第3話 マモルンジャー業務

 今、ステージと観客席に屋根の点いた「クジラホール」にて、私たちの目の前で、横奈屋港水族館の名物イベントが行われている。

 私たちは、そのイベントに参加されるスタッフさんの補助業務をしている。


「マモル・ソーーーードッッッ!」


 赤色の全身スーツを着た人が、手に持つ剣を、敵のお腹に向けた。


「ギャーーーーーーーーッッッ!」


 敵役の人は、黒色の袖のないコートと黒色のパンツに身を包んでいる。

 その人が叫ぶ。


「お、おのれーー! マモルンジャー、この借りは必ず返してやる! 者ども! 退散だ!」


 敵役の人が、配下と思われる人々に向かって、腕を大きく振り上げる。

 そして、舞台袖へと消えていく。

 その瞬間、観客席にいらっしゃるお客様の方から「いやーっ、ブラック・ハート様ぁーっ」と黄色い声が届く。


「力をくれた今日ここにいるみんな! ありがとう! みんなの力が私たちに届いたからこそ、ブラック・ハートを追い詰めることができた! 次も応援よろしく! ありがとう!」


 赤色、青色、黄色の全身スーツを着た人たちがそう言って、観客席に手を振りながら舞台袖へと消えていく。

 その瞬間、観客席にいる子どもたちから「マモルンジャー、つぎもがんばってねー」と大きな声が届く。

 これで、私たちの業務も終了となる。

「クジラホール」は屋根が付いていても屋外ホールなので、本当に暑い。

 この暑さの中で動けるスタッフさん達、本当にすごいわ。

 私たちは、しばしの間、休憩時間をいただくことになった。

 今は夏休み。

 夏休みって暑すぎるから、その時は学校に来て勉強するのは避けましょうねという期間よね。

 そう、夏休みの間の日本は、暑いのよ!

 そのことをまさか改めて知ることになるとは思わなかったわ。

 私は、水族館の館内に設置してある屋外自販機のコイン投入口に五百ミリリットルのスポーツ飲料一本分のお金を投入した。

 私はこの夏の暑さを恨めしく思いながら、自販機のボタンを押す。

 私の近くには、先に自販機でスポーツ飲料を買ってグビグビと飲んでいる大洋くんがいる。

 一気に半分近くまで飲み、ペットボトルから口を離すと、「あっちぃ」と言いながら、首にかけたタオルで顔の汗を拭こうとする。

 私が買ったペットボトルが自販機からガシャコンという音を出して、出てきた。

 私はそれを取り、すぐさま自分の顔に近づけた。


「はぁぁ、生き返るぅぅ」


 私たちが、今いる水族館は、横奈屋港水族館。日本でも、結構有名な水族館で、夏休みなどの長期休みの来場者は本当に多い。

 この水族館の特徴としては、イルカショーのプールが日本でも有数の大きさであること。

 あとは、展示の仕方が変わっていることも言える。

 イワシをただ展示するだけでなく、光と音とのコラボレーションとして、パフォーマンスもするのよ。

 他にも、いろいろと特徴があるんだけど、私としてはここの水族館の館長が変わっていることも特徴として挙げられると思うのよね。

 本当に、いろんなことをぽんぽんと考える方で、おもしろいんだって。さっきの業務も館長さんのアイデアなんだとか。

 その水族館で、私と大洋くんは、三日前から水族館の体験実習を受けている。

 初日は、朝の八時に水族館の職員用入り口で集合し、八時半から水族館の事務室で水族館の簡単な説明と体験実習の実習プログラムの説明を受けた。

 この実習プログラムは、七日間で、大体毎日同じようなタイムスケジュールで体験できることになっている。

 一日の流れとしては、八時に職員用入り口で集合、八時半から九時に業務説明、九時から十二時に業務体験、十二時から十三時にお昼休憩、十三時から十五時に業務体験、十五時に終了となる。

