三章-①






 綾人に最後の助言を言われたその日から、美羽と千佳は見るからに元気を無くしていた。


 「千佳。訓練の時間」

 「うん。そうだね」


 二人は重い体を何とか持ち上げ、訓練場までゆっくりと歩いて行く。

 見たものが居たら何と表現するだろうか。

 眼の下には隈をつくり、髪はボサボサ。瞳の光は消え、猫背でフラフラと歩く姿。

 間違いなくほとんどの人間が、全てを失った人間と答えるだろう。

 美羽と千佳にとって、綾人とはそれほどの存在だったのだ。

 二人は何とか時間内に訓練場に到着し、騎士団長の前に顔を出す。


 「よし、それじゃあ今日も…………大丈夫か? 二人とも」


 二人の顔を見た騎士団長が体調を聞くが、二人はそれに応える気力すら感じさせない。

 騎士団長は昨日のレベルを上げた訓練がきつかったのだろうと考える。

 しかし、それほどに厳しくしていないため、何が原因かわからず二人の返事を待つことにした。

 だが、一向に返事が聞こえてこないため、それに見かねた騎士団長は、二人にしばらく休むように伝える。


 「体調が優れないようだから、今日からしばらく休むように」

 「わかり、ました…………。それでは」

 「ごめんなさぃ」


 騎士団長や他の騎士たちは、のそのそと帰っていく二人を心配そうに眺め、室内に入るところまで見守った。

 そんな風に見守られているとは知らず、美羽と千佳はゆっくりと歩みを進め、千佳の部屋に辿り着くと二人して膝をつく。


 「何もできない……」

 「ダメだってわかってるけど……」


 二人は弱音を吐き、少しでも苦しみから逃れようと試みる。

 しかし、それをすればするほど一人の青年の顔が浮かぶ。


 「「綾人…………」」


 二人の声が重なり部屋に響く。

 それを機に二人は自分の気持ちを吐いていく。


 「綾人が居れば」

 「綾人何してるかなあぁ……」

 「綾人の手を握りたい」

 「綾人の優しい顔が見たい」

 「綾人の……綾人の…………」

 「綾人……」


 「「好きなのに…………どうして」」





 美羽と千佳が大変な状態にあることを知らない陸は、廊下で綾人の顔面に一発食らわせた後、千佳の部屋を訪れた。

 コンッコンッ――――。

 ドタドタドタドタッ――――――――。

 陸は扉の向こうから急いで来る足音を耳にする。

 それを聞いてクスッと笑ってしまうが、次の瞬間にそれどころではなくなる。


 「あや、あ、陸くん。どう、したの」


 千佳が扉を開き、綾人でないとわかるとあからさまにテンションを下げる。

 陸はそれを見て少しの痛みを感じると共に、明らかに体調が悪い顔色を見て。


 (昨日のことでここまで弱るのか。どれだけアイツは…………)


