第119話 結婚式1


 そうして瞬く間に時はすぎ、ネルさんとイブの結婚式の日がやってきた。


「イブ? 準備できた?」

「うん。準備できた」


 ノックしてマドル先輩からOKが出たので入りながらイブに声をかけると、席に座っていたイブは振り向いてにっこり笑った。

 いつも愛想のいい子だけど、今日はさらに可愛い。


 ただいま式の前の準備段階。イブとネルさんは別々の控室で準備してもらい、別々に入場する予定だ。

 確認の為イブの様子を見に来たわけだけど、どうやら完璧らしい。


 色黒でちょっと派手目のアイライナーをいれてエキゾチックな魅力がでて、いつもよりぐっと大人っぽく見える。それでいてネルさんと揃いになるようにデザインしたドレスは可愛らしくてすごく似合っていた。

 イブのこの姿は実は数日前にも見たのだけど、こうやって改めて見てもとっても可愛い。


「イブ、今日も似合っていてとっても可愛いよ。きっとネルさんもメロメロだね」

「ありがとう。メロメロはなに?」

「えっと、可愛くて大好きで抱きしめたくなる状態ってことかな」

「うんうん。ありがとう。メロメロにする」


 イブはうんうんと大真面目な顔で腕を組んで頷いた。そのしぐさはお子様が真剣に遊んでいるようにしか見えない可愛さがある。

 それはともかく、どうやら心の準備もばっちりらしい。よかったよかった。


「じゃあ、次はネルさんの様子を見てくるね」

「うん。ネルが可愛くても、メロメロになるの駄目だからね」

「りょーかいです、イブさん」


 真面目に注意されたので、びしっと返事をしておく。イブはにししと笑って敬礼を返してくれた。


 二階の空き部屋をイブが使っていたので、次は一階の自室で待っているネルさんのもとへ向かう。


「うわぁ、すごく綺麗ですよ、ネルさん!」

「あ、ありがとなぁ」


 許可を取って中にはいり、マドル先輩の手によって仕上げられたネルさんを見て、私は駆け寄って手をたたいてそう褒めた。ネルさんは照れたようにはにかむ。


 漫画みたいにふんわり丸く膨らんだドレスは迫力がすごい。少し離れて見ると、ネルさんのスタイルの良さが逆に際立っているし、座っているのを近くで見ると、まんまるお目目と丸い下半身が合わさってまんまるなきゅーと感が強調されていい感じ。

 睫毛が上向きになるようにして目元をちょっと強調するメイクにしたことで、ネルさんの愛らしさがより際立ったのではないでしょうかと自画自賛したくなる出来栄え。まあ、八割、いや、九割マドル先輩の手柄だけど。

 ドレスも化粧も合わさった姿を見るのは今日が初めてだけど、思った以上にとってもいい。最高の花嫁さんだ。


 この後は私とライラ様が先に会場入りして二人を待つ形になる。今頃はマドル先輩がブラウニーたちを会場内で綺麗に整列させている頃だろう。


「わで、なんだか緊張してきたなぁ」

「ネルさん、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ネルさんが幸せになるための儀式っていうか、楽しい思い出になる区切りにすぎないんですから」


 ネルさんがドレスや髪が乱れないようにしながらもじもじする。

 そもそも何もかもがなんちゃっての、色んな文化ごちゃまぜの結婚式だ。正解も不正解もない。何をしても大成功しかない。

 なので何にも気にすることはないのだけど、ネルさんはまだ不安そうだ。


「で、でもよぉ。失敗したら、嫌な思い出になっちまうだろぉ?」

「そんなことないですよ。失敗したって馬鹿にする人はいないですし、そもそも別に正解ないですし。何があっても、いい思い出になりますよ」

「そ、そうかぁ?」

「そうですよ。そうですねぇ、例えば前に私が初めて自分一人での豚の丸焼きに挑戦した時、中まで焼けないわりに外は焦げるし、味付けも薄いしさんざんで、結局全部マドル先輩にやり直してもらいましたけど、私のこと馬鹿でどうしようもない奴だって思いました?」


 ちょっと疑うような顔だったので、例として私の失敗談として思いついたものを出してみる。あれは今思ってもまあまあ失敗だったと思う。張り切って一人でやるからねと誰のお手伝いも拒否してやって完全に失敗だったからね。


「そ、そんなことねぇよ。わでの料理褒めてくれて自分もしたいって言ってくれて、それで頑張ってくれたんだから嬉しかったぞぉ。気持ちが嬉しいっつーか、それに……楽しかった、なぁ」

「ですよね。私も楽しかったです。それと同じです。だから失敗したって気にすることないですよ」


 私の問いかけにネルさんは慌てたように腕をふって否定してくれた。うんうん。そう思ってくれてるって知ってた。

 それに私も、失敗したとは思うけど最悪だったとかマイナスな思い出ではない。

 失敗しても誰も嫌な顔せず、まあちょっとライラ様には呆れられたけど、マドル先輩が作り直してくれて、焦げたのもこれはこれで美味しいってみんな言ってくれて、とってもいい思い出だ。失敗したけど、悪い思い出なんかじゃない。


