五章-②






 綾人はその日、早めに起きて体を動かしていた。

 だが、それがいけなかった。

 陸と騎士団の執念は凄まじく、入り組んで見つけるのが難しい区画。そこにある孤児院を特定されてしまった。

 綾人は、陸と騎士団の姿を認識すると、どうすればこの地を戦場にせずに済むか考え始める。


 (迂闊だった。魔力を知られてバレたか。とりあえずここは離れたいな。どう誘導したものか…………)


 どう対処すればいいか綾人は悩む。

 ただ、そんなことを知らない陸は、遠慮なく話しかけ、現在の状況を説明し出す。


 「お前が逃げ出して大変だったよ。王宮の連中がオレが逃したとか言い出してさ〜。でも、お前を見つけて連れて行けば全て解決するんだ。大人しく着いてくるなら何もしないぜ?」


 陸の言葉は自分のことしか考えておらず、これまでの二度の経験から、綾人はその言葉を信じない。


 「信じれる訳ない。騎士団が言うならともかく、お前が言ったんじゃ信用がない。二度俺を殴ったのを忘れたのか?」

 「ハッハッハッ、忘れてたよ。そうだった、それは無理か」


 陸は、断られたのに笑って済ませる。

 すると、次は一緒に来ていた新米騎士が口を開く。


 「そんなことはどうでもいいんだ。大人しく着いて来い。犯罪者」


 綾人は、あの件から変わってしまった新米騎士を眺め、発言を聞き終えるとそれに返答し、要望を伝える。


 「着いて行くことはない。ただ、それで戦闘になるのなら、ここから離れた場所に移りたい」

 「何故だ。何故ここから離れなければならない」

 「後ろを見ろ。ここは孤児院。数十人の孤児と、一人の院長が暮らしている。言っていることはわかるよな?」


 綾人は、後ろの建物を指差し、まだ眠っている子どもたちと院長を守るために、場所を移すことを要求する。

 しかし、それを聞いた新米騎士が、


 「…………ふざけるなッ!」


 と眉間にしわを寄せ、綾人を睨みつけながら言い放つ。

 自分の娘を理不尽に殺した綾人が、孤児を守ろうとする言動に怒ったのだ。

 何故自分の娘は殺して、孤児を守ろうとするのか。

 新米騎士は、もう冷静に考えることが出来なくなっていた。

 すると、それを感じ取った陸が、綾人へ追及する。


 「そうだな。お前はこの間、一人の女児を殺している。そんなお前が今更人助け? 嘘をついてるんじゃないのか?」

 「ッ…………!? 騙したのかッ!!」

 「嘘はついていない。騎士を中に入れて見てもらってもいい。ただ、静かにしてもらえると助かる」

 「そうか。そこの二人。調べて来い」


 陸は、素直に綾人の言葉を聞き入れ、二人の騎士を孤児院の中へと向かわせる。

 騎士の二人は、それに短く返事をして綾人を横切り建物へ入って行く。


 「嘘をついていたら問答無用だぞ」

 「それでいいさ。お前もそれでいいだろ? 新米騎士」

 「…………」


 新米騎士は答えない。

 今もまだ、綾人の行動を許せないのだ。

 被害者にならなければ感じることのできない怒り。

 新米騎士は、それを胸に綾人を殺すことだけを考える。

 すると、陸は鋭い眼をした新米騎士を見て、あることを思いつく。


 「確認して来ました」

 「どうだったか聞かせろ」

 「はい。中にはあの者が言うように、一人の女と数十人の孤児が眠っていました」

 「わかった。お前たちは何も見なかった。いいな」


 陸のその言葉を聞いて、二人の騎士は今から何が行われるのか見当がつき、頷くことしかできなかった。

 それを確認した陸は、新米騎士に近づき、そして、


 「どういうことだ? 中には誰も居なかったそうだが。オレたちを馬鹿にしているのか?」


 と綾人へ向かって言い放つ。

 目線から誰もが綾人へ話しかけているように見えた。

 だが、陸は新米騎士へ伝えていた。

 怒りに任せて突撃しろ。

 そう遠回しに告げていた。

 新米騎士は、その言葉を聞いた途端。拳を強く握り締め、綾人を睨みつけて怒りを露わにした。





 陸の嘘の発言を受けて綾人は、ここでの戦闘を避けるために移動することを告げる。


 「場所を移そう」


 しかし、その願いは届かず、新米騎士が、


