逃げ出した犯罪者が孤児院の子どもたちを大虐殺して再び逃げ出した! 皆自宅へ戻り備えよ!!」


 真実を知る者からすれば大嘘であるが、民はそんなことを知らず、国に雇われた騎士の言うことを聞く。

 そのため、街行く人々は、その声を聞くと走って各々の自宅へと戻って行く。

 綾人はそれを歩きながら見ており、叫び回る騎士が耳障りになると、


 「ぎゃあぁあああッッッ!!!」


 一瞬で間合いを詰め、首を一回転させ命を刈った。

 幸い、そこら一体の一般人は既に帰宅しており、綾人は目撃されて悲鳴を上げられることはなかった。

 しかし、綾人が王宮へ向けて歩みを進めると、先程と同じような騎士がちらほらと見え、王宮へ近づくにつれてその人数を増やしていった。

 綾人は、そんな行動をしている騎士たちを殺すために、足に力を入れて地を蹴ろうとする。

 だが、それより先に一人の騎士が綾人を見つけ、


 「犯罪者だッッッ!!!!!!」


 と大声で叫んだ。

 その結果、外にいる全ての騎士は、一斉に王宮へと走って帰還し始める。

 綾人はそれにやる気を削がれる。

 明らかな誘導。

 そう見えて仕方なかったのだ。

 そのため、綾人はゆっくりと歩いて向かうことを決め、王宮を目指す。





 ゆっくりと歩く綾人に、ある一言が向けられる。


 「早くこの街から出て行けっ!」


 それは、建物の窓から顔を出した、一人の少年の言葉だった。

 綾人はすぐにその少年の場所を見つけ、視線を向けて次の言葉を待った。

 しかし、少年は次の言葉を放つことはなかった。

 だが、それは別の方向から響き、それに続いて多くの声が綾人へ向けられる。


 「そうだ! 国王を騙し、行き場をやっと見つけた子どもたちをも手にかける悪魔め!」

 「そうよ! そうよ!」

 「さっさと出て行けッ!」

 「騎士団に倒されろ!!」

 「やられろ!」

 ……………………

 ……………………………………

 ……………………………………………………


 向けられた言葉は、どれも綾人を否定する言葉。

 今までの綾人なら、冷静に対処して終わらせた。

 だが、仮面を外し、本来の性格を取り戻しつつある綾人は、その数々の言葉と過去の嫌な記憶が合わさり、感情を昂らせた。


 「「なんだ、ゴミども」」


 《覇王の器》を無意識に発動させ、綾人を中心に円を描くよう言葉を轟かせる。

 無意識下で発動されたその力は制御されておらず、街全体に届き、綾人以外の声と音を一瞬消し去った。

 一番遠くに居た人間でも身震いし、膝をつく影響力。

 それを直に受けた建物から顔を出していた人々は、体の穴という穴から血を垂らし、力を無くして倒れ始める。

 綾人は、《覇王の器》を無意識に使ったことを認識すると、過去の記憶を更に憎み、スキルで消すか悩み始める。


 (クソッ…………! 何故思い出した。もうアイツらとは関わりがないだろッ! そうだ、スキルだ。それで消せば――――いや、辞めておこう)


