犬神様と戦火の残り火
かつて、物の怪と言われる種が存在した。
動物と似た存在であるが、非なるもの。
それらは動物から生まれたが、その種とは異なりその身に超常の力を有していた。
言葉を操る猫に、風のように駆ける貂、人を喰う大蛇。
妖怪とも呼ばれたそれらのものは確かにこの地に存在した。
遥か昔の話だ。
遥か昔、孤狼もその類の生物だった。
死してなお怨霊となり人を襲う化物、化け犬。
孤狼は犬として生まれたが、その実態は別種の生き物だった。
だが、孤狼は修験者に救われた。
神として祀られ、名を与えられ、孤狼はまた異なる存在へと変異した。
人と寄り添い生きる存在へと。
かつて物の怪だった生物は神として人の隣で生きる道を選んだ。
そうして後に人神に認められ、仲間に迎え入れられるほどの立派な神になったのだ。
12の神獣の1匹に名を連ねることになった孤狼の仕事は人の守護だった。
刀と魔が入り混じる時代、人の仇なす物の怪から犬神は人類を守った。
様々な物の怪を懲罰した。
戦いを嫌い神々のもとに降り神の使いとなった種、最後の時まで争い神に逆らい根絶やしにされた種。
本当に様々な物の怪がいた。
だが、いつの日かそれらの姿を見ることはなくなった。
人類の技術が発展し、化学と機械の時代が訪れた。
街には煌々と明かりが灯り、魔を追い出した。
それらの種は神の目の届かぬところに逃げたのか、それとも絶滅したのか。
この地に残ったのは神々とその配下となった使いだけ。
人に仇なす化け物はいなくなり、人の世には平和が訪れるはずだった。
そうなるはずだった……
だがその平和も所詮人間同士が争いを始めるまでの間の、儚いものでしかなかった。
……………………………
…………………
……
「その耳に尻尾、お前人ではないなー?」
まん丸の金の瞳が孤狼を覗き込む。
お主の方こそよっぽど人ではないじゃろうが。
孤狼は内心そう思ったが、久しぶりに見る神の使いに密かに喜んでもいた。
猫又、闘争心のない物の怪として早いうちに神の味方についた種だ。
同じ猫として猫神の眠姫が面倒を見ていたこともあったが。
自由奔放な眠姫に愛想を尽かし独立したのは……はて、いつのことだったか。
ともかく猫又という種は仕える神はいなくとも歴とした神の眷属の一員のはずだった。
その神の使いが、犬神である孤狼を知らないとは妙な話だ。
「うぬぅ?儂が分からぬか猫又」
「はー?会ったことあるっけ?いや知らないな。それより気安く猫又って呼ぶなよなー」
猫又は尻尾を振ると伸びをする。
見た目は尻尾が分かれただけのただの猫、だがそれは言葉を操り、顔つきには深い知性が感じられる。
やはり孤狼の知る猫又だ。
「僕は禄太。この猫又カンパニーの副社長だ、偉いんだぞ」
「眷属のくせに神を知らんのかお主?」
「神?あいつらがいたのは昔の話だろ。僕は若いからそう前の世代の話は分かんないよ」
「んが!?むかしぃ???」
禄太の言葉に孤狼は言葉を失った。
人間だけでなく神の使いまでにも忘れられているとは思ってもみなかったのだ。
やはり神々が姿を消してからかなりの時間が経ってしまったのかもしれない。
いや、それはこの猫又がどのくらいの年齢か聞かぬことには分からないか。
なおも禄太に口を挟もうとした孤狼だったが、夕に足を踏まれ言葉を遮られる。
「副社長、この娘はちょっと言動におかしなところがあって…………でも悪気があるわけじゃないんです。どうかカンパニーに迎え入れてくれませんか?」
「んー?」
言葉を遮られたことに文句を言おうと思った孤狼だったが、夕が頭を下げるのを見て口を噤んだ。
孤狼は自分のために行動する人間を見て文句をいうほど短慮な神ではない。
それに夕の仲間に入りたいと言ったのは孤狼の方なのだ。
禄太も夕の言葉に再度孤狼を見つめた。
今度は真面目に、犬神の内面まで見透かすように、金の目が瞬く。
「うん?」
その禄太の顔が傾く。
なにやら信じれれないものを見たかのように。
「おまえ、やっぱり人間じゃない…………というより……なんだ……大きい?…………犬」
ぞわりと、孤狼を見つめる猫又の毛が逆立つ。
まるで巨大な化け物を前にしたかのように、禄太は後ずさった。
孤狼はほぅ、と関心したように息を吐く。
若い猫又というが、どうやら犬神の真の姿を見破ったようだ、大した心眼の持ち主だ。
