五章-①






 綾人は、地下から脱出するため、探知で把握した道を止まることなく進んでいた。

 そこは迷路のようになっており、何も無しでは迷ってその内餓死してしまう。そう感じさせるほどの様相と雰囲気を漂わせる石の通路が続いていた。

 綾人は、そんな通路を走って進み、時折り見る人骨を冷めた目で眺め、視線をすぐに切る。

 その行為を何回も繰り返しながら、巨大な入り組んだ迷路を攻略していた。

 そんな時、遠くにある魔力痕跡を綾人は見つけ、捕まっていた場所を把握する。

 王宮の地下にある牢屋。

 綾人はそこに収容されていた。

 綾人はそれを理解すると、その魔力痕跡。「カロール・サン」の跡地に向かって進み出す。

 それから数分経つと、


 「もうそろそろか」


 と綾人はボソッと言葉を溢し、残り数キロの道を進んだ。

 だが、王宮地下の巨大な迷路は、外壁の外に続くことはなく、街中の寂れた教会に続いていた。

 綾人は、その事実に王族の理解に苦しむ。


 (本来地下に道を作るとなると、王族の脱出経路も兼ねるはずだ。ただ、その道が無い。ただの馬鹿か、王族しか使えない何かがあるとみるべきだが…………まあ、召喚時に《鑑定》持ちを呼ばないほどだ。馬鹿に違いない)


 結局、綾人は王族批判に落ち着き、地上に続く階段を見つけると、それに足を運び階段を登った。


 「何も乗ってなかったか」


 綾人が一番上に到着すると、そこには扉があった。何かが上に置いてあると思い、綾人は力を入れて押し開けようとする。

 しかし、それを押すと軽く開いてしまい、拍子抜けて一言呟いた。

 その後、綾人は目と口を閉じ、片手で鼻を抑えると地上へと帰還した。


 「さて、どうしたもんか…………」





 綾人は地上へ帰還すると、始めに《探知》を使い周辺の地形を把握する。

 寂れた教会がある通り、ここら一体は貧困者が暮らす区画。

 それは綾人にとってプラスに働く。


 「悪くないな。こんな場所には分かりやすい奴もいるし、やり易い」


 貧困者が暮らす区画に犯罪組織があるという偏見を持つ綾人は、楽観的な気分で教会に潜伏を開始した。

 しかし、北の森までは距離が有り、残り二日半を何もせずに過ごすというのは、綾人にとって苦痛だった。

 そのため、ものの数分で教会を飛び出し、まずは周辺の景色を眺める。


 「ふ〜ん。あそこが拠点ぽいな」


 綾人は教会の屋根上に登り、景色を眺めると一際綺麗な建物を発見する。

 その瞬間に何かしらの組織のものであると考え、どうするべきか思案し始める。


 (いきなり襲撃は流石にやり過ぎだからなあぁ…………そこら辺を彷徨うろつくチンピラから金を巻き上げるとこから始めるか。着てる服に、このやけに上物のフード付きマントは売れないしな)


 考えることは、生きる上で必要なもの。

 この世界に来てからまだ見ていない硬貨を、綾人は必要になると考えそれをどう入手するか導き出す。

 元の世界では、相手が誰であろうとその行為は窃盗だが、法整備が緩そうな世界であるため、綾人にはその感覚は無くなりつつあった。

 というより、綾人の価値観がこちらの世界に合っているということが、綾人の思考をより速く世界に順応させていったのかもしれない。


 「それじゃあ、早速出向くか」


 綾人は、屋根から飛び降り静かに着地する。

 その後、《変装》を発動すると、建物同士の隙間にある細い路地を行き来し始める。

 路地には、当然の如く様々な人間が暮らしており、酒瓶を持って空を仰ぐ爺さん。薬物を使い、狂った男。その男を口説く売春婦。と、そこには普通ではあり得ない光景が広がっていた。

