第114話 ブラウニーたちのいる日常2

「よいしょ。ふー」


 全然働かないのもあれだし、かといってずっと働くのもしんどいので、無人島で日付の制限なんてないけどメリハリをつけるために週休三日制を導入することになった。

 と言ってももちろんノルマもないし働きすぎても困るくらいなので、就業開始時間も終了時間も自由で、日替わりでその日何の仕事をするかも自由である。

 ネルさんとライラ様の狩りも毎日すると多すぎてしまうけど、週に二回は狩りに行ってくれる。その間はだいたい私はイブと一緒に畑のお手伝いをすることが多い。


 畑の開拓をしていて水道の拡大が間に合っていないので、私たちは今水を運んでいるところだ。ブラウニーたちは地下に住んでいるだけあって土を掘りるのが上手で畑の拡張にめちゃくちゃ役立ってくれている。


「きゅー!」

「ん? きゅーちゃん、なに? お腹減った?」

「きゅっ、きゅきゅう」

「ふむ……甘いおやつが食べたい?」

「きゅ、きゅうう、きゅううう」


 私の肩にのっていたきゅーちゃんが飛び降りて声をあげたことで、私と一緒に水を運んだイブがしゃがんできゅーちゃんに話しかけているけど、通じてないと言うか、意図的に通じあう気がなさそうな会話だ。

 きゅーちゃん、爪をばってんにして全体で首をふってるでしょ。普通に否定しているでしょ。


「イブ、自分が食べたいからのに、きゅーちゃんに言わせようとするのはどうかと思うよ」

「どうかと思う?」

「あー、駄目だと思う。ってこと。優しくふわっと非難する言い方だよ」

「むー。わかった。イブ、甘いおやつが食べたい」

「うんうん。そうだね。お昼ご飯のデザートに出してもらおうね」

「……うーん。うん」


 今食べたかったのかやや不満そうにしたイブだけど、きゅーちゃんが首を傾げているのを見て頷いた。

 イブは助詞を覚えたことで一気にすらすらとした話し方になった。元々単語は結構習得していたし発音も問題なかったのだけど、文章になると急にネイティブ感でるなぁ。イブ、成長したね。


「おーい、イブー!」

「ん! ネルー!」


 とほっこりしていると森の方からネルさんが大きく手を振りながら現れた。それにイブは飛びあがるように立ち上がり、ネルさんに向かって走り出した。イブ、足はやーい。

 と見送っていると、その後ろからライラ様がでてきた。そのさらに後ろに黒いもやに足をつかまれたうさぎが見える。やだ、こわい。


「ライラ様、今日も大漁ですね。お疲れ様です」

「うむ。今日はこいつらを連れて行ったが、思いのほか役に立ったぞ」

「そうなんですか?」


 ライラ様は私の前まで来てマドル先輩にうさぎを渡しながら、肩にのせているきゅーちゃんを顎で指し示しながら満足げに言った。

 ブラウニーたちは何でも食べる私たちと同じ雑食なので、狩りをしていてもおかしくはない。ないけど、ブラウニーよりうさぎの方が大きいし、と思ったけど、人間だってマンモスを狩っていたんだからおかしくないのか。


「うむ。私やネルではうさぎのような生き物は先に気づかれて逃げてしまうが、こいつらはうさぎより先に存在に気が付くからな。面白いように見つかるぞ」

「なるほど。いつものお肉も美味しいですけど、草食動物のお肉も味が美味しいですもんね。きゅーたちもありがとう。お疲れ様」

「きゅ!」


 きゅーちゃんは得意そうに手をあげて声をあげてから、ぴょんと私に向かって飛び降りてきた。あわわ、と慌てて手をだしたけど、きゅーちゃんは余裕で私の肩にのった。う、運動神経いいね! わかってたけども。


「うむ。なかなか有能な配下が手に入ってよかったな、エスト」

「も、もー。からかわないでくださいよ」


 この後はみんなでうさぎの片づけをしてからお昼を食べた。うさぎ肉は晩御飯ときゅーちゃんたちへのお土産となるので、お昼は元々の予定通りのパンケーキだ。この島にはまだ畜産がないので、牛乳とかはないので生クリームは今年はないけど、その分きゅーちゃんたちに喜んでくれそうなケーキを作るため、それとなく何が好みかリサーチしようとするマドル先輩の計画の一環だ。

