犬神様の知らない子

 港町には多くの人が集まっている。

 人々の視線の先には巨大な軍艦、それが今にも出港しようとしていた。

 戦地へ赴く軍人達へ残された人々が手を振る。

 涙を流す女たち、彼女たちの夫や兄弟が無事に帰ってくる日は来るのだろうか。

 この戦争はもうすでに少なくない犠牲を生み出しているというのに。


「まーた戦争、全く懲りないわねぇ」


「仕方がないよ、それが人という種の習性なのだから」


 そこから少し離れた地点、海沿いに開かれた小さな食堂、そこに異形の集団がいた。

 彼らは同じ意匠の和服に身を包み、人のようで細部が人と非なる姿をしている。

 頭から生えた犬耳や尻尾、それらがその集団を人ではないと証明していた。


「争いの原因を直接切りに行ければ不満はないのにのぅ」


 その異形の集団の1人、犬耳の少女は両手に持った団子を頬張りながらそう愚痴った。

 彼らの囲む食堂の机には沢山の団子が配膳されていたが食べているのは彼女だけだ。

 他のものは銘々椅子に腰掛けてくつろいでいる。

 兎の耳を生やした女性なぞは荷物を広げ、薬研でもって薬剤を磨り潰していた。

 目を引く見た目をしているのに、彼らを注目する人間はいない。

 まるでそこには何もないかのように、人々の視線は彼らを避けていた。


「忘れた訳じゃないよね孤狼?僕らはあれに手を出すことを禁じられているんだよ」


 メガネを掛け、肌に鱗が疎らに生やした少年が少女を嗜める。

 犬神は頬を膨らませて不満を主張した。


「別にこの戦に手出ししようと、神同士の対立にはならんじゃろぅ……」


 相手は海の向こうの人間なのだから、そう犬神は主張した。

 第二次大戦と呼ばれるこの戦争は海を股にかけての戦だった。

 確かにこの戦に神が手を出したところで、神と神が喧嘩をする事態にはならないのかもしれない。


「なんでだ?」


「はぁ〜この鳥頭が。海の向こうには神はいないだろう」


「そうなの?向こうにも精霊とか竜とかいるのにね」


 鳥神は狐神に馬鹿にされたにも関わらず豪快に笑った。

 海の向こうに自分たちのような存在はいない、それは神々の間では周知の事実だった。

 何度か話題に出たこともある、その時にはこの鳥神もいたはずなのだが……彼はもう忘れてしまったようだ。


「確かに、そう考えると疑問が出てくるね。つまり僕らはこの島で独自に進化した固有種ということになる。なぜ外に類似種はいないのだろう?この島もかつては大陸と繋がっていたはずなのに…………僕らの起源はどこにあるんだろう?」