「取って食いなどしないわ」
優しく笑ってやると、禄太は幻でも見たかのように目をパチクリさせた。
普段人の身に化けて恐ろしさを軽減させているとはいえ中身は元化け犬だ。
猫又のような聡い種には分かる。
人の姿をした化け物の気配、さぞ恐ろしいだろう。
だがたとえ化け犬であろうと、孤狼に危害を加える意思はない。
孤狼の主食は肉などではなく甘味だ。
敵ではない、そういう意思を込めての笑みだった。
それを理解したのか、していないのか……猫又はふるりと首を振ると小さくため息を吐いた。
「まぁいい。お前が何者であろうとこちらは関与しない。ここは死にゆく者の溜まり場さー。働く者にはそれなりの報酬を、そうやって木になるまでの余生を楽しむんだな」
それだけ言うと禄太は孤狼から目を逸らし、書類を書く作業へと戻ってしまった。
突き放すような言葉ではあったが、一応ここにいることを認めてもらえたらしい。
夕に肩を叩かれ、退室を促される。
一応の礼儀として孤狼は頭を下げるとその部屋を後にした。
『このコミュニティは人外をリーダーにしているのですね。極めて稀な事象だとMoは考えます』
Moは興味深そうに光を点滅させている。
機械であるMoとしては人の上に立つ猫というのは理解できない事象だろう。
「そうでもないさ。こんな世の中なら」
夕はなんでもない風に答えた。
確かに彼女は禄太に敬語を使い、猫の下につくことを受け入れているようだった。
「助けてくれるなら、誰でもいいのさ」
それが神を失った人間の答えか。
神の使いでしかない猫又であろうと助けてもらえるのならば縋る、それが神の消えた世界で残ったものたちの生き方。
別に孤狼はそれに文句があるわけではなかった。
ただ自分たちが忘れられてしまったことが少し寂しかった。
「さて、無事に副社長にも認めてもらえたし、これでお前もカンパニーの一員だ」
いつも不機嫌そうな夕にしては珍しく明るい声だった。
ただでさえ人のいない世の中だ、きっと仲間が増えるのは嬉しいことなのだろう。
「気にならんのか?」
「……何が?」
「お主らの当主は儂が人間ではないと気づいておったぞ」
あの猫又は神とは分からなかったようだが、限りなく孤狼の正体の核心に近づいた。
それは側から見ていた夕にも分かったはずだ。
彼女の目の前に立っている人の形をしたものは人外なのだと。
ならば、自分を神だと知らしめるいい機会なのではないか?孤狼はそう考えた。
忘れられてしまったのならば、思い出させてやればいい。
神はここにいると。
ばれたなら仕方ない儂こそは神なのだ、そう自信満々に宣言しようと思ったのだ。
「お前の正体ならもう知ってるよ」
「ほぇ?」
だが夕の言葉によって犬神のドヤ顔は固まる。
夕は優しく微笑んだ。
「お前は馬鹿だよ。感染者の私を友達なんて言う大馬鹿者さ。そしてこれからは私の可愛い後輩だ」
建物の中を案内するからついてこい、そう言って夕は歩き出した。
少し照れているのか、その頬は赤らんでいた。
孤狼はしばらく惚けたようにそれを見ていたが、Moが夕についていくのを見て自分も歩き出した。
「まぁ……そういうのも悪くはないか」
先を歩く夕を追いかけて、孤狼も歩く。
少し……寂しさが和らいだ気がした。
……………………………
…………………
……
「ほら」
孤狼へとそれが差し出される。
薄緑色に黒い文字が印字されただけの簡素なパッケージ。
擦り切れたその袋を破くと中からは茶色い長方形が2本出てくる。
「なんじゃこれ?」
「今日の晩飯だ」
カンパニーの2階、簡素な机と椅子が並べられただけの食堂。
カンパニーの施設を一通り見て回った後、孤狼はここに案内された。
2人の周りでは疲れた様子の感染者たちが机を囲み、食事を取っている。
孤狼は自分の手の中にある貧相な食事と、夕の前に置かれた食事を見比べた。
彼女のお盆にはスープが並々と注がれたお碗、パンと、デザートのゼリーまで置かれていた。
この差はなんだと孤狼は唸る。
「カンパニーでは働いたものだけに対価が与えられる」
私は今日物資を届け、その報酬をカンパニーに持ち帰ったから羽振りがいいんだ、そう夕は言う。
確かに、孤狼はここに来たばかりで働いていない。
そういう意味でこの待遇は自然……なのか?