 「犯罪者に耳を傾ける訳ないだろッッッ!!!」


 という声と共に、無数の魔法を放った。

 新米騎士は、我慢ならなかったのだ。

 娘を殺したはずの綾人が、他の子どもを守ることが。

 騎士団も新米騎士に続いて魔法を放ち始める。


 「くそッ…………! 結界」


 孤児院の中には、まだ眠っている子どもたちがおり、綾人はそれを守るべく結界を張る。

 高速な動きでどうにか孤児院を囲み、被弾を防ぐ。

 しかし、速さを重視した結果、耐久力が低くなり徐々に結界にひびが入っていく。

 そして――――結界は壊れ、孤児院に魔法が被弾する。


 「クソがッ――――!!」


 綾人は、人生で初めて怒りを露わにする。

 それが何を思ってなのか、綾人自身も理解していなかった。

 だが、それは確かにそこにあり、綾人を駆り立てる。

 短過ぎる時間にも関わらず、綾人の中には純粋な子どもたちとの思い出が深く刻まれていたのだ。

 崩れ行く孤児院を目にし、綾人の脳内には院長と子どもたちとの思い出が浮かんでは消える。

 魔法は次々と放たれ孤児院を崩壊させると、次は綾人へと標準を変えた。

 しかし、そのどれもが綾人には当たらない。

 綾人を囲む薄く強固な結界が阻んでいるのだ。

 騎士団は、それを見て一時休止する。

 綾人は、そんなことを知らずに孤児院の跡地へと向かう。

 煙が立ち視界を妨げる中、綾人は小さな腕を見つける。

 そこへ近づき確かめようとするも、周りに広がる赤い飛沫の跡を見て、既に死んでいることを理解する。

 綾人は、次々と下敷きになった子どもたちを見つけ、最後に院長を見つける。

 すると、院長には息があり、


 「あ、ああ…………ご無事………………でし、たかぁ…………こ、子ども……たちは…………」


 と子どもたちを心配する言葉を綾人へと向けた。

 綾人はそれを受けて平静を保ち、


 「…………大丈夫だ。あなた以外、無事だ」


 と告げる。

 院長は、その言葉を聞いて優しく微笑む。

 そして、


 「あり、が、とう…………」


 と感謝し、命を落とした。





 綾人は、命を落とした院長と子どもたちを瓦礫の中から解放し、孤児院跡地前に並べ始める。

 どの死体も、顔は勿論体のどこかが必ず潰れ、見るに耐えない様になっていた。

 砂煙が舞っているため、陸や騎士団の面々は、まだその姿を視界に入れていない。

 綾人は、死体であるが院長や子どもたちの姿を見られ、悲観的な感情を持たれたくなかった。

 そのため、綾人は動いた。

 煙が立ち上り、騎士の視界を埋める瞬間に。


 「ぁ、ぁぁ――――」


 小さな声が陸と新米騎士の耳に届く。


 「何だ、今の声は」

 「わかりません。さっきまでとは違うということしか」


 二人は言葉を交わすと、音に集中し始める。

 すると、タタタッ――――タタッ――――というように、足音だけが聞こえ、先程のような声は聞こえなくなる。

 だが、次は別の音が聞こえ出す。

 キンッ――――パリンッ――――カランカランッ――――パキンッ――――――。

 聞こえる音が、全て剣から発せられるものだと二人は気づく。


 「アイツが何かしているな」

 「はい。煙に紛れて騎士団を襲っていますね」

 「油断するなよ。アイツは強いからな」

 「ええ、私は見ていますから。訓練を」


 陸が忠告すると、新米騎士は問題ないことを伝える。

 しかし、訓練と実戦では、緊張感から何からあらゆることが違う。

 緊張感を持って訓練したところで、実戦ほどの状態にはならない。

 ストレスの有無もあるだろう。

 陸は知っていたが、新米騎士はそのことを知らない。

 それが、現実に現れる。


 「死ね」

 「なっ…………!?」


 煙の中から突如として現れた綾人に、新米騎士は反応できず、まともに攻撃を受けてしまう。

 綾人の右手から放たれた小さなファイアが、新米騎士の鎧に触れる。

 その瞬間、バンッという音を響かせ、三人を爆風が襲う。

 新米騎士は直撃。綾人は即離脱し回避。陸は綾人に反応していたため、距離をとって回避に成功する。

 生き残った騎士団員は、何が起こったのかわからず戸惑うばかり。