「蛇神がまーた訳の分からんことを言っておる」


「学者様はほっとけ、ほっとけ」


「黙れ馬鹿2匹」


 やれやれと首をふる犬神と鳥神に対して蛇神は威嚇するように唸る。

 この3匹は神の中でも特に仲が良く、それだけにしょっちゅう口喧嘩をしていた。

 狐神は仲の良い3匹を呆れたように見つめる。


「ともかく、主神様の命なのだから。許しがない限り手出しは駄目。かつての過ちを忘れたの?」


 狐神の嗜めるような言葉に3匹は口を噤む。

 かつての犠牲を忘れた訳では決してない。

 三歩歩けば忘れる鳥神であろうと、あの惨劇は忘れない。


「…………白楊」


 薬を挽いていた兎神が小さく友人の名を口にする。

 かつての過ちによって四肢を失った鹿神の名を。

 その友人は今この場にはいない、見たくもないのだろう戦争の様子など。


「そもそもよー、なんであいつは猿神の野郎と事を構えたんだ?勝てる訳がないのに」


 かつての過ち、それは鹿神と猿神の対立から始まった。

 2柱の神はそれぞれの民を守ろうと争ったのだ。

 だがその力の差は明確だった。

 争いを好まず自然を愛する鹿神、武を好み多くの物の怪を殺戮した猛々しい猿神。

 猿神としてもその力差は分かっており、少し力を振るって彼を黙らせるつもりだったのだろう。

 だが神々の誰もが想像だにしなかったほど、彼は本気だった。

 結果は両者とも民を失う痛み分けだったが、むしろよくそこまで健闘したというところだ。

 あの穏やかな神が猿神の片目を潰したと聞いた時は耳を疑ったものだ。


「あの子にも譲れないものがあったのでしょう」


「そりゃそうだ。なんせあの戦場にはあいつの子供がいたんだから」


「は?」


「なに?」


「え?」


「うぬ?」


 蛇神の一言にそこにいた神々は驚いたように彼を見つめた。

 いつも余裕そうな笑みを絶やさなかった狐神すらその表情を崩している。

 あの戦場に鹿神の子がいた、そんな話はこの場の誰も知らなかった。


「あれ、みんな知らないの?これ言わないほうがよかったかな……いや、まぁいいか」


 当の蛇神は平気そうにしているが周りは気が気ではない。

 神の血を分けた子供など、そもそも聞いたこともなかったのだ。

 そんな存在がいきなり暴露されたのだからそれは驚きもするだろう。


「あの鹿神の子供!?誰との!?孤狼か?」


「はぁ!?何で儂の名前が出てくる」


 たとえ神であろうと1人で子供を創造することはできないだろう。

 子供を作るには相手が必要だ。

 だが蛇神以外の誰も鹿神に想い人がいるという話なんて聞いたことがなかった。

 鹿神と一番仲が良かった孤狼ですら彼の子供の話など初耳だったのだから。


「人間との子供だよ」


 神と人間の子供、兎神が目を細める。

 笑顔が消えた彼女の顔からは底知れない凄みが感じられた。

 兎神は何かが気に入らないらしかった。


「彼に、彼女が何か調べて欲しいって頼まれたんだ。僕たちと同じような神なのか、それとも人間なのか」


「へぇ、どっちだったんだ?」


「人間だったよ。僕の調べた限り、彼女に神性は感じられなかった」


 鹿神と人間の間にできた女児はただの人だった。

 そんなことを蛇神に調べさせるなんて、彼は神性をもった子供が欲しかったのだろうか。


「そもそもがおかしな話だ、作れるはずがない」


「うん、おかしいよね。これって猫と魚の間に子供ができるようなものだよ。種族が違いすぎる」


 神々は好んで人の姿をとる。

 それは主神である人神を真似して狐神が女性に化けたことが発端だった。

 主神への忠誠や尊敬、あるいは純粋に人という種が好きで神々は人の姿をとる。

 だがそれは上辺だけで、本質が変わった訳ではない。

 彼らが獣であるという本性は変わっていないはずなのだ。


「子供か母体、手を加えたのはどっちだったのかな?ぜひ解剖させて欲しかったなぁ」


 好奇心が抑えられないのか、蛇神は興奮したように二つに分かれた舌を出し入れさせる。

 眼鏡の奥の瞳が爛々と輝いていた。

 狐神と兎神の顔が険しくなる。

 犬神と鳥神は話に付いていけないのか首を傾けている。


「蛇、お前はもう少し道徳心というものを勉強した方がいい」


「それって好奇心より優先させるべきものかな?」


 狐神と蛇神が睨み合う。

 お互いに譲れないものがあるのだろう、威嚇し合うような唸り声が両者から漏れ出る。


「気分が悪い、私はこれでお暇させてもらう」


 兎神は静かに席を立つと荷物をまとめ始める。


「だいたい可笑しいんだ、あいつが人となど……」


 小さな声で呟きつつ兎神は食堂を去った。

 狐神も鼻を鳴らすと彼女の後に続く。


「……………………」


 残ったのは、困ったように首を傾げる犬神と鳥神、不満そうに顔をしかめる蛇神だけ。

 犬神はお団子を食べづらい空気にほとほと困っていた。


「あいつの子供の話、隠しておいた方がよかったかなぁ…………」


「いや、その前にムキになって知識をひけらかすのやめろよな」


「今度また謝るしかないのぉ」


 3匹は顔を突き合わせて深いため息を吐いた。

 普段はこんなことで喧嘩なんてしない。

 いつもだったら狐神も兎神も笑みを崩しはしなかったかもしれない。

 みんながイライラしているのだ。

 人間が戦争なんてしているせいだ。

 早く戦争なんて終わればいいのに…………犬神はそう思った。




……………………………




…………………




……




「戦争は終わっていない」


 孤狼の呟きは風に乗って消えた。

 風が孤狼の巫女服をはためかせる。

 カンパニーの屋上そこに設置された避雷針によじ登り、孤狼は荒廃した都市を睨んでいた。

 昨夜カンパニーの社長から聞いた自分の寝ていた間の出来事。

 第三次大戦の結末、強化人間の台頭とそこから生まれた疫病、そして参加した覚えのない神々の集会。

 まだ分からないことは沢山ある。

 でも、崩壊の鍵は神にあるということは分かった。


「皆、どこへ行ってしまったのかのぉ」


 世界を見渡したって、神の痕跡はこれっぽっちもなかった。

 ふと孤狼の耳が何かを捉えた。

 自分の名前、それが呼ばれている。

 夕だろうか?

