犬神様は緑繁の神?と対面する
「み……みず…………」
孤狼の足元で囁くような声がした。
嗄れた苦しそうな声が孤狼の鼓膜を震わせる。
男か女かも分からぬほど全身を焼け爛れさせた人間が、地面を這いずっていった。
助けてくれるかもしれない人影があるというのに、まるで彼女など見えていないかのように。
倒壊した家屋、火が消えていないのかあちこちで煙が上がっている。
前を見ても後ろを見ても、そこにあるのは破壊の痕跡、そしてその被害者たる亡骸ばかり。
傷ついた人々が何かを求め、彷徨っていた。
彼らの瞳に孤狼は映らない。
まるでそこにはいないかのように、誰も彼もが彼女の脇を通り過ぎていった。
河岸に水を求め力尽きた人だったものが積み上がっていく。
犬神はその景色をただ見つめていた。
その目はひどく冷たかった。
「はい、お水」
不意に孤狼の背後で場違いに明るい声がした。
振り向くと、白い衣をまとった少女が跪き、どこから取り出したのかコップになみなみと注がれた水を横たわる人間に差し出している。
彼女はその真っ白な衣が汚れるころとも厭わず、血だらけの人間を抱き寄せ水を口元まで持っていく。
それは慈悲なのだろうか。
だが、それが注がれることはなかった。
「……………………」
虚ろな目が少女を見つめるが、その中に光はもうない。
あともう少しで水を飲めたというのに……
水を求め喘いでいた口はもう息をすることをやめていた。
「死んじゃった」
やはり明るい声で少女は言う。
だがその瞳はちっとも笑ってなどいなかった。
「なんでこんな所にいるのかな、孤狼?」
衣服の汚れも払うことなく少女は立ち上がる。
孤狼の耳が不服そうに揺れた。
「それはこっちの台詞じゃよ、主神様」
孤狼にとって、ここに彼女がいることは、予想外の事態だった。
主神、人神はこの地獄をずっと静観しているとばかり思っていた。
自身の定めた規律に則り、何もせず、ただいつものように微笑んでいるだけかと思っていたというのに。
彼女はここにいた。
「主神様なんて畏まった呼び方イヤ、日向ちゃんって呼んで」
「いや……そういう訳には……」
頬を膨らませる主人に孤狼は狼狽する。
自分の地位を分かっているのか、いないのか……この神の気楽さにはいつも動揺させられる。
何も知らないように笑って……その実世界のことを誰よりも理解している、そんな神だった。
「主神様は…………」
「むー!」
「…………日向……様こそなぜこんな所に?ここにいても何もすることなどないじゃろう」
彼女の圧に負け、仕方がなく孤狼は主人の名前を呼ぶ。
不服だがしかたがあるまい、この主人はとてつもなく頑固だ。
ここで折れねば彼女は数十年は頬を膨らませ続けていることだろう。
様を付けたのは犬神なりの最後の抵抗だった。
犬として主人への敬意を欠かすことはできない。
人神は自身の名を聞くと満面の笑みを浮かべながらクルクルと回る。
そのむき出しの素足は煤と泥、そして血で汚れていた。
「あなたと同じ、見ていたの」
「戦争を?」
戦争、その言葉に人神は動きを止める。
そうだ、孤狼は戦争を、その犠牲を見ていた。
何もできない無力さを噛み締めながら、ただ見ていた。
この地で多くの人間が断末魔を上げることなく、その命を散らすその瞬間を。
ここは戦争が生み出した地獄の縮図だった。
「戦争……戦争ね。んーとね…………私が見ていたものはもう少し違うもの」
地獄を背景に人神は大きく腕を広げる。
もっとよく見ろと、破壊の跡に手を伸ばす。
「私が見ているのは人だよ、孤狼」
「人?」
この地で苦しむ人間その一人一人に目を向けているということだろうか。
なんだか……違う気がする。
人と人の間に生まれた神、人神。
人として生まれるはずだった彼女は、他のどの神よりも人間のことを理解し、そして人間に近い存在だった。
「これが、人間だよ!」
血と排煙に塗れた犠牲の渦中で、彼女は高らかに叫んだ。
互いに争い殺しあう、犬神が最も嫌悪する人間の習性、戦争。
それを指して彼女は人間と曰う。
これが人間、人間の姿なのだと。
