四章-③






 薄らとした意識の中で、どこからともなく痛みを感じる。

 それに耐えきれずに俺は意識を覚醒させ、重い瞼をグッと持ち上げた。

 黒く古さを感じさせる天井が景色を埋め尽くす。

 どうやら死にはしなかったらしい。

 そう認識すると、ふっと気持ちが軽くなる。

 しかし、そのせいで緊張が解け、忘れていた痛みが全身に駆け巡る。


 「っ…………!?」


 声にならない悲鳴を上げ、手足に思わず力を入れる。

 だが、それがまた痛みを発生させ、身動きが取れない状態になる。

 それに、手足を動かした際に金属の擦れる音が聞こえ、自分の手足にかせが付けられていることを理解する。

 そのため、俺は枷のことは二の次で、まずは《治癒》を使い痛みをとることを優先する。

 すると、節々の痛みはどんどん和らいでいき、普通に動かしても痛みを感じることが無くなる。

 内心それに喜び、次はどう行動するべきか考え始める。

 ただ、少し肌寒い。

 そう感じて少し頭を持ち上げて体を見る。

 すると。


 「…………!?」


 俺は下着一枚にされていた。

 そのことに驚き、どうしようもないと思うと、俺は現状の把握を始めた。


 (脱出に失敗して何処かの牢屋に投獄されているのが今。で、手足には枷。服は脱がされ下着一枚。スキルが使えて魔法は使えない。そして、何より…………)


 思考の最中、牢屋の奥を見て、そこに座る看守の姿を確認する。


 (副団長…………お前休んでろよ…………)


 そこに居たのは、俺が足を盛大に折った副団長だった。

 そのことに驚きと執念を感じる。

 俺は呑気に考えることをやめ、体を起こして副団長に警戒しながら話しかける。


 「足の調子はどうですか?」





 副団長は、暗闇から動く気配に気づくと警戒心を高め、その男に視線を向ける。

 その男、綾人は緊張感が無いのか、自分が行った行為を受けてどうかと副団長に問いかけた。

 副団長はそれに怒ることもなく。


 「骨は繋がったが筋肉はまだ完全じゃないな」


 と普通に返答する。

 綾人はそのことに少なからず驚き少し黙ってしまう。

 すると、今度は副団長が綾人に尋ねる。


 「君は何であんなことをしたんだい?」


 真相を知らない副団長は、純粋な疑問を投げかける。

 しかし、綾人はその問いに答えても無意味だと感じ、その旨を素直に告げる。


 「あなたに言っても仕方がないことだ」


 副団長は、その返事を聞いて自分の無力さを思い知る。

 初めて会った時から何かおかしいことは感じていた。

 だが、その違和感を拭うために行動を起こすことはなかった。

 それが今の二人の関係に繋がっている。

 そう思った副団長は、自分が行動を起こせば変わったかもしれないと後悔すると共に、何故か理由を伝えない綾人に苛立ち。


 「ガッカリしたよ」


 と伝え、椅子から立ってその場を後にした。

 副団長は離れ行く中、どうして苛立ちあんな言葉を言ったのか考えを巡らせていく。

 しかし、答えを見つけ出せず、そのまま悩みながら自室へと向かって行く。

 そんな副団長に捨て台詞を吐かれた綾人は、何も気にする素振りもなく、次の脱出について考え始めていた。


 (次は失敗が許されないだろう。そうなると、やはり協力者が…………あー、いたわ。忘れてたよ、完全に。ちょっと『交信』するか。いや、今魔法使えねえぇんだ。スキルにないかね。使えるものが…………あ、これならいい)


