三章-②
五
翌日。
美羽と千佳は訓練場にて回復の兆しを見せる。
二人が来ないと思っていた騎士団長含め騎士たちは、二人の言葉に耳を傾けた。
「昨日はごめんね。団長さん」
「今日からしっかり訓練するから。教えてください」
「あ、ああ」
二人の変わりように騎士団長は戸惑い返事を詰まらせる。
騎士団長は、一日で魅力が増した二人に更に心を奪われる。それは他の騎士たちも同じだった。
しかし、その理由は誰にも理解することができなかった。
ただ、二人の表情を言葉にするのなら、失恋を乗り越えようと悲しみを抱え前向きに頑張ろうとする女の子の、少し大人びた雰囲気。と言ったところだろう。
「団長さん。最初は何をするの?」
呆けていた騎士団長は美羽の言葉で正気に戻る。
「あ、ああ、そうだな。昨日のこともあるから、基本の魔力感知から始めよう」
「うん。わかった」
「ちゃんと見ててね」
二人の落ち着いた口調にその場にいた者たちは更に心を奪われ、自分の訓練に集中できなくなる。
しかし。
「集中しろ! 全く」
と、疎かになっている部下たちに騎士団長は二人の訓練を見ながら注意する。
「ふふっ。団長さん、私たちも次にいこ?」
「はい。魔力感知は問題ありません」
「そ、そうか」
そこからも完全に美羽と千佳のペースで訓練は進んでいき、騎士たちは後で別メニューを与えられてしごかれた。
六
美羽と千佳が訓練を始めて一時間ほど経過すると、第二王女との密会を終わらせた陸が訓練場に顔を出した。
二人は陸が登場した途端に動悸が早くなっていることを感じる。
(あれ? 陸くんが来ただけなのに。ただ、前にも…………)
(おかしいですね。でも、この感じは…………)
二人は動悸が早くなっていることに疑問を持つが、似た感覚を過去に感じていたため、陸に対して抱く感情を認識する。
それに気づくと、お互いが同時に顔を見合わせ、次の行動に移った。
「団長さん。今日はこのくらいにしとくね」
「いきなり全力はまだ難しいみたいです」
本当はまだ余力を残していたが、自分たちの気持ちを確かめたくなり、二人は騎士団長に嘘をついてその場を去ろうとする。
「ああ、それがいい。少しずつ元に戻ればいいさ」
騎士団長はそれに異論を唱えることなく許可し、優しい自分をアピールした。
しかし、それは二人に響くことはなかった。
許可をもらった美羽と千佳は、挨拶を終えると歩く速度が速くならないように努めながら室内へと向かった。
「千佳。陸くんのことどう思う?」
「美羽こそどうなの?」
二人は歩きながら気持ちを確かめようとする。
しかし、一言ずつ口にすると、その後は無言のまま千佳の部屋へ向かった。
二人はずっと一緒に生きてきたため、一言で大体理解していたのだ。
だが、それは確実ではないため、部屋へ到着し扉を閉めると。
「好き、かも」
「好き、だと思う」
と、二人はそれぞれの気持ちを口にした。
声が重なるが、それぞれにはちゃんと聞こえており、お互いの気持ちを知る。
その後二人は一拍間を置き。
「あははっ、また同じ人なんだね」
「ふふふっ、どうしてだろうね」
と、二人は照れながら微笑み合い、二度目の出来事を不思議に思う。
勿論、一人目は綾人。
お互い始めて異性を意識したのが綾人であり、先程行ったように昔二人でタイミングを合わせて答えた時も答えが合っていたのだ。
二人はお互いに好きな人が変わってしまったことには触れず、陸のどこが良かったのか話し始める。
「私たちに寄り添ってくれたのが一番かなあぁ…………」
「真っ直ぐ気持ちを伝えてくれたのもあると思う」
……………………………………………………
………………………………………
…………………………
………………
二人はそれからお互いが出した意見に共感したり、別の意見を言ったりと、想い人に対して話していった。
その際に二人は感じていなかったが、だんだんと綾人への気持ちが薄れていき、終わる頃にはただの幼馴染としてしか考えられなくなっていた。
「だけど、私たちが何かを勘違いしてるかもしれないよね」
「そうだね。弱ってる時に優しく対応された一瞬の喜びかもしれない」
「となれば……」
「うん」
二人は最後に結論を出す。
「明日、お互いに時間を貰おう」
「はい。そこで答えを出しましょう」
七
翌日。
美羽と千佳は、訓練を終えて陸の元へ向かうと昼から時間をもらえないか尋ねた。
「ああ。いいけど昼食後でいいかい?」
「うん」
「それでは」
陸の返答後、二人はすぐにその場を離れ準備に取り掛かる。
昼食後、待ち合わせ場所に陸が到着すると、そこには美羽が一人で待っていた。
「待たせた。すまない」
「ううん、いいよ」
陸の謝罪を美羽は許し、すぐに歩き出す。
しかし、陸は気になることがあり、それを美羽に尋ねる。
「千佳は一緒じゃないのか?」
「千佳には後で会ってもらうよ。まずは私とね」
