第106話 意地悪


 きゅーちゃんを見送り、お昼をとったら午後からまた木工に精をだした。きゅーちゃんにまた会えたらいいね。会いに来てくれるかな。なんて話を夕食の席ではしたりした。


「それにしても、今日はお前に感心させられたな」


 それから寝る前の時間になってお風呂からあがってきたライラ様はベッドに座りながら突然そんなことを言い出した。


「え? どうしました急に? 私とマドル先輩が作った猫ちゃんネックレス、そんなに気に入りました?」

「違う。馬鹿者」


 ライラ様に腹ばいで近寄り、お風呂上がりのライラ様の太ももに頭を擦り付けてから膝枕してもらって見上げて聞くと、おでこを撫でて前髪を逆立てられながら否定された。馬鹿者とか言われてしまった。

 でもライラ様の最近の馬鹿の言い方、なんだかどんどん甘くなってて、いかにも恋人に言う馬鹿っぽくて好きなんだよね。


 とはいえ、じゃあなんだろう。夕食の席ではそれぞれの進捗の報告ももちろんしあっていたし、てっきりそうだと思ったのだけど。


「えー、じゃあなんですかぁ?」

「決まっているだろう。きゅーだ。最初は何を馬鹿なことをと思ったが、確かにあいつは普通の獣より明らかに知能が高かった」

「あー……? うん? いや、服着てましたし、わかりますよね?」

「着ていたと言うが、葉を身にまとっているだけだろう。身を隠すのに泥をまとう獣は珍しくない。だが、お前の声掛けに対して野生動物にしては明らかに異常なほど警戒心を解くのがはやかった」

「うん? そこですか? 警戒心が低いのはむしろマイナスポイントでは?」


 賢い方が警戒するものなんじゃないのかな? いや、警戒されても困るし、私の真心が通じたんだと思うけど。賢いと思うところなのかな?


「この島はネズミを食らう肉食はいくらでもいる。そんな中で暮らす生き物がああも簡単に警戒をやめたのは、お前から会話を試みられたと言うのを理解する知能があったからだろう。もちろん人間同士で言葉が通じようと争いはあるが、お前だってよだれを垂らした獣に対するほど、初対面で笑顔の相手に警戒することはないだろう」

「それはそうですね」


 例えば熊が目の前に現れたらびっくりするけど、その熊がいやー、どうもどうもと言いだしたらあ、話通じるのか。ってなる感じかな?


「それにお前がつけた適当な名前も、自分の呼び名だと理解していたし、会話を聞いてお前たちの名前も把握してそちらをむいていた。あいつの発音も音の高低や息遣い、微妙な音の違いがかなりあった。かつ、規則性のある言語らしさもみられた。明らかに言語でコミュニケーションをとる知能があり、社会性のある生き物だ。ただの獣とは違う。人、と言うお前の見立てはそう間違ったものではないだろう」

「なるほど、さすがライラ様」


 きゅーちゃんの言葉にそんな秘密が。全然何もわかってなかった。言葉通じてるっぽい返事してくれるから賢いとしか思ってなかった。そうやって細かく見ると、きゅーちゃんめっちゃ賢いな。違う言語だけど共通して呼び掛けている部分から名前を判別して、ちゃんと会話についていってたってことでしょ? すごい。


「いや、だからそれを判断したお前に私が感心しているんだが」


 そこまで細かく観察して頭のいい考察のできるライラ様に尊敬の目を向けると呆れられてしまった。


「いやでも、私はパッと見てそう判断しただけですし」

「そうして、そのうえで……まあ、いい」

「あ、今何か諦められた気がします」


 説明しようとしてくれた気配だったのに、ライラ様は会話を締めくくると私のおでこを撫でてからベッドに寝転んだ。視界がひろがった。膝枕のままライラ様の方を見ると、全然お顔の存在は見えない。


「ねー、ライラ様、そんなに賢いなら、また会いにきてくれますよね。と言うかどの辺に住んでるんでしょう。小さいから木の上とかですかね」


 仕方ないので一度起き上がり、ライラ様と頭の位置が隣になるように寝転びなおす。ライラ様は下半身はベッドに座った形でまだひざ下がのってないけど、それでも私の全身はベッドからはみ出ないので余裕である。


