第118話 結婚準備
ネルさんとイブが結婚すると宣言され、驚いたけどどうやら双方本気だったようだ。と言うか、そのあとの説明でされたイブがアラサーと言う方にもっとびっくりした。
いや、ネルさんが年下なのも驚いたし、成長には差があるって言っても限度があるでしょ。と思ったけど、イブの地元では二十歳で成人と遅めだけどイブはその中でもさらに成長が遅かったらしい。うーん? まあ、一応合法らしいからいいか。
何はともあれ、こうして我が国始まって以来初めての夫婦が生まれることになった。
そうとなれば話は決まっている。そう、次回の二人のお誕生日会はネルさんの成人式兼結婚式になります!
どんなのがいいか、ネルさんやイブかの地元ではどうだったのか。それとは違うけどこんなのがやりたいとかやってみたいとは希望はないのか。色々と聞きとった。
どうも簡素と言うか、結婚式というのはあんまりないらしい。村長に報告して、みんなに報告の場としてちょっとした宴会を開く。みたいな感じで、特別な装いをしたり儀式らしい儀式をしないらしい。
で、その聞き取りのやり方が悪かったのかもしれない。私が知っている結婚式についても話してしまい、だいぶ私がイメージする結婚式をすることになってしまった。
二人がしたいことないの? 例えば大きなケーキをつくってカットするとか、とか言ったやつを全部採用されてしまった。まあ、何もないより華やかなほうが楽しいしいい思い出になるからいいよね!
結婚式のドレスにケーキ、準備することはたくさんある。そしてなんと、結婚式の誓いをたてる相手が私になってしまった。
「あの、ほんとに私でいいんですか? 普通に考えたらライラ様ですよね。いわばここの村長ですし」
今日は天気がいいので外の屋根付きテーブル席作業することにした。そこで二人のドレスのデザインと一緒に、私が着る服も決めようとしているところなのだけど、ほんとに私でいいのかな?
と思って再確認する。
「うーん、村長じゃなくてお世話になってる人でも良かったはずだぁ。その、最初に、わでに声をかけてくれたのはエストだからよぉ」
「ネルさん……」
「それに、そのぉ、そう言う真面目な場面でライラ様を前にするのはなぁ、緊張するっつーかなぁ?」
「あ、わかりました」
ネルさんは玄関を挟んで逆側にあるビーチで定番の寝転べる椅子を並べた屋根付き休憩所の椅子に寝転がっているライラ様をちらっと見ながら、声を潜めてそう答えてくれた。
一瞬、まさか私にそんなお世話になってると思ってくれてるなんて、と思ったらそう言うことだったのか。まあ、そうですよね。だって私別になんのお世話もしてないもんね。
そしてライラ様相手だと緊張するって? それはそう。あれだけの美人さんを相手に真顔でお話するとなると緊張するよね。それに私くらいライラ様の顔を見続けていても見惚れるんだし、それを考慮すると確かに、ライラ様に結婚式の司会はよくないね。
「となると、私はどんな格好をしましょうか。司会者が主役の二人より目立っちゃ駄目だし、黒か紺の神父様系が無難ですかねー?」
「そのしんぷさまってのが、エストのいたとこで婚姻の証人をしていた人なんだよなぁ? だったらそれでいいんじゃねぇか?」
「まあ、そう? そうなんですけど、どんな格好だったかなー。私結婚してないので、よくわかんないんですよねぇ」
「ふーん? よくわかんないけど、イブはなんでもいいよ。ケーキは大きいのがいい」
「ケーキは身長くらい大きいのにしますから、安心してね」
「わーい」
うーん、にこにこ笑顔で両手をあげて喜ぶイブが可愛い。年上だったのか。見た目もそうだけど、ものすごく単純に仕草が幼いのは、でも言語学習こっちなので、わかりやすくボディランゲージも混みで意図的にしてるのかも。
「うろ覚えでも、それをもとにデザインしなおすことも可能です。どのような感じだったのですか?」
「うーんと」
マドル先輩に促され、私はとりあえず描きだしてみる。マドル先輩とあれこれデザインを描いてきたので、服を描くデザイン画だけはそれっぽく描ける様になっている。
「露出が少なくて、詰襟で、上下一帯型、あー、下にズボンはいていて、あ、上からかけるようにしてたのかもしれません。こう、大きいケープ的な感じで。それで真ん中に十字架が、あっ。ら、ライラ様って十字架大丈夫ですか?」
「十字架? どういうことでしょう?」
「こういうマークのことなんですが、ちょっと聞いてきます」
マドル先輩が首を傾げたのでこっちじゃないのかもしれないけど、知らないだけで実はって可能性もあるので念のため確認しておくことにする。
席をおりてライラ様のもとに駆け寄る。とことこ近寄ると、ライラ様は手を頭の後ろにして足を組むわかりやすいくつろぎスタイルをやめて、こちらを向いて肘をついて頭を支える形で起き上がってくれた。
「どうした? 私に甘えたくなったのか?」
「えへへー。それもあります」
ライラ様は手を伸ばして私の頭を撫でてから起き上がり、私の頬にちゅっとキスをした。ま、まあ、他のみんなは席に着いたままだからこっち見てないよね?
