NTRれたあたし。元カレの結婚式に出たら、なぜか、ざまぁしてしまった

藍条森也

あたしは幸せ!

 「ああ、もう! なんだって、あたしが元カレの結婚式になんか出なきゃいけないのよ⁉」

 ああ、もう。憂鬱ゆううつったらないわ。

 『元カレの結婚式』って言うだけで充分、不快なのに、よりによって相手の花嫁が元親友。ってか、あたしから元カレをぶんどって縁切りになった相手。つまり、あたしはNTRされたってわけ。彼って、大学時代からの付き合いで顔も良いし、大手ブランド企業に勤める超優良物件だったんだけどなあ……。

 しかも、寝取ったやつは『無二の親友』と信じていた相手。

 傷心のあたしは都会をはなれて山奥に引っ込み、ひつじ牧場ぼくじょうに勤めながらのスローライフよ。は~あ、まったくもう。

 それにしても、元親友。人の彼氏を寝取っておいて、結婚式に呼ぶとかどういう神経?

 でも、行かなきゃいかないで『みじめすぎてこられなかった』とかわらいものにされるのは目に見えてるし……。

 はああ、仕方がない。いやだけど、行くしかないか。これからずっと、元親友のネタにされるよりはまだましだわ。でも、遠いのよね、結婚式場。車で五~六時間はかかっちゃう。となると、問題がひとつ……。

 「ねえ、アーちゃん。今度、出かけなきゃいけないからおとなしくお留守番……してるわけないよね」

 あたしは田舎暮らしの唯一の同居人、我が家のペット、大型犬のアーちゃんが辺り構わずその牙でガジガジやっているのを見て大きな溜め息をついた。

 このアーちゃん。もともとは警察犬として訓練されていた。でも、どうにもこうにも気性が荒すぎて不合格。そのままだと処分されてしまうと言う。たまたま、そんな記事を見かけたあたしはペットとして引き取った。

 以来、そのパワーと話以上の気性の荒さに『早まったかなあ……』と後悔する日々。

 でも、放っておけなかったのよねえ。

 だって、アーちゃん、メスだったから。これがオスなら放っておいたんだけど。ちょうど、元カレをとられて落ち込んでいる真っ最中だったからその姿がついつい自分と重なって……。

 本当、認めたくないものだわ。

 『若さゆえの過ち』ってやつは。

 ちなみに、『アーちゃん』という名前は『アマゾネス』から。一目、こいつの面構えを見たときからそれ以外の名前はあり得なかった。

 「仕方がない。アーちゃんも連れて行くか」

 こんな気性の荒い大型犬、一緒に連れて行くのは心配以外のなにものでもないけど……。

 あたし以外にアーちゃんを扱える人はこのあたりにはいないし、放っておいて逃げだしたりしたら……。大切な羊や近所の子供に怪我でもさせたらアーちゃんどころかあたしまで追い出されちゃうわ。

 「お出かけだからね。そのときぐらいはおとなしくしててよね、アーちゃん」

 あたしはそう言ったけど――。

 壁に突っ込んで穴をブチ開け、喜んでいる(ようにしか見えない)アーちゃんを見て絶望に浸ったのだった。


 そして、当日。

 あたしはアーちゃんを車に乗せて出発した。途中のドライブインで一休み……しようとしたんだけど、ここで大失敗!

 ――アーちゃんもずっと閉じ込められっぱなしだし、運動ぐらいしたいよね。

 と、仏心を出したのが運の尽き。ちょっと散歩でもさせてやろうと車から降ろしたその瞬間、あたしの手を逃れて一目散に走り出す!

 「あっ、こら!」

 あたしは叫んだ。しかし、時すでに遅し。アーちゃんの走り去った方向、そこにちょうど新しくやって来た車が……。 

 ――あ、でも、あの距離があれば車は止まれる……。

 「うおいっ! なんで止まるどころか加速する⁉」

 ヤバい!

 イヌは車のスピードに反応できない。車が突っ込んでくると身動き取れなくなって固まってしまう。このままではアーちゃんが……!

 「うおりゃあああっ!」

 あたしは叫んだ。突進した。硬直しているアーちゃんを抱きかかえ、ラガーマンよろしく突っ走る!

 うわお。あたし、自分より体重のあるイヌを抱えて走ってるよ。これが火事場の馬鹿力ってやつ?