「だがお前はまだ来たばかりで自分の仕事を見つけられていない。そういう訳あって働けない奴には例外的に食事を与えてもいいことになっている、まぁ一番グレードの低い奴だが」
「それがこれ?」
「そう」
孤狼はその茶色いスティックに鼻を近づける。
妙な匂いだ、食欲をそそるものではない。
ベースはココアのような匂いだが、鼻を摘みたくなるような薬品の匂いが混じっている。
かじってみると甘いのは最初だけで、噛み続けると吐き出したくなるような苦味が後味として残った。
孤狼の耳が伏せられる。
孤狼にとって食事とは嗜好品であり、唯一の楽しみなのだ。
それなのになぜ苦痛を感じなければいけない?
モソモソと食べ進めるが、苦味だけが募った。
「わ、儂はもういいかのぉ」
孤狼にしては珍しく、彼女はそれを一本平らげただけで、もう一本は残してしまった。
食事を残す罪悪感に犬神の顔はしょぼくれ、尻尾は力なく垂れ下がる。
人間と共に畑を耕したこともある孤狼は食の大切さをきちんと理解している、だがこれは不味すぎた。
「そうか、口に合わないなら私のゼリーと交換してくれ」
「ふぇ?」
不味いスティックと輝かんばかりの美味そうなゼリーが取り替えられる。
目の前で起こった現象が理解できずに、孤狼は目をパチクリさせた。
夕は有無は言わせぬとばかりに、もうあの茶色いスティックに齧り付いている。
「……なんだ?私はこれが好きなんだ」
そう言ってスティックを齧る夕の表情は実に不味そうだった。
孤狼の尻尾が揺れる。
「やっぱり、お主は優しいやつじゃのぅ」
黙れと言わんばかりに睨み付けられたが、孤狼は気にも止めなかった。
やはりこの人間と縁を結んだのは正解だったという思いを強めただけだ。
そのゼリーは甘くて幸せになる苺味だった。
「おや」
孤狼がゼリーに舌鼓を打っていると、食堂の中がにわかに騒がしくなった。
感染者たちが皆、席を立ちある一点を見つめている。
「社長!?」
夕も慌てたように立ち上がった。
社長?
そう言えばリーダーとして紹介された猫又の禄太は副社長だった。
本来ならば、カンパニーを取り仕切るのは社長であるはずなのに。
あれがそうなのだろうか。
「あれは…………」
食堂に入ってきた人物を見て孤狼はその理由を察した。
それは、もうほとんど死人だった。
車椅子に押され、姿を表したその老人は木々に身体を貫かれ、病に犯されていた。
あれだけ木に侵食されれば、もう満足に身動きも取れないだろう。
ほとんど木と一体化したその老人の膝には、先ほど会った猫又がまるで守神のように座っていた。
「皆、そう畏まらずともよい」
カンパニーの長はそう言って皆を鎮めた。
小さくしわがれていたが、威厳のある声だった。
感染者たちは口を噤む。
「今日は調子がよくてね、だから皆の様子を見にきたんだ」
それが嘘だということは、初対面である孤狼からみても明らかだった。
老人の病は末期まで進み、その命を啄もうとしている。
孤狼は夕を見つめる。
彼女は疲れた顔をして俯いていた。
それはまるで親に見捨てられた孤児のようだった。
「死ぬのか……」
誰にも聞こえぬように孤狼は小さく呟く。
なんとなく、分かってしまった。
あの老人は木になるのだ。
荒廃した都市に生えるあの人を貫く木と同じ存在になるのだ。
これが感染者の末路。
その孤狼の呟きは誰にも聞こえぬはずだった。
だというのに、老人はまるでその声が聞こえたのかのように孤狼の方を向いた。
その目が、見開かれる。
「……?」
まるで信じられない物を見るかのような眼差しを向けられて、孤狼は首を傾げる。
孤狼としてはそんな目で見られる謂れはない。
だが老人の方は何かを確信したようだった。
「これは夢か……まさかあなたが見えになるとは」
「?」
老人の声音にはまるで友人と再会したかのような温かみがあった。
だが孤狼としては彼に面識などない。
「私の最後を看取りにきてくださったのですか……神よ」
今度は孤狼の方が目を見開いた。
だってそれは目覚めて以来誰もが忘れていた、孤狼の本当の身分だったから……
……………………………
…………………
……
「神、神、神、そいつがそうだっていうのか?あいつらはもうこの地を去っただろうが」