 綾人は、どんなスキルであれば召喚者に協力させることができるか考え、すぐにそのスキルを創造して使用する。


 「よし。それじゃあ、《啓示メッセージ》」


 本来の使い方ではないようだが、綾人は気にせずスキルを使う。


 ⦅啓示:二日後、王都の北の森にて待機せよ。救い人、現れり⦆


 それっぽい文を思い描き、綾人はそれを召喚者の姿を思って発動させる。

 すると、綾人の脳内に召喚者の映像が流れ、《啓示》が届くのを見届ける。

 その映像では、遠くにいる召喚者の声まで流れ、驚く反応や行動に起こすところまで流れた。

 綾人はそれを見届けると、自分の肉体をスキルで改造できないか考え、スキルを創造しようとする。

 すると、そこに新たな客がやって来る。


 「犯罪者。お前だけは許さん」



十一



 綾人の牢の前にやって来て、そう呟いたのは新米騎士だった。

 その呟きは酷く冷たく鋭いもので、その言葉を発したのが新米騎士だと綾人は気づくのに数秒かかった。

 新米騎士は、ボサボサの髪をそのままに、目の下には深い隈をつけ、髪で隠れた瞳は光を失い濁っているように感じさせた。

 その姿を見て、あまりの変わりように呆気にとられた綾人は、そのことについて尋ねる。


 「どうした。そんなに風貌を変えて」


 そう綾人の言葉が小さな空間に響くと、新米騎士は目をカッと開き綾人を睨み。


 「お前のせいだろッッッ!!!」


 と怒鳴りつけた。

 その声は、耳をつんざくほどに響き渡り、遠くまで反響していくのがわかるほどだった。

 しかし、綾人は何のことかよくわかっておらず、そのまま尋ね返す。


 「何のことだ? ほんとに俺のせいなのか?」


 純粋な態度で尋ねる綾人に、新米騎士はとうとう抑えきれず。


 「お前がッ、お前が殺した人間の中にッ。オレの家族がッ、娘がいたんだッ!!」


 と怒鳴りつけ始める。

 それを受けて、新米騎士が何をしたいのか理解すると、綾人は聞くフリをして、肉体改造するためのスキルを創造し始める。

 まずは、この世界で適応するために、《身体最適化》というスキルを創造。次に、《魔力増大》、《身体強化》と順に創造して、それぞれ発動させる。

 綾人は、《身体最適化》によって身長を伸ばし、筋肉量も増大させる。《身体強化》で骨や筋肉の耐久力を上げ、《魔力増大》で戦闘力の強化、疲労回復の速度を上昇させた。

 綾人は、その変わりように内心驚き、気づかれないかヒヤヒヤする。

 しかし、新米騎士は変化する綾人に気づくことなく、罵声を浴びせることを続けていた。

 綾人はそれに溜息を吐きそうになる。

 ただ、その瞬間に脱出失敗の原因を思い出し、その反省を活かしてまた新たなスキル、《変装》を創造する。

 その後、綾人は全てのスキル。《取捨選択》と《真実の瞳》以外のスキルに《隠蔽》をかけ、ステータスから存在を消した。

 すると、それと同時に新米騎士の罵声が止まる。

 綾人はそのことが気になり、顔を上げて視線を向ける。

 すると、新米騎士は目を見開き震え出していた。

 それに違和感を感じ、綾人は警戒心を高める。

 カツッカツッ――――と、二人の人間の足音が響き、新米騎士の横にその姿を現す。


 「あなた煩いわよ。この人間にこれから用があるから、戻ってくれる?」


 と第二王女が立ち止まると新米騎士に告げる。

 新米騎士はその瞬間に姿勢を正し、一礼するとそそくさとその場を後にする。

 それを横目に綾人はやって来た二人を注視する。

 その視線に気づいた第二王女は、ニッと口角を上げ。


 「ざまあぁないわね。綾人さん」


 とわざとらしく綾人を嘲笑う。

 それに綾人は微動だにせず、その後に続く言葉を黙って聞き始める。


 「《勇者》を渡して逃げるつもりだったんでしょうけど、そんなことはさせないわ。あなたには使い道がありそうだから、私の奴隷になってもらうわ」


 綾人は奴隷という言葉にピクッと反応する。

 しかし、何も発言することなく、聞く姿勢を崩さない。

 そのため、第二王女の言葉は続く。


 「最初は殺してしまおうと思ったのだけれど、よくよく考えたらスキルを移動させるなんて凄く便利だと思ったの。だから絶対に逃したくなくて…………ふふっ、召喚者に盗聴の魔道具を付けて正解だったわ」