 ああ、いやいや、忘れていたけどあたし、大学時代はちょっとは名の知られたアマレス選手だったんだわ。おまけにいまや、田舎暮らしで牧畜と狩りの日々。さらに鍛えられている。まあ、そうでもなかったら、警察犬にもなれないぐらい気性の荒い大型犬なんて、最初からペットにしたりしないわな、うん。

 そう言えば、元カレを寝取られたのも『仕事が忙しい』って全然、あたしのことをかまってくれないことに腹を立て、一本背負いで思いきり床にたたきつけた直後だったような……。

 まあ、関係ないよね。『あたしにかまってくれない!』なんて理由で拗ねて、彼氏に当たるようなかわいい彼女、あばらにヒビが入ったぐらいで捨てる男なんているわけないない。

 ともかく、あたしはアーちゃんの救出に成功した。車はと言えばつい先ほどまでアーちゃんのいた場所を猛スピードで走り去り、壁にぶち当たって停車した。

 ――え~と、だいじょうぶだったかな?

 これでもし運転手が怪我したり、死んだりしたら、やっぱりあたしの責任になるわけ? それはちょっと困るなあ……。

 車のドアが開いた。運転手が出てきた。あたしと同年代の若い男だった。

 「すみません、大丈夫でしたか⁉」

 運転手の男は開口一番、そう叫んだ。

 「はい?」

 それって、どちらかと言うとあたしが言う台詞のような……。

 「本当にすみません! 僕、運転に不慣れなもので……ついあわててブレーキのかわりにアクセルを踏んでしまったんです。大切なワンちゃんをいてしまうところでした。お怪我はありませんか⁉」

 必死の形相でそう言い立てる彼の姿に――。

 あたしは思わず腹を抱えて笑ってしまった。


 「ええっ! それじゃ、あなたも結婚式に向かう途中だったんですか」

 「ええ、そう。偶然てあるものねえ。まさか、あなたが彼の友だちだなんて」

 あたしたちはドライブインで軽食を取りながら話をしていた。なんと、この男性、あたしの元カレの友だちで、同じく結婚式に向かう途中だったのだ。ちなみに、アーちゃんは今度こそしっかりリードにつないで勝手に動けないようにしてある。アーちゃんはなんとか脱出しようとリードをガジガジやっているけど、さすがに特別製の鉄の鎖は噛みちぎれまい。ふっふっふっ。

 「……それにしても、困ったな。車が壊れてしまって。結婚式には遅れたくないんだけど」

 「ああ、それなら大丈夫。あなたの車は保険会社に任せて、あたしの車で一緒に行けば良いのよ」

 「えっ、でも、ご迷惑じゃ……」

 「いいの、いいの。もともとはうちのイヌのせいなんだから。それぐらい、させてもらわなきゃ。それに……」

 「それに?」

 「あわててブレーキとアクセルを踏み間違えるような人、運転させておいたら危なっかしいしね」

 あたしが言うと、彼は真っ赤になって恥ずかしそうにうつむいた。


 そして、あたしは彼と一緒に旅を再開した。後部座席にはアーちゃんが『デン!』とばかりに鎮座ましましているので、助手席に座っている。

 道中はなかなかに話が弾んだ。彼は菓子職人、いわゆるパティシエで、いつかは自分の店をもつのが夢だそうだ。

 そう語る表情が子供みたいに純粋でなかなかかわいい。元カレみたいなイケメンでも、エリートでもないけれど、誠実で純朴ないい人みたいだ。嫌でいやで仕方なかったこの旅も、こんな同行者が出来れば楽しくなってくる。おまけに――。

 アーちゃんの態度までかわった気がする。なんだか、あたしに対する当たりが柔らかくなったような。イヌなりに助けてもらったことに感謝しているのかも知れない。アーちゃんと仲良くなれたならなによりだ。


 そして、あたしたちは結婚式場へとやってきた。エリート社員らしく大きな庭の付いた豪華な式場。新郎新婦(にっくき元カレと元親友)は、式までの一時、庭に出て友人たちと談笑している。

 あたしとパティシエの彼、それにアーちゃんは新郎新婦に近づいた。

 「やあ、来てくれたんだね」

 と、にこやかに挨拶してくる元カレ。

 こんな表情で、捨てた元カノに挨拶できるなんていったい、どういう神経してるのよ、こいつ。おまけに、隣に立つ親友は余裕たっぷりに勝者の笑みを向けてくるし……もう最悪!

