第108話 舟遊び
「きゅー!」
きゅーちゃんが六人の仲間をひきつれてやってきた。どうやら今日は一日一緒にいられるっぽいので、一緒にとうとう完成した船にのることになった。
一応昨日のうちに完成は確認されていたけど、私が乗るのは初めてだ。ワクワクする。肩にのったきゅーちゃんを連れて浜辺にある小舟に近づく。
「おー、立派な船ですねぇ」
小舟、と言っているものの、ネルさんが利用できるよう成人男性が四人は利用できるような大きさだ。私の体格からしたらそこそこ大きい。海に浮かべようとすると水にぬれないと入れないため、まだ砂場にある船の縁はまあまあ高い位置にある。
手は届くけど、これ体重かけてのって大丈夫かな? 足かけたらぐらついたりしないよね? 底が丸いから元々ちょっと傾いた状態で置いてあるのもあって、どこから乗ろうかと思いながら周りを見る。
「ほら、うろうろするな。のるぞ」
「わ、はーい」
右から左からと覗き込んでいると、ライラ様がそう言ってひょいと私を抱えてそう言った。ちょっと驚きとっさに肩のきゅーちゃんに手をかぶせるようにして守りつつ返事をすると、ライラ様はふわっと軽く浮かび上がって船にのった。
「では失礼しますね」
「ネル、はやく」
「ん。イブ、あぶねぇから動くなよぉ?」
マドル先輩が続いて乗り込み、その横で別の船の方にイブが手だけでのせられた。木材は多めに加工していたのもあり、船は二つがつくられていたのだ。なのでこうしてみんな一緒に出発できる。よかったよかった。
「ネル、今日のところはそっちの船も私が沖に運んでやるから乗れ」
「お、ありがとなぁ、ライラ様」
どうやらネルさんは船を押して海にはいって出発しようとしていたみたいだけど、ライラ様がそう声をかけたことで嬉しそうに乗り込んだ。全然どうやって出発するのか考えてなかったけど、ライラ様がだしてくれるらしい。そう言う度量の大きいところ、ほんと好き。
「よし、いいな。だすぞー」
「はーい」
ライラ様が声をかけてくれて、船は浮かび上がるとそのまままっすぐ海に進んだ。そしてそのまますーっと水面に少しずつ沈むようにして着水し、十分な深さのある辺りまで進んでとまった。
勢いで抱っこされたままだったけど大丈夫そうなので手を離すと、きゅーちゃんは私の肩からお腹の上に移動して海に向かって楽しそうにきょろきょろしている。
「きゅー、きゅっきゅ!」
「いいですねー、今の、気持ちよかったです」
「うむ。なかなかいいだろう。危ないから立つんじゃないぞ」
「えー、そこまで言わなくても、まあ、わかりました。きゅーちゃん、落ちないようにね」
ライラ様はゆっくり私をおろそうとしたので、きゅーちゃんの前に両手をあわせて受け止めながらされるがまま船の真ん中に座る。そこそこ広いし、立ったくらいで危ないことなんてないと思うけど、ライラ様ったら過保護なんだから。でも無駄に立つこともないから逆らわないけどね。
「みなさん、落ちないように気を付けてくださいね」
「きゅう、きゅー」
「きゅー!」
「きゅきゅぅ」
ちらっと見るとマドル先輩はブラウニーたちをのせた籠を船の縁ぎりぎりに近づけている。よく見えるようにだろう。おとなしく籠におさまったまま楽しそうにしている声が聞こえる。
地下で暮らしてる可能性が高いブラウニーたちだけど、海への恐怖感もないし反射でまぶしいと言うこともないみたいだ。楽しんでくれてるみたいでよかった。
「ライラ様、立たないので、こいでみていいですか?」
前はライラ様にまかせっきりだったけど、今は釣りとかの目的がなく純粋に舟遊びだし、進まなくても方向が違っても大丈夫なので挑戦してみることにした。船は両端に落ちないように固定されたオールがある。
「そうか、ちょっと待て」
とはいえ勝手に漕ぎ出したらそれこそ立ってる二人が危ないし、微妙に移動しないとなのでそう尋ねると、ライラ様はそう言ってまた私を抱き上げて自分の膝に乗せる形で運転席?に座らせてくれた。
「あの、ライラ様? チャイルドシートなくても大丈夫ですけど」
「何を言っている」
「ほら、きゅーをおろしてちゃんとつかめ」
「あ、はい」
危険でも何でもないのにここまでされるとちょっと恥ずかしくなったのだけど、まあ向こうの船も同じような感じだし、ライラ様は有無を言わさず私の前に取っ手を寄せてきたので言われるままつかんだ。
きゅーちゃんは私の膝に乗って周りを見ている。それを見てライラ様は満足げに私の手の上からつかんでくる。
うーん、ほぼほぼ包み込まれているかのような抱擁状態。と言うか、下に足がついてないから力入るか不安なんだけど、この姿勢でできるのかな?