「そうか。それでどこに行くんだ?」
「城壁の上」
「街を一望できるとこか」
陸は行き先を聞いて覚えがあったため、少し気分を高める。
一度陸はそこからの景色を見ており、また見たいと思っていたのだ。
二人で歩いて城壁に近づき、見張り役の騎士に案内してもらう。
騎士は案内後、空気を読んでその場から去り二人だけの空間にする。
美羽は騎士が居なくなるのを確認し、改めて陸に向き直る。
「陸はさ。なんで私を好きになったの?」
「え?」
唐突な美羽の問いに陸は驚き美羽の顔を見る。
ただ、表情から真剣さが伝わり、陸は真剣に考え始め。
「一目惚れが一番の理由かな。ただ、それから美羽と接していって、見た目より案外繊細なんだと感じた。守ってあげたいと思った。アイツにやるぐらいなら、オレが笑顔をしたいって思った。これぐらいかな」
と、美羽の瞳を見据え、視線を外すことなく告げた。
美羽はその真剣な陸の表情に胸が熱くなるのを感じ、綾人の時には感じなかったものを芽生えさせる。
「そう、なんだ。嬉しい…………」
美羽は涙を流し、陸の想いを受け止める。
ただ、その際に相手から伝えられる好意が強烈に胸を打つもので、今まで感じていたモノは好意じゃなかったことを理解する。
美羽はこの一瞬のうちに元の世界での出来事を思い出し、今まで勇気を出して告白してくれた人たちに謝罪した。
(軽い気持ちで断ってごめんなさい…………)
「どうした、大丈夫か?」
美羽は思い出せるだけの顔を思い出して謝罪を始める。
急に黙り涙する美羽を見て、陸は近づき尋ねる。
すると、美羽はそれに首を縦に振ることで応えた。
しかし、陸は美羽の様子から心配する気持ちが大きくなり、美羽を抱きしめて落ち着かせようと試みる。
「大丈夫だ。落ち着くまで側に居る」
美羽はその言葉を聞きながら、謝罪を繰り返していく。
しかし、もう思い出すことができないと感じ、落ち着こうと考えた瞬間。
綾人の顔を思い浮かべる。
そこで美羽は自分がどれだけ迷惑をかけてきたのか理解する。
自分が綾人に向けていた感情は、純粋な好きなんてものではなく、面倒臭いことを避けるための道具として便利で好き。という、何とも利己的なものだったということを思い出す。
五歳の頃、公園で鬱陶しい男の子たちから美羽と千佳を救ったのが綾人だった。
普通なら、救ってくれたヒーローに少なからず好意を持つ。それが同い年の男の子なら尚更だ。
しかし、美羽が初めに思ったことは"解放された"というもので、そこに好意は存在しなかった。
ただ、綾人といれば嫌な思いをせずに済むという考えが無意識のうちに働き、その日から千佳と一緒に三人で行動するようになったのだ。
それから幼少の頃の記憶が薄くなるにつれ、ことの発端を忘れてただ好きなんだという勘違いな思いを抱き、それを盾に告白を断っていた。
綾人がそれに気づきながらも何も言うことなく付き合ってくれていたことを思い出し、美羽は理解する。
二日前に自分で言っていた"愛想つかせちゃった私たちが悪いよ"という言葉も脳内で響き、どこか自分は悪くないと思っていたことが完全に否定される。
美羽はそこで初めて綾人に本当の気持ちで謝罪する。
(ごめんなさい……綾人…………ごめんなさい……)
そこで美羽はより一層涙を流し、自分が最低であることを自覚する。
ただ、泣き始めてから美羽の耳には優しい言葉がずっと囁かれており、綾人に謝罪をするがだんだんと幸せな気持ちになっていく。
「大丈夫だよ」
陸の言葉が鮮明に聞こえた美羽は、そこで顔を上げる。
「もう、いいんだね?」
「うん……」
陸の問いに美羽は答える。
そこから静寂が訪れる中、美羽は千佳との時間を思い出すと慌ててしまい咄嗟に行動する。
「んっ…………!?」
陸はその行動に目を見開き驚いた表情を見せる。
ただ、美羽も同様に驚いていたが、その表情は出さずに微笑み。
「好きだよ。陸」
と、短く想いを伝えた。
陸はそこで歓喜に打たれる。
(やった…………ははっ、やったぞ。アイツから奪った、守ったぞ。あとは千佳だ)
ただそれは一瞬で、美羽によって現実へ引き戻される。
「時間押しちゃった。千佳のところに早く行かなきゃ」
「あ、ああ。そうだったな。どこに行けばいいんだ?」
陸は喜びを隠しながら返事をする。
美羽は言葉を詰まらせた陸を愛らしく思うが、それは言わずに千佳が待っている場所を伝える。
「薔薇園。千佳はそこで待ってるよ」
「わかった。じゃあ、またな」
「うん……」
二人はそこで一緒に居たい気持ちを抑えて別れる。
陸は千佳の元へ急ぎ、美羽は街を眺めて黄昏た。
二人が別れて数分後。
「はあぁ…………どこに居るんだ?」
陸は薔薇園に到着すると、待っているはずの千佳を探した。
しかし、広大な薔薇園で人を見つけるのは難しく、陸は一か八かで中心に向かって進んで行く。