 綾人は、その様をチラッと横目に見ながら足を進める。

 しかし、そんな綾人を眺める人間たちがチラホラと存在する。

 勿論、綾人は把握済み。

 ただ、そのことに気づいていない酔ったフリしたチンピラが、綾人に絡みに行く。


 「おーい、そこの君ー。こんなとこに何しに来たんだい?」


 そう綾人に言葉が掛けられると、次の瞬間には周りにいた一般人は居なくなり、壁に持たれるチンピラ二人が待機していた。

 その一連の流れで、綾人はこの区画の常識を知る。

 争いには関わらない。自己責任。個人主義。

 そんな感じのことを、綾人は受け取った。

 そんなわけで、計三人のチンピラに絡まれた綾人は、一般人がいないことを好都合と捉え、


 「金を渡せ」


 と三人に向けて言い放つ。

 すると、その空間には一瞬の静寂が訪れ、次の瞬間には大きな笑い声が響く。


 「ハッハッハッハッ――――マジかッ、こいつ」

 「アハハハッ――――傑作だぜ」

 「状況分かってんのか? ハハッ」


 綾人はその反応に動じることなく、笑い続ける三人を待つ。

 すると、笑い終えた一人の男が素性を明かす。


 「おいおい。オレたちが誰かわかって言ってんのか? ギックスわかるか? 用心棒派遣のギックス。オレたちはそこのトップだ。お前に何が出来んだ?」


 しかし、綾人はそんな組織を知る由もなく、


 「何だその組織。ダサいな」


 と思っていたことを口にしてしまう。

 すると、それが三人の怒りを買い、


 「テメェッッッ!!!」

 「クソがッッッ!」

 「やれッッッ!!」


 といきなり戦闘になる。

 綾人は、三人が用心棒ということで少し警戒する。

 しかし、その動きがあまりにも遅く、待つことに耐え切れなくなる。

 そのため、


 「弱いな」


 と一言呟くと共に、一瞬の内に三人の意識を刈り取った。

 その後、綾人はチンピラ三人の身包みを剥がし、全員裸にすると、近くにあった縄で縛り上げて見せ物にした。





 一騒動起こした綾人は、手に入れた物に《清潔》を使用し、それを売るべく闇市を探していた。

 しかし、土地勘も人脈も無い綾人は、二時間歩き続けても辿り着くことができていなかった。


 「はあぁ…………どうなってんだ。個人でやってる奴もいないのか?」


 荷物を放り出して木箱に座る綾人は、一向に見つからない取引相手に嘆き始める。

 だが、そんな綾人の近くに、一人の爺さんが近づく。


 「何を嘆いているんだ。青年」


 綾人は、フラフラとやって来た爺さんに視線を向ける。

 爺さんは、汚れているが、どこもほつれていないしっかりとした服装をしている。

 そこで綾人は、身なりから考えて、この区画では普通でない風貌に違和感を感じ、素直に望みを伝えることにする。


 「ああ、取引相手がいなくてな。せっかくギックス一味の身包み剥がしたのに…………」


 本来伝えるべきでない情報を渡し、綾人はその爺さんの反応を見る。

 すると、爺さんは耳がピクッと反応し、


 「そんなことか。そこに置いてあるのが商品か?」


 と綾人に尋ねる。

 それを見ていた綾人は、望んだ人間がやって来たことを喜ぶ。


 「おお! 爺さん商人なのか! そうだ。それが商品さ」

 「あまりデカい声を出すな。ふむ、ふむふむ。これら全て売るのか?」

 「ああ、俺には必要無いからな。金以外」


