四章-②






 城壁を越え、近くの路地裏に身を潜めた俺は、外壁を目指すために建物の屋根上に登り、街を見渡した。


 「円形か…………」


 越えてきた城壁を見るが、その後ろにも建物が続いており、王宮が街の中心にあることを知る。

 脱出を計画しておいて、付近の地形や街の造りを把握することが頭から抜けていた。

 俺はそれを一瞬だけ反省し、次の行動をどうするのか、屋根から降りて考え始める。


 (王宮の裏から出てきたが、このまま真っ直ぐ進んで大丈夫だろうか。王宮の正面側の外壁を目指せば、近くに街があるはず。だけど、それだと追ってを振り切ることができないかもしれない。裏側がすぐに森だといいが)


 王族への来客を考えた付近の地形を予想して、王宮の裏側への逃走を決める。


 「賭けだが仕方ない」


 路地裏で言葉を溢すと、大通りに飛び出し、この街に住む人々に紛れて外壁を目指し歩き出す。

 幸いにも、服はこの世界に来てから現地のものしか着ていないため、目立つことはない。

 しかし、周りを見れば殆どが金髪。

 服装で気づかれなくても、髪色で気づかれる方が可能性が高い。

 俺はそれに気づくと、路地裏に向かい、フードになりそうなものを探す。

 すると、少し奥に行ったところで、小汚い女を見つける。

 女の手には大きな黒い布があり、フードの形をしている部分もあったため、俺はその女に近づいて行く。

 すると。


 「な、なにか、御用、ですか…………?」


 と、オドオドした様子で女が尋ねてきた。

 俺は好都合だと思い、すぐに交渉を始める。


 「手に持っている布をくれ」

 「え、いや。これは、寒さを…………凌ぐ為のもので、して」

 「ならお前を健康にする。その交換条件ならいいか?」

 「ほ、ほんとに、健康に…………?」

 「ああ」


 女が布の使い道を話し始めた瞬間、《真実の瞳》を使い、あらゆる情報を得て健康との交換条件を突きつける。

 女が二十と若く、口調も丁寧なことから、健康にさえなれば働き口はいくらでもあると考えた上での交換条件。

 普通ここまで上手くいかないが、どうやら女も健康にさえなれれば良いと考えていたのか、食いつきもよこったため、すぐに女に《治癒》を使用した。

 女は見る見るうちに綺麗になっていき、脚の擦り傷や腫れた瞼も癒えて、元の体に戻っていった。


 「あぁ…………あぁ、すごい。これで…………」


 女は自分の脚を見ながら言葉を溢し、目に触れて涙を流し始めた。

 本来そこで女の事情を聞けば何かしら起こるかもしれないが、先を急ぐ俺にとっては邪魔。

 そのため、女から黒い布を奪いとると。


 「それじゃあな」


 と言ってその場を離れた。

 後ろから女の声が聞こえるが、無視を決め、布に《清潔》という新たに創造したスキルを使い身に纏う。


 「ん? 何だか上物っぽいぞ。まあいいか」


 見に纏うと、肌触りや布の艶などから大衆向けのものではないことに気づく。

 ただ、あくまで身を隠す一時凌ぎであるため、すぐにどうでも良くなりフードを被り、道に出て外壁を目指す。


 (さっきより視線は減ったか。フード付きのマントはちらほら居るし、見つかっても逃げ切れる可能性は上がったな)