「で? も、じゃない方はなんだ?」
「あ、ライラ様って苦手なマークとかないですか? こういう、ばってんの縦型を十字架っていうんですけど、私の前いたとこだと、こういうの吸血鬼の人が苦手にしてるって話があったので」
「ふむ。よくわからんが、歴史的背景からその種族全体の価値観に刷り込まれた悪感情を抱く模様ということか」
賢いことを言われてしまった。なんかちょっと違うと言うか。
「えっと、嫌な気持ちになるだけじゃなくて、こう、見ただけで苦しくなるとか、ダメージを負うみたいな話です」
「ないが? お前、私にそんな弱点があると思ってるのか?」
「ぶみー。ないですー」
ほっぺをつままれてしまった。ライラ様を馬鹿にしてとか弱点を探るとかじゃなくて、普通に心配してなのに。あと微妙に楽しそうですね。
「念のための確認ですってば。これで私の服装の方向性が決まりますから。あ、ついでですからライラ様もシスター服とかどうですかね」
ライラ様がシスター服。シスター服もあんまりはっきり記憶ないけど、確か全体的に露出が少ないタイトめなワンピースがメインでそれこそケープみたいなの胸元まで軽く覆ってる感じだったはず。
……え、待って。ライラ様がそんな格好したら逆にえっちじゃない?
「なんだその顔は……私の服なら、少しは見てやる。ほら、行くぞ」
「はーい」
今までほぼ服の趣味はマドル先輩にお任せだったライラ様だけど、最近はマドル先輩も趣味に走るようになってきたし、今回ちょっとコスプレちっくなのを察したのか、ライラ様はそう言って立ち上がり、私の肩を抱いて歩き出した。
〇
なんとなくの私の服のイメージが決まったので、次はネルさんとイブだけど、イブは動きやすいのがいいと言い出した。
動きやすいドレスって何? チャイナドレスとか? でもあれはウエディングドレスではないし、結婚式衣装で動きやすいものなんてある?
と言うことでいったん保留。先にネルさんから決めることにした。二人のペア感も大事だしね。
「うーん、ドレス、なぁ。ドレスってライラ様が着てるみたいな服だろぉ? わでが着るイメージがないなぁ」
「大げさに考えなくても、こういう服が着たいなとか。子供の頃憧れていた服とかないですか? こういう色が好きとか」
「うーん……なんでもいい、かぁ?」
「なんでもいいですよ! ちょっとしたことでも、それを糸口にスーパー服職人のマドル先輩が最高のデザインに仕立ててくれますから」
「その、わで、昔っから大きくてよぉ。そんであんまりこう、布が多い服ってなかったからよう。その、村の可愛い子が着てた袖とか裾にこの、フリル? っつーのかぁ? こういう飾り布がついてる服とか、ちょっと、いいなぁって思ってぇ……で、でもやっぱり、可愛すぎるっつーか、わでには似合わねぇよなぁ?」
「そんなことないですよ! いいですよね! フリル!」
なるほど。あんまりフリフリの服って実用的じゃないし、ぱっと見服全体のバランスで多めについてるのは小さい子供服しか見かけない。でもそう言う小さい幼児期がなかったってことだよね。
照れたようにやっぱりなしと言いだすネルさんだけど、一回言ったことはなかったことにしませんよ! その夢、結婚式でかなえるのにめちゃくちゃぴったり!
確かにネルさんって大柄だから、体格的にどうしても映えやすい服ってあるもし、マドル先輩がつくってた服もシンプルめだったり動きやすい感じが多かった。柄も花柄でも大きめの柄とかの方向で可愛らしいデザインだったもんね。
「じゃあ、めちゃくちゃ布をつかったふりふりフリルだらけの可愛さ優先ドレスにしましょう。基本ドレスのデザインに追加するとして、こんな感じで、合間にレース挟んで重すぎないようにしつつ、可能な限りフリルをいれてボリューム感があるといいですかね」
ネルさんが辞退してしまわないよう、私は勢いのままデザイン画を描いていく。
すでに人型で簡易ドレスが薄く描いている上に、フリルを重ねて、レースっぽく斜線をいれたのを重ね、特にスカート部分を膨らませていく。なんとなくのシルエットはできた。ザ・プリンセスドレスだ。
「ふむ。ネルさんの体格に合わせて背が高くしなやかな美しさを強調するのがいいと思っていましたが、こうして丸みのある可愛らしいものも悪くありませんね」
「ちょ、ちょっと、その、レースとか、そこまでフリルをつけるのも贅沢しすぎじゃねーかぁ? わでしか着れねぇし、次いつ着れるかわかんねぇ服なんだしよぉ」
覗き込んできて色よい返事をするマドル先輩と、慌てたように眉をハの字にして遠慮するネルさん。これがほんとうに、いくらフリルって言ってもやりすぎと思ってるなら話は別だけど、ネルさんの顔はそう見えない。
これでもネルさんと毎日顔をあわせること一年以上の付き合いなのだ。ネルさんが本気で嫌なのをオブラートに包んでいるのか、いいと思ってるけど遠慮してるのかの違いくらいわかる。なのでここは全力で背中を押す!