猫又が煩わしそうに尻尾をふり唸る。
それに対して老人は微笑み、孤狼は困ったように眉を下げた。
カンパニーの最上階、今日禄太と面会をした部屋に孤狼は再び呼び出されていた。
いつも隣にいたMoも、夕もいない、孤狼だけがこの老人の話し手として選ばれた。
「だいたい、そいつは神だなんて一言も言わなかったぞ」
「そうじゃのぅ」
孤狼は頬をかく。
この時代の人々があまりにも神を知らないので孤狼は神と名乗る意味を見出せなくなっていた。
孤狼は讃えられて喜ぶ性質ではない、夕との関係性もあり、感染者の隣人として彼らを助けようと思っていたのだ。
だからこそ、神を知る人物との邂逅は意外なものだった。
「彼女は紛れもなく神だよ、その服装も、その包み込むような気配も、私は知っている」
「お主は……神と会ったことがあるのか?」
「あぁ、私の故郷は鳥神の住む町だった」
老人は昔を懐かしむように顔を綻ばせた。
深く刻まれた皺は彼がそれだけ長い間生きてきたことを教えてくれた。
「毎朝、彼の歌声で目を覚ましたものだ」
「それは……さぞ喧しかったことじゃろうな」
孤狼も昔を懐かしむようにして笑った。
鳥神、彼は神の中でも一等喧しく、派手好きな神だった。
神も人も関係なく、共に騒ぎ、共に笑うのが好きな友人だった。
あぁ……そんな神に見守られて育ったというのに、なぜこの老人はこんな人生を送っているのだろう。
荒廃した大地で、病に蝕まれ今にも死にそうではないか。
「…………」
老人と孤狼の笑顔も長くは続かなかった。
楽しかったのは、平和だったのは昔のことなのだから。
今人は神を失い窮地に立たされている。
「なぜ、今になって姿を表したのです?神は…………神は私たちを見捨てたのではないのですか?」
孤狼にとっては辛い問いだった。
孤狼は人を見捨ててなどいない、見捨てるつもりなど毛頭ない。
だが、孤狼が人間に失望したこともまた事実だ。
そうして不貞寝したからこそ、人間はこうも病に犯されているのかもしれない。
孤狼にその意思がなくとも、人間からすればそれは見捨てられたも同然だ。
「儂はお主らを見捨ててなどおらん。だからこそ今ここに帰ってきたのだ」
孤狼はその失望をあえて口にはしなかった。
人の守護者として、口を噤んだ。
「教えて欲しい、儂がいなかった間何があったのかを…………戦争は、もう終わったんじゃろう?」
禄太が苛立ったように机に爪を立てる。
「終わってなどいないのです」
聞きたくはなかった真実が老人の口から紡がれる。
「戦争は終わってなどいない、ただ……人々の死によって自然消滅しているに過ぎないのです」
「そう…………か」
孤狼に人間たちを失望させた戦は、終わらなかったのか。
ただ国家という枠組みが崩壊し、続けることができなくなっただけ。
この世界は、まだ戦争の延長線上にあるのだ。
そう老人は語った。
「なんで神は戦争を終わらせてくれなかったんだ。あんなにも沢山の人が死んだのによー」
禄太が苛立ちを隠すことなく孤狼に尋ねる。
確かに、神にとっては人間同士の争いを止めることなど造作もないかもしれない。
孤狼だってそれができれば不貞寝などしなかった。
人のために飛び出して争いの種を立ち切れればどんなによかっただろう。
だが、それはできないのだ。
「駄目じゃ、人同士の争いに神々が手を出すことは禁じられておる」
それは主神が定めた神々の掟だった。
かつての過ちの戒めだ。
「かつて人と人が争った時、その双方に神が味方についたことがあった。自分たちの愛する人間を守ろうとしたのじゃ。その結果は悲惨なものだったのぅ」
神々が人のために争った戦争、その結末は幸せなものではなかった。
守りたかった人間は全て死に絶え、荒廃した大地に神だけが残った。
その神も無事では済まず、一方の神は片目を永遠に失い、もう一方の神も四肢を永遠に失った。
四肢を失ったのは、孤狼の友人である鹿神。
友人の四肢を奪った猿神を孤狼は今でも許してはいない。
その地の人は死に絶え、神は傷つき、神々の仲に不和が生じることとなったその戦は、神々の過ちとして今でも孤狼の記憶にしっかりと刻みこまれている。