 しかし、綾人は記憶をあえて消さずに生活することを決める。

 理由は、自分を受け入れること。今行っていることの繋がりが消えるのを危惧したこと。この二つ。

 綾人は、それを瞬時に考え、何事もなかったように歩き出す。

 道には倒れ伏した騎士たちがゴロゴロと存在し、そのどれもを綾人は冷めた目で一瞥いちべつする。

 その後、魔力を感じ取り、綾人は王宮へ目を向ける。

 すると、そこには陸と騎士団長、副団長に第二王女と、その側近の騎士たちが綾人を見つめて立っていた。

 綾人は、それらをザックリと眺め、仕掛けるか思案し始める。

 ただ、それと同時に陸が綾人の視線に気づき、発言しようと口を開く。

 しかし、それは僅かに遅く、綾人からは巨大な炎の塊が出現する。


 「なんだ、あれは…………」


 思わず陸が言葉を溢す。

 綾人が作り出したのは、「ファイア・デストルクシオン」という一度放った魔法。

 ただ、陸は王宮へ逃げ込んでおり、それを見ていない。

 それに気づいた一人の騎士は、


 「先程届いた情報ですと、あの炎の塊は分裂して四方へ飛ぶようです」


 と伝える。

 陸はそれを聞き入れると、ある一つの可能性に気づき、


 「急いで王宮を結界で囲め。今すぐ」


 と、その騎士に告げる。

 陸は、魔法が王宮へ向けられることを危惧したのだ。


 「はっ……!! え…………」


 騎士は返事をして動こうとする。

 しかし、時既に遅く、綾人の無数の炎が王宮へと迫っていた。

 騎士はそれを見て、勇ましい返事の後に呆けた声を出してしまう。


 「?? っ…………!?」


 陸は、騎士の声に違和感を感じて振り向き、一瞬遅れてそれを目にすると、慌てて身を隠した。

 それに続き、近くにいた騎士団長含め多くの人間が建物の陰に隠れ、その場を凌ごうとする。

 だが、無数の炎の威力が凄まじく、王宮前の建物を全て破壊し、王宮へ直撃し始める。


 「くっ…………どうなってやがるっ!」

 「彼はたった二日で何をしたんだ」

 「そんなことはどうでもいい。お前は王女を守れ」

 「私ならミアがおりますので大丈夫ですよ」

 「ええ、貴方たちは自分の身を案じてください」


 激しい揺れに耐えながら、それぞれが思い思いの反応を示す。

 陸は焦燥。副団長は興味。騎士団長は使命。第二王女は余裕。ミアは警戒と挑発。

 誰もがこのまま耐えればなんとかなると考え、炎の弾が止むのを待つ。

 しかし、綾人はそれを許さない。


 「カロール・サン・デストルクシオン」


 次は、光り輝く太陽の熱を生み出し、桁違いな威力の魔法弾を王宮へと放つ。

 魔力の使い方を知らない人間が見れば失明するほどの光を受けながら、綾人は容赦なく王宮を破壊する。

 崩れ行く城壁を眺め、露わになった庭に次々と魔法弾を撃ち込む。

 その際、美羽と千佳の姿がチラッと視界に入る。

 だが、綾人は止めない。

 ここまでする感情が何なのか、綾人にはわからない。

 ただ、院長と子どもたちを思い、気が済むまで続ける。

 それは、王宮だけではなく、王都全土へと降り注ぎ始める。



十一



 綾人の魔法弾が全て撃ち込まれ、王都の上空は黒い煙で染まる。

 《啓示》で近くまで来ていた召喚者は、それを見て必ず誰かが来ると理解する。


 「ほんの数日だぞ。何が起きてる」


 召喚者は、期待と不安を抱きながらその時が来るのを待つ。それが知人であることを知らず。

 で、その当人。綾人は、魔法を撃ち終わると、ゆっくりと歩き王宮への距離を縮める。

 街は破壊され、至る所で煙が上がり、奇跡的に生きた人間は、数秒前までの景色が嘘のように感じ、瞳の光を消失させる。

 綾人の魔法は、そう思わせるほどに一瞬で全てを変えた。

 この世界で堅固な筈の建物も無惨に破壊され、中に居た人間は下敷きにされて命を落とす。

 飛んできた破片が当たり命を落とした者も、勿論直に魔法を受けて亡くなった者もいた。

 綾人は、そんな凄惨な景色を無感情に眺めながら足を進める。

 そんな中、瓦礫が崩れ数人の人間が姿を見せる。


 「大丈夫ですか?」

 「ええ、ありがとう。ミア」

 「全く。どれだけの力を得たんだ、彼は」

 「あの時より数倍も強力な魔法だ。命があって何よりだ」

 「っ…………クソッ…………何故だ…………」


 何とか死を免れた五人が思い思いに喋りながら生還を果たす。

