二章-②






 図書館の使用許可が降りて五日が経った。

 あれから特段変わったことはなく、毎日をルーティンで過ごしていた。

 そして、それは今日も変わりなく行う。はずだった。


 「もういいでしょっ、団長さん!」

 「そうです。いつまで綾人を除け者にするんですか」


 いつものように訓練を行おうと訓練場に来てみれば、美羽と千佳が騎士団長に詰め寄り、俺の処遇の改善を求めていた。

 全く、ほっといてほしいものだ。


 「しかしですね、お嬢さん方。我々も仕事でして…………」

 「あなたは言われた通りにしか動けないの? それで騎士団長っておかしくない?」

 「臨機応変に対応するのは基本です」

 「いや、ですから…………」


 騎士団長がかなりの困りようだ。

 本来なら臨機応変に対応するだろうが、今回は稀なことで慎重なんだろう。

 これ以上事が大きくなるのも面倒臭い。


 「そこまでにしたらどうだ。二人とも」

 「綾人!」

 「だ、だけど…………」


 二人はバツが悪そうに目を逸らしてしまう。

 ただ、ここは俺も引けないため、二人を説得しようとする。

 しかし。


 「聞かないよ。綾人の説教は」

 「そう、だね。いつもそれで私たちは従うけど、今回はダメ」

 「…………従う……?」


 二人は俺が口を挟む前に言葉を言い放ち、いつも行うような言い聞かせを遮る。

 すると、それを聞いていた騎士団長がボソッと呟き、俺を見る目が少し鋭くなった。


 「今回はもう我慢できないの。だから綾人が私たちの言うようにして?」

 「お願い。私たちと訓練しよう?」


 二人はこの世界に来て俺の扱いに対して我慢していたのか、いつもより強気に出てくる。

 すると、それに乗じて騎士団長も考えを変える。


 「わかりました。今回から皆さんで訓練しましょう」

 「団長さん……」

 「よかった……」


 さっきの表情から騎士団長が二人に何かしらの想いがあるのは明白。

 意見を変えるなんてあからさま過ぎる。

 しかし、まだ俺は了承していない。


 「良い雰囲気のところ悪いが、俺は一人で訓練したいんだ」

 「綾人っ!?」

 「どうして!?」

 「…………ちっ……」


 自分の考えを告げると、美羽と千佳は驚き、騎士団長は小さく舌打ちをする。

 聞こえてないと思っているのだろうか。

 何もして来なければ対応しないが、もし何かするようならば。


 「どうしてなの? 綾人」

 「理由はいくつかある。が、まずお前たちがやってる訓練は遊びだ。本当に魔物を討伐するつもりがあるのか?」


 美羽と千佳に言ったつもりが、気になったのかそこで騎士団長が口を出す。


 「まて、その言い種だと訓練の内容を知っていることになる。ワタシは見る…………」

 「そうだったな。だが、俺は自ら偵察していた。それに気づかないお前らが悪い」

 「なに?!」


 二人を気にしてか言い切らない態度を見て、俺はその答えを告げる。

 この五日間、ただルーティンをこなしたわけじゃない。

 美羽と千佳は心配そうにこちらを見ているが、そんなことは関係ない。

 魔物を討伐するていだとしても、血が出ない訓練なんて遊びである他ない。


 「魔物は血が出るんだ。それはわかっているのか?」

 「そりゃ、出ると思うけど……」

 「はい……」

 「その感じじゃ見たことないんだな」


 二人の反応を見て、ちゃんと理解してないことを知る。

 俺はそこでどのくらいの血が出るのか魔法で再現しようとする。が、騎士団長に阻止される。


 「ならお前は見た事があるのか? 大口を叩いても体験してなければ説得力はないぞ」

 「新米騎士にでも聞けよ。それが嫌なら実践してみればいい。お前たちの遊びを見せてみろよ」





 「実践だと? やるわけないだろ」


