密猟者たちの正体

 ジャマールとネイトがサットヴァ人の手当をしている間、ジュビはエア・ビークルのカメラが捉えた密猟者たちの映像を解析していた。

 アクション・スーツのゴーグルから覗く断片的な顔の複数イメージを組み合わせて、3人の顔のイメージを生成した。

 さらに、捉えられた全身のイメージから、体格データを算出した。ジュビは、個人を特定するため、できあがった顔のイメージと体格データをメレディスに送った。

 エア・ビークルに戻ってきたジャマールとネイトにそのことを説明した。そして、密猟者のエア・ビークルや装備について話し始めた。

「見てください」

捉えたエア・ビークルのイメージを3次元ディスプレイに表示した。

「密猟者のエア・ビークルは、今クロノスで使われている2種類のエア・ビークルとは異なります。もう一つ前のモデルで、7年前に最後の1台がスクラップされてます。塗装にムラがあるし、雑な修理のあとがいくつもあります」

 続けてアクション・スーツと音波銃のイメージを表示した。

「アクション・スーツは、明らかに数着のアクション・スーツを寄せ集めて作られてます。部分的に、これまでのどのアクション・スーツの部品とも一致しない手製のパーツが使われてます。音波銃も同じですね。廃棄処分になったものを盗んだか、スクラップにするはずのものを誰かがこっそり密猟者に融通したかです」

 ジュビたちが遭遇した密猟者は、ラーラの報告にあった1つ目のタイプの密猟者であった。古い装備に好戦的で乱暴なやり方は、サットヴァ研究を推進する医師たちではなく、ほかの密猟者の存在を示唆していた。

 人間ならば、バブルの外では生きていけない。ソフィアの目を盗んで、バブルの中のどこかに潜んでいるのか。それとも、堂々と生活しているのか。

「今夜遭遇した密猟者、サットヴァ研究推進派とはどんな関係なんでしょうね。廃棄処分された装備がソフィアに知られることなく自由に利用できるって、考えにくいですよね。安全面の問題があるのに」

ネイトが静かに疑問を口にした。

 確かに、遭遇した密猟者たちのようなならず者と医師やエンジニアはどんな経緯で協力し合うようになったのか。それとも、この2つのグループは無関係なのか。

 ジュビとジャマールは密猟者が何者なのか、メレディスに送った顔のイメージと体格データから何が分かるのか、答えを待ちきれなかった。

 夜のうちにクロノスに戻ったジュビたちは、朝一番でメレディスから連絡を受けた。メレディスは、すでにデータを送った3人の密猟者のうち2人を特定していた。

 なんと、その2人はすでにハイバネーション・バンクから排出され、死亡したことになっていた。1人はヨウリン・ズー、もう一人はトミー・カイアで、2人とも2年前に排出されたことになっている。生きていればズーが37歳、カイアは32歳だ。

 このことはソフィアにも知らされ、捜査に関わるメレディスのファミリーとジャマールの協力者たちを仰天させた。

 ハイバネーション・バンクがサットヴァを監禁するために悪用されていると分かったばかりだ。それにもかかわらず、今度は、死亡したはずのスリーパーが生きていることが判明した。ハイバネーション・システムの信頼性に大きな問題が生じていることは明らかだった。


 問題はテクノロジーではなく、人だ。ソフィアのAIネットワークは人間を支配するためのマシンではない。

 マシンに支配され、自由を失うことを恐れた人類は、人間が平和と幸福を追求するための資源の管理者としての役割をソフィアに託してきた。ソフィアと人類の関係は、支配者と被支配者ではなく、サポートする者とサポートされる者なのだ。

 前提となる人間像は、専門的な役割をプロトコルに従って果たす自律的で責任感を持つ善良な個人だ。どのAIにも、プロトコル違反を理由に人を処罰するプロセスは組み込まれていない。

 重要なのは、プロトコルに従っているか否かではなく、人類の平和と幸福に貢献できるか否かだからだ。貢献できないとソフィアに判断された者がスリーパーとなる。それだけだ。