 歩きながら人々を眺め、自分が溶け込んでいることを認識する。

 しかし、突然横から何かがぶつかる。


 「った…………」

 「すまない。余所見してい…………た」


 ぶつかった人間。声からして女が急いでいたと考えた俺は、自分に非があると認め謝罪を口にし、見えてなかったことを告げようとする。

 ただ、ぶつかった衝撃でふらついた瞬間、フードが取れて髪が晒されてしまう。

 すると。


 「止まれっ、詐欺師!!」


 と、大声で叫ばれる。

 俺はぶつかってきた人間がそうだと思い顔を確認しようとするが。


 「にいちゃん詐欺師かいな」


 と、ぶつかってきた女が先に口を開く。

 その瞬間、俺は騎士に見つかってしまい、女を振り切り走り出す。


 「待てっ……!! お前は王族への詐欺で指名手配されている! 逃げられると思うな!!」


 騎士の声が遠くから聞こえる。

 すると、それを機にあちこちから俺への視線が飛んできて、ボソボソと話し声が聞こえてくる。


 「詐欺って…………」

 「王族に…………」

 「やるな〜…………」

 「捕まえたら…………」

 「え? そうなの…………」

 「金…………」


 ボソボソと聞き取りにくかったが、どうやら犯罪者を捕まえれば報酬を貰えるのが常識のようだ。

 そのせいで、だんだんと人々の目が鋭くなっていくのを感じる。


 「迷惑な話だ」


 そこで、俺が一言溢すと同時に、周りの人間が俺を捕まえるために動き出す。


 「おらっ」

 「くそっ…………」

 「うりゃ」

 「あとちょっと…………」

 「えいっ」


 男女問わず、俺目掛けて拳を振るい、抱きついて動きを止めようとする。

 しかし、どうやら一般人は魔力の使い方が下手なようで、掠ることさえない。

 ただ、時折り騎士が飛び出してくるため、移動しながら状況を把握できるように、《探知》を使用しなければならない。

 そのせいで、魔力を少しずつだが消費していく。


 「くそっ、このままじゃダメだな」


 俺は、襲ってくる人々と騎士にうんざりしながら逃走を続ける。





 騎士と一般人に追いかけられる綾人は、このままでは時間が掛かると考え、一掃できる新たなスキルを創造する。


 「『邪魔だっ!!!』」


 綾人の怒鳴り声が圧を放ちながら響いていく。

 一般人はそれを聞くと一瞬怯み、騎士たちは一般人の動きの変化により移動が遅れる。

 綾人はその隙に直進し、目の前の人間を蹴散らして行った。


 「くそっ! なにが起きた」


 一人の騎士が遠くにいる綾人を見据え愚痴を溢す。

 ただ、その言葉は綾人には届かない。

 ぐんぐんと進んでいく綾人の視界は、速すぎて周りの景色を線と化す。


 「今どの辺だ? 少し速度落とすか」


 綾人は速度を落とし、一瞬で必要な情報を得ると、再びスキルを使用し速度を上げた。


 「『どけ』」


 初めに使用した時に加減を把握したため、怒鳴ることはなく、静かな圧を周囲に振り撒く。


 (《覇王の器》スキル。なかなか使えるな。言葉だけでも戦闘が減るのはいい)