「いや、大規模な集落があればマドルが見落とすことはないだろう。家族単位でばらける可能性もなくはないが、そうだな。案外お前が言っていたのがあたっているのかもな」

「ん? 私何か言いましたっけ?」


 上を向いたまま言ったライラ様は私の問いかけに、視線だけ私に向けた。ライラ様の綺麗な赤い瞳が、目の縁に沈むようになっていて、丸いはずの瞳が鋭利になっているのがなんだか色っぽく見えてしまう。


「ああ、言っただろう? 地下遺跡がどうと。あいつら、地下にいるのかもな。考えてみれば爪が長かったな。確かモグラもあんな手じゃなかったか」

「もぐら……茶色い毛並みもそんな感じでしたね。なるほど。えー、じゃあ地下帝国を築いてる種族かもしれないですね。うわー、わくわくしますねぇ」


 言われてみれば耳もそんなに大きくないし、長い尻尾もなかったもんね。ネズミと言うよりモグラ寄りだったのか。もぐらってあんまり見ないからその発想はなかった。爪ながかったのか。地下に住んでるって、ロマンを感じるなぁ。


「くくっ。帝国はまた、お前は本当におかしなやつだ」

「えー、変なこと言いました?」

「ああ、だがそうだな。エストの言うその帝国とやらがあるなら、交流してみるのも面白そうだ」


 ライラ様は笑ってからごろんと私の方に向かって横向きに寝転がる姿勢になって、私の頭を撫でながらそう言った。前向きなご意見だ。ライラ様からきゅーちゃんに話しかけることはほぼなかったからどうなのかと思っていたけど、相手を知ろうとしっかり観察していただけで、ライラ様なりに気に入ってたのかな。

 ライラ様公認なら話は早い。次に来てくれたらまた正式にお客さんとして招けるし、お友達として交流できる。いずれはお家に招かれてみたい。どんなお家に住んでるんだろう。体が小さいからどんな感じでもミニチュアみたいな可愛い街並みなんだろうなぁ。


「そうなるのが楽しみですよね。お隣さんですし、あれ、でも相手が国なら、うちも国になるんですかね? ライラ様国?」

「なんでだ。ならんだろ。まあ、お前が王になりたいならとめんがな」


 ライラ様が王様なのは決まっているけど、とっさに国の名前なんて出てこないし、だからって呼び捨てもちょっと、と言うことでめちゃくちゃダサい名前になってしまったのは否定しないけど、雑に断られてしまった。

 私が王様になりたいならいいけどって、それって王様ごっこするなら付き合ってくれるってことかな?

 うーん、王様にはなりたくないかな。ライラ様の上司になるのも微妙だし、王様ってやっぱり貫禄とか必要だよね。ライラ様は美人だし貫禄あるけど、私はないっていうか、貫禄は可愛いとはだいぶ遠いしね。


「うーん、私は、王様よりお姫様がいいですかね。ライラ様には、いつでも世界一可愛い女の子だと思われたいですし」


 と答えつつ、でも考えたらライラ様は美人で貫禄もあってたまに可愛いと言う、最強すぎるな。王様も女王様もお姫様も、ライラ様なら全部いいよね。


「くっ。くく。あははは。エスト、お前は本当に、いつでも私のことばかりだな」

「え? いや、そんなことは……うーん、まあ、否定はしないですけど」


 割と普通の感覚で何気なく辞退しただけのつもりが、何故かライラ様に笑われてしまった。でもライラ様にどう扱われるかって考えたら、どう考えてもお姫様扱い一択でしょ?

 いずれ私も女の子と言う年齢ではなくなると思うけど、でもだとしても、大好きな恋人にはいつでもお姫様みたいに可愛いと思われたいでしょ。可愛くて愛されキャラと言えばお姫様でしょ。


「ああ、それと自信家だな。今の言い方だと、今すでに、私はお前を世界一可愛いと思っていることになるぞ」

「えっ、あー、そう言われると? うーん」


 言われると確かに、そうとも受け取れるか。そうか、私が自分で世界一可愛いと言う自信過剰発言をしたから笑ったのか。ちょっと恥ずかしい。別にそんなこと全然思ってないけど。

 思ってないけど、でも、それはあくまで世間的に私が世界一可愛いとは思っていないってことであって、ライラ様は、思ってくれてるよね?