「悲しい?失望した?でもこれも人間。私が神になる前からずっとそうだった。自分勝手で身勝手な動物」
「………………」
返す言葉もなくただ唇を噛み閉める。
孤狼だって知っている、戦争を黙って見つめるのもこれが初めてではないのだから。
戦争が始まると、孤狼に会いにきてくれる人間はいなくなる。
人間も神が戦争に手を貸してくれないことを歴史から理解しているのだ。
大好きな甘味も、人々の笑顔も孤狼の生活から遠ざかっていく。
そうして孤独になった犬神は姿を隠し自分を独りにした戦争を黙って睨みつける、それが常だった。
だから、犬神は言葉を詰まらせる。
「……それでも儂は人間との共存を諦めたくないのじゃ」
「どうして?」
答えを促すように人神は微笑んだ。
「だって…………」
……………………………
…………………
……
「そんなに死が怖いか?人間」
孤狼の放った言葉は机についた人々の笑顔を凍らせる。
種子に感染された緑繁教の人々。
彼らはその感染こそが救いなのだと信じ、自然讃歌を唱えた。
だが、それは孤狼から見れば逃避でしかなかった。
感染が、死が、怖いから言い訳をしてその恐怖から逃げている。
種子に抗って生を模索する夕やカンパニーの人間を知っている孤狼にとって、それは友人の生き様の愚弄でしかなかった。
だが怒りに身を任せ吐いたその言葉は冷静ではない。
信仰への真っ向から否定なのだから。
「ちょっとお嬢さん、何を言っとる」
奥の机に座っていた人物が立ち上がる。
孤狼の周囲の空気がおかしいことに目ざとく気がついたのだろう。
孤狼は尻尾を立て今にも牙を剥き出しにしそうな様子だし、その周りの人間も青ざめている。
「死が?怖いに決まってるだろう、ほらちょっとこっちに来な」
その年配の男性は孤狼の尻尾をむんずと掴むとその場から引き剥がした。
いきなり妙なところを掴まれた犬神は猫のような唸り声を上げる。
「やめ、んか、そこ!そこ掴むでない」
元々機嫌が悪いところをデリケートな部分を触られ、怒りに顔を赤くする孤狼。
その綺麗な毛並みは気安く触れていいものではないのだ。
「すまないねぇ。この子まだ慣れてないみたいで」
だが、その男性の眼差しが思いのほか優しく、孤狼は一旦口をつぐむ。
それは孤狼を排斥する目ではなかった。
男は孤狼の不用意な発言に頭を下げながら彼女を憩いの場から遠ざける。
孤狼をここに連れてきた若い男は居心地が悪そうに頭をかいていた。
この男は地位の高い人間なのだろうか。
そういえば緑の衣もなんとなく他より豪華な気がする。
男について歩きながら、孤狼はそんなことを考えていた。
「こんな小さな子供までつれてくるなんて、私はどうかと思うがねぇ」
「子供?」
辺りを見渡して孤狼は首をかしげる。
子供などどこにもいないが。
「君だよ、小さなお嬢さん」
「あぁ、儂か」
孤狼は思い出したかのように自分の身体を見下ろした。
先の戦いで多くの血肉を失い、その結果自身のサイズが一回り小さくなってしまったのを忘れていたのだ。
今の孤狼はまさに少女と言って差し支えのない身長になっていた。
元のサイズに戻るにはまだ時間が必要そうだ。
「あまり人を見た目で判断しない方がいいぞご老体」
「君こそ私を老人扱いかい?」
男と犬神は顔を合わせ、にっこりと笑う。
そこには今さっきまでの険悪な雰囲気などどこにもなかった。
犬神は長い経験と嗅覚によってその男の思慮深さを感じ取っていた。
なんだかこの老人は先ほどの人間たちとは少し違うようだと。
だが、そんな男の身体にも木が生えていた。
「私は要堺、一応ここの長をやらせてもらっている者だよ」
「儂は孤狼、神だ」
「神、へぇ……」
要堺は自信満々に胸をはる孤狼を優しい目で笑った。
どうやら全く信じてはくれていないようだ。
だが孤狼はそんなことは気にしない。
神と信じてもらえないのも、もはや慣れっこだった。
「君は幼く、感染していない、だからこんなところに来る必要などないのだよ」
扉を開きながら要堺はそんなことを言う。
孤狼は肩をすくめた。
彼の予測は間違っている。