 綾人は創造したスキルの有用性を感じると、《真実の瞳》で詳細を確認する。

 詳細を目で追い読んでいくと、稀少で扱える者が少ないことを目にする。

 そこで綾人は、またとんでもないモノを手に入れたと感じ、また《隠蔽》で隠し情報を覗かれないようにする。

 綾人は、その後顔を上げて周囲を確認しようとする。

 だが、次の瞬間。


 「どこ見てやがる」


 今までとは違う屈強な騎士が綾人の目の前に現れ、綾人の右腕の上からお構いなしに拳を振るった。


 「くっ…………!」


 油断していた綾人はそれをモロに受け、左に垂直に吹き飛ばされる。

 ドンッ――――と、建物の壁にぶつかり、一般人が視線を注ぐ中、舞い上がった砂煙から綾人が顔を出す。


 「いてぇなあぁ…………お前か? 怪力騎士さんよ」


 綾人の低い声に、周りの一般人は怯み体を硬直させる。

 しかし、怪力騎士と呼ばれた騎士は堂々と立ち、次の瞬間には綾人との距離を一気に詰めた。


 「吹き飛べ」

 「無理だ」


 パシッ――――。

 騎士の拳が振るわれるが、軽い音がするだけで先程とは状況が一変する。


 「こんなもんか?」


 綾人が挑発する。

 拳に軽く添えられた手がそれに拍車をかけ、怪力騎士の怒りは上昇する。

 目を血走らせ、止められた手から拳を離すと、怪力騎士はもう一度綾人に拳を振るう。


 「ゔらあぁああああああッッッ!!!」


 気迫と魔力の籠った拳が綾人に迫る。

 それは先程とは全く違う拳で、完全に殺しに来ているモノだった。

 しかし、それは綾人の感嘆する呟きと共に停止する。


 「ほおぉ…………」


 バシッ――――。

 先程より少し鈍い音が響く。

 周囲の人間は、それをあり得ないという顔で見ていた。

 しかし、誰よりも驚いていたのは怪力騎士だった。


 「何故だ…………オレの拳は団長に迫るほどだぞ…………」


 怪力騎士は、怒っていたはずが冷静さを取り戻し、自分より格上が現れたことに驚きを隠せずにいた。

 しかし、綾人はそれに遠慮することなく。


 「パンチってさあぁ…………こう打つんだよッ!」


 と拳を作り、一瞬で騎士の懐に入ると左ストレートを鳩尾に打ち込んだ。

 その瞬間、怪力騎士の体は少し浮く。

 腹に拳がめり込み、怪力騎士の腹筋が元に戻ろうとする力と、慣性の力で物凄い速さで綾人の前から姿を消す。

 ただ、居場所はすぐに見つかる。

 ダンッ――――という音と、ガラガラとレンガの崩れる音が響く。

 怪力騎士は向かいの建物にぶつかり貫通していた。

 それに巻き込まれた一般人たちは、白目を剥き空を眺める。

 怪力騎士と建物の間でクッションの役割になってしまった人間は、頭から血を流し歯をボロボロにしていた。

 砂煙が晴れていき、それを見た一人の人間が悲鳴を上げる。


 「うわぁあああッッッ――――」


 それを機に多くの悲鳴が上がり、近くにいた騎士たちがそれを聞きつけやって来る。


 「どうしたッ!」

 「なんだこれは…………」

 「誰がやった?!」


 すぐに三人の騎士が駆けつけ、事態を把握しにかかる。

 しかし、それを許さない人間が近づく。


 「俺がやったよ〜」


 綾人だ。

 わざと騎士たちの心を逆撫でるような態度を取り、すぐに戦闘態勢に入らせる。

 そして。


 「はい、終わり」


 一瞬のうちに三人の騎士の息の根を止め、その建物から離れる。

 綾人が進むにつれ、囲んでいた一般人は後退りをして道を開けていく。

 その様子が少しおかしく感じた綾人は、笑い声を上げる。


 「フフッ、ハッハッハッハッ――――」


 綾人にとって久しぶりの純粋な笑い。

 しかし、その声は不気味な殺戮者のように見えた。

 その結果、後退りに留まっていた周囲の人間は、一斉に背中を見せて逃走を開始した。


 「きゃぁあああッッッ――――」

 「いやぁあああッッッッッッ」

 「いやだぁあああああああああッッッ」


 綾人の周りで地震でも起きてるかのように人の群れが遠ざかり、それと共に揺れが遠くへと向かっていく。

 その様子に綾人は額に手を当て、涙を流し笑い始める。


 「アッアッアッアッ、アッハッハッハッハッ――――」


 静かになった街中で、一人の男の笑い声が響き続ける。

 綾人は、笑いながら少しずつ歩みを進めていき、笑いが収まってくると速度を上げ、王宮と街を囲む外壁へと距離を縮めて行った。





 街中で騎士殺人事件が起きて数分後。

 今度は外壁手前で事件が起きようとしていた。


 「待ってたよ」


 外壁の門前で、騎士団の副団長が男に声をかける。

 すると、男は気分がハイになっているせいか、いつもと違う口調で話し始める。


 「ああ! 副団長か! 俺を待ってたってことでいいんですか?」

 「ハイになっているのか? 君は」

 「わからないですよ。でも気分はすこぶる良いっ」

 「それをハイになってると言うんじゃないか?」

 「そうなんですか。ならそれで。とりあえずそこ、退いてくれます?」


 口調の変わった男、綾人は外壁を抜けるために副団長に道を譲るよう告げる。

 しかし。


 「それは無理な相談だな」


 と副団長はキッパリと無理であることを伝える。

 副団長はこうなることを予想していたためか、幾らか楽に対応することができていた。

 しかし、内心では逃走と責務で揺れ動いていた。

 出会った時より強者の雰囲気が強く漂う綾人と張り合うことができるのか。

 このまま逃げてもいいんじゃないか。

 そんなことを自問自答していた。


 「そっか、なら倒すしかないな」


 綾人が呟いた瞬間。

 副団長は体の震えが止まらなくなる。


 (む、無理だっ。なんだコイツは…………表に出てる態度と内にある魔力の波が真逆だ。私には勝てない。どうしてこうなった…………どうして私がっ……)