 視線を下ろすと自分を探して夕が屋上の扉を開けたところが見えた。

 孤狼は手を離すとその身を重力に任せる。


「お呼びかの」


「うわ!」


 唐突に目の前に降ってきた犬耳の少女に夕は飛び上がる。

 孤狼はそんな夕を見てしてやったりと、いつものドヤ顔をかました。


「はぁ……、仕事だ孤狼」


 カンパニーでは働いたものだけに報酬が与えられる。

 それは衣食住だけではない、感染者たちにとって生命線ともいえる『除草剤』と呼ばれるワクチンも報酬に含まれるのだ。

 だからこそカンパニーの人間は寝る間も惜しんで働く。

 除草剤の製法を知っているのは壁の中にいる人間だけ。

 だから感染者たちは荒廃した廃墟を探索し、前の時代の使える物資を壁の中へと調達する。

 非感染者は外に出ることなく物資を、感染者はワクチンを、お互い欲しいものを手にする。

 そうやって運送会社は成り立っていた。


「物資を運ぶのか?ついて行くぞ」


 尻尾を振る孤狼に対して夕は首を振る。


「いや、今回はお前単独の仕事だ」


「え〜〜〜」


「物資の運搬は私1人でも出来るんだ、お前がいても意味ないだろ」


 全くの正論だった。

 むしろ孤狼がついて行ったところで、夕にとってはお荷物がひとつ増えるだけだろう。

 夕は傷んだ地図を引っ張り出し孤狼の前に広げる。


「私と会った時、お前は種まきゾンビを無力化していたな、あれは再現可能か?」


「うむ?できるぞ」


「よし!ならばお前には汚染区域の開拓をまかせる」


 孤狼の任された仕事、それは種まきゾンビと呼ばれる感染者の末路を無力化することだった。

 生命活動を停止しているのにも関わらず動き廻り種子を撒き散らすその感染者は大変危険であり、目撃され次第その地域は通行禁止となっていた。

 だが目撃情報は年々増え続け、もはや多くの道路が危険地帯となっている。

 だからこそ彼らの無力化は急務であり、それができる存在は貴重だった。

 夕から目撃された地点を教えてもらいつつ、孤狼は肯く。

 孤狼としても都合が良かった。

 神の加護を受けたとしか思えない強化人間、その骸から芽生えた疫病。

 この病気を調べれば神の行方の手がかりになるかもしれない。


『ユウ様より教えて頂いた地点をマップにマークしました』


「……お主、また姿を消しておったろ。どこ行っておった?」


「一向にアップデートがされないため、Moは自主的に周辺の地形をマッピングしておりました」


 孤狼と夕の前にカンパニーを中心とした立体マップが映し出される。

 先ほど夕が地図で指し示した地点が赤く光っており、カンパニーの屋上にはデフォルメされた孤狼の姿さえ映っていた。


「これは、すごいな……」


「うし、では行くとするかの」


「おい、種子を撒く相手だぞ気を付けろよ」


「問題ないわ」


 孤狼は手を振る。

 その腕は数日前、種子に寄生された際に切り落としたはずだった。

 腕が何事もなかったかのように再生している。

 夕の目が見開かれる。

 だが夕が何か言う前に孤狼はフェンスを飛びこえ、地面へと落ちて行った。




……………………………




…………………




……




 黒い霧が辺りに立ち込めている。

 Moのマップは孤狼が目的地付近まで近づいたことを示していた。

 木がまばらに生えた大道路、孤狼の頭上には高架橋がかかっており、日の光はここまで届いてはいない。

 光の届かない高架下は湿った空気が漂い、それが黒い霧と混ざり合い陰湿な空間を生成していた。


「うーん」


 顎に手を当てて、目標を探す孤狼。

 その首にはカンパニーから配給されたガスマスクがかかっている。

 孤狼としては不要な存在ではあったが、汚染地区にはこれがないと立ち入り禁止だというのでやむなく持ってきた代物だ。