孤狼は目の前の老人よりもよっぽど高齢だし、訳もわからず無理やりつれてこられたわけじゃない。
先程は怒りも見せたが、そもそもここまでついてきたのは誘われたからではなく孤狼自身の好奇心からだ。
「感染は救いなのじゃろう?」
「おやおや、手厳しいねぇ」
孤狼の挑発的な発言にも要堺は微笑むだけだった。
手招きに応え、孤狼も扉の中へと入る。
そこは礼拝堂だった。
そういったものに詳しくはないが、かつて自身達を祀った社に近いものを孤狼は感じた。
清潔で、神聖な空気。
その中を男は靴音を響かせながら歩いていく。
「君のような正しい人間には、私たちの教えは言い訳のように聞こえるだろう…………でも、救いは必要だろう?」
「そんなもの……」
「なぜなら」
孤狼の言葉を要堺が遮る。
その声音は相変わらず優しげだったが、その背中からは確固たる意志を感じた。
「救いだった神はもういないのだから」
知っている人間だったのか…………神が、いたことを。
噛み締めた口元から微かな歯軋りが漏れる。
先ほどの怒りとは別種の感情が孤狼の中に湧き上がった。
かつて神であった時は感じなかった感情。
無力感、自分への失望。
神はいる、目の前に。
だがそれを信じもせず人間は嘆く。
目覚めてから孤狼は人にとっての救いだっただろうか、この先救いになれるのだろうか。
人間は今も汚染に苦しんでいる、だけど……この剣でなにができるというのだろうか。
「だから、自分たちで救いを作るしかない。信仰という救いを」
死の恐怖から逃げるために…………
要堺は孤狼へと向き直る。
その背後には異形の木が生えていた。
その木を囲むようにして造られたガラスのドーム。
この礼拝堂はその木を守るように建てられていた。
「見たまえ、これが我々の救い。神だよ。緑繁の神だ」
青々と茂った葉の中に実る浅黄色の果実。
恵みと呼ばれた果実のなる木。
その木は人から生えていた。
夕と同じぐらいの年頃の少女、そこから大樹が根を伸ばしている。
だが、今まで見てきた感染者の末路とはどこか違う。
そもそも感染者の木が実をつけているところなど見たことがない。
黒い花を咲かせることはあっても種子をばら撒くばかりで、果実になどなりはしない。
あれに果肉を実らせて種子を運ぶ必要などないのだ、ゾンビを作り直接種子をばら撒く、あれはそういった生命なのだから。
そしてなにより異なる点はその根だ。
感染者たちは身体を貫かれ木の養分になっているのに対して、その根は少女を守るように包んでいる。
まるで木と共生しているかのように。
「種子との完全適合者、そう言われている人間さ」
「種子と適合?そもそもこれは完全に別種じゃろ」
孤狼は鼻を鳴らした。
共通点は人と木が融合しているというだけ、見た目はたしかに近いがその実態は全く別物だ。
どのようにして人と木が融合に至ったのかは知らないが、人々が恐れる汚染の気配は感じられなかった。
「本当に種子の適合者かは重要じゃない。そうだろう?大事なのはそう信じられるかどうかだ。教えを信じれば彼女のようになれると」
「嘘を信じてどうするんじゃ」
確かにこの少女のように植物と共生し、死後も果実を実らせ残った人々を助けることができるのならば、幸せだと思う人間もいるのかもしれない。
だがそんな希望はまやかしだ。
孤狼は数多の感染者たちの末路を見てきた、だがこの少女のような穏やかな死体はどこにもなかった。
教えを信じ慎ましく生きれば、この少女のようになれる。
そんな保証などどこにも存在しない。
「少なくとも嘘を信じていった人々は穏やかだったよ」
穏やか…………孤狼の脳裏に緑の服を着た人々の笑顔が浮かぶ。
目のクマもなく、希望に溢れた笑顔。
明日も生きていられるか分からず怯えながら夜を越す人々とは全く違う顔。
未来は閉ざされているというのに、彼らは誰より幸せそうだった。
「真実はそんなに大事なもので、現実は本当に向き合わなければいけないものなのかな?」
「……………………」
孤狼は押し黙り、要堺を睨みつける。
救われない真実を知る側として、彼はこの嘘を肯定していた。