自分の頭上を超える高さまである薔薇を時折見ながら進んで行く。
すると。
「待ってたよ」
という言葉と共に、千佳が噴水の前に姿を現す。
陸は目を奪われ返事をすることも忘れていた。
しかし。
「私のこと、好き?」
という千佳の直球の問いで我に帰る。
陸は千佳からの問いに真剣な表情で本心を伝える。
「好きだ。美羽と同じぐらい」
千佳はその言葉を聞くと陸に近づいていく。
そして、陸の目の前に止まると陸の顔を自分の顔の前に引き寄せて。
「私も好き」
と、告げるとそのまま。
「っ…………!?」
陸は美羽の時より驚きはなかったが、千佳を見据えて呆けてしまう。
それに千佳は喜び。
「ふふっ、驚きすぎだよ」
と、陸に微笑みかける。
陸はそこで正気に戻り、千佳に話しかけようとする。
しかし、それは騎士によって止められる。
「お邪魔してしまい申し訳ありません。前田陸殿。第二王女がお呼びです」
「了解した」
陸は表情を正し騎士に答える。
その後、陸は千佳に向き直り断りを入れてその場を後にする。
千佳はそのまま解散するつもりだったため、それを快く見送った。
「まさか私が抱いていたのが好きじゃなくて、興味だったなんて…………」
千佳はボソッと呟き綾人のことを思い浮かべた。
千佳は美羽同様に、幼少の頃に綾人に興味という感情を抱いたことを、好きと捉えて過ごしていたことを待ち時間に理解していた。
きっかけは、陸に好きと言われてからの胸の高鳴りが綾人には一切ないことを認識したことだ。
千佳は小さい頃から知的好奇心が旺盛で、美羽と一緒にちょっかいをかけられていた時に助けに入った綾人の行動が気になり観察を始めた。
そこからは美羽と同じで、時間が経つと共にずっと綾人のことを観察していることが好きなのかもしれないというものに変換され、勘違いを起こしたまま告白を断っていたのだ。
「このまま縁が切れるんだ…………綾人には感謝を伝えなきゃ」
千佳は、綾人に人を好きになるという気持ちを気づかせてくれたことに感謝を伝えることを決める。
八
翌日。
千佳はこの世界のことを学ぶため、図書館を訪れた。
ゆっくりと扉を開き、煩くしないように努める。
千佳は中に誰かが居るとは思っていなかったが、元の世界の癖で自然にその行為を行った。
「失礼します」
入室すると同時に断りを入れる。
これもまた、元の世界の癖。
千佳は入室して並べられた蔵書を見ると、かなりの多さに感動した。
「こんなに本が…………」
知的好奇心旺盛の千佳にとって、ここは楽園にも近いそんな場所だった。
気分を高め早速本を手に取ろうと目的のジャンルの元へ足を運ぶ。
すると。
「……!?」
そこには綾人が先に本を取り静かに読み進めていた。
千佳はあの日から綾人を見ていなかったため、一瞬硬直して立ち止まる。
しかし、このままではいけないと思った千佳は意を決して綾人に声をかける。
「あ、綾人。久しぶり」
少し上擦った声を自分の耳で聞いて千佳は恥ずかしくなる。
ただ、綾人はそんなことに気を止めることなく本に目を向けたまま。
「ああ。やっとその気になったか」
と、素っ気なく返事をした。
千佳はそんな綾人の変わらない態度に微笑む。
しかし、それと同時に胸にチクッと痛みが走り、何かを失った悲しみが千佳を襲い、瞳に涙が滲む。
その瞬間に、千佳は自分が考えていたことが間違っていたことを理解する。
(ちゃんと好きだったんだ…………)
興味というものを好きと捉えて過ごしていたと考えていた千佳は、改めて綾人とのやりとりを行い、好意があったことを再認識する。
そこで千佳は下を向き涙を拭くと、目的の本を取るために動き出し、集め終えると扉に向かった。
千佳は最後に綾人がいる方向を眺め何かを期待した。
しかし、何も起こることなく千佳はそれを理解すると扉を開き外に出た。
そして。
「ありがとう…………」
と、呟きその場を後にした。
それから数時間後。
美羽が散歩をしていると、訓練を行っている綾人を見かけた。
初めはそのまま通り過ぎようと思ったが、清算しなければならないと思い直し、美羽は綾人に近づいていった。
「頑張ってるね、綾人」
「ああ」
美羽の意を決してかけた言葉は素っ気ない返事で返ってくる。
その瞬間、美羽は胸に痛みを覚えるが諦めずに自分の気持ちを伝える。
「わ、私も、綾人に負けないぐらい頑張るねっ」
精一杯に振り絞った美羽の本音が静かな訓練場に響く。
すると、少し間を置いて。
「そうか。やってみるといい」
と、綾人が答える。
美羽はその答えを聞いて、千佳同様に綾人の変わらない態度に微笑み、好意があったことを再認識して涙を流す。
美羽はその後すぐに後ろを振り返りその場を後にする。
「ごめんね…………」
と、一言残して。
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