「何言ってるんですか! 一生に一度の結婚式なんですから、一生に一度しか着ないとしてもいいんです。普段なかなか着れない服を着るのも結婚式の醍醐味ですよ。結婚式で贅沢しなくていつするんですか」
「そ、そうは言うけどよぉ。やっぱり、可愛らしすぎるっつーか」
「私もネルさんの晴れ姿が見たいです。これはまだ適当ですけど、ここから仕上げて絶対似合って可愛いドレスにしますから着ましょうよ。ね? ネルさんは可愛いんですから、たまにはもっともっと可愛くした姿も見せてくださいよ」
「か、可愛いなんてぇ、そんな……」
一生に一度と言うレア感を強調しても駄目だったので、こうなったら私が見たいからでごり押すことにした。ネルさんは困ったようにしながら照れて赤くなる。うーん、可愛い。
ネルさんのこういうところ可愛いよね。お目目がひとつなのも可愛いポイントだし、その可愛さを引き出すような何かも用意できないものか。
おそらく子供の頃に村を出てきた過去のせいだろうけど、全然自信がないのが可哀そうですらある。ここはもっとしっかり褒めて、可愛いドレスを着て式をあげて自信をもってほしい。
「可愛いですよ。その大きなおめめも綺麗で、睫毛もながくて美しいです」
「うっ」
「エスト! めっ!」
「えっ? な、なに? イブ? 危ないから人に指をつきつけないよ?」
と言うことでさらに褒めようとネルさんの目を正面から見つめて言うと、ネルさんはさらに照れて耳まで赤くした。もう一声だ、とさらに追撃をしかけようとしたところで、イブが椅子の上に立って私に指をつきつけて大きな声を出した。
その動きにいつの間にかネルさんに向けて前のめりになっていた上体を戻しながらその指先をつかんで注意する。
「ん。ごめんなさい。でも、駄目。めっ」
「うん? どうしたの?」
手を離すと素直に指をおろしたイブはまた椅子に座ってネルさんにぴったりくっつきながら、顔の前でばってんを作った。
「ネル、可愛い。わかる。私もそう思う」
「え、うん。そうだよね。可愛いよね」
「うん。でも、ネル、私と結婚する。エストは駄目」
「あっ」
うんうんと腕を組んで頷いてわかるアピールをしてから、ぎゅっとネルさんの腕に抱き着いて自分のものアピールされた。そんなイブにネルさんはますます顔を赤くしている。
「く、くく。くははは、お前、言われたな。ははは」
た、確かに。全然そんなつもりはなかったけど、可愛い綺麗美しいって褒めて照れさせてたら、口説いてるみたいなものだ。
私を膝にのせているライラ様が爆笑してくれているからいいけど、そうじゃなかったらまあまあの問題行動である。
「す、すみません。あの、ネルさん、けしてそのようなつもりはなくて、本当に純粋に、ネルさんのこと家族みたいに思っているがゆえに」
「お、おお。わかってるよぉ。へへ。わでも、その、そう思っていいかぁ?」
「もちろんですよ。えへへ。でもこれからはちょっと距離感に気を付けますね。イブ、ごめんね」
「ん。いいよ」
「ありがとう」
よかったよかった。それはそれとして、ネルさんはフリフリドレスに賛成してくれたし、イブもそれならお揃いでと言ってくれて二人のドレスの方向性も決まった。
あ、そう言えば結婚式だ! と言うことでお誕生日祝いなのが薄れていたけど、成人祝いにとお化粧品を買ったんだった。肌に合う合わないもあるから、買ってすぐの時にみんなに軽くお試ししてもらったんだよね。
その時にネルさんは楽しんでくれたけど、日常的に使う気はなさそうだったんだよね。でも、お化粧のやりかたをよくわかってないかもしれない。
よーし、結婚式にむけて、ネルさんに似合うお化粧も考えないと!
これから忙しくなるぞ!
と私はまだ笑いが収まらずお腹を震わせるライラ様に頭を撫でられながら気合をいれた。
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