 副団長はぐるぐると脳内で勝てないことを考え続ける。

 しまいには、何故自分が対峙しなくてはならないのかということまで考え始める。

 しかし、その考えは一つの声によって吹き飛ぶ。


 「お願いお姉ちゃん! 悪い人をやっつけてっ!」


 小さな女児の声が静かな門前で響く。

 案の定誰もがその声の主に視線を向ける。

 それは綾人も同じ。

 ただ、周囲の人間と綾人とでは一つだけが違っていた。

 それは。


 「うるせぇ」


 綾人が女児に向かって行っていたことだ。

 その瞬間、誰もが女児の死を悟った。

 しかし。


 「させんっ!」


 と副団長が綾人と女児の間に割り込み、勢いそのまま綾人に斬りかかる。

 その動きはコンマ数秒。

 常人では避けることが不可能な一撃。

 周囲の人間は目を瞑り、誰もが次の瞬間には綾人が斬られる場面を想像した。

 しかし、そんな幻想は甲高い音と共に崩れ去る。

 キンッ――――。


 「あ…………」


 誰かの声が漏れる。

 だが、息を吐かせぬまま綾人の蹴りが副団長の腹部に突き刺さる。


 「がっ…………」


 副団長の体は軽々と持ち上がり、くの字に折れ曲がる。

 そして、怪力騎士の時よりも音を立てて壁にぶつかり、副団長は空を仰ぎピクッと体を震わせていた。

 周囲の人間はバコンッという聞いたこともない音が響き、初めて副団長が吹き飛ばされたことに気づく。

 綾人の隣に居る女児は、その光景を見て地面に模様を描き、絶望と呼んで相応しい表情をしていた。

 大きく開かれた目の瞳は光を失い、薄く笑った口と涙が感情を際立たせていた。

 綾人は女児の表情を見て、気分が高まることを認識する。

 そのため、女児には手を出さず副団長の元へ歩みを進めた。


 「がはっ…………」


 副団長が意識を取り戻し、酸素を取り込むために無理やり息を吸い込む。

 しかし、壁にぶつかった衝撃で肺にもダメージが入っており、途中で強制的に止められる。

 薄く残った意識でそれを理解すると、副団長は静かに呼吸を始める。


 「すぅ…………はぁ…………すぅ…………はぁ…………」


 カツンカツンカツン――――。

 誰かが近づくことに気づき、副団長は体を起こそうとする。しかし、節々が痛み、力を入れることすら叶わない。

 それを理解すると、副団長は体を起こすことをやめて、これ以上何もされないことを祈った。

 カツン――――。

 そこで足音が止まる。

 副団長は自分の足側に人間が止まったことを理解する。


 (あの男が外壁を通り過ぎていたら、今近くにいるのは味方のはず。頼む…………味方であってくれ…………)


 副団長は改めて祈った。

 しかし、その祈りは届くことはなかった。


 「何寝てるんだ? 副団長。そのまま寝ててもいいけど、あの女の子死んじゃうよ?」


 (っ…………、っ…………!?)