 そのせいで巫女服にガスマスクという奇天烈な格好になってしまっている。

 だが、それを気にする孤狼ではない、普段着ている巫女服だって昔蛇神に散々文句を言われたからきちんと着ているに過ぎないのだから。

 彼女にファッションのセンスは皆無なのだ。


『コロウ様、目標を発見しました』


 Moの見つめる方向を見ると、確かに黒い花に包まれた死体が歩いていた。

 ふらふらと頼りない足取りだ。

 彼らに、意思はあるのだろうか。

 黒い霧を撒き散らす死体の目は胡乱だった。

 孤狼は宝剣に手を当てつつ、それに近づいていく。


『過度な接近は感染の危険性があるとMoは警告します。遠距離からの攻撃が有効です』


「大丈夫じゃよ」


 警告を無視して孤狼は軽い足取りで接近する。

 下駄の足音が軽快に響くが、死体は孤狼を見向きもしなかった。

 まるでその音が聞こえないように、まるでその存在を認識できないかのようにその死体は虚空を眺めていた。


『…………?』


「こやつの認識から儂を消すくらい容易いわ」


 孤狼はふらふらと歩く死体と並ぶと、それを覗き込んだ。

 植物に汚染されているという点では、よく見かける木々に貫かれた死体と変わりはない。

 何が違くて動くのだろうか。

 わかりやすい違いで言うと妖艶に咲き誇る黒い花が上げられるが、それ以上の違いは孤狼には分からない。


「儂の仕事は主らの無力化じゃが……その前にちと調べさせてもらおうかの」


 本当にこれは神と関わりがあるのか、孤狼はそれを知りたかった。

 孤狼はその植物人間に手をかけると意識を集中した。

 以前この植物人間を切った時。

 その命の集まる場所に違和感を覚えた。

 命というには歪な形。

 その違和感に意識を集中させると、孤狼の意識はその死体の内部に侵入した。

 人間の方の肉体は……やはり死んでいる。

 木の根は蜘蛛の巣のように全身に張り巡らされ、それが死体を動かしている。

 その根の根本を辿ると、そこは心臓だった。

 歪な命が脈動している。

 その命に、妙な匂いが混じっていた。

 古い匂い。

 太古の気配、それを辿って命に近づいて行く。

 すると、その匂いは苔むした森の匂いへと変わっていった。

 命の形が変わる。

 いつの間にか鬱蒼とした森の中に孤狼はいた。

 孤狼の目の前には大きな木が生えていた。

 肉でできた木が。

 それは生き物の肉を無理やり接合し、形作ったかのような歪な木だった。

 肉が脈動し、木が震える。

 腸でできた蔦が揺らめいた。

 古い匂いはさらに匂いたち、そこに微かな神性が宿っているのを感じる。


「なんだお主……?」


 孤狼が語りかけると、それは孤狼を認識した。

 肉に埋まった目玉が、赤い眼球を孤狼の方向へと向ける。


「…………コ……ロ……ゥ……?」


「っ!?お主、儂を知っておるな。誰じゃ」


「……………………」


 微かに聞こえる孤狼の名。

 だが木々は脈動するばかりで答えを発さない。


「暁宴?翠か?それとも因幡?…………まさか白楊か?」


 神々の名を告げるとそれは何かを感じたように静止した。

 匂いがまた強くなる。

 古い木々の香り、それは孤狼に友人を思い起こさせた。


「白楊なのか?」


 もう一度その名を告げると、木が一際大きく脈動する。

 まるで何かを思い出すように幹がしな垂れた。


「……楊…………パ……パ?」


「はぁ!?」


 ずるり。

 肉でできた木から、腕が生えた。

 まるで握手をするかのように差し出されたその手は、孤狼を探すかのように指を彷徨わせた。


「あなた…………オイシ……ソウ」


 するり、ずるりと木から腕が伸びてくる。

 木の中から何かが出てくる。

 危険を感じた孤狼は瞬時に意識を自身の身体へと戻す。