 そして、その日に体験したことのまとめレポートを提出することが課題として出される。

 私たちは、帰宅後、その日に体験したことのまとめレポートを作成し、次の日に水族館スタッフの方に提出する。

 このスケジュールを七日間続けることになる。

 もちろん、毎回同じ業務ができるわけではないの。

 イルカ担当の業務を体験できる日もあれば、アシカ担当の業務を体験できる日もある。

 毎日、いろんな動物の業務を体験するので、毎日が初体験の連続。

 だから、業務に慣れることは全くなく、いつも緊張の連続よ。

 ただ、ある業務だけは、毎日携わっているので、徐々にだけど慣れてきたかな。

 その業務を今終えたから、ちょっとばかしの休憩時間をいただいて、それで自販機で飲み物を飲んでいるの。

 本当は、休憩なく体験実習は次から次へと進むべきなんだろうけど、この業務だけは本当に大変なので、休憩時間をしっかりと取ることを館長さんから注意されている。


「鈴木さんも佐藤さんも、この炎天下の中、ありがとうございます。本当に君たちがいてくれて助かります」

「夏は、本当に暑いから、君たちが飲み物を用意してくれたり、冷たいタオルを用意してくれたりしてくれると、本当にやりやすいですよね」

「このショーも、君たちが来てくれるって聞いて、本当にうれしいです」


 今、声を掛けてくださった三人の方々は、なんと水族館のスタッフさんの方々だ。

 この水族館は何年か前から、水族館内のごみのポイ捨てが問題になっていて、これを解決すべく、今の館長さんが特別部隊を結成した。

 その特別部隊の名前は「マモルンジャー」。

 この水族館オリジナルのキャラクターを作ってヒーローショーを行おうという企画だ。

 このマモルンジャーを作ると館長さんが言ったとき、一部のスタッフを除いて、水族館のスタッフは、冷ややかな目で見ていたそうだ。

 だが、一部のスタッフだけは、その目の輝きがウルトラマンもびっくりのスペシウム光線並みの明るさだったとか。

 そこで、このスタッフさんたちを中心にマモルンジャー企画が進行したと。

 そして、今私たちと話しているのが、そのスタッフさんたちというわけ。


「いろいろな動物の業務を体験して、大変だと思うけど、マモルンジャーは慣れてきましたか?」


 マモルンジャーのレッド役の麻生さんが聞く。


「ちょっとは、慣れてきたかなとは思いますが、それでもあたふたしています」

「私も、こんなに大変なのだとは思いませんでした」


 大洋くんと私は、素直に感想を言う。


「世界の平和を守るのは、そう簡単ではないってことですよね」


 マモルンジャーのブルー役の小野さんがケラケラと笑いながら応えた。

 マモルンジャーが始まった当初、すぐに消えてしまう企画だと思われていたそうだ。

 でも、マモルンジャーは、イルカショーやアシカショーとコラボレーションして公演したり、敵役を演じる方に若手の俳優さん起用することで人気が出始めた。

 しかも、扱うテーマが「ごみはごみ箱に捨てよう」「水族館には外で活躍する生き物もいるからごみ箱のふたもしっかり閉めてね」「みんなが使うプラスチックが生き物の体の中に入ると危険なんだ」「人間も生き物もみんな仲良く暮らしていこう」などと水族館でのマナーや環境をテーマにした内容になっていたので、保護者からの評判もいい。

 そして、マモルンジャー役は水族館スタッフさんによって演じられる。

 マモルンジャーはヒーローショーだ。

 当然、アクションシーンもあるので、演技をするのはかなり大変なはず。

 水族館のスタッフにできるのかという心配もされたそうだ。

 しかし、この心配は要らなかったとすぐに分かることになった。

 麻生さん、伊藤さん、小野さんの三人は、顔色一つ変えずにアクションシーンも演じてしまうし、マモルンジャーの動きがかっこよくて驚いてしまう。

 敵役を演じる俳優さんが「上手だからかえって緊張しました」と言ってしまうくらい上手だった。

 ちなみに、この水族館のグッズ売り上げは、生き物に関するものが多いが、マモルンジャー関連のグッズの売り上げも馬鹿にできないぐらいだ。


「以前、マモルンジャーを始めてからごみのポイ捨てが無くなったという特集を読みました」


 大洋くんが、言う。ちなみに、私はその特集を知らなかったが、マモルンジャーが有名になっていることは知っている。


「実は、それだけじゃないんですよ」


 そう言ったのは、魚類担当の小野さんだ。小野さんは続けて言う。


「館長がマモルンジャーをやるって言ったときは、特撮好きの僕としてはすごく興奮しちゃいまして。『やりたい』って伝えに、館長のところにすぐに向かいました。そうしたら、麻生さんと伊藤さんも館長のところにいたんです」


 麻生さんも笑いながら話す。


「僕は、総務部だし、伊藤さんは経理部だし、小野さんは魚類担当の飼育員。全然、接点がない三人だったけどすぐに意気投合しちゃいましたね」


 伊藤さんも楽しそうに言う。


「三人集まると、マモルンジャーをどうやって進めるかでいつも盛り上がっていましたよね。だけど、マモルンジャーだけじゃなく、それぞれの業務の話をすることも増えたんですよね」


 続けて伊藤さんが言った。


「そうやっていろいろとお話しすることが増えたら、自分の業務の取り組み方が変わったんですよ。たとえば、『飼育員としては、これが欲しいから予算つけてくれ』って要求されても、それまでは『経理部としては、予算を配分できないから無理です』で断っていたのですけど、今はどうしてそれが欲しいのかっていう理由が聞きたくなったんですよ。理由を聞くと、確かに必要だなと思うから、今は予算付けられないけど、次にこうなるから、こうしてみませんかって感じに、説明できるようになったんです」


 麻生さんも少し恥ずかしそうに言う。


「総務も、基本的に何でも取り扱うのですが、人事も取り扱います。どんな人材が今必要なのかをちゃんと把握したいなと、各部署の方々としっかりとコミュニケーションを図りたいと思うようになりました。なんで、もっと早くに気が付かなかったんだろうって今では思いますけどね」


 小野さんも少し申し訳なさそうに言った。


「事務を扱う人たちは、結局、現場が分かっていないなって、諦めることもあったのです。でも、自分たちの説明不足だったのかなって、思い始めました。そう思ったら、どう説明すればいいのかなって考えるようになりましたよ」


 麻生さんが言う。


「事務方と現場のコミュニケーションをどう取っていけばいいのか。これについても、私たちでよく相談するようになりましたよね」


 伊藤さんも、麻生さんに続けて言った。


「相談したことを少しずつ行動していったら、他の人たちも、助けてくれるようになったんですよね。イルカショーとのコラボレーションの実現もコミュニケーションをちゃんと取っていったら実現できた企画ですよね」


 小野さんが少し微笑みながら言う。


「変な話だけど、マモルンジャーを始めたら、水族館スタッフのコミュニケーションが捗ったんですよね。本当に思わぬ効用ですよね」


 三人のスタッフさんたちは、本当に楽しそうにお話をしてくれる。

 もしかすると、館長さんはそういう効用まで考えて発案したのかな。

 そう思うと、館長さんが「空前絶後のナントカ」ってよく言われるのが、よく分かるなぁと思った。

 今目の前にいるスタッフさんを見て、水族館のお仕事を本当に楽しくなさっているんだなと心の底から思った。

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