 これまで、人類に貢献できる者がアラートとなるという基準は、人々に正しい行いを促すのに十分だった。アラートとして生きる者は、アラートとしての自負や誇りを持ち、自らその自負心を台無しにするようなことはなかった。

 しかし、プロトコルが守られなければシステムは機能しない。処罰しなければプロトコルが守られないのであれば、違反者を処罰する必要がある。

 AIに処罰のプロセスが組み込まれれば、ソフィアと人類の関係は支配者と被支配者のそれへと変わるだろう。時代が変わろうと、場所が変わろうと、自由を謳歌するのはいい。

 しかし、一線を超えて、多くの者が他者の自由を侵害し、平和や幸福を実現するために作られたシステムを害すれば真の自由は終わる。そしていつの間にか、システムが規則と罰則でがんじがらめになり、人がシステムのために生きなければならなくなるのだ。

 ソフィアが実現する個人の平和と幸福、それ以上の何かを望む者たちが出てきているのか。炎の輪の惨劇のあと、人類は瓦礫がれきの下から這い出て、多くの同胞を失いながら生き延びた。

 放射線と火山性有毒ガスによる汚染の恐怖の中、いつ人類が宇宙のちりになってしまうのかと怯えながら、3世紀かけて残骸からソフィアの平和を構築した。

 やっと手に入った平和と幸福ではもう満たされない者がいるのか。人間の欲には限りはない。そういう者が登場するということは、ソフィアの平和が成功したという皮肉な証でもある。


 ソフィアは即座に、ポリスロイドを使って密猟者のズーとカイアの捜索を開始した。そして、翌日、ファームの北東に位置する巨大なリサイクル・ショップの準備エリアに運び込まれたサイドボードの中からズーの死体が発見された。

 バブルの外でジュビたちがズーに遭遇してから2日しか経っていない。密猟の現場を目撃されたこととなんらかの関係があることに疑いの余地はなかった。

 通常、リサイクル・ショップには人間が立ち入ることはない。すべてのプロセスはハイポサラマスのAIシバが監視している。

 資源が貴重な地球では、リサイクル・ショップは非常に重要な役割を果たしていた。あらゆる物質がロボットや自動プロセスで再生可能なレベルまで分解され、ときには分子や原子レベルで極限まで再利用される。

 搬入出口のすぐ内側は準備エリアになっており、準備エリアにあるものは最長でも3日後には再生処理が開始される。ポリスロイドが見つけなければ、ズーはサイドボードごと再生対象物として処理されていただろう。

 AIシバが捉えた映像を確認すると、ジュビたちが密猟者に遭遇した翌日、つまり昨日の未明、午前4時13分、1人の若い男が顔を隠すこともなく堂々と搬送用エア・ビークルでリサイクル・ショップの準備エリアに乗り付け、ロボット・アームで問題のサイドボードを下ろして去っていった。

 その男は、顔認証でハイバネーション・フィジシャンのニコラス・ワルサだとすぐに分かった。これまでに洗い出したサットヴァ研究推進派に含まれない、まったくノーマークだった医師だ。

 AIサラスバティは、ワルサがクリブのイースト・ウィング47階の自分の研究室にいることを特定した。ソフィアは、同じハイバネーション・フィジシャンでワルサと面識のあるジャマールをワルサの聴取者に指名した。

 ジャマールが研究室を訪れたとき、27歳のワルサはソフィアの命を受けて誰かがやって来ることを待っていたようにも見受けられた。ジャマールと同行のポリスロイドを見ても驚かなかったが、少しだけ怯えているように見えた。

「ニコラス・ワルサ先生ですね。前に何度かお会いしたことがあります。ジャマール・シエラです。ソフィアの指名で、ヨウリン・ズーという女性についてワルサ先生にお伺いしたいことがあります」