 しかし、そんな五人に悪魔が近づく。


 「生きてたか。向かってくるか?」

 「ぉぃ…………!?」


 綾人は気を緩めていた五人に告げた。

 すると、綾人の声が聞こえた瞬間。

 思わず反応した騎士団長が突撃してしまう。

 副団長は、それに反応して声を出して止めようと試みる。

 だが、それは叶わない。

 ただ、綾人はそれを気にすることなく話し続け、騎士団長との距離が縮まった瞬間。

 目線を合わせることなく、至近距離で無詠唱で魔法を放つ。

 騎士団長は、それをまともに受けてしまい、全身を焼かれる。

 綾人はその様を他四人に突きつける。


 「こうなるが?」


 焼かれた騎士団長に見向きもしない綾人に、四人は沈黙してしまう。

 綾人は、そこで四人を攻撃するまでもないと判断し、目の前を横切ると王の元へ向かう。

 それを感じた陸以外の三人は、動こうと体に力を込める。

 しかし、金縛りにあったようにその場を動くことができず、綾人の行動を眺めることしかできなかった。

 綾人はそんなことを露知らず、どんどん国王との距離を縮める。

 近くには側近の男も居たが、無視して国王に正対する。

 そして――――国王の首を刎ねた。


 「お、お父様…………」


 第二王女のか細い声が、その場に居た全ての人間に届く。

 近くに居た三人は、顔を伏せてその瞬間を悔いる。

 第二王女は、ガタガタな道をなりふり構わず走り、国王の元へ向かう。

 首を刎ねた犯人など目もくれず、娘は父の元へと向かう。

 綾人は、それに気を留めることなく、来た道を引き返し始める。

 すると、そこでミアが立ち塞がる。


 「あなたは、どうして…………」

 「お前の主人を殺さないだけ感謝しろ。どけ」


 ミアの抽象的な問いに綾人は自分なりに答え、道を開けるよう告げる。

 しかし、ミアは退くことなく、


 「いえ、まだ答えてほしいことがあります」


 ともう一つの問いがあることを綾人へ告げる。

 それに綾人は呆れ、さっさと答えてこの場を去ろうと考え、沈黙してその場に留まる。

 ミアはその行動を理解して、すぐに尋ねる。


 「あなたの過去に何があったか教えてください」

 「…………」


 予想外の問いに、綾人は口を閉ざす。

 牢屋に入っていた時にも綾人は同じようなことを聞かれた。

 ただ、その際は、虚無を見つめ答えた。

 過去を思い出し、普通に答えたつもりがそうなってしまった。

 しかし、今回の綾人は違っていた。

 耐性ができ始めたからか、自分を受け入れると決めたからなのか、綾人は落ち着いていた。

 そのため、


 「…………否定だ。俺が行うこと全ての」


 と一拍置いて綾人は答えた。

 ミアはそれを聞くと、一歩横にずれ道を開けて綾人を通した。

 その際、ミアは俯き何故か涙を流していた。

 綾人は、それに気づくことなく、目的地である北の森へと向かう。



十二



 綾人は、王宮を離れると走る速度を上げ、森に進入する。

 目的は召喚者との合流。

 魔力を既に把握しているため、一直線に向かって行く。

 そして、二人は再開する。


 「ちっ…………やっぱりお前だったか」

 「助かる。ほら、さっさと国境出るぞ」

 「はあぁ…………仕方ない。そういう約束だ」


 二人は出会うと軽口を叩き合い、綾人が馬車に乗り込むとすぐに出発した。

 綾人はそこからすぐに眠りにつき、国境を越える寸前に召喚者に起こされる。


 「おい、国境を越える」

 「なんだ、それだけか。危機的状況になったら――――」

 「旅立ちにはうってつけだろ?」


 召喚者の言葉と身振りを見て意味を理解した綾人は、指差された景色を眺める。


 「ああ、そうだな。そんな感じがする」

 「なんだその感想。抱負とかねぇのかよ」


 その言葉を聞いて、綾人は考え始める。

 そして、


 「俺は…………何者にも縛られず、自由に生きる」


 と宣言する。

 ただ、それを聞いた召喚者は、


 「ははっ。ありきたりだな」


 と笑い、綾人を揶揄う。

 綾人は、そんな召喚者との会話にリラックスしつつ、道中を楽しんだ。

 初めて眺める景色。

 初めて体験する野宿。

 その他にもたくさんのことを綾人は楽しみ、充実した日々を過ごす。

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