第117話 イブ視点 年下の子

 私はなんでかわからないけど、人より成長するのが遅かった。お父さんとお母さんは小さいころに死んじゃって、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられた。

 可哀そうっていう人もいるけど、私はそうは思わない。誰もが私を可愛がった。私はとても可愛くて、永遠に子供なので、ずっと甘やかされて可愛がられて、大人になって色んな責任のもとあれこれ考えたりあくせく働かなくていいのだ。


 そう思っていた。だけどある日、おじいちゃんとおばあちゃんが流行り病であっさりと死んでしまってから、私の人生は一気に変わってしまうことになる。

 私をおじいちゃんのお友達だった村長のおじさんが引き取ってくれたけど、それから数か月後、目が覚めたら知らない木箱に詰め込まれて、私は海の上にいたのだ。


 私の村は海に面してなかったけど、交易先が港町だった。村の近くの川から船で移動して物のやり取りをしていた。だからこっそり移動させることもできないではないかもしれないけど、さすがに起きるだろう。

 きっとこれは、村長の孫であり私と同い年で私を敵視していたあの人の仕業だろう。ご飯に薬を混ぜて騒ぐことなくこっそり家の中から連れ出すなんて関係者しかありえない。

 昔はみんなと同じで可愛い私が好きと言っていたくせに、大きくなるといつまでも子供で気持ち悪いとか言っていた。ひどい話だ。

 もちろんそう思う人もいるだろう。何が一番可愛いかは人による。でも私を可愛いと言う人もいるんだから、思わないでも関わらなければいいのに、あ、でも家に入り込んだのは私か。


 とりあえず、海の上でみつかったらそのまま放り出されるかもしれない。川が身近ではあったとはいえ、どこを見ても海の状態で陸までたどり着く自信はない。

 と言うことで何とか目的地に到着するまで隠れて過ごすことにした。

 それには成功したけど、到着に気を緩めたせいで見つかってしまい、箱ごと放り出されてしまった。


 快適に過ごせるよう適当に拝借した柔らかい布を詰めていたとはいえ、箱が跳ねた動きで自分で自分の膝に顎をぶつけたし、布越しでも頭をぶつけたので痛い。目も回るし満身創痍だ。


 困ってしまった私だけど、謎の二人組に拾われることになった。

 言葉が通じないのでさすがに焦ったけど、クッキーをくれたし私と同じような子供がいたので、まあひどい目には合わないだろう。私は可愛いから、喜んで面倒見てくれる人はいくらでもいるはずなので、不思議なことはなにもない。

 とはいえ、大きくならないので数年で捨てられる可能性もあると考えていた。


 その家に行くまでは。


 なんと、そこにいるのは私と同じように変わった人間ばかりだった。めちゃくちゃ大きい人や、空を飛んだり謎の力がある人、何故か同じ見た目同じ名前で複数いる人、と普通じゃない人ばかりだった。見た目普通に見えるエストもきっと普通じゃないんだろう。

 そこでの生活は快適だった。生活水準も以前より上だし、お風呂で体を洗って拭いてお着替えまでしてくれるので、お嬢様になった気分だった。

 言葉がわからないとはいえ、ちょっと作法の教え方が愛玩動物にするようなものっぽいけど、この待遇なら文句は一つもない。むしろ愛玩動物になることでずっとこうして甘やかされる子供の立場でいられるなら愛玩動物と思われるくらいはやぶさかではない。本当に食べ物がそれ用だったり人間じゃない扱いならともかく、躾け方以外は普通に人間扱いだしね。


 特に一緒の寝室を割り振られたネルのことはとても気に入った。すごくおっきくて目が一つ、と言う見た目がすごく変わっているから最初はとても驚いたけど、ご飯を食べさせてくれるとってもいい人だ。特に甘いお菓子が大好きなのに、私が気に行ったらわけてくれるくらいいい人。

 大きくて頼もしくて、この人がいれば何があっても大丈夫だろうと思えた。狩りも上手でたくさんお肉を狩ってくるし、お仕事もできるのに私が遊ぶのにも全力で付き合ってくれて、一緒にいて楽しい信頼できる人だ。


 もし他の人に成長しないから捨てようと思われたとして、きっとネルだけはかばってくれるに違いない。短い付き合いだけど、私はもうネルのことをおばあちゃんとおじいちゃんくらい信頼していた。


 そう思っていたけど、あの日、私はとんでもない事実を知ってしまった。

 お誕生日会だ。私がいたところでは年始にまとめて誕生日を祝っていたけど、ここでは季節ごとに分かれて祝うらしい。それはいいのだけど、なんと、ネルが十四歳になるところだと言う。


 待って。待ってほしい。十四歳になる? じゃあ今まで十三歳だったってこと? え? 私が二十六歳だから、え? 私の半分しか生きてないの?

 ……え???


 今までずっと、私は子供だから大人に甘えて当然だし、可愛がられて当たり前と思っていた。年下だって関係ないと思っていた。

 でも、え? 私の感覚でも未成年。村ではみんな協力して特産品の果物をつくっていて、子供もみんなで育てるもので、私はまとめて面倒みられる子供たちの中で最年長としてまとめ役をしていた。お仕事って程ではないけど、手仕事くらいはできるからある程度大きくなった子に教えたりもしていた。十五才までにそこで下準備をして、十五から仕事をはじめて二十で一人前の大人として認められていた。

 で、私が面倒見ていたその子たちと同年代? え? い、今まで私は、十三歳の子に全力で甘えていた?