 騎士団長は意外にも挑発に乗ることはなく、美羽と千佳に良いところを見せようと動く。


 「それより、お嬢さん方からの誘いを無下にするのは如何なものかな?」

 「さっきも言ったが、訓練の内容が俺の行なっていることよりレベルが低い。それに、優先順位が低い」

 「魔物討伐には連携も大事ですぞ?」

 「そんなものは個人の力があって初めてなせることだ。まずは俺たち個人の力を優先する時間、だったんだ。わかったら二人を連れて訓練しろ。もちろんレベルを上げろ」

 「くっ…………」


 騎士団長は歯を噛み締め押し黙る。

 俺の言い分に納得してしまったのだ。

 しかし、当の二人は未だに理解できておらず、詰め寄ってくる。


 「どうして? 綾人」

 「何がだ?」

 「私たちと訓練したくないの?」

 「はぁ…………」


 あまりの理解のなさに俺は溜息をつく。

 何故ここまで平和ボケでいられるんだ。

 根本が違うというのに、コイツらは何も解っちゃいない。

 溜息をついた俺に二人はビクッと体を震わせる。


 「いつまでお客気分でいるんだ? 向こうの世界に帰れる保証は無いんだぞ」

 「え……」

 「ほ、ほんと……?」

 「はぁ…………そんなんでよく俺に従えなんて言えたな」


 俺はそれを捨て台詞にその場を離れる。


 「そ、それは、ちがっ……」

 「まって……」


 二人は声を絞り出すが突きつけられた現実に阻まれ俺を引き止めるほど強く言うことができなかった。

 俺としてはこれで良かった。

 二人に俺が失望したことが伝わっていればだが。





 訓練が終わり夕食を済ませる。

 食器をトレーに置こうと外に出るとメイドが立っていた。


 「美羽様と千佳様がお呼びです」


 メイドから伝えられた言葉に俺は落胆する。

 どうやら二人にはまだ足りなかったようだ。


 「わかった」


 俺はメイドにそう伝えるとすぐに二人の部屋の方へ歩いて行く。

 途中で第二王女と金髪の男が一緒にいるところを見かける。

 どうやらあの話は本当のようだ。

 王女の顔は、この世界に来る前の美羽と千佳と同じ恋した女の顔。金髪の男はそれに気づいていないようだが。

 俺は二人から得られる情報を得ると見て見ぬ振りをして通り過ぎる。

 その後、千佳の部屋の前に到着しノックをする。

 すると。


 「はーい。あ、綾人。入って」


 呑気な声で対応し、俺を見て畏まる千佳が部屋へと誘導する。


 「ああ」


 軽く返事をして部屋に入ると、そこには美羽も既に来ていたが、いつもの元気さが見えずにいた。


 「用はなんだ?」


 俺は入室するとすぐに用件を聞く。

 すると、千佳がポツポツと話し出す。


 「昼に綾人に言われて初めて現実を知ったの。帰れないなんて思ってなかったの、二人とも」

 「…………」


 千佳の話に俺は何も言わない。

 ここで口を出せば俺は巻き込まれる。そんな予感がした。


 「まだ一週間ぐらいなのに、学校に行ってたのが懐かしい」

 「そう、だね。三人でよく遊んだことなんか、今でもすぐに思い出せる」


 二人は急にしんみりした雰囲気で昔語りを始める。

 俺はそんなことを覚えているはずもなく、語り合う二人を《真実の瞳》を発動させながら見ていた。

 二人はなかなかに有用なスキルを持っており、一人になっても生きていけると感じさせるものだった。

 美羽は《探知》、《身体強化》、《空間収納》と、三つのスキル。

 千佳は《看破》、《魔法全適性》、《魔法創造》と、同じく三つのスキルを持っていた。

 下手すれば俺よりも優秀なスキルの可能性がある。

 ただ、この二人がこのままのメンタルじゃ宝の持ち腐れ。

 俺はそんなことを思いながら、昔語りに付き合わされるのに苛立ちを覚え始める。


 「そうそう」