 第二王女は、サラッと綾人の逃走計画を知っていたことを暴露する。

 しかし、綾人がそれに反応を示さないことに気づくと、第二王女は聞き逃したと思い、改めて説明し出す。


 「あなたが召喚者と計画したことは全部聞いていたの。わかるでしょ? あなたは最初から逃げられなかったの」


 そこで綾人は、第二王女が自分の逃走意欲を削ぐために話しているのだと理解する。

 それがわかると、綾人はそこで初めて口を開く。


 「うるせーよ。残念女」


 その言葉は、第二王女にとって初めて言われる言葉で、声を上擦らせて反応する。


 「なっ!? な、なんて言葉を私に向けてますの!」

 「そのままの意味だろ? 全ての原因さんよ」


 綾人は、そこで意味ありげに告げる。

 すると、第二王女がそれに食いつく。


 「どういう意味でして?」

 「そのままだが…………さっき走り去った新米騎士。アイツは、お前が俺を捕らえんがために計画したせいで、娘を失ったそうだ。他にも多くの民たちが死に、街に住む人々に恐怖心を植え付けることになった。その全てがお前のせいだと言ってるんだ」


 綾人は被害者ぶり、第二王女の精神を蝕むように言葉をかけていく。

 しかし、そこでずっと二人の様子を見ていたミアが発言する。


 「それは違います。あなたが暴れなければ何も起きませんでしたよ」

 「ミア…………」


 第二王女はその言葉に反応してミアを見る。

 しかし、綾人はミアの意見を否定する。


 「いや、それは違う。それは俺の考えを無視している。俺は別に人を殺したくて殺したんじゃない。妨害されるから仕方なくだ。本来、俺は何もされなければ何もしないと決めていた。《勇者》の譲渡後に自由にしてくれればな」


 その話を聞き、第二王女はだんだんと自分が原因で、多くの命を奪ってしまったと考え始める。

 それにミアは気づき、第二王女を優しく揺らし呑まれないように行動する。

 しかし、第二王女の反応は薄い。

 そこに綾人の言葉が再び伝わる。


 「自国の民を苦しませる王女。民たちから憎まれるんじゃないか?」


 第二王女の呼吸が早くなる。

 それにミアはすぐに気づき、第二王女の体を強く揺らし始める。

 しかし、全く反応が無く、第二王女が思考の渦に呑まれる。だが、次の瞬間。

 パチーンッ――――と乾いた音が響く。

 第二王女は、頬に痛みを感じて、自分の頬をビンタした犯人の方へ視線を向ける。

 しかし、思考の渦から脱したものの、過呼吸からは脱することができておらず、苦しみながらミアの顔を眺める。

 ミアは、それをすぐさま理解すると、ハンカチを取り出し第二王女の口元に当てた。

 綾人はその一連の出来事を眺め、ミアがかなり優秀であることを改めて理解する。

 その後、綾人は何も発言することなく、第二王女の回復を待った。

 一見その行動は不気味に映るが、第二王女を過呼吸に追い込み、思考の渦に落とそうとしたのも、逃走計画を防がれた意趣返しのようなもので、それ以上綾人は何もするつもりは無かった。