 この説明を聞いて、いずれは畜産をやる前提なのにびっくりしてしまった。まあ、確かに卵や牛乳は自分で育てないと難しいか。鮮度が大事だし、卵は数ほしいもんね。


 というわけでパンケーキに色んなジャムやシロップをつけて食べたのだけど、ブラウニーたちはパン以上に喜んでくれたけど特に種族的にどれが好きと言うのはなさそうだった。

 甘くて柔らかい小麦製品が大好きなのは間違いないので、タルトとかじゃなくてふわふわのケーキ生地になりそう。


 そんなお昼を終えて、午後からはライラ様と釣りに行くことにした。マドル先輩がきゅーちゃんの森の中での性能を気に入ったと言うことで川で釣りをしてみることにしたのだ。


「きゅーちゃん、今まで釣りはしたことあるの?」

「きゅ」


 きゅーちゃんの返事は手をあげてのものだけど、これはうんっぽいな。っぽいけど、いや、聞いておいてなんだけど、ブラウニーたちみんなで漁ならできるかもだけど、釣りってこの体格でできるものなのかな?


「あるんじゃないか? 前にマドルがお頭つきで魚を出した時、喜んで食べていただろう」

「うん? ……あー、なるほど。加工されてるならまだしも、まるごとの魚ってちょっと怖いですもんね。まるごとを見て躊躇なく食べられるのは食べなれている証拠ってことですか」

「いや、目玉を食っていただろう。信じがたい悪食だが、こんな特殊部位を食べて問題がないと知っているのは明らかに食べなれているだろう」

「あっ、あー、なるほど」


 ライラ様が言っていたこの間の料理は大きめの鯛の尾頭付きのことだろう。私は食べないけど、大きめのお魚は目玉を食べられると言うのは知識で知っていたし、お頭自体は捨てるので違和感がなかった。

 でも言われてみればきゅーちゃん以外食べてなかったな。なるほど。言われてみれば魚以外で目玉を食べることってないかも?


「それじゃあ、経験があるみたいなのでとりあえず釣りをしてみましょうか」

「そうだな」


 以前に二人できた川にやってきたけど、そのまま岸辺から釣りをすることもできるけど、中々腰かける場所がない。と言うことでライラ様があのちょっと離れた場所にある大きな岩を動かして川へと突き出すように設置してしまった。

 なんという荒業。でもここなら平らなので座れるし、近くからは魚は逃げたかもしれないけど、その分釣り竿の先を対岸にすれば引っ掛かりやすいかもしれない。


「よし。やってみるか」

「はーい、お願いします」

「きゅー」


 釣り竿は以前買ったものをライラ様が真似してつくったものだ。釣り竿をとりだし、ライラ様が餌をつけ、私を膝にのせて釣り竿をふった。さらに私の膝に乗っているきゅーちゃんは水面に餌が入った瞬間にぴょんと飛び上がった。


「川釣りは初めてしたが、これもなかなかいいな。浅いから先が底にあたる。ふぅむ。悪くない」

「へー、そうなんですねぇ。ライラ様が楽しいみたいでよかったです」

「きゅう、きゅーう」


 きゅーちゃんは先端の浮きが揺れるのに合わせるように体を揺らしている。可愛い。お膝の上で踊るように足先をちっちと私の太ももにあてているのが、なんとなく心地いい。

 いいお天気の中、いい感じに木陰になっている岩の先端にライラ様のお膝に座り、森を抜けてくるひんやりした気持ちいい風に吹かれながらゆっくり動く浮きを見る。

 くいくいと動く、浮きと連動するライラ様の指先。なんだかとても幸せな時間だ。


「きゅ、きゅー」

「ん? なんだ? ……右奥か?」

「きゅぃ」

「ふむ」


 ぼんやりしていると、きゅーちゃんは振り向いてライラ様に向かってジェスチャーで右奥を指さした。それにライラ様は一つ頷いて、背中を曲げてぐっと私のお腹を引きよせてから、私の頭に顎を乗せて釣り竿をふりなおした。