 何も言わないワルサに対して、ジャマールは話を続けた。

「先ほど、リサイクル・ショップの準備エリアでヨウリン・ズーさんの遺体が見つかりました。昨日の未明、ワルサ先生が搬送用エア・ビークルで死体が見つかったサイドボードを運び込む様子が写った映像があります。写っているのはワルサ先生で間違いありませんか。何かおっしゃりたいことはありますか?」

そう言いながら、ジャマールは3次元ディスプレイを表示して、監視映像をワルサに見せた。

 ワルサは黙ったまま映像を見ていた。映像が終わっても、何も言わずに3次元ディスプレイをぼんやり眺めていた。ジャマールが口を開こうと思ったとき、ようやくワルサが口を利いた。

「私です。私がその人を殺してしまいました。一昨日の夜、その人が急にクリブの地下駐車場で掴みかかってきたんです。びっくりして突き飛ばしたら、その人が仰向けに転んでそのまま動かなくなりました。頭を打って、それで死んでしまったんです」

 そう言って悲しげな目でジャマールを見た。

「サイドボードは私の研究室にあったものです。怖くなって、サイドボードを運んでいって、その人を隠しました。そして駐車場にあった搬送用エア・ビークルでリサイクル・ショップに捨てに行きました」

 そしてワルサは、ぽろぽろと涙を流し、やがて声を詰まらせて泣き出した。ジャマールはワルサの様子を見守り、嗚咽が収まるのを待って尋ねた。

「なぜ、そんなことを? サイドボードに隠して捨てるなんて、なぜそんなことをしたんですか。事故だったんでしょう。隠す必要はなかったんじゃないですか?」

 その問いかけに、ワルサは嗚咽おえつの合間にやっとのことで答えた。

「わ、分かりません。なんでそんなことしたのか。気づいたらそうしてたんです。サイドボードを取りに行って、その人を中に入れて。自分でも分かりません。分かりません」

その後は、ただ「分かりません」を繰り返すばかりだった。

「じゃあ、ワルサ先生、居住区で待機をお願いします。私が同行します」

ジャマールは、ワルサを促して立ち上がらせた。そしてポリスロイドとともにエア・ビークルで居住区アルファ・コンプレックスのキュービクルへとワルサを送り届けた。

 ほかの人間を正当防衛で殺すつもりなく殺してしまった場合、つまり過失致死で正当防衛の場合、人類への貢献度評価は変わらないだろう。

 しかし、今回は死体を遺棄している。何もなかったようにこれまでと同じ生活を続けることはできないだろう。スリーパーとして、少なくとも善悪の判断に関する認知データのダウンロード療法が課されるだろう。その経過次第では、長期にわたる休眠の可能性もある。

 ジャマールがワルサの聴取を行っている間、アダムとメレディスはワルサの認知データ、サットヴァ研究推進派とのつながりを調べていた。ワルサはこの2日間、認知データのアップロードをオフにしていたため、次の睡眠で強制的に認知データを調べることになった。

 アクセス可能な過去の認知データからは、とくにサットヴァ研究推進派との親しい関係は見つからなかった。しかし、認知データの改ざんがあたりまえのようになされているため、真実は闇の中だ。

 もっとも、ジュビたちが遭遇した密猟者が、遭遇の翌日に医師によって殺されたのだ。サットヴァ研究推進派がなんの関与もしていないと考える方が難しい。

 身元が判明したもう一人の密猟者であるトミー・カイアは生きているのか。生きているならどこにいるのか。そして身元の分からない最後の1人はどこにいるのか。この最後の1人もやはり「排出」されたはずのスリーパーなのか。

 その答えをワルサの認知データから解明することはできなくなった。自分のキュービクルに戻ったワルサは、けい動脈を切って自殺した。

 彼はそれほど何かを恐れていたのか。それとも、そこまでして守るべき何かがあったのか。やはりデータが改ざんされているのか、サラスバティが捉えたクリブの地下駐車場の事件当時の映像にはズーもワルサも写っていなかった。

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