 目を開けると、死体と目があった。

 認識を切ったため、それは孤狼を補足できないはずだった。

 だが虚空を見ていたはずの目は孤狼を向き、その口は今にも噛み付かんばかりに大きく開かれている。

 蹴りが植物人間を吹っ飛ばす。


『ずいぶん長い間静止していましたが、何か分かりましたか?』


「昔の友人かと思ったんじゃが……どうやら人違いじゃったようだのぅ」


『囲まれていますよ』


「……そうみたいじゃな」


 高架下にはいつの間にかたくさんの死体が揺らめいていた。

 老若男女、様々な死体がふらつきながら孤狼を目指して歩みを進める。

 黒い霧はますます濃くなっていた。

 ため息一つ、孤狼は宝剣を抜き放つ。


「許せ」


 宝剣が、祈るように空に突き立てられる。

 そうしてその剣は誰にも気づかれぬうちにその身を鞘へと戻し……

 全ての死体は沈黙した。




……………………………




…………………




……




「おーい孤狼ー?」


 夕は今朝孤狼に指定した地点に向かって歩いていた。

 もう日は暮れようとしている。

 赤く染まった空がなんだか不気味だった。

 夕飯時が近づいてきているというのに孤狼が帰ってきていない。

 何かあったのだろうか?

 いつも自信満々な彼女が今回の仕事に失敗する姿はちょっと想像しづらい。

 彼女なら鼻歌まじりにこなしそうだ。

 それに、この間あげた除草剤をまだ持っているはずだ。

 もし、感染するなんてことがあったとしても汚染は致命的なものにはならない。

 なのに孤狼はまだ帰ってきていない。

 だから夕は孤狼を心配して、彼女を迎えに来たのだ。


「孤狼ー?」


「おんや?夕、どうした」


 彼女の名を呼びながら歩いていると、返事があった。

 道の外れに彼女はいた。

 どこで見つけてきたのか、古びたスコップを片手に彼女は地面に穴を掘っていた。


「何してる」


「いや、そのまま捨て置くのもなんだか申し訳なくてのぅ」


 夕の問いに、孤狼は彼女の背後を指差す。


「な!?」


 そこには何十もの遺体が横たわっていた。

 全て彼女がやったのだろうか?

 遺体には萎びれた木の根が生えており、種まきゾンビだった遺体だと一目で分かった。

 彼女の服についた泥、そして道路脇に立てられた棒の数からいくつもの墓を掘っていたことが見て取れる。

 孤狼はゾンビの無力化を早々にすまし、彼らの遺体を埋葬していたのだ。

 夕はゾンビの何体かを無力化してくれればいいと思っていたが、孤狼の働きは想定外のものだった。

 この遺体の数なら、ここら一帯にはもう種まきゾンビはいないのではないだろうか。


「そんなこと1人でやらなくていい。後で応援を呼ぶから、もう休め」


「そうかのぅ」


 夕の言葉でようやく孤狼はスコップから手を離す。

 いつもご機嫌な彼女にしては珍しく、その顔には疲れが浮かんでいた。


「ほれ」


 だがその疲労顔も夕がチョコバーを差し出してやると、いつもの笑顔に戻った。

 腹を空かしているだろうと思って持ってきて正解だった。


「パパ…………か……」


 小動物のようにチョコバーをかじりながら孤狼が何事か呟く。

 パパ?なんの話だ。

 夕が顔をしかめると、孤狼は首を振る。


「知らない子じゃ、どうやら迷子だったみたいじゃのぅ」


「子供?どこにいる」


「そこらじゅうにおるよ」


「?」


 なんの話だろう、夕には分からなかった。

 空を見上げる孤狼の横顔は、夕陽に染まってなんだか知らない人間に見える。


「白楊…………お前の子なのか……?」


 赤黒い夕日が孤狼の切り捨てた死体を照らしていた。

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