「現実が私たちに滅びを突きつけるのならば、偽りでも安心して終われる神話が必要だと……そうは思わないかい?」
「それで、こんな嘘の神をでっち上げたのか」
「いや、私は作ってないよ」
「ぬぬ?」
要堺の視点が逸れ、後方の窓へと向けられる。
窓の外には規則正しく木々が生え、森を形成していた。
感染者達の成れ果ての森を。
「この神話を作った人間はもうとっくに木になってしまったよ。管理する人間が細々と役目を引き継ぎ、今は私……というだけだ」
感情の読めない目で要堺は自身から生える幹を撫でる。
感染を救いとして受け入れる。
その思想ゆえ緑繁教の人間の寿命は極端に短い。
除草剤を定期的に打ち込まねば根の侵食を止めることはできないのだから。
「なぜそんな話を儂にする。儂が管理人を引き継ぐとでも?」
「どうかな……ただ君は非感染者だからね」
「だからなんじゃというんだ?」
「明日を生きる資格を持っているんだよ、君達は。非感染者が生きる未来に私達はいない。だからこそ知るべきだ。我々がどう生きていたのかを」
孤狼の耳が下がる。
非感染者は壁を築き集落へ籠り、外に出ることなどない。
孤狼のような感染を恐れぬ稀れ人だけが彼らの生きた軌跡を辿ることが出来る。
ただ汚染に蝕まれ苦しんで生きるより、偽りの神話を信仰し笑いながら木に呑まれる方が幸せなのかもしれない。
だが、生き足掻くことをやめたその姿は孤狼を酷く悲しくさせた。
神の思惑を外れ滅びへと歩いていく人間。
それは孤狼にかつての記憶を思い出させた、戦争によって自分たち自身を焼いた人間を。
「知ったところで、悲しいだけじゃな。儂はただ生きて欲しい」
だから孤狼はあの時と同じ答えを口にした。
「だって…………」
……
…………………
……………………………
「儂は人が好きじゃから」
口に出してから、自分でも納得いったかのように孤狼は顔を上げた。
人神は変わらぬ笑顔で孤狼の答えを受け止めてくれた。
「人がくれるお供物が好きだ、共に笑うのも、共に甘味を食すのも、頭を撫でてくれたあの優しい者を儂はまだ覚えておる」
孤狼の中に思い出が溢れる。
確かに、人間は孤狼を失望させた。
でも、それで過去が消えるわけじゃない。
人と過ごした宝物のような思い出は、まだ犬神の胸の中にあった。
だからこそ、孤狼は人を見捨てることが出来ない。
「それに……過ちを犯すのは人だけじゃなかろうに。儂等神だって間違える。お互いに傷つけ合う愚か者仲間じゃ」
かつて鹿神と猿神はお互いの民を守るため戦った。
お互いを、傷つけあった。
人間と何が違う、同じではないか。
神が人間を断罪する資格などどこにもない。
孤狼の言葉に人神は深く頷く。
そうして彼女の手を取るとブンブンと振った。
「素晴らしいよ孤狼、全くもってその通り。私たちは神なんて名乗っているけど、実態はそうあるべきじゃない。私たちはただ長く歳をくっただけのお節介焼き、そうあるべきなの」
神としてとんでもないことを言いながら孤狼を振り回す人神。
そこに人間を管理する神などいなかった。
そこにいたのは、だだ長く生きただけの獣が2匹。
それがただ愛するものの未来を憂いてるだけだった。
「私たちに人の未来を決定する権利なんてない。それはいつだって人間のもの。私たちは守るだけ、彼らが安心してその一歩を踏み出せるように」
だから人神は笑っているのだろう。
胸の内では殺し合う人間達に号泣しながらも、それでも人間達を信じている。
人間の未来を無邪気に信じている。
孤狼の腕を揺らす彼女の手が止まる。
「だから……今私たちのできることは彼らの負担を減らしてあげるだけ」
その手は孤狼の腰に下げた宝剣をするりと抜き放った。
曇りひとつない宝剣の表面が孤狼を映し出す。
人神の手が優しく犬神の手に宝剣を握らせる。
「彼らの痛みも、苦しみも君が取り払ってやるといい。終わらせる力、それをあなたは持っているのだから」
宝剣は神へ捧げられた時と変わらぬまま、仔犬の手の中にあった。
その温もりは彼女を少し安心させた。
宝剣を空へと立てる。
