第110話 新たな配下

 お友達をつれたきゅーちゃんは夕方に帰って行った。晩御飯をすすめたけど断られたので、お土産にマドル先輩が先走ってたくさんつくったパンを持たせてあげていた。体積的にはかなりの量だったけど普通に持っていたので、ブラウニーたちは力持ちなんだろうね。そして夜はライラ様にときめいて、そんな充足した一日を送った。

 その翌日、朝ごはんを食べた昨日より遅い時刻に、またしてもきゅーちゃんたちがやってきた。


「きゅー」

「え……え? ど、ど、どうしたの???」


 毎日来てくれたって別にいいのだけど、さすがの私も動揺してしまった。何故なら声に呼ばれて玄関ドアを開けたところ、そこにいたブラウニーたちは昨日の比ではなかったからだ。

 いったい何人いるのか、数えることも困難なくらいのたくさんのブラウニーたち。数百はいるだろうか。小さなブラウニーたちがきっちり列をつくって並んでいた。


「きゅー!」


 そしてその集団を後方に引き連れるようにして、リボンをつけたきゅーちゃんを先頭に六人の服を着たブラウニーたちが前に立っている。

 待って、さすがに恐い。あんなに友好的だったんだし、まさか宣戦布告じゃないだろうけど、じゃあこんな大勢で来る意味とは?


「きゅーちゃん、今日は皆さんお揃いで、何か大事な御用なのかな?」

「きゅう、きゅーう」

「きゅきゅう」

「きゅぅーうぅ」


 しゃがんで尋ねると昨日のブラウニーたちがそれぞれしゃべってくれる。うんうん。微妙に声の高さと調子がちがってやっぱり個性ってあるんだね。なんにもわからないけど、可愛いね。


「きゅ!」

「きゅー」

「お? おおおー? こ、これは、どういうことなんでしょう?」


 ついつい笑顔になって見守りつつも、まったくわからない。どうしよう。と思っていると、ひとりがブラウニー軍勢を振り向いて声をあげた。するとばっと一斉にブラウニーたちが頭をさげたのだ。座ってるのかしゃがんでるのかよくわからないけど、統制がとれていてすごい。


「もしや、ブラウニーたちはライラ様の配下になりにきたのではないでしょうか?」

「えっ、そ、そんなことあります?」


 確かに全員お行儀よく並んでいるし、平服しているように見えなくもない。そういうことだからいっぱい来たと言うならわからない話でもない。でも私たちはこの島に来たばかりの新参者で人数もたったの五人。

 私達もこの島に来た初日にノリで配下になるみたいな流れしたけど、一緒に暮らしてお互い関係もできていて配下と言っても変なことにならないと分かった上での、冗談半分のおふざけ配下みたいなものだ。

 出会ったばかりのブラウニー、しかも会ったこともない全員まとめてなんてありえないのでは?


「あります。もし私がブラウニーの立場ならば、出会ったその場でライラ様に忠誠を誓います」

「それは私もですけどぉ」

「それに、彼らの住居は知りませんが地上には見当たらなかったので、おそらく地下ではないでしょうか。なら台風や大雨などの天災の際に、我が家に避難することが可能ですので、それだけでも配下になっておくことは彼らにとっての利点かと」

「た、たしかに……」


 大変な人数、とは思うけど、部屋は余っているし、なんならあの広い謁見の間? みたいなところに余裕で全員入れる。私ですら彼らからしたら大きい存在だ。この島と言う限られた場所で争ったら大変なことになるんだから、そんなことがないように縁を結ぼうとするのは、よく考えたら普通か。

 配下は大げさな言い方だとしても、これからは種族ぐるみで仲良くしてね。と言う感じで挨拶をしにきたと考えると全然わかる。


「えっと、きゅーちゃんたちは配下になりにきた、で合ってるのかな?」

「きゅう!」


 うーん、こっちの会話が通じている前提でいるけど、どうやら合ってるらしい。えー、でもどうすれば?


「そうと決まれば、さっそく身支度を整えなくては。ライラ様、彼らを迎え入れるにふさわしい恰好に仕立てさせていただきます」

「な、なるほど。あの謁見の間で挨拶をうけて、ブラウニーたちをうちのチームに正式加入させる感じですね。ライラ様、頑張ってください!」


 きゅーちゃんたちの要求がそうだとして、わかった、いいよ! これからよろしくね。 じゃあ帰っていいよ! ではちょっと申し訳ないし。と思っているとマドル先輩が当然のようにそう言った。あの謎の儀式を、もっと大真面目にすると言うことだろう。

 考えたらそれしかない。でも正直、この規模だと受けるのも大変そうだ。プレッシャーと言うか。私には応援することしかできないけど、ライラ様の普段以上に着飾った姿はぜひ見たいので頑張ってほしい。