 綾人がわざわざ副団長に女児の殺害予告を告げる。

 副団長は、綾人の声が聞こえた瞬間、望みが絶たれて絶望しかける。

 しかし、綾人の殺害予告を聞き、その女児を目にすると、軋む肉体に鞭を打ち、悲鳴を上げる筋肉と関節を無理やり動かし立ち上がる。


 「ああ、あああああああああッッッ!!!」


 その雄叫びに似た声に、周囲で絶望した人々の顔に光が灯る。

 それは近くの女児もだ。

 瞳には光が戻り、口角が上がり、パッと晴れた顔が喜びを表していた。

 副団長は、それを見て更にやる気を呼び覚ます。

 脳内では様々な物質が出てギリギリを保っており、次大きな一撃を喰らえば確実に倒れることは明白だった。

 ただ、副団長はそんなことを考える余裕なんてなかった。

 先ずは目の前にいる男を殴り飛ばす。

 それだけだった。


 「あぁああああああッッッ!!!」


 力を込めた拳を綾人にぶつける。

 綾人は瀕死の副団長に少し油断してか、その拳をモロに受け、王宮前の広場まで吹き飛ばされてしまう。

 ダンッ――――。


 「あぁ…………油断したなあぁ…………結構痛えぇ…………」


 綾人は噴水にぶつかり動きを止める。

 水は綾人に容赦なく降りかかり、全身ずぶ濡れの状態になる。

 そこから綾人は噴水から抜け出し地面に足をつけると、すかさず《治癒》と《清潔》を使い殆ど元通りにする。


 「よし。それじゃあ、やり合うか」


 綾人は気を取り直して副団長の元へ歩いて行く。

 その時には異様に昂った感情はなく、何の起伏もない素の状態に戻っていた。


 「どうしたんですか? ここまで来て」


 綾人は副団長がこちらに向かって来たことについて尋ねる。


 「向こうは人が多すぎる。ここなら多少壊れても人が居ない」

 「なるほど。じゃあ、全力でやりましょうか」

 「ああ、来るがいい。王国騎士団副団長。カエラ・ミシェルが相手する」


 副団長の名乗りと共に戦闘が始まる。

 始めに動いたのは綾人。

 名乗った瞬間に突撃し、間合いを詰めた。

 それに対し副団長、カエラは冷静にバックステップで距離を取った。

 綾人は距離が離れたことで魔法を放つ。


 「ファイア」


 ボウッという音と共に、赤い炎の球がカエラに飛ぶ。

 カエラはそのファイアのスピードに目を見開き、ギリギリのところで避ける。

 しかし、ジリッという音が耳に届く。

 瞬時にその音の元に視線を向けると、炎が掠って髪が少し焦げていた。

 カエラは今一度綾人が規格外であることを認識する。


 「ブースト」


 カエラが魔法を使用し全ての運動に対して効果を引き上げる。


 「へぇー、そんなのあるんだ。ファイア」


 綾人はカエラの魔法に関心しながらファイアを放つ。

 普通では有り得ないスピードでカエラに炎が迫る。

 だが、カエラはそれを容易く避けると、綾人へ接近し。


 「ファイアだけか?」


 と一言を呟くと共に、お返しと言わんばかりに回し蹴りを繰り出す。

 綾人はそれを受けるフリをし、カエラにそのまま足を伸ばさせる。

 あと僅かで脇腹に当たる瞬間。

 綾人は、凄まじい速さで右膝と両肘をカエラの繰り出された右足に引き寄せ、上から両肘下から右膝で勢いよく挟み打った。

 右肘はカエラの膝に。左肘はくるぶし上。右膝は脛の中間に打ち込んだ。

 すると、その瞬間。

 バキッ――――と、骨の砕ける音が周囲に響き渡った。