「おっ」


 するとすぐにライラ様は魚を釣りあげた。顎が頭の上からなくなり、背中の後ろに風がふいた。


 どうやら魚がいる場所もなんとなくわかるらしい。きゅーちゃん、魚の位置までわかるのすごすぎない? 気配なのか、目がいいのか、すごく耳がいいのか。どれだろう。

 そう言えばライラ様は小動物に逃げられると言っていたけど、別に謎のオーラを感知されるとかではないのか、魚は逃げないんだね。


「ふむ。なるほど。こんな感じか」

「きゅー」

「うむ。よくやった。褒めてやろう」

「きゅ」


 得意げに振り返ったきゅーちゃんのおでこをライラ様が撫でてあげている。

 うわー、これは、膝の上じゃなくて横から見たかった。今のライラ様の顔見たかったー。振り向いて見えたどこか得意げに私以外を褒めるライラ様の顔だけでもレアだったけど、喜んでるきゅーちゃんとセットで横から見たかった。何故私は膝の上に。


「おい、何をきょろきょろしている。あまり動くと、きゅーが落ちるぞ」

「あ、ごめんね、きゅーちゃん」

「きゅ」


 きゅーちゃんは気にしないで、と言いたげに腕を左右にふった。優しい。


「ライラ様、いったん私をおろしてもらってもいいですか? ちょっとその辺で遊びますので」

「駄目だが? 危ないだろう」

「えー、ライラ様の横顔が見たいんですけど」


 いくらなんでも過保護がすぎるよね? だってこの川全然荒れてないし、危なさそうな生き物も全然いないし。別に意図的に危ないことするわけじゃないし、転んだくらいではもう怪我もしないしなぁ。

 と、ライラ様の禁止令についつい唇を尖らせて文句を言ってしまう私に、ライラ様はどこか呆れた顔で頬をつままれた。


「……お前は本当に私の顔が好きだな」

「そんな言い方したら、ライラ様のお顔目当てみたいじゃないですか。いえ、もちろんお顔も大好きですけど。うーん。中身も好きなのですが、ただちょっと今回は横からライラ様のお顔が見たいと言いますか」


 顔をふってライラ様の手から逃れてから言い訳する。確かにライラ様のお顔好きだけど、言い方というものがある。


「くっ。くくくく。まったく、うるさいやつだ。これ以上我儘を言われる前に、お前の好きな私の顔で黙らせるしかないようだな」

「え? あ、あわわ、ライラ様! きゅーちゃんの前ですよ!?」


 ライラ様が笑いながら私をぎゅっと抱き寄せて顔も寄せてきたので、慌てて膝の上のきゅーちゃんを手で指し示しながら制止する。


「きゅ?」

「ね? きゅーちゃんも気まずいし見たくないよね?」

「……きゅ!」

「え?」

「きゅーきゅきゅー」


 振り向いたきゅーちゃんは小首をかしげてから、私の問いかけにさらに深く首をかしげるように体を傾けてから、はっとしたように口元を爪先で隠してからくるっと私に背中を向けた。

 一瞬びっくりする私を置いてきぼりにして、きゅーちゃんはそのまましゃがんで独り言を言うように高めの声を出した。言葉が通じなくても実にわかりやすく見てませんポーズだった。


「くっ、くはははは! ははは。全く、かしこいな、きゅーは」


 ライラ様は笑ってきゅーちゃんの頭を撫でてから、私の頬と頬を合わせて頬ずりしてから、ちゅっと私の頬にキスをした。


「ら、ライラ様」

「なんだ? 何もしていないが?」

「う、うぐぐ……」


 見られていない以上、私が言葉に出してしまうと逆に知られてしまう。

 私は何も言えなくなり、見ていないふりのきゅーちゃんが膝にいる以上強引に逃げることもできず、ライラ様に釣りをする傍ら悪戯をされるのを甘んじて受けるしかできなかった。

 きゅーちゃん、ライラ様に忠実な配下すぎるでしょ。


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