 と言うことでライラ様を振り向いて両手を握って応援すると、何故かライラ様はちょっと嫌そうに呆れ顔をむけてくる。


「……エスト、お前も着替えろ」

「えっ!?」


 なぜ私も? と思ったけどマドル先輩もノリノリになってしまったので有無を言わさずそういうことになってしまった。

 きゅーちゃんたちに飲み物を用意してマドル先輩が歓迎して時間を稼ぎつつ、私たちは着替えをさせられた。ちなみに振り返った時にはもうイブとネルさんはいなかった。昨日の人数でもこわがっていたネルさんなので仕方ないけど、巻き込み損ねた。どうせするなら全員でした方が楽しいのに。


 と言うわけで、いったん自室に移動してこれ以上ないほど着飾られた。こんなの作ってたの知らない……初めて見た……。ってレベルの服だった。装飾品じゃらじゃらついてる。袖もだし、ネックレスみたいなのも服に最初からついていて、フリルも刺繍も細かいし、謎の紐やチェーンもある。めちゃくちゃすごいコスプレのお姫様感。

 ドレスと言えば中世のお姫様のイメージだけど、実際のお姫様だってこんな服じゃないだろう。今までの雑談の中出してきた色んな知識を総合してマドル先輩オリジナルでつくったんだろう。すごいなぁ。

 すごいけど、自分では着れないし脱げない。動きにくい。これを出してこなかったのはそう言う実用性ほぼないのが理由だろう。


「そっちも終わったか」

「す、すごくお似合いです」


 でもそれはそれとして、ライラ様すっごく似合ってる! 素敵すぎる! ごちゃごちゃして目移りしてしまうほどのドレスに負けてなくて、むしろその上のライラ様の美しさの方が目をひく。

 きらめくライラ様の髪、不敵な表情、女神様と言われても頷くしかない美貌。女神様のイメージってシンプルな布を巻いてるだけみたいな服だけど、何着ても似合うから逆にそうなってるんだろうなぁ。


「さすがライラ様、素敵すぎ、うわ」

「気をつけろ」

「あ、ありがとうございます」


 マドル先輩に着させられた位置でじっとしていたけど、ちょっと離れたところで着替えていたライラ様が近寄ってその姿を見せてくれたことで興奮してつい動いてしまったのでよろけてしまった。

 ライラ様はすかさず支えてくれたけど、ライラ様なんで普通に動けるの。私ほんとにどうやって動けば?


「じゃあ行くか」

「わっ、だ、大丈夫ですか?」

「何がだ。この格好でお前ひとりで歩くと危ないだろう」


 マドル先輩を振り向いてどうすれば? と聞こうと思ったらそれより先にライラ様に抱っこされてしまった。

 ライラ様が歩き出すとマドル先輩がどこか背中からわかるくらいうきうきした感じで先を歩き出した。この服で謁見するライラ様を見たいんだろうなぁ。


 そしてそれはそれとして、慣れた動きとは言え、お互いこんな服を着ていて抱っこなんて密着したら絡まって危ないのでは? と思ったけどどこも引っかかっていない。

 ひっかからないことに不思議に思いながらよく体を見ると、微妙によく見たらうっすら黒いものが私とライラ様の間にある。カバーされている。

 ライラ様、めちゃくちゃ強いし大雑把に見えて、こういうところめちゃくちゃ細やかなんだよね。ほんとすごいなぁ。


「エスト」

「ふぇっ、な、なんでしょう?」


 まじまじと私とライラ様の接地面を見ていると、ライラ様が私の耳元に顔を寄せて小さい声で私の名前を呼んだので、びくっとしてしまった。耳元でささやかれる自体は全然珍しいことじゃないけど、前にマドル先輩しかいない状況でわざわざ? 予想外すぎてびっくりした。

 小声で返す私に、ライラ様はにんまり笑ってから私の頬にキスをした。


「エスト、お前もその格好、よく似合っている。可愛いぞ」

「うっ……は、はい。ありがとうございます」


 頬から自然な流れで耳に唇を触れさせながら褒められてしまった。その声音はぞくぞくして小さな声なのに私を揺らして腰までぶるぶる震えてしまう。いつもさらっと褒めるのに、なにこのねっとりした褒め方! 嬉しいけど腰抜けそう。


「ははっ。真っ赤になったな」


 私の反応にライラ様は笑いながらも小さな声でそう続ける。その甘く囁くような声音にぞわぞわしてしまって、ドキドキがおさまらない。


「うう。なんで小声なんですか?」

「マドルに聞かれたら、普段着にされかねないだろうが」

「な、なるほど」


 それは確かにそう。ライラ様にとっては余裕で優雅に動けるとは言っても、気を遣うのは間違いないだろうしね。だからマドル先輩もこれを作っても今まで黙っていたんだろう。

 ちらっと前を歩く二人のマドル先輩の後ろ姿を見る。いつもより少しカツカツと大きめの足音で浮かれているっぽく、ライラ様がちょっと気まずそうな声で言った言葉は聞こえなかったようだ。


 でもせっかくこんなに素敵なドレスなんだから、さすがにお蔵入りはもったいなさすぎる。それにマドル先輩が遠慮して作品をださないなんて、才能を埋もれさせるようなこととんでもない。あとでもういいってくらい褒めておこう。ずっと着るのは無理だけど。

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