 「ぐっ…………があぁああああああッッッッッッ!!!」


 カエラは痛みを認識すると絶叫し、砕けた足を見て目をキツく結び両手で膝を抱えて倒れた。


 「あ…………ああっ…………あ……あっ…………」


 あまりの痛みにカエラは語彙力を失くす。

 綾人はそれを見て、戦闘は無いと考えると外壁へ足を進める。

 しかし、それに気づいたカエラが綾人を呼び止める。


 「ま、待でッッッ!! まだッ、終わっでないぞッッッ!」


 綾人はそこで足を止め、振り向くとカエラの顔を見て。


 「そうか。アスル・ファイア」


 と温度を上げた青い炎の球を放った。


 「っ…………!?」


 綾人は放ち終えるとすぐに向き直り、外壁へ足を進めた。

 その後ろからは甲高い苦しむ声が街中に響き渡り、多くの騎士が集まってくる。

 しかし、集まったものの誰一人として綾人へ突撃する者はいなかった。

 そのため、綾人はそのまま外壁の門前まで辿り着く。


 「案外呆気なかったな」


 綾人は、もっと困難な脱出になると考えていたため落胆した言葉を溢し、門を潜り抜けようと踏み出す。

 しかし。

 ドンッ――――。


 「通す訳にはいかないな」


 と外壁の上から騎士団長が降り立ち、綾人の道を塞いだ。





 騎士団長の着地により、砂煙が舞い上がる。

 その間、綾人と騎士団長は、お互い目を離すことなく、相手の動きに注視した。

 しかし、両者共に動き出すことはなく、じっとその場でたたずんでいた。

 そうしている間に砂煙も完全に晴れ、周囲の人間も二人の行方を見守る。

 初めに口を開いたのは、騎士団長だった。


 「かなり暴れたようだな。犯罪者」


 淡々と述べられたように聞こえた言葉には、薄らであったが殺意が込められていた。

 それを感じとれない訳がない綾人だったが、それを受けても変わらぬ態度で応える。


 「暴れてはない。どちらかというと、そちらの騎士団が破壊したのが事実だ」


 ピクッ――――と、騎士団長の眉が動く。

 綾人の屁理屈に揺さぶられ、怒りが少し前に出始める。


 「嘘をつけ。お前が何もしなければこうはなっていない。認めろ」

 「はあぁ…………認めるも何も、元を辿れば結局そっちが原因だろ? 前田が手を出さなければ何も起きず、用無しだからと俺を殺そうとしなければ、な?」


 騎士団長は、綾人の言葉が事実であることを知っているため、ぐうの音も出ない。

 しかし、それでも許すことができず、突撃しそうになる体を理性でギリギリのところで保っていた。

 綾人はそれが手に取るようにわかり、もっとやって楽しもうと考える。

 だが、そうこうしている内に騎士団を集められても困ると思い、騎士団長に突撃する。


 「ふっ…………!」


 目にも止まらぬ速さで騎士団長へ接近する。

 しかし、騎士団長は微動だにしない。

 綾人は、そこでおかしいと感じて踏ん張り、体を止めてバックステップを踏む。

 その動きに騎士団長は、綾人へ挑発的な言葉をかける。


 「どうした? あの時の威勢は」

 「っ…………」


 訓練場にて綾人が発言したことを揶揄する。

 しかし、綾人はそれに言葉を返すこともなく、違和感を払拭するため思考を巡らせていた。


 (あの余裕は何だ? 見えてないということはないはずだ。俺より速いからまだ動く時ではなかったということか? わからねえぇな。とりあえず遠距離で様子見か)


