2424年 クロノス

 標高2,700メートルに位置する紫色の断崖に、2つの人影があった。燃えるようなピンク色の空から降る赤い雨が空中で見えない壁にぶつかり、幾筋もの小さな緋色の流れになって地上に落ちていくのを眺めていた。

 2人は雨を弾く黒い布を幾重にも全身に巻き、黒い大きなゴーグルをかけていた。灰色の剛毛で覆われた首の長い4本足のマレの背にまたがっていた。すべてを飲み込む宇宙のようなマレの暗い緑色の目が、ピンク色の空を反射していた。


 ゴーグルの2人がいた断崖は、標高1,500メートルに位置する第7バブル、クロノスの西の端から200メートル外側にあった。

 そこから2人が見ていたのは、バブルと呼ばれる透明な半休の膜だった。バブルは、330平方キロメートルの地表を覆い、その最高到達点は地上から約10,500メートルに達する。

 バブルは、物質原子操作レーザーの空中照射により生成される選択的透過性とうかせいを持つ膜で、大気を濾過し、放射能を中和する。これにより、地球上で人が安全に生存できる空間を作り出している。クロノスでは、この閉じた空間で63万人が生きている。

 クロノスのバブルの外側は、赤い土砂が地表を埋め尽くしている。ところどころ、紫の岩が突き出ており、紫の岩は、場所によっては数百メートルから1,000メートル以上地表から隆起して岩山を形成している。

 岩の亀裂からは白っぽい竹のような植物が生え、色素を持たない虫が葉に寄生している。この日は、赤い雨が竹も虫も赤茶色に染めていた。

 バブルの中では、木々が豊かな緑の葉を付け、緑の中に円筒形とドーナツ型の大小の白い構造物が見える。

 広場は短いふわふわとした草で覆われ、昼寝をする者もいる。緑に囲まれた遊歩道が構造物の間をかいくぐる。人々がのんびりと歩き、頭上をエア・ビークルが静かに空中移動していた。

 クロノスのほか、47のバブルが地球上に存在している。火星への移住は、2300年代初頭、最初の入植者グループ全員が死亡するという悲劇が発生し頓挫とんざした。48のバブル、その限られた空間で生活を営む者たち、彼らが人類の文明の継承者なのだ。


「さあ、行こう。日が暮れる前に野営の準備だ。この雨だ。気温が一気に下がるぞ」

断崖の2人のうちの低い声の男らしき1人がこう言うと、もう一人は静かに頷き、マレの手綱たづなをゆっくりと引いた。2人は断崖に背を向け、マレを器用にあやつって赤い雨の中を下っていった。

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