第9話 好きは秘密
夏休みも終わり、二学期が始まっていた。
私の学校では、二学期に入るとすぐに実力テストが行われる。
獣医学部に行きたいと、改めてパパとママに説明した。
二人は応援してくれると言ってくれた。
だから、私は、二人に応援してもらうからこそ、実力テストで悪い成績を取ることはできないと思っていたの。
だけど、結果は惨敗。
獣医学部を志望する受験生が取るレベルの成績ではなかった。
私は、自分自身の未熟さを痛感し、おんおんと泣き喚き、落ち込みまくっていた。
さすがに、私のママも、私があまりにも落ち込んでいたから、どうしたものかと悩んでいたらしい。
それで、私のママが、大洋くんのママに電話したところ、大洋くんのママは、大洋くんが利用している個人指導塾を紹介してくれた。
その個人指導塾は、勉強の内容を教えてくれるというよりは、どうやって勉強を進めていくかを一緒に考えてくれるところだった。
あと、私の学力に合わせて計画を一緒に考えてくれる。
だから、私は、どうやって勉強すればいいのかをただ悩んで過ごすようなことが無くなった。
そんな悩みが無くなっただけで、少しだけ元気になっていた。
塾の分析によると、私は結構、気が散るタイプで、好奇心はあるけど、それが続かないんだって。
ちなみに、大洋くんは、自分の興味があることに没頭してしまうタイプで、案外バランスよく勉強できないらしい。それで、そのバランスをうまく取ってくれるように個人指導塾にしたんだって。
大洋くんのママが言うには、「パパと同じで不器用なのよね、本当に」って。
いろいろとタイプがあるんだなぁ。勉強の進め方って、もしかすると、勉強も人それぞれなのかもしれないね。
二学期早々、落ち込むという事件はあったものの、私は、何とかその危機を乗り越えた気がした。
だから、二学期も中盤に差し掛かる頃には、すっかり元気になっていた。
そんな中、夏休みに体験実習をした水族館からお手紙が届いていた。
手紙を開けると、そこには「イルカの赤ちゃんのお名前お披露目会のお知らせ」とタイトルが書いてある。
「わー! イルカの赤ちゃんの名前決まったんだ! え、しかも来週の土曜日じゃん」
私は、早速、大洋くんのお家に電話し、一緒にお披露目会に参加することを約束した。
そして、今現在、大洋くんと水族館に一緒にいる。
お披露目会の会場は、水族館の大ホール。
カメラを持った人たちが結構並んでいる。
動物の赤ちゃんのニュースは、癒しになるからか、関心が高いのよね。
ちなみに、今回のイルカの赤ちゃんを一般客に公開するのは、もうちょっと先になるそうだ。
私が、ホールの中をキョロキョロと見廻していると、館長の海崎さんもホールの中にひょっこりと現れた。
私たちは、挨拶をするべく、海崎さんのもとに向かった。
「海崎さん、お久しぶりです」
私たちは、海崎さんに挨拶する。
「いやぁ、よく来てくれましたね。本当にありがとうございます。佐藤さんと鈴木さんがいらっしゃってくれて、本当に嬉しいですよ」
海崎さんは私たちににっこりと笑いながら答えてくれた。
私たちは、お披露目会があるまで、少し雑談をしていた。
大洋くんは、体験実習を経て、より獣医学部に行きたいという思いが強くなったと話した。
私も、進路について何も決めていなかったけど、獣医学部に行きたいと思ったと話した。
館長さんは、私たちの話を嬉しそうに聞いてくれた。
「まもなくお披露目会が始まります。ご出席の方は座席にお座りくださいませ」
イルカ担当の木村さんが緊張した面持ちで話し始める。
私たちも、館長さんにペコリとお辞儀して、自分たちの座席へと向かった。
「本日は、新しいイルカの赤ちゃんのお名前のお披露目会にお集まりくださいましてありがとうございます」
木村さんは、まだ緊張しているようで、司会進行の紙を読むあげる途中で、大きく深呼吸をする。
そんな時でも、テレビカメラはまわっている。カシャカシャとシャッター音もする。
木村さんの緊張はなかなかほぐれることはなさそうだ。
そんな木村さんも司会進行の紙から目を離し、ホール内を見廻した。
その時、木村さんが私たちを見つけたようだ。
私の目と木村さんの目が合う。大洋くんも木村さんと目が合ったようだ。
私と大洋くんは少し笑って、座りながら簡単にお辞儀した。
木村さんも私たちの行動を見て、少しだけ笑顔になっていた。
「それでは、イルカの赤ちゃんのお名前を発表したいと思います。こちらです」
木村さんがそう言うと、水族館のスタッフさんが金のくす玉のひもを強く引っ張った。
くす玉はパカンと割れて、中からシュルシュルシュルシュルシュルゥッと巻物が解かれていく。
解かれた巻物には、イルカの赤ちゃんの名前が大きく書いてあった。
「リウム」と。
「イルカの赤ちゃんの名前は、リウムに決定しました」
私は、名前を見た瞬間、「へっ?」と思った。
「リウム」って、なんで?