 考えがまとまり、綾人は行動に移す。


 「ファイア」


 炎の球は物凄い速度で騎士団長へ向かっていく。

 副団長でも限界を超えてやっと避けれる代物。

 綾人はその時にできる隙を狙っていた。

 だが、その騎士団長は、炎の球が向かってくるのをボーッと眺め、顔面に触れる寸前で。


 「カッッッ――――!!!」


 と魔力を込めた声で掻き消した。

 それには綾人も足を止め、再び次の手を思案し始める。

 しかし、騎士団長はそう何度も待ってくれるはずもなく。


 「いつまで考えている」


 と接近して綾人に言い放ち、右の拳で軽く腹を殴る。

 すると、綾人は思いの外あった威力に。


 「がはッ――――」


 と空気を吐き出し、体をくの字に曲げて後ろへ吹き飛ぶ。

 道の真ん中を減速しながら飛んでいく。

 綾人の体は徐々に地面に近づいていき、初めは背中で衝撃を受けてバウンドする。その後、一回転して前面をぶつけて衝撃が殆ど無くなると、最後は膝を軸に後方へ倒れ込んだ。

 それを見た周りの人間は、徐々に顔を綻ばせていき。


 「お、おおおぉおおおおおおッッッッッッ!」

 「倒したぁああああああッッッッッッ!」

 「流石団長だぜッ!!!」

 「やったぁああああああッ」


 と思い思い歓喜の声を上げていく。

 だか、騎士団長の顔は曇ったまま、倒れた綾人を眺めていた。

 それに気づくことなく、一人また一人と周囲の一般人が騎士団長へ群がっていく。

 騎士団長は、それを止めようと声を出そうとする。

 しかし。


 「団ちょ――――」「よっし――――」

 「やったわ――――」「おじさ――――」

 「さす――――」「すご――――」


 と一瞬のうちに群がる一般人はバラバラに斬り刻まれ、辺りには血溜まりができる。

 その一瞬の出来事に騎士団長は目を見開くと、可能性のある人間の元へ視線を向ける。

 しかし、その場には誰も居らず、変形した地面だけが残っていた。

 その時点で騎士団長は犯人を理解し、隙を見せた自分に怒る。


 「クソがッッッッッッッッッ――――――!!!」


 その言葉は遠くまで響いていき、一瞬で辺りは静寂が訪れる。

 騎士団長は何も音が聞こえないことに気づくと、綾人が逃げ出したと思い下げていた頭を持ち上げる。

 すると、そこには逃げずに佇む綾人が一人残っていた。

 手にはどこで手に入れたのかわからない、赤く染まった剣を一振り握っていた。

 騎士団長は、それを見て怒りが沸々と湧き上がり、目を血走らせながら。


 「貴様ッッッッッッ――――!!!」


 と怒鳴り一瞬の内に綾人に迫った。

 腰に下げていた特注の剣を手にし、綾人へ斬りかかる。

 それに綾人は斬り結ぶ。

 キンッ――――と甲高い音を響かせながら、騎士団長と綾人の二人は周りを気にすることなく闘い始める。


 「はあぁああああああッッッ――――!」

 「おおぉおおおおおおッッッ――――!」


 雄叫びを上げ。相手を睨み。高速で剣を振りかざす。

 互いに相手に隙をみせることは一度もない。

 しかし、このまま続いていくと騎士団長が思った瞬間。バキンッ――――と、剣の砕ける音が鳴る。

 二人は互いの剣に目をやり、どちらの物の音か確かめる。

 その後、どちらの剣か判明すると、一人はすぐに追撃の動きを始め、もう一人は自分の剣に目を向けてしまう。

 剣はバラバラになって宙から落ち始め、それを見る男には大きな隙が生まれる。

 その瞬間、もう一人の男は渾身の拳を腹に突き刺し、ブチブチと筋繊維が千切れる振動を感じながら腕を振り抜く。

 男は物凄い速度で宙を飛び、建物を五棟貫き停止する。

 ガラガラと煉瓦れんがが崩れ、倒れた男にぶつかる。

 それに男の体は反応して、ビクッと震える。


 「っち…………いてえぇな…………」


 飛ばされた男、綾人の呟く小さな声はすぐに消える。

 ただ、次の瞬間には騎士団長の声が響き渡る。


 「まだ気絶したなんて言わせねえぇぞ!」


 怒りが収まらず、まだ闘うことを宣言する。

 命令により、殺せない代わりにボコボコにすることを騎士団長は決めたのだ。

 しかし、綾人も黙ってやられる訳にはいかない。

 フラフラと立ち上がると、魔力を右手の掌に集め出し、球体を作ると声のする方へ地面を強く蹴りつけ跳んだ。

 埃と煙が漂う中、騎士団長は真っ直ぐ綾人の元へと目指した。

 しかし、突然視界が開き、綾人が目の前に現れる。

 視界が悪いという状況と一瞬の隙が、綾人への反撃を許した。