 すぐ商品に手をつけ査定していく爺さんは、念のため確認を行う。

 その後、綾人の返事を聞くと、何処からか取り出した硬貨の入った巾着を差し出した。


 「これが買取額だ。受け取れ」

 「ああ、助かったよ。それじゃあな」


 綾人は、その巾着を受け取るとすぐに別れを告げてその場を立ち去った。

 だが、爺さんはその場を離れず、綾人の背中を眺めて、


 「はあぁ…………騙さなくて良かったわい」


 と呟き、綾人が見えなくなると、爺さんもその場を後にした。





 綾人は、取引場所から立ち去る寸前、爺さんの魔力を感知し、次回から探す手間を省くことに成功する。

 その後、一旦寂れた教会に戻った綾人は、リラックスした状態で扉を開く。

 すると、


 「あら、どちら様ですか?」


 と振り返って尋ねる女がそこには居た。

 綾人は一瞬警戒し、《真実の瞳》を使ってステータスを覗く。

 しかし、目立ったスキルが無く、ただの一般人だと分かると綾人は警戒を解く。


 「怪しくないですよ?」


 それを知ってか知らずか、女が綾人に告げる。

 その言葉に綾人は害が無いと理解し、謝罪して挨拶をする。


 「いえ、すいません。ここに寝泊まりしようと思っておりまして。この教会はあなたに関係が?」

 「いいえ。近くにある孤児院からお祈りするために来ただけです。ここに泊まられるのですか?」

 「ええ。明日、明後日にはこの街を出て行くので」

 「そうですか。ですが…………そうですね。うちの孤児院に来ませんか? 少しは快適に過ごせますよ」

 「うちの?」


 綾人は、その女が孤児院の院長であることをスキルで知っていながら、不思議に思った反応をする。

 院長である女は、そんな綾人に説明する。


 「はい。私、こう見えて孤児院の院長をやっているんです。ちょっと五月蝿いかもしれませんが、どうですか?」


 綾人は一瞬迷うが、


 「お誘いありがとうございます。ですが、辞めておきます」


 と院長の誘いを断る。


 「そうですか。気が向きましたら、いつでも来ていいですからね。それでは」


 院長は、そう言い残して教会を出た。

 綾人は扉が閉まるのを眺め、閉じ切ると残りの時間をどう過ごすか考え始める。


 (明後日まで時間がある。ただ、王宮では俺が逃げたのがバレてるだろう。そうなると、ここは見つかる可能性がある。なら…………明日は孤児院に行くか)


 そう結論を出すと、綾人は仮眠をとる。

 さっきのチンピラたちが仲間を連れてやってくると予想して、念のために体力を回復させる。

 魔力痕は無いが、組織であるため三人を倒した人間を探すのは必然。それに、ここらを取り仕切ってるとなると、面子も潰されたことになる。

 綾人はそこまで考え、複数の魔力が感じられるのを待った。

 太陽が沈み、暗い雰囲気を漂わせた街が暗闇に染まる。

 すると、ぽつぽつと小さな魔力が教会を囲む。

 綾人はそれを感知すると、ゆっくりと瞼を開け、欠伸をしながら扉を開けた。


 「はーあ。結構いるなー」


 松明片手に、多くのチンピラが綾人に視線を集める。

 すると、そこで一度やられたチンピラたちが顔を出し、発言する。


 「さっきはやってくれたな」

 「これだけいればお前も手こずるだろ」

 「謝るなら今のうちだぞ」


 一度負けたという事実をちゃんと受け止めず、仕返しに来た三人を綾人は、


 (まんまと連れて来たよ…………)