 それに、そんなことをせずともすぐにでも脱出できると感じていたという理由も、綾人の中には存在していた。

 第二王女が回復する。


 「良かったな。優秀なメイドが居て」

 「あ、あなたは…………わからないわ」


 第二王女は、思わず本音を吐露する。

 すると、それに被せてミアが綾人に尋ねる。


 「あなたは何故そのようになられたのですか? 美羽様と千佳様とは幼馴染。二人を簡単にも切り捨てられる精神は理解しかねます」


 ミアの初めて会った時からの疑問が綾人に向けられる。

 すると、綾人はその問いによって過去を思い出してしまい。


 「何もねーよ」


 と答えになっていない答えを告げる。

 しかし、その言葉を発する表情は、瞳の光が失われ、一つの表情筋も動かず虚無を見つめていた。

 その表情に第二王女とミアは心の底から戦慄し。


 「すみません…………」

 「失礼します…………」


 と対立していたとは思えない謝罪をして、その場を後にした。



十二



 二人が去った後、数分後に再び足音が響く。

 バラバラに音が響き、複数人であることを伝え、近づいて来ることに伴い、話し声も聞こえて来る。

 男一人に女二人。

 綾人はそれがわかると、面倒臭いという思いを抱く。

 そう。


 「気分はどうだ?」

 「綾人…………」

 「どうして…………」


 陸と美羽と千佳だ。

 三人はそれぞれ別の表情を浮かべる。

 陸は勝ち誇り、余裕の表情。美羽は半信半疑に綾人を見つめ、千佳は落胆し、心の整理を終える一歩手前といったところ。

 その三人の顔を順に眺め、綾人は。


 「はあぁ…………」


 と溜息を吐く。

 それに最初に反応したのは陸だった。


 「おいおい、何の溜息だ? 心配した二人を連れて来たのによ」


 余裕があるため陸は尊大な態度で綾人に接する。

 ただ、綾人は全てを知っているため、それを滑稽だと思い。


 「フッ…………」


 と鼻で笑う。

 それを見た陸が怒鳴りそうになった瞬間、先に美羽の言葉が放たれる。


 「綾人。自分がスキル《勇者》を持ってるって王様に嘘ついたって本当? 私まだ信じられなくて。違うなら違うって言って。どうにかして出してあげるから」


 それは綾人を本当に心配する言葉。

 ただ、千佳の発言で流れが変わる。


 「美羽。証拠も見たでしょ。それに綾人が一人で行動していたのも納得できるものだった」


 その発言は、綾人にとっては理解できないことだらけ。

 しかし、それは陸の説明によってすぐに判明する。


 「そうだ、美羽。綾人は自分だけ良い生活を送り、良い訓練を受けるために国王に嘘をついたんだ。オレたちを除け者にしてな。それにさっき見せただろ? 《勇者》の光を」


 綾人は全てを理解する。

 ただ、綾人は反論せずに、逆にそのシナリオに乗る。


 「そうだ。全て本当だ。お前たちと差をつけるためにそうしたのさ」


 その発言を聞き、陸は信じられない顔をし、二人は涙を溜めて。


 「そんなことする人だったなんて…………」

 「最低…………」


 と綾人に告げた。

 ただ、それは綾人にとって思っていた通りの反応。

 それが面白かった綾人は、二人を見ながら。


 「本当に変わらないよなあぁ…………関係切って良かったわ」


 と本心を告げた。

 その綾人の態度と発せられた言葉を受けて、二人はかなりの衝撃をくらい、牢の前から姿を消して遠ざかる。

 綾人はこれで三人失せると思っていたが、陸が残ってしまったため、改めて去るように告げる。


 「お前もどっか行け。邪魔だ」


 しかし、陸はその言葉に反応することなく、突然上機嫌に語り出す。


 「アッアッアッ。良くこんな状況でも強がれるよなあぁ。全てお見通しで逃れるはずもなかったのに。自分の力を過信し過ぎだ。あ、そうだ。街並みはどうだったよ。元の世界とは違って良かったんじゃないか? 短い観光だったけどな」


 綾人は、陸がおかしくなったことに何も違和感を持たず、言われた通り街並みがどうだったか思い出す。

 ただ、そこまで意識してなかったせいか、あまり思い出すことができず、すぐに諦める。

 そして、そうダラダラと話を聞いているのも苦痛に感じ、綾人は立ち上がって足枷を力づくで破壊すると。


 「どけ」


 と告げると共に、陸との間にある鉄格子を蹴り破った。

 完全に隙をつかれた陸は、その鉄格子を正面から受け、背後の壁に後頭部を強打して気絶する。

 綾人はそれを把握すると、次は手枷を無理やり破壊して、《物質固定化》を利用し手首と足首に残った鉄屑を外した。


 「速く出て行きたいが…………」


 綾人は脱出経路を知らないため、《探知》で周辺の地形を探る。それと同時に、魔力で自分の来ていた服を見つけ出し、着替えるとすぐに脱出するために行動を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る