隣の大洋くんもぽけーっとした顔をしている。
大洋くんもきっと
だって、リウムって、化学の元素記号みたいじゃない? 水酸化ナトリウムみたいな感じで。なんで、リウム?
「なぜ『リウム』かと言うと、水族館だからです」
木村さんが嬉しそうに言った。
でも、全然、分からない。
とりあえず、カメラはまだ廻され続けているし、シャッター音もカシャカシャ鳴っている。
でも、ホールの客席のみんなが置いてけぼり状態になっている。
木村さんが続けて言う。
「水族館を英語で言うと『アクアリウム』です。この赤ちゃんの母親は、『アクア』です」
そうか! そういうことなんだ!
私はやっと「リウム」と付けた理由が分かった。
「アクアの子どもなので、『リウム』と名付けました。この二頭がいれば『水族館』になるというわけです」
客席にいる他の人たちも、理由に納得したみたいで、「いい名前ね」って言い始めている。
ただ、私の隣に座っている大洋くんだけ、ものすごく真っ赤な顔をしている。
もしかすると……。
私は、大洋くんに小声で聞いてみた。
「もしかして、大洋くんの書いたやつが採用されたの?」
大洋くんは、より一層、顔を赤くして、「うん」と答えてくれた。
「素敵な名前だね」
私がそう言っても、大洋くんの顔は真っ赤なままだった。
採用されて、嬉しいんだろうなぁ。
私が書いた「イルカーニュ」は採用されなかったのは、ちょっぴり残念だけど、まぁ、いいか。
私たちは、お披露目会が終わった後、体験実習でお世話になった方々に挨拶をしてから、一緒に帰っていた。
「水族館のみなさん、いつもどおり元気そうだったね」
「マモルンジャーの新作を今度の冬休みバージョンで作るって言っていたよ」
私たちは、水族館のスタッフのみなさんとどんな会話をしたかを、帰りながら話していた。
「そういえば、大洋くん、お披露目会が終わっても顔が真っ赤だったね。選ばれたの、すごく嬉しかったんだね」
「え! いや、あれは、そうじゃなくて……」
大洋くんは、そう言うと、また恥ずかしそうに頬が赤くなっていた。
「そうじゃなくて?」
私がそう言うと、大洋くんは少しだけ拗ねたような顔をして言った。
「なんでもないよ」
「そんな顔して『なんでもない』って言ったって、説得力ないんだけど」
「なんでもないったら、なんでもないよ」
彼がそう言うやいなや、走り出した。
「ちょっと、大洋くん、置いていくつもり! ひどい!」
私も、前を走る大洋くんに追いつくために、走り出す。
「大洋くん、何隠してるのー?」
「何も隠していないよ!」
秋の空は既に夜の準備をしていた。
大洋くんと彼を負う私の影はもう既に長くなっている。
暗くなってしまった空には、星も見え始めていた。
子どもの頃、二人一緒に日が暮れそうになるまで遊んでいたことを、私は思い出す。
私は、足の速い大洋くんをいつも追いかけていた。
今回の体験実習を受けるまで、彼と話すことがほとんどなかった。
でも、体験実習を受けて、前よりも話すようになった。今は昔のように話せるのがすごく嬉しい。
大洋くんは、後方を振り返る。
彼は、足が速いから簡単に私を置いていけるのに、絶対にそうしない。
大洋くんは、本当に優しい。
私ね、そんな優しい大洋くんがずっと大好きなの。
でも、今は秘密ね。
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