「その戦から、主神さまは人同士の争いに神が関与することを禁止したのだ、神々が人を守れるのは人以外の脅威からだけじゃ」
だから、戦争が始まっても孤狼には何もできなかった。
人間の愚かさを呪いながら、ただそれが終わることを待つことしかできなかったのだ。
人間の方も、戦争に手を貸してくれない神を見限り、戦時中に神のもとを訪れることはなくなった。
だからこの結果は必然なのかもしれない。
たとえ戦争が人を滅ぼそうとも、神はただ見守っているしかない。
主神様が考えを変えてくれることを願いながら。
「そうなのですか、それで……鳥神様も悲しい顔をなされていたのですね」
老人は何か納得いったように頷いた。
おそらく鳥神も主神も命に従い戦争に手出ししなかったのだろう。
ただ争う人間を悲しく見つめていたのだろう。
「だけど神々は本当に戦争に手出ししなかったのかー?」
「うぬ?」
納得がいったような老人とは対照的に、黒い猫又は疑問を呈した。
「神は関与しなくとも、少なくとも神の使いは関わってたはずだぜー。そうでないとあの人外どもの説明がつかないからなー」
「…………強化人間……か」
「強化人間?なんじゃそれ」
その言葉には聞き覚えがあった。
夕は孤狼のことを強化人間だと言った。
夕が荷物を届けにいったあの集落でも、孤狼が強化人間だと聞いて彼女を受け入れた。
そしてそれは戦争と関係があるとも……
「人外の力を有し、四肢をもがれようと、心臓を貫かれようと再生し、死ぬことのない人間だ。あの戦争にはそれが投入された」
「あれはただの人間じゃーない、確実に神の加護を受けた人間だった」
「そんな……馬鹿な!」
神の加護を受けた人間だと、そんな種が戦争に存在するはずがない。
それは主神様の命に反する。
ありえない、ありえるはずがない。
だが、四肢をもがれようと、心臓を貫かれようと死ぬことがない人間…………神の加護のないただの人間にそれが可能なのか?
人間の科学でそれは実現可能なのか?
孤狼は自分の腕を見る。
感染された時に切り落としたその腕はもう半ばまで再生していた。
普通の人間の腕は切り落とされればもう戻ってくることはない。
科学の技術が発達し、切れた腕を接合することはできるようになったとしても、それは再生ではない。
再生とは神の領域だ。
そしてその再生する存在を永遠に切り離すことができるのも、また神だけだ。
だからそんな存在が投入されたのならば対処できるのは神だけのはず。
切り裂こうが燃やそうがそれは死なないだろう。
「あの戦争は強化人間同士の嬲り合いでしかなかったからなー」
「その終わりのない争いに私たちは逃げるしかなかった、多くの人が亡くなった」
猫又と老人によって語られる戦争。
その話を聞いていて孤狼は気分が悪くなってきた。
もしかして自分が寝ている間にとんでもない過ちが犯されたのではないだろうか。
神々は……何をした?
「神々が姿を消したのは、ちょうどその頃でした」
「姿を……消したじゃと?」
そんな不死者同士の戦争の最中、神が姿を消しただと。
なぜだ、まさか本当に自分以外の神は人間を見捨てたのか。
「鳥神様はこうおっしゃっていた『主神様の召集がかかった、神々の集会が開かれる』と」
「は?…………え?なぬ?」
神々の集会が開かれた……戦争の最中に?
そんなはずがない。
だって孤狼の記憶にある最後の集会は戦争の前だったはずだ。
孤狼はそんな集会に召集された覚えなどない。
誰も孤狼を起こしになど来なかった。
「そして神が帰ってくることはなかった。あなた様が姿を現す、今日まで」
孤狼の身体が震える。
吐き気がした。
そんなこと信じたくない。
仲間が、友人たちが人間を見捨てたなどと、そんな世迷言。
だが、戦火を生き残った老人の言葉は、耐えがたい真実を告げていた。
「神々を失った人間に戦争を止める手立てはなかった」
「不滅の存在同士が、肉を喰い合い、そうしてとうとう不死であるはずの強化人間が死んだ」
「その最初の死体から芽が出たのです…………厄災の芽が……」
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