「そっかー。そうだなぁ。へへへ。ほんとにエストは、いいやつだなぁ」

「えへへ。ネルさんもいい人だからですよ」

「ありがとなぁ。ちょっと落ち着いてきたぁ」


 そう言ってネルさんは力を抜いて笑ってくれた。よかったよかった。


 それじゃあそろそろ私も戻って着替えて備えよう。


「ようやく戻ってきたか。さっさとしろ。ブラウニーたちは全員入ったそうだぞ」

「あ、そうなんですね。すみません」


 部屋に戻ると、すでに着替えて待っていたライラ様が迎えてくれた。ネルさんの部屋にもマドル先輩はいたのだけど、私がいい話をしているので待ってくれていたらしい。

 マドル先輩に手伝ってもらって私は神父服を着る。だいぶ涼しくなってきたし、薄手の生地なので長そで長ズボンでも大丈夫だけど全体的に濃い目の紺色でちょっと暑苦しい。


「うーん、にしてもライラ様、ちょっとセクシーすぎません?」

「お前らがつくったんだろうが」


 まあ私はね、詰襟服に前後に垂れるようにして十字架もどきのちょっとしゃれたオシャレな幕がかかってる感じのコスプレでありそうな服なのでいいとして。ライラ様、本当にシスター服着てくれた。


 とっても似合うのは当然として、動きやすいよう長いタイトスカートのサイドに深めのスリットが入っているので、足を組んでいるととってもセクシーだ。聖職者の格好に見えない。

 頭に謎の布を帽子っぽくかぶっていて露出度がほぼないだけに、美しいおみ足が目を引いてしかたない。今更だけど、そもそもタイトスカートじゃなかったかもしれない。そんな体型でる服なわけないかも。


 私の言葉にジト目を向けてくるのも様になってて、いい。似合うからいいよね! まっすぐ立ってたらスリット部分が重なりあう形になって中は見えないし、まあ、大丈夫だろう。


「ライラ様、とってもお似合いで素敵です。魅力的すぎて見とれちゃうくらいなので、つい心配になって余計なことを言いました。安心してその清楚なシスター服を着ていてください」

「ふん。よく回る口だな。お前も、なかなか似合っているぞ」

「ありがとうございます。えへへ」

「はい、いいですよ」


 何て会話をしているとマドル先輩が私の背中をぽんと叩いて完了を知らせてくれる。マドル先輩とはもはや何も言わなくても力をいれられるがまま軽く体を動かすだけでいつの間にか服が着替えられている。


「ありがとうございます、マドル先輩。じゃあそろそろ行きましょうか」

「待て」

「え? わ、あ、んっ」


 よし、いざ出発! と思っていたら、ライラ様が近づいてきて私を抱き上げ、そのままキスをした。わ、で抱き上げられ、あ、で顔が近づき流れるようなキスだった。思考する暇もない。


「ど、どうしたんですか? 急に」


 マドル先輩は無反応なのだけど、いくらマドル先輩とはいえやっぱりこんな目の前でするのは恥ずかしい。


「別にどうもしないが。最近、あまり二人きりになってないからな」

「そんなことはないと思いますけど……」


 毎日夜は一緒に過ごしている。昼間はまあ確かに、結婚式の準備でこの一か月くらいデートはなかったけど。でもあの、言って三日前にも夜はいちゃいちゃしていたのだけど。

 と思うけど、どうやらライラ様的にはそうでもないのかジト目で見られてしまう。事情があるから仕方ないけど、私が気にしてないのが気に食わないとみた。


「えーっと、その、今夜はゆっくりしましょうか。あ、今の服でするのどうです?」

「……くっ。ははは、お前は本当に、突拍子もないことばかり言うな。お前がしたいならかまわんが、いい趣味だな」

「え、そうですか? えへへ」


 遠まわしとはいえ夜のお誘いを私から直接言葉でするドキドキでつい余計なことを言ってしまった気がする。でも目をまん丸にしてから笑ってくれたし、まあ、実際に興味もあるので、いいよね。


「皮肉だ、馬鹿め」

「だって、ほんとに似合ってるんですもん。魅力的です。さっきのは別に、いいわけじゃないですし」

「ふっ。そうか。なら、さっさと今日と言う日を終わらせないとな」

「はい! 盛大にお祝いして、目一杯楽しみましょう!」


 私はそのままライラ様に抱っこされたまま会場入りした。まだブラウニーたちしかいなくてセーフ。二人がいたら、主役を差し置いて何をいちゃいちゃしてるのかってなるからね。


 そしてそれぞれ定位置につき、いよいよ準備万端だ。部屋の隅にいるマドル先輩音楽隊がハンドベルで小さめにBGMを鳴らしてくれている中、式がはじまる。

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