「でも、自信家っていうか。あの、確かに自分で言うことじゃないですし、改まると恥ずかしいですけど。でも、私にとって世界で一番素敵な人がライラ様なのと同じように、ライラ様にとって一番可愛いのは私ですよね?」

「……くっ、ふはっ、あはははははは! はははははは!」


 ちょっと恥ずかしいけど、でもライラ様と私は恋人なんだから、そこは流してほしいな。と言う気持ちを込めて見つめながら言うと、ライラ様は私の頭からおりていき私の頬から首元まで来ていた手をとめ、私をじっと見てからその手を自分のお腹にあてて大爆笑してしまった。


「えーっ、ひどい、笑わないでくださいよー」

「ははははは! はは、さ、さすがに、笑うだろう。あははは」


 体を九の字に曲げて笑い、足をあげたり寝返りをうつように反対を向いて笑っている。

 ライラ様は時々こういうことがある。普段はそんなにゲラってわけでもないし、声にだしてここまで笑い転げるなんてそうないのに。私の発言、恋人としてはどっちかと言えばいちゃつく感じの、いい雰囲気になる内容だと思うんだけどなー。

 そんなにうけられてしまうと、私一人で言ってて馬鹿みたいだし、恥ずかしい。ひどいよね。


「……」

「ははは。ふー、はぁ、笑った笑った。何を頬を膨らませている。全く、可愛い顔をして」


 笑い転げるライラ様を見ながらだんだん腹が立ってきた私に、ようやく笑いがおさまったライラ様は起き上がって改めてベッドの上にあがって私に近寄り、一瞬覆いかぶさるようにして腰に手をまわして抱き上げ、胡坐をかいた上に私を横向けに座らせた。

 ライラ様を見上げる形で勝手に抱っこされてしまった。むぅ。こうやってちょっとスキンシップ多めにすれば私が機嫌をよくすると思ってるな。


「ふーん。そんなこと言って、ライラ様は私のこと、世界一可愛いって思ってくれてないんですよね」


 私はもうすでに現状で、私の機嫌をとろうと抱っこしてくるライラ様ったら仕方ないなぁ。と許す気持ちになってしまっていたけど、それはそれとしてさすがにすぐに許すとちょろいと思われてしまうので、頬を膨らませて抗議した。


「すねるな。思ってる。普段から可愛いと言っているだろう? お前が一番でなければ、こんなに可愛がるものか」

「……じゃあ、なんであんなに笑ったんですか_」

「ふっ。ふふ。すまん。だが。世界一はずるいだろう。せかいいちって、ははは。それでおひめさまになりたいって、くくくく」

「うっ! あ、あくまで冗談の延長っていうか、ライラ様のお姫様って意味で、そ、そんな本気でつっこまないでくださいよぉ」


 また笑いだしてお腹をぴくぴくして我慢しながら言うものだから、棒読みでめちゃくちゃ馬鹿にするように言われてしまう。

 確かに冷静に言われると、世界一可愛いって思われたいからお姫様になりたいって、小学生でも言わないくらい幼い発言かもしれないけど! こ、恋人同士が夜にのんびりベッドの上でおしゃべりしている時の発言をそんな冷静にジャッジしないでもらっていいですか?


「ははは、わかったわかった。悪かった。お姫様の言うとおりだな」

「うう。と、とにかく、えーっとぉ、きゅーちゃんが早く遊びにくるといいですね」


 駄目だ。話を変えなきゃ。そもそもなんでこんな話になったんだっけ? と考えてなんとか強引に話を軌道修正しようとした。


「そうだな、お姫様」

「も、もー……」


 こういう、こういうところがだから、意地悪なのに。自覚ないのかな。でも、なんかちょっと、ライラ様に正面から微笑みかけられながら普通にお姫様って言われるのも、ちょっと、悪くない気がしてきた。


 この後、めちゃくちゃお姫様って呼ばれた。


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