 と、心配と敵意を抱く。

 陸は内心で綾人がどれだけ二人に影響を与えているのか感じ取る。

 だが二人を心配する気持ちが増幅し、居ても立っても居られず無遠慮に部屋に入室する。


 「すまないが入らせてもらう」

 「え、ど、どうして。あ」

 「失礼する」


 陸は部屋に入ると中に居た美羽に断りを入れる。

 それに美羽は何が起きたのか理解できずボーッと陸を眺める。

 陸はそんな状態の美羽を見て一瞬口にするか迷うが、計画のためにできるだけ配慮して尋ねる。


 「二人に聞きたいことがあってな。君たちと仲のいいあの男について聞きたい」

 「あ、綾人のこと?」

 「そうだ。名前は綾人でいいんだな?」

 「う、うん」


 唐突なことに若干驚きながらも、同じ世界から来た陸に弱気なところを見せまいと千佳が精一杯対応する。

 朝から今までのことを知らない陸からすればあまり変わらないように思えるが、騎士たちが見たら驚いただろう。

 綾人の話題を出すだけでこんなに変わるのか、と。

 すると、千佳の少し元気な声に美羽も釣られて明るさを少し取り戻し陸に尋ねる。


 「な、何が聞きたいの?」

 「二人が知ってることをできるだけ」

 「わかった」


 そこから二人による綾人との思い出が語られていく。

 初めはある公園で出会った話。次は幼少から小学生まで。その次は中学生。そして、高校生。

 二人はいろんなことを陸に語る。

 ただそれと共に、もうそんな思い出も作れないことを感じ、徐々に気分を落としていく。

 それに気づいた陸は二人を気遣い話を止める。


 「無理に話さなくていい」

 「ごめんね、これ以上は」

 「いや、ありがとう」





 陸は落ち込んで悩み始める二人に言葉をかける。


 「二人の思い出を聞かせてもらったけど、感想を伝えるなら二人は何も悪くない」


 できるだけ傷つけないよう注意を払い言葉を選ぶ。

 しかし。


 「ううん。私たちは綾人に甘えてきたの。綾人にも限界が来ちゃったんだよ」


 陸の言葉は美羽によってすぐに否定される。

 陸は美羽の言葉を聞いておかしな関係だと考え始め、客観的に三人の関係を見て二人にはっきりと告げる。


 「君たちは悪くない。聞いた感じ、ちゃんと好きである気持ちをぶつけているし、気遣いもしていた。悪いとすれば、それを理解できてない綾人が悪い」


 それを聞いて、美羽と千佳は陸が自分たちを励ましているのだと感じる。

 二人ともその思いをわかっているが、口から出る言葉は。


 「そうでもないよ。綾人はちゃんと私たちを見てくれてた。愛想つかせちゃった私たちが悪いよ」

 「はい。それに拒絶されてしまいましたので、綾人との縁はこれで切れると思います」


 という、綾人が正しいという言葉。

 そこには二人のいろいろなの想いが重なり、簡単に否定してしまうのは違うと陸は感じ取った。

 だが、どうにか気持ちに区切りをつけようとする二人を見て、陸はこの世界に来てから思っていたことを伝えることにした。


 「オレは二人が好きだ」





 陸の唐突な告白に、美羽と千佳は面食らい黙ってしまう。

 しかし、その唐突な告白は二人の重い空気を払拭することに成功する。


 (今、好きって言った? しかも二人!? ど、どう反応すればいいの?)

 (美羽と私が好き? 普通一人だよね? 大丈夫なの? この告白)


 今までなら、二人は綾人がいるということで即断して断っていた。

 しかし、無意識のうちに綾人との関係に区切りをつけようとしていた二人は、その考えを抱くことなく陸の告白を真剣に考え始めていた。

 陸は黙った二人を見ながらもう一押しだと感じると、ダメ押しの《交渉術》と《詐欺》を使用し、二人の思考を誘導して前向きに考えさせる。


 「失恋と言っていいのかわからないが、綾人のことは思い出にして、この世界で心機一転。心を入れ替えてみるのもいいんじゃないかな」

 「う、うーん……」

 「そう言われましても、すぐにとは……」

 「君たちの考えは結局元の世界では否定されていただろう。だけど、この世界では重婚が認められる」

 「そういうことじゃ……」

 「はい…………」


 一言余計だったのか、二人の様子が悪くなり、疑念が広がっていく。

 そのため、陸は回りくどいことをやめて。


 「オレが君たちを守るよ」


 と、ストレートに告げる。

 すると、その言葉は不安定な心の二人に響いてしまう。


 (綾人より頼りない。けど、守ってくれる…………)

 (綾人より話しにくい。けど、一緒にいられる……)


 支えになっていた人間との絶縁。

 異なる世界で、限られた同じ世界を知る人間。

 安心させるような強い瞳。

 そのどれもが二人の心を撃った。

 ただ、二人が抱いた気持ちは、綾人が二人を受け入れなかった理由に繋がる。

 二人は結局、深層意識では誰かのそばに居たい。頼りになる人と強い絆を築きたい。言ってしまえば、頼りになるで良くて、特別なたった一人じゃなくてもいいのだ。

 綾人はそれを感じ取り、幼少の頃から二人に心を許すことはなかった。

 自分より頼りになる人間が現れば、自分から自然と離れていくとわかっていたのだ。

 それは狭い世界で育ったから抱いたものかもしれない。

 しかし、綾人にとってその特別な一人というのは、とても重要なことで捨て去ることができないものなのだ。

 ただ、美羽と千佳、それに陸はこのことに気づいていない。

 思春期の不安定な精神では、そこまで深く考える前に感情が先走ってしまう。

 その結果。


 「か、考えさせて」

 「私も……」


 美羽と千佳は流される。


 「わかった。それじゃあ、また明日」


 陸はそう告げると、部屋を出てそこからはいつも通りに過ごしていった。

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