目を閉じ、剣を構えるその立ち姿はまるで祈っているようだった。
いや、それはまさに祈りなのかもしれなかった。
犬神も願った。
人神の叶いそうにない願いを。
そうして宝剣が鞘に収められる音だけが静かに響いた。
……………………………
…………………
……
「……?何故剣を抜いたんだい」
「さぁのぅ」
孤狼は宝剣を鞘にしまうと手をひらひらと振る。
神速の剣は相も変わらず、振ったことを誰にも気づかせなかった。
だがその宝剣は確実に振られ、そして何かを切った。
「痛み、苦しみ、憂い……そういったものを切ったつもりなんじゃが」
「剣は物理的に切断する道具で、そういったものは切れないよ」
要堺がまた幼子を見るような眼差しで孤狼を見る。
孤狼は失敬なとばかりに咳払いをひとつした。
「何も傷つけることなく争いを断ち切れるのだから、理論的には可能だと…………主神様は言っておったのだが」
そう言いつつも、自信がないのか孤狼の言葉は尻すぼみに小さくなっていった。
彼女自身にも何かを切った手応えはなかった。
幼子の戯言かと頷く要堺に、孤狼はまた咳払いを繰り返す。
「ともかく、そんなに死に急ぐでない………………神が悲しむぞ」
「さて、どうかな」
要堺は軽く笑った。
そしてふと胸の中の何かが軽くなっているのに気がついた。
救われない感染者の内情を語ったからだろうか、それとも…………
「帰るといい、汚染のない壁の中に」
なんにせよ、彼のおせっかいはそこまでだった。
要堺は孤狼の背を押すと、彼女を裏口まで導く。
「神は去ってなどおらぬ。信じておるよ人間を」
そう言う孤狼に、要堺は曖昧に頷くだけだった。
彼にとって今更神など必要なかった。
偽りの神の虚像を作り上げ、多くの人間を死に導いた。
もし神がいるならばそれは自分を許さないだろう、そう彼は考えていた。
自分の目の前の少女が神などと信じもせずに。
だが、彼は思い知ることになる。
神の存在を。
……………………………
それは翌日の朝のことだった。
偽りの緑繁の神に信者達が祈りを捧げるのを、要堺はぼんやり眺めていた。
彼は昨日の少女を思い出していた。
自分たちに生きて欲しいと言った少女。
そんなことを言われたのはいつぶりだっただろうか。
非感染者はいつだって自分たちを恐怖の眼差しで見てきた。
だからなのだろうか、あの少女が印象に残っているのは。
「古い匂いがする」
声がした。
ありえない位置から。
信者達が祈りを捧げる、その先から声がした。
「え……?」
誰もが、動きを止めた。
その信じられない光景を誰もが食い入るように見つめる。
緑繁の神、その人が目を開けていた。
ずるりと、木の根を避けて少女が立ち上がる。
晒される裸体など気にすることなく、彼女はその長い髪をかきあげた。
「神がいたでしょ?」
神々しいその容姿に相応しい、鈴の鳴るような澄んだ声。
だが神がいたか、などと聞かれても信者達からすれば狼狽するだけだ。
彼らにとって彼女こそが神だったのだから。
「ん〜…………今何年?これ、やってくれたねパパ」
少女は綺麗なその声音に似合わない悪態をつくと、信者達には目をくれず外へと歩き出す。
要堺は慌てて彼女の後を追う。
外に出ると少女は荒廃したビル群を眺めていた。
まるで睨むように。
「ちょっと、なんなんだ君は」
要堺にとって、彼女は神々しい死体でしかなかった。
感染者が羨むような、理想の死体。
だからこそ、緑繁教の創始者は彼女を神に祭り上げたのだろう。
感染者の救いとして。
だが、それが動くとなると話が変わってくる。
こんなのは全く想定外の事態だった。
「僕?僕はねぇ……神様!」
「は…………?ぅっええ!?」
神と偽り続けたものから、神と名乗られ、要堺はなんとも言えない声をあげた。
彼女はその均整のとれた肢体を惜しげもなく晒すと自信満々に言い放った。
「僕は人によって、人のためにデザインされた神。人工の神。それが僕、エトだよ!」
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