 正直、めちゃくちゃ動揺した。びっくりした。驚愕した。ネルの何が変わったわけじゃない。しっかりしていて、頼りになって、優しくて、好きだ。

 だから何も変わらない。そう思おうとしていた。だけどその夜、ネルが泣いていた。


 初めてのことだった。もしかして今までも、私が知らないだけで泣いていたのだろうか。私はネルを、一人で泣かせていたのだろうか。

 そう思うと言葉にできないくらい苦しい気持ちがあふれてきた。


 だけど私にできることはほとんどない。昔私がされたように、抱きしめて涙をぬぐって、いい子だね、可愛いね。泣いてもいいよ。私が傍にいるからね。大丈夫だよ。そう表面的な慰めをすることしかできない。

 それでも、ネルはそんな私に、ふんにゃりと柔らかく笑って受け止めてくれた。


 その笑顔を見て、私は誓った。これからずっと、この子の心を支えようって。私には何もできないけど、もっと言葉を学んで、もっとちゃんと気持ちを伝えられるようになって、この子の涙が少しでも減るようにしようって。

 それが私が大好きなこの子にできる、せめてものことだから。


 それから言語学習をさらに頑張った。どうしてもなんとなくのニュアンスで把握するしかないので、いい子と可愛いを逆に覚えていたりもしたけど、多分通じていると思う。

 ネルとはますます仲良くなれたと思う。引っ越しをして、新しい場所に来た。ネルはそれで以前より活発になった気がする。環境が整うのはいいことだ。


 新しいブラウニーと言う仲間もできて、私たちは毎日楽しく暮らしていた。そんな中、次のお誕生日会でネルが成人だと言う話になった。

 十五歳で結婚ができるのは早い気がするけど、私を除いても私たちの村の人たちと、ネルはどう見ても成長速度が違う。だったら成人年齢が違ってもそんなものなのだろう。

 私としてはネルのことは年齢は関係なく支えていくつもりだし、こんな他に人のいない島で成人かどうかなんてどうでもいいことだろう。


「その、イブも、次のお誕生日、二十八歳になるんだよな? 大人、だよな?」

「うん? うーん……うん。大人、かも?」

「そ、そうだな?」


 と思っていたのだけど、その日、ネルが私の年齢を確認してきた。

 二十八になるのはネルにしか言っていない。他はともかく、エストは私より年下なのだ。エストは自分が姉だと思ってふるまっている感じがするので、できれば夢をこわさないようにしている。

 あと、単純に大人扱いされたくないので。でも、ほかならぬネルに言われたなら、真面目に答えるしかない。私は小さい限りずっと子供と思っているけど、十五歳になるから大人と言う考えで言うと、二十歳を過ぎている私は大人と言う区分にははいる。一応。私ほどじゃないけど背の低い大人だっているわけだし。


「その、だから……わで、その、イブとわでが結婚するとか、イブは、どう思う?」

「イブ、ネルと結婚?」


 と思いながらしぶしぶ答えると、ネルはもじもじしながらそう言った。結婚。ついさっき意味を確認した単語。夫婦になると言うことだろう。

 私が、ネルと?


「お。おお。そうなんだけどよぉ」


 聞き返すとネルは大きな体を小さくさせるように身を揺らしながら、ちらちらと私を見ている。


 こんなに大きな体で、私なんて小指で転がせるくらい強いのに、私の返事を待ってこんなに不安そうにしている。私と結婚がしたくて。可愛いなと思った。


 結婚なんて、考えたことなかった。それは大人がすることだから。でも私が年齢だけでいえば大人と言えなくないのも本当だ。だから結婚、できなくはないのか。

 結婚したら、キスをして毎日一緒に寝て子供をつくって一緒に育てる家族になると言うことだ。ネルとは毎日一緒に寝ているし、もう家族みたいなものだ。となるとあとは、キスをして子供をつくる相手としていいかどうかだ。


「……うん! イブ、ネルと結婚する」


 ちょっとドキドキしてきたけど、でも、嫌じゃない。と言うかむしろ、ネルを慰めて支えるのは私だ。他の誰かに譲るつもりはないし、だったら私とネルが結婚するしかないだろう。

 ネルは年下でまだ十五歳とはいえ、ネルの地元では成人で合法なのだから問題ない。仕事ができて頼りになって優しい。一緒に子供を育てる不安もない。これ以上いい人もいないだろう。

 私の返事は「はい」一択だ。


「えっ!? ほ、ほんとか!?」

「うん。イブ、ネル好き。ずっと一緒にいる」


 何より、そんな理屈なしでも、私はネルが好きだ。考えたことはなかったけど、私が結婚するなら、その相手はネルしかいない。


「! い、イブー!! わでも、イブが好きで、ずっと、一緒にいたいんだぁ!!」


 その気持ちを伝えると、ネルは私をぎゅっと抱きしめて喜んでくれた。いつも優しいネルの抱擁が、今日はちょっと苦しいくらいなのが、それだけ喜んでくれてるんだって嬉しかった。

 色々あったけど、あの村を追放されてよかった。私は今、幸せだ。




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