 と呆れながら見ていた。

 ただ、綾人はこうなる可能性を考えており、あえて殺すことなく生かしていたのだ。

 そのため、綾人は一歩踏み出すとその瞬間に暗闇に紛れる。

 黒のマントを羽織っているということもあり、チンピラたちは綾人を捉え切れない。

 ただ、それより綾人の速度が異常に速いということが、チンピラたちを驚かせる。


 「何処行きやがった!?」

 「おい! 魔法で照らせ!」

 「よし、きた。ひか――――」

 「おい! どうし――――」


 次々と声が少なくなっていき、チンピラたちはパニックを起こす。


 「に、逃げろぉおあ――――」

 「いやだあゔぁッ――――」


 男の汚い声が響き続け、とうとうチンピラは三人までになる。


 「逃げないのか?」


 綾人はその三人を見て尋ねる。

 しかし、三人は正気を保っておらず。


 「あ、あああ、ああ」

 「あーー、ああー、あ」

 「…………」


 と各々普通じゃない様子を見せる。

 綾人はそんな人間を見たことがなく、少しいいものを見たと思いながら少し眺める。

 だが、すぐに興味を失い、三人の首を刎ねる。

 教会前には、無数の死体と赤い飛沫が広がっていた。

 綾人は、流石にこのままでは衛生上良くないと考え、一帯に《清潔》を発動して死体を集めて身包みを剥ぐ。

 そして、


 「ファイア」


 と火をつけ燃やし始める。

 それから時間が経ち、薄らと空が見えてくる。

 綾人は、焦げて黒くなった残骸と、姿を見せ始めた骨を《物質固定化》を用いて一つにまとめる。

 そして――――。


 「素晴らしい作品ですね」


 後ろから声がかかり、綾人は振り向く。

 すると、そこには孤児院の院長が姿を見せていた。

 綾人は、自分の作った像を褒められていることを理解すると、


 「ええ、命を感じます」


 と告げた。

 その後、二人はその作品について話し、それが終えると一緒に祈りを捧げた。

 綾人は、祈りを一度もやったことがなく、新鮮な気持ちを体験し、心を満たした。

 二人はそれから昨日の話をする。


 「泊まらなくてもいいので、子どもたちにお会いしませんか?」

 「そうですね。偶にはいいかもしれないですね」

 「ふふっ、でしたら行きましょう。案内します」

 「はい」


 二人はそれからも歩きながら話し、孤児院へ向かう。

 数分とそこまで距離もなく、孤児院にはすぐに到着する。

 ただ、


 「院長ー! その人誰ー?」

 「誰ー?」

 「お腹すいたー」

 「遊ぼー」

 「今日は何する?」


 と院長の姿が見えた途端。子どもたちは駆けつけ質問を浴びせていく。

 院長はそんな子どもたちの姿を優しく微笑み眺め、一つ一つに答える。


 「この方はお客さんです」

 「もう少し待っててね」

 「ご飯食べた後にね」

 「一緒に考えましょう」


 全員の顔をしっかり見ながら対応する姿に、綾人は感心する。

 綾人自身もそういった経験があった。

 しかし、その全てが曖昧な回答で、院長のように真剣に答えていなかった。

 それぞれの性格もあるとわかっていながら、綾人はそう感心せざるを得なかった。


 「兄ちゃん遊ぼ?」


 唐突にズボンを引っ張られ、綾人は話しかけられる。

 それに気づいた綾人は、しゃがんで目線を合わせると、


 「いつも何してるんだ?」


 とその男の子に尋ねる。

 男の子は、綾人の言葉が嬉しくなったのか、次々といろんな遊びを言葉にし出す。


 「えっとね、かくれんぼでしょ。鬼ごっこでしょ。お城作りでしょ。えっと、えっと――――」


 綾人はその姿に少し癒されながら、気になったものを選んでその遊びをすることにした。


 「お城作りってどんなの?」

 「えっとね、こっち来て。一緒に作ろ!」


 男の子に手を引かれ、綾人は中腰のまま着いて行き、他の子たちとも一緒に遊び始める。

 院長は、そんな姿を眺めて安心すると、キッチンへと向かい食事の準備を始める。

 それから時間が経ち、全員で遅めの朝食を摂ると、次は全員で遊んだり、昼寝をしたりしてその日を終える。

 日が沈み始めると、綾人は院長の元を訪れ、別れの挨拶をしようとする。


 「院長。今日はありがとうございました。そろそろ――――」

 「あ! 兄ちゃん帰ろうとしてる!!」


 しかし、一人の男の子に見つかり、綾人は子どもたちに孤児院に泊まるようにせがまれる。

 綾人はどうしようもなくなり、挨拶することをやめ、教会に帰るのを諦めてしまう。

 その後、綾人は孤児院に泊まることになり、寝るまでの時間を子どもたちと話したり、遊んだりして過ごす。

 しかし、翌日、


 「見つけたぞ。犯罪者」


 と陸を筆頭にした騎士団に見つかってしまう。

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