 とは言え、こんなところで暴れて品位を落とすわけにはいかない。あたしにも『女の意地』ってものがある。内心の怒りを押し隠し、表面だけは仲よさそうに振る舞った。すると――。

 「あなた!」

 天にも届けとばかりに女の叫びが轟いた。

 「なんでそんな女と結婚するのよ⁉ あなたの結婚相手はあたしだったはずでしょう!」

 女の視線はまっすぐ元カレに突き刺さっている。そして、元カレはうろたえまくり。

 えっ、えっ、なにこれ?

 もしかして、元カノが式場に殴り込み?

 そんなドラマみたいなことがリアルであるわけ⁉

 ってか、あたし以外にも元カノいたんかい⁉

 女は血走った目で元カレ目がけて突撃する。

 ――放っておこうか。

 正直、そう思った。多少の修羅場、良い薬だわ。でも――。

 女の手には包丁⁉

 ヤバい!

 これはシャレにならない。

 あたしはとっさにアーちゃんに指示を飛ばした。


 包丁女はつつがなく警察に逮捕された。

 アーちゃんは気性が荒すぎて不合格になったとは言え、警察犬としての訓練をみっちり受けた身。おまけにあたしは大学時代はちょっとは名の知られたアマレス選手(実は『オリンピックいけるかも……』なんて言われてたのよね)。

 このコンビにかかれば、いくら包丁を振りまわしているからと言っても素人の女ひとり、取り押さえるぐらい造作もない。

 ……まあ、さすがにアーちゃんは『気性が荒すぎて警察犬になれなかった』って言うだけのことはあった。あたしが必死に制御しなければ噛み殺していただろう。

 それでも、とにかく、どうにか、こうにか、女を取り押さえ、警察に引き渡した。こんな騒ぎが起こったあとでも『女の晴れ舞台をこんなことで台無しに出来ない!』と、式を強行した元親友の根性はあっぱれだった。まあ、式が終わったあとで大騒動になってたけど。

 でももう、あたしには関係ない。なにしろ、『元カレの結婚式に出る』って言うミッションは達成したんだから。あとは野となれ、よ。


 その後はそれはそれはもう大変なことになったらしい。あの包丁女はやっぱり元カレの女だった。つまり、浮気していたわけだ。しかも、ほかにも何人もいたようで……あたしに『仕事で忙しい』って言っていたのも実は、他の女と会っていたらしい。

 まあ、あたしというものがありながら他の女に寝取られるような男だもんね。それぐらいのことはあってもおかしくないか。そんな男、とっとと別れられて正解だったわ。

 「ありがとう! やっぱり、あんたは親友だったわ」

 あんまり嬉しかったんで、その一言と共に元親友に胡蝶蘭こちょうらんなんて贈っちゃったわよ。そのときの元親友の表情ときたら――。

 これが、いわゆる『ざまぁ』ってやつ?

 これはたしかに気持ちいいわあっ。

 そして、あたしはと言うと――。

 例のパティシエの彼と結婚しちゃったのよね、これが。

 結婚式のあと、彼があたしに近づいてきてこう言ったの。

 「ワイルドさに惚れました! 結婚してください!」

 あんまり必死なんでついほだされちゃってね。その場で承知しちゃったわ。そして、彼はいま、あたしの務める羊牧場のスイーツ部門に就職して、羊のミルクから作るスイーツ作りに腕を振るっている。

 そして、アーちゃんは――。

 こちらも、幸せいっぱい。

 同じ犬種のお婿さんをもらって日々ラブラブ。

 あたしひとりではとても大型犬二頭なんて飼えなかったけど、彼が加わってくれたことでお婿さんをもらってあげることができたのだ。

 ひとつ、気になるのは結婚して以来、すっかり気立てが良くなったこと。以前のような乱暴はちっともしなくなったし。さわっても怒らなくなった。もしかして、気性が荒かったのって欲求不満だっただけ?

 「お前、結婚してからすっかりおしとやかになったなあ」

 って、自分が言われるたび、複雑な気持ちになるんだけど……。

 まあ、幸せだからいいか!

                 完

 

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