 「それで……」

 「要領を得ない。二人の気持ちを聞いてればいいのか?」


 同じような話をしている二人に割り込み、俺を呼んだ理由を確かめる。


 「え……」

 「あ、いや……」

 「召喚された日から別々になったのがいけなかったのかもな」


 そう俺が言葉にすると、若干二人の表情は明るくなる。

 もしかしたら俺がまた何とかする。なんて思っているのだろう。

 しかし、次の言葉で二人の表情は失われる。


 「まあお前たちとは根本的な考え方が違うから俺的には良かったことか」


 二人は口を少し開け、言葉が出ない。そんな様子だった。

 俺はそんな二人が黙る時間をを利用させてもらい、昼の時より強い言葉を二人にぶつける。


 「お前たちはどこまでいっても俺の言いなりだ。今日の昼。気付いてないかもしれないが、それを肯定していた。そして今、俺に何かを求めようとして呼び出した」


 昼に千佳が俺に言った言葉が思い出される。


 (「そう、だね。いつもそれで私たちは従うけど、今回はダメ」)


 それに二人は目を見開いて驚き、自分たちが無意識のうちに言いなりであることを認めていたと認識する。


 「お前たちが聞くか聞かないかどっちでもいいが、最後に一つ、助言させてもらう」

 「さい……ご……?」

 「どういう……」


 二人は言葉を振り絞る。

 しかし、それは微かに聞こえるほどに小さくか細いもの。

 俺はそれを無視して話し始める。


 「元いた世界とこの世界では、価値観も倫理観も何もかも違うと思っていた方がいい。変なことには首を突っ込まないことだ。それじゃあ」


 俺は言い終えると振り返り、扉に向けて歩みを進める。

 後ろからは前のように止めるために動く音はなく、完全に心が離れたことが確認できた。

 止められることがないため、俺は自然に扉を開き千佳の部屋を出た。





 部屋を出て自室に戻るために廊下を歩いていると、進む先に金髪の男が壁に寄りかかっているのが見えた。

 俺はいつものように無視して通り過ぎようとする。

 しかし。


 「おい」


 と、金髪の男に呼び止められる。

 そのため、俺は向き直り用件を聞く姿勢をとる。

 金髪の男はそれを見て口を開く。


 「少し話がしたい。ここじゃなんだし、着いてきてくれ」

 「ああ」


 何とも怪しい誘い方だったが、タイミングよく動いてくれたため、俺はその誘いに乗って着いていくことにした。

 金髪の男は無防備にも背中を見せて歩いて行く。

 俺はそこで《真実の瞳》を発動させ、金髪の男の情報を覗いていく。

 だが、目的地が外と分かるとスキルを解除して、大人しく着いて行き、周囲を警戒する。

 だんだんと人気が無くなり、王宮の裏に到着する。

 流石に反応しないと怪しまれるため。


 「おい、何でこんなところに連れて来た?」


 とだけ口にする。

 すると。


 「ふっ」


 金髪の男、前田陸まえだりくはいきなり殴りかかってきた。

 俺は避けることもできたが、そうせずに拳を受けた。


 「いってぇ…………」

 「なんだ、弱いじゃないか」

 「なんだよいきなり」

 「いや、こっちの問題ってだけだ。殴ってすまなかった」


 前田はそう言い終えると、何事もなかったように立ち去ろうとする。

 俺は念のため呼び止めるフリをする。


 「待て。ちゃんとした理由を言え」


 しかし、それは届くことはなく、俺は一人取り残される。

 ただ、収穫があった。

 前田陸の情報だ。

 俺はその中でも興味深いものがあり、思わず口に出してしまう。


 「劣等感と嫉妬に支配されている、ね…………」


 その言葉を呟き、俺は少し間を空けてその場を後にした。

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