「こちらはいつでも大丈夫です」
「うむ。行くぞ」
「は、はい」
マドル先輩はブラウニーたちに話しかけつつも向かいになるように座ってくれた。その状態で危なくない程度にブラウニーたちに外を見せているので大丈夫そうだ。
そして強めに指示されると、やっぱり私に拒否権はないと言うか、拒否したい気にならないのでほぼ反射で頷いてしまう。仕方ないのでそのまま腕に力をこめる。
「うっ、意外と重」
「こうだ、こう」
「お、わ、おお」
思ったより重くてゆっくりした動かせない私に苦笑しながら、ライラ様がぐっと力を込めて補助してくれた。手の中のオールの重さは感じるけどライラ様のおかげで負担ではなく、それでいて水をかいてぐっと船が進むと言うのも伝わってくる。 おー、これは結構楽しい。ライラ様の補助が絶妙だ。
「きゅー!」
「あ、きゅーちゃん! え、ちょ、ちょっと危ないよ!?」
楽しんでいると、きゅーちゃんが興奮したのか私の膝から降りて進行方向、つまり私の後ろに向かってしまって見えなくなる。底にいるならいいけど、さっきも私の膝から精一杯手をのばして船の縁に手をついて外を見ていた。床からの景色が目当てではないはずだ。
「安心しろ。私が見ていてやる。が、どうやらお前より運動神経がいいようだぞ」
「う……比較しなくていいです」
驚く私にライラ様が振り向き、そう言いながら体を斜めにずらして私が背後を振り向けるようにしてくれた。なんとか舳先を覗き込むと、そこにはさきっぽもさきっぽ、縁の先端に乗りあがって二足歩行でどこにもつかまらずに両手をあげて全身で風を感じるきゅーちゃんがいた。
まず木製でつるつるに磨かれている自分より背の高い壁を登っていく時点ですごいし、きゅーちゃんの体格と変わらない幅の縁の上にたって普通に楽しんでいるのがすごい。普通に歩ける幅があったとして、落ちたら大変なことになる状況だとビビるよね?
どうやらきゅーちゃんは見た目の可愛さに反して、野生的と言うか、ワイルドみたいだ。
「ほら、安心したなら続きをするぞ。そろそろ渦潮が近づくから、今度はカーブだ」
「はーい。じゃあきゅーちゃんのことお願いしますね。よーし、ふんっ」
きゅーちゃんのことはライラ様に任せ、私は再び補助をうけながらの船の操縦をすることにする。なるほど。結構左右に込める力の差ってちょっとで曲がっていくんだなぁ。うーん、風が気持ちいい。
「きゅっ、きゅーう! きゅうう!」
「ん? ライラ様、きゅーちゃん大丈夫そです?」
「大丈夫だが、どうやらもっと沖に行きたいようだな」
楽しみながらぐるーっと回って島に対して横向きになったので、もう半回転して一回戻るルートかなと考えていると、きゅーちゃんが激し目な声をあげた。悲鳴ではなさそうなので振り向かないままライラ様に聞くと、ライラ様はそう言ってオールをこぐのをやめた。
ライラ様の力がないと途端に重くなっちゃうので私もとめていったん手を離す。
「よいしょ、きゅーちゃん? どしたの?」
「きゅー!」
ライラ様の太ももをまたいで横座りの姿勢になり、前かがみになってライラ様の横から身を乗り出すようにしてきゅーちゃんの方を見ると、きゅーちゃんはちらっと私を振り向いてから大げさな身振りで前を指さし、ぴょんぴょん跳ねだした。
「きゅ、きゅーちゃん、危なくない?」
「きゅーいぃ?」
そんな狭い足場でジャンプして危ないでしょと思うのだけど、きゅーちゃんはいっそ不思議そうだ。
「どうするんだ? お前がいいなら飛ばしてやるが」
「んー、そうですね。せっかくですから、きゅーちゃんに空の旅も堪能してもらいましょうか。あ、ゆっくり、ゆっくり空飛ぶ船みたいな感じでお願いします!」
「ふっ。注文の多い奴だ。しっかり捕まっていろよ」
「わっ、はーい」
膝の上に座ったままお願いすると、ライラ様はふっと笑って私をお姫様抱っこして立ち上がり、そのままきゅーちゃんのいる舳先へ向いた。
「行くぞ、つかまっていろよ」
そう言って軽く船を出発させる。斜め前方に飛び出す様にでた船は二メートルくらい高くまで上がり、そのまま海の上を進んでいく。ライラ様に抱っこされているので、体感三メートル以上あるし、視界が高い分海がよく見える。
すっごい気持ちいい! 風も心地よくて、青い海と青い空が流れていくのが楽しい。これは、両手をあげて全身で風を感じたい!
「ライラ様、肩車してくれませんか?」
「お前な……遊ぼうとするな。私にときめいていろ」
「あっ、そ、そう言うつもりじゃ。ときめいてますよぉ。えへへ。さすがライラ様、かっこいい。素敵。お姫様抱っこもわくわくしちゃう。だーいすき」
この状況を楽しむことしか考えてなかった。冷静に考えて今日のライラ様は優しくお船にのせてくれて、手取り足取り船の漕ぎ方も楽しく教えてくれて、私の要望に応えてお姫様抱っこで空飛ぶ船までしてくれているのだ。普通なら2、3回ときめいてるシーンだった。
あんまり楽しいし、そもそもお客さんもいるのでそう言うのは今日はなしモードになってた。もちろんあんまりいちゃつくのは恥ずかしいけど、頑張ってくれてるライラ様をないがしろにするのは絶対ダメ。ちゃんと素敵だった、好きって伝えないとね。
と思って慌てて言ったらなんだかとってつけたようになってしまった。本心には違いないのだけど。お姫様抱っこもスルーしてるけど、全然、内心ではされる度にいまだにどきっとしてるしね。
「……」
「え、えーっと、本心ではあるんですけど、その、えへへ」
「まあいい。改めて後で聞かせてもらうとしよう」
半目になっているライラ様にごまかす様に笑う私に、ライラ様は呆れたように息をついてそう言ってから、私に頭をごつっとぶつけた。
「ベッドの上で、な」
「はひっ」
そしておでこをくっつけたまま、ライラ様は小さな声でそう続けた。あわわ。い、いやじゃないけどぉ。私の体力がついて、お部屋もネルさんたちと離れて環境が整ったからって、その、ちょっと多いような。いや全然、嫌じゃないですけど??
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