報告
宿木 柊花
報告
森の主が現れたのかと思った。
誰からの依頼も断らないで有名な興信所、探偵スパイ社会的暗殺どんな依頼も完遂する探偵事務所には珍しい客だと思った。
よく見ればそれは人間の男性だった。
髪には泥や葉がつき、元の色が分からないスーツは袖が片方なかった。裾は色が変わり、少し動けば固まりになった土が落ちる。
依頼受付は右側、中央に通路、終了報告は左側つまりここ。
男性は風に吹かれたドローンのように右に左に揺れ動き、とうとう受付にたどり着いた。
「黒石任務完了、帰還の報告に来ました」
「お疲れ様です。報告を承ります」
こっちだったか。
嫌だけど、仕事なので一番狭くて物の少ない個室へ通す。
黒石。最近見ないと思ったら任務に放り出されていたのか。
最後に見たのは数ヵ月前だっただろうか。
事務所のソファーに倒れ込むと泥のようにソファーと一体化した。
こうなっては鍋底の焦げ付きのようにソファーから剥がすのは骨が折れる。
お茶と
黒石が……一人だ!
「あの黒石さんお一人ですか?」
ああ、と黒石は呻く。肯定。
「肩が軽いとか気が晴れたとか世界が鮮やかになったとかありますか?」
「あ! あるある、それめっちゃある! 任務が終わったあたりに突然背中が軽くなってサングラス外したのかと思うくらい視界が眩しくって。買っちゃったよサングラス」
オシャレとは言えないサングラスを掛けて見せる。頼まれても着けたくないデザイン。
黒石の前にお茶を出して報告の聞き取りを始める。
頭には特殊ヘッドセットを装着させてもらう。証言との矛盾を審査するため、脳内映像が手元の画面に写し出される仕組みだ。
その前に報告書の備考欄に記入しておく。
『黒石のみ帰還、ペット(怨霊)は見当たらず。任務完了確認』
ペット。黒石に憑いた怨霊。黒石の生気を餌として黒石によくなついている。社内では冷房費の節約に一役買ってくれる良い人。
ただし黒石には見えていない可能性が高い。
「では報告をお願いします」
黒石は居住まい神妙な顔つきで語り始めた。
事の発端は所長との飲み会だったという。
『黒石お前のペットを還してやらねーか?』
『そーっすね』
ノリと勢いで承諾したらしい。
その後、任務という形でペットとの旅が始まったのだという。
「俺にはさっぱりなんすけど、ペットいたらしいっす」
画面には黒石とペットの仲睦まじい画像が次々と写る。
肩を寄せあって眠っていたり、二人で食卓を囲んだり、ショッピングや公園で
本当に視えていないのか疑わしい映像ばかりだ。
任務の内容は孤島の洋館へ行き未発覚事件の早期解決。
任務はトラブル続きだったという。
所長が用意してくれた自動操縦小型飛行機は機材トラブルで雷雲に突撃し、見たことないスピードで飛んだり回転したりで大変だったそう。
「途中で無重力になった時はとうとう宇宙進出しっちゃったかと思いましたよ」
と黒石は陽気に笑う。
その後自動操縦を切って自力で操縦し、孤島に着水。
滑走路なかったっすよ、と頬をあからさまに膨らまして見せる黒石。
「自動っつってもまだまだっすね」
黒石はなんてことないように笑っている。
━━黒石、お前操縦もできるのかよ!
心の声を押し殺し、話に耳を傾ける。
この機材トラブルと謎のアクロバット飛行は多分ペットの仕業に違いない。
怨霊の悪戯は大抵の場合電気系統に出るもの、機械類と相性が良いのかもしれない。
孤島に着くとすぐに洋館へ侵入。
ちょうど男女のグループが揉めているところだったらしい。
会話の内容から先に洋館にいた三人、後から現れた女性二人組という構図。そして二人の内の一人がこの洋館の持ち主であり絶対に現れないはずの人だったという。
三人で協力して殺し、この洋館の近くに埋めたのが数年前。ほとぼりが冷めた頃を見計らって集まり、証拠になる骨を海に散骨しようと企んでいたそうだ。
「ヤバいところに居合わせちゃったな~って思ったら、いきなり電球が弾けたんす。もう機関銃で撃ち抜かれたかのように次々と」
興奮気味に弾ける様子をジェスチャーしてくれる。
手元の映像では洋館の広間の天井から顔を出す黒石と天井の中央付近で髪を振り乱して怒り狂う怨霊の姿が写っている。
「暗くなってくれたおかげでバレずに動きやすかったんすけどね」
またしても黒石は平和な顔をして笑う。
その後の中の様子はゲリラ雷雨の
反動でその人のフードが外れ、頭蓋骨が現れたらしい。
広間は阿鼻叫喚の地獄模様。
刃物を振り回す女性、怯えて走り回る男性、雄叫びを上げながら柱に頭を打ち付ける男性。頭蓋骨の女性を抱いた女性は静かに洋館を去った。
女性たちを追跡しようと屋根に出たところ、落雷が直撃。
為す術もなく屋根から転がり落ちる。回転する視界の中で生存ルートをいくら計算しても手足の動かない状態では不可ばかり。
「目が覚めると複数のドローンの上でした」
手元の映像がスーツの足の間から見た空だったり、お尻で潰されたりしているのはそういうことか。
画像を切り替えながら確認していくと、一つ後頭部からの映像と思われるそれが安心したような顔を浮かべて黒石を覗き込む怨霊を捉えていた。
無事生存して、殺人の証拠も集めて三人の身柄と共に警察へ届くように仕掛けて任務完了とのこと。
嘘偽りはないようだ。
「報告は聞き取りました本日は以上です。お疲れ様でした」
黒石は壁や扉にぶつかりながら酔っ払いの千鳥足のように不安定な足運びで部屋を出ていった。
あてにならない映像の数々を切り替えていくと割れた空の端に人影が写っている。
割れたレンズの反射で薄く写り込んでいるようだ。
拡大、拡大、拡大。
解像度の処理、処理、処理。
そこには微笑んで光に包まれる怨霊もとい女性の姿があった。その女性の隣には小さな女の子が嬉しそうに立っている。
二人は向かい合うと微笑みあい、手を繋ぐ。
目の前にいる女性はハンカチで目元を拭い、隣に立つ黒石はサングラスをしていて表情も視線の先も判別つかない。
元怨霊の女性は一礼し、黒石を優しく包む。
女の子は座り込んでしまった女性の頭を優しく撫でた。
二人はまた手を繋ぎ、光が一層強くなると天空に伸びる。
二人の姿が光の粒に変わり煙のように昇っていく。
残された女性は倒れ込む。
黒石はただ眩しそうに空を見上げている。
「なんだ」
黒石の頬が一瞬だけ光る。
あれはきっと雨でも汗でもないと思う。
報告 宿木 柊花 @ol4Sl4
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