 ただ、それは煙が晴れることで、より大きな混乱をもたらす。


 「おい! 周りを見ろ!」


 一人の騎士が声を張り上げる。

 すると、それに従い生き残った騎士全員が、キョロキョロと周りを見始める。


 「なっ…………」

 「これは…………」

 「アイツがやったのか…………?」

 「ありえない…………」


 信じられない光景に騎士たちは思わず言葉を溢す。

 だが、それを起こした犯人と、その正面にある光景を見て、騎士たちは言葉を失う。

 煙の中に佇む犯人。

 その前に広がる抉れた地面と、鉄屑をつけて倒れている一人の騎士。

 その光景が、騎士たちを黙らせた。

 煙の中の犯人。綾人が、倒れた新米騎士に近づいて行く。


 「おい。生きてんだろ。起きろ」


 綾人の言葉が、意識を失いかける新米騎士に届く。


 「クソ……が、犯……罪者が何故、強い…………」


 新米騎士は、宗教を信じており、罪人は悪であるという教えを疑わない。

 悪は成敗される。

 その思いが、新米騎士の疑問を生み出す。

 ただ、そのおかしな疑問に綾人は、新米騎士の首を掴み持ち上げ、


 「お前が弱いだけだろ」


 と告げる。

 それに目を見開き、新米騎士は強引に綾人の手を引き剥がす。


 「…………オレが弱い、だと」

 「ああ、弱いね。初歩的な戦術で攻撃を受けるぐらいだし」

 「っ…………!!」


 綾人に事実を突きつけられ、新米騎士は我を忘れる。

 下っ端であっても、感情はある。

 王国の、それも王都の騎士団に入るには、かなりの強さが必要。

 新米騎士は、まあまあできる方なのだ。

 その唯一と言ってもいい自尊心を傷つけられ、新米騎士は感情の激流に呑み込まれ、突撃した。


 「あああぁああああああッッッッッッ!!!!!!」


 溶けずに残った自分の剣を手にして、新米騎士は綾人に無数の剣撃を繰り出す。

 今まで見たことないその姿に、周りの騎士たちは目を奪われる。

 しかし、その全てがことごとくかわされ、新米騎士は力の差を感じる。


 (どうして…………どうして、当たらない。魔力だけの男だろッ、コイツは。クソッ……クソッ…………)


 振り回される剣を最小限の動きで避け続ける綾人は、このままでは陸に逃げられると考え、戦闘を終わらせに入る。


 「無駄だ」


 綾人は、発言すると共に、新米騎士の剣を地面と足で挟み力を込めて破壊する。

 バギンッ――――と鈍い音を響かせ、剣が折れる。

 力の行先が前にある新米騎士は、剣が折れたことでバランスを崩し前傾する。

 綾人はそこを逃さず、左半身を後ろに引いて倒れてくる新米騎士を一旦避けると、タイミングを合わせて空いている左足で新米騎士の腹に蹴りを突き刺す。

 新米騎士の体はくの字に曲がり、その慣性のまま宙へ向かおうとする。

 ただ、綾人はそれを許さず、少しジャンプすると右の拳を新米騎士の腰に打ちつけ、地面に叩きつけた。

 ベチャッという音だけが響き、悲鳴は一切聞こえない。

 新米騎士は、たった二発の打撃で命を落とした。





 新米騎士との戦闘が終わると、綾人は陸を探した。

 ただ、そこには数人の騎士だけを残し、生き残った大半の騎士を連れて陸は逃げていた。

 綾人はそれに気づくと、一瞬のうちにその場にいる騎士たちを拾った剣で斬り殺し、陸の魔力を追った。

 しかし、綾人が追った先には一人の騎士が待ち構えており、騎士は泣きながら綾人へ突撃する。

 綾人は、それを簡単に避けると一撃で騎士の命を刈り取った。


 「撹乱か。面倒だ」


 すぐに綾人は陸の意図に気づき、面倒に感じると、


 「ファイア・デストルクシオン」


 と巨大な「ファイア」を生み出し、空へと放った。

 その巨大な炎の塊は、建物の高さを優に越え、ぐんぐんと高度を増していく。

 しかし、あるところで突然停止し、次の瞬間。

 炎の塊は分裂し、無数の「ファイア」となって街へ降り注いだ。

 街の至るところが破壊され、炎が燃え広がり、悲鳴が響き渡る。

 綾人は、その様を目で見て耳で聞き、陸が逃げたであろう王宮へ向けて歩き出す。

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