 「喰らえ!!!」


 綾人は右手を伸ばし、騎士団長の腹に魔力球をぶつける。

 すると、鎧が凹み衝撃が伝わっていく。

 それを感じた騎士団長は、バックステップを踏もうとする。

 しかし、着地をした綾人が踏ん張りを効かせ、腕を振り抜くと同時に魔力球を放った。


 「おらよッッッッッッ!!!」


 魔力球は、騎士団長を巻き込み綾人が飛ばされた側とは逆側に真っ直ぐ飛んで行く。

 綾人はそれを見るとすぐに視線を切り、今のうちに門を抜けようと、通りに向かって歩き出す。

 しかし、思うように足を動かすことができず苦戦する。

 その一方で、騎士団長は建物の穴を抜けて行き、逆側の建物にぶつかり三棟貫くと停止した。

 鎧は既にボコボコになっており、魔力球の威力の強さを告げていた。


 「くそっ…………早く戻らなければ……」


 騎士団長は、動きが止まると軋む体に鞭を打ち、通りを目指し歩き出す。

 街には一時の静寂が訪れる。

 しかし、それは長くは続かない。


 「あっあっあっ、残念だったな。犯罪者…………」

 「あぁ…………それは認めるさ……」


 二人は同時に通りに辿り着く。

 お互い満身創痍。

 だが、先に騎士団長が動き出し、門へと続く道に立ち塞がる。

 綾人はそれを見ていることしかできず、遅れて歩き始めて騎士団長と正対する。


 「どうした…………来ないのか?」

 「これで最後だ。お前を殺し、俺は先へ行く」


 全く動かない綾人に騎士団長が挑発する。

 しかし、綾人はそれに乗ること無く、次の攻撃を最後と決め、勝つことを宣言する。

 騎士団長は、この時内心笑みを浮かべた。


 「それじゃあ、死んでもらう」


 綾人はそう言い放つと、次は左手に魔力を集中させていく。

 どんどん魔力が集まっていき、魔力の色が変わり始める。

 初めは赤色。次は青。そして、目を向けれないほどの光に。

 騎士団長もその様子を見て焦り始める。

 ただ、騎士団長は冷静に右腕を上げる。


 「何のつもりだ?」


 綾人はその姿を見て問いかける。

 すると、騎士団長は。


 「王国の勝ちだ」


 と言い放つ。

 綾人はその言葉に違和感を覚え、騎士団長を注視する。

 しかし、動いたのはその後ろの外壁の上。

 ズラッと同色のローブを着た人間が現れる。

 綾人はそれに一瞬驚くも、すぐに《真実の瞳》を使い情報を得る。


 「魔法師、だと…………?」


 映し出された文字には魔法師と書かれてあり、綾人はそれをそのまま言葉にする。

 それを聞いた騎士団長は、綾人に安心するよう告げる。


 「アイツらはお前を止めるための人間だ。殺されないから安心するといい」


 綾人はその瞬間に理解する。

 こうなることが、第二王女にはわかっていたのだと。


 「はあぁ…………くそっ…………負けたか……」


 綾人は負けたことを認める。

 しかし、左手に集まる魔力は更に輝きを増し、街を照らす。


 「何してやがる。負けたなら大人しく――――」


 騎士団長は、綾人の行動に異変を感じ、忠告しようと口を開く。

 だが、それは途中で遮られる。


 「死ね――――カロール・サン」


 綾人の言葉と、光り輝く攻撃が繰り出される。

 騎士団長は、それに合わせるよう右手を下ろし、後ろの魔法師達に合図を送る。

 その瞬間、綾人と放たれた魔法を囲むように結界が張られる。


 「無駄だッッッ!!!」


 綾人が叫び、魔法の光もどんどん強まっていく。

 結界から軋む音が騎士団長の耳に届く。


 「嘘だろ――――」


 そして、世界は光に包まれる。



 数十秒後。

 光は収まり、世界は元の景色を取り戻す。

 しかし。


 「何だよ、これは…………」


 騎士団長が目を開き目の前の景色を眺めると、そこには無数のヒビが入った結界と、数十メートル陥没した穴が存在した。


 「どうなっている」


 騎士団長の後ろから声がかかる。

 そこで、騎士団長は考えながら結界を解くよう魔法師に合図を送り、返答する。


 「魔法の威力が桁違いだ。アイツの肉体があるかもわからない」

 「まあいい。後処理は我々に任せろ。彼の体があれば拘束して連れて行く」

 「ああ」


 そこで騎士団長は、後ろからやって来た魔法師団団長に任せ、建物の壁に身を預けて休んだ。

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