第105話 きゅーちゃん2
「きゅう、きゅー」
「美味しかったね。きゅーちゃんも喜んでくれてよかった」
小さくカットされたとはいえ、きゅーちゃんの体からすると半分近い大きさのスイカを食べたきゅーちゃんは大きく膨れたお腹を撫でながら満足そうな声を出した。
大きさが違うけど、一口で食べる量も違うので食べ終わる時間はそう違いはなかった。みんな食べ終わりゆっくりしている。そんなに大きくないスイカだったのもあり、お昼前の間食として丁度良かったんじゃないだろうか。
「エスト様、きゅーちゃん様の種族は何なのですか?」
「え? 種族、ですか?」
テーブルの横に立っていたマドル先輩がじっときゅーちゃんを見ながら私に尋ねてきた。首を傾げると私を向いて真面目な顔で頷いた。
「はい。エスト様はイブのダークエルフという種族名をご存じでしたよね」
「あ、あー。ご存じと言うか、私が知ってる種族と似てるから言っただけで、本当にそうなのか、現地の呼ばれ方はわからないんですけど」
「そうなのですか。きゅーちゃん様のような種族名はないのですか? きゅーちゃん様一人で生きているのではないでしょうし、もっとたくさんおられると思うので、種族名があった方が話もしやすいかと思ったのですが」
それはそうか。きゅーちゃんとはこれっきりの関係ではなくいい関係を築いていきたい。でもそうなるとしたらきゅーちゃん個人ではなく、種族全体と言う形になるだろう。
そうなると会話において何かしら固有名詞があったほうがわかりやすいだろう。あときゅーちゃんと言う名前、ちゃん呼び前提な名前だな。マドル先輩、他の呼び方難しいからってきゅーちゃん様って呼んじゃってる。特に誰もつっこまないのも含めて面白いことになってる。
「そう言われるとそうですね。うーん、じゃあ、仮につけるとして……ブラウニー、とか?」
なんか小さい妖精がそんな名前だったような? きゅーちゃんは羽もないし妖精かはわからないけど、ブラウニーってチョコのお菓子の名前でもあってなんとなく茶色いイメージがある言葉でもあるし、それっぽい気がする。
「ブラウニー、ですか。いい名前だと思います。ではブラウニーのきゅーちゃん様ですね」
「な、なぁ。なんかそう言う名前があるのかぁ? イブがだーくえるふ? わではぁ? わでもあるのかぁ?」
マドル先輩が満足してくれてほっとする私に、ネルさんが周りの様子を窺うようにきょろきょろしながらそう尋ねてきた。そう言えばネルさんには言ったことなかった。人から生まれてるんだし、種族って言っちゃうと語弊があると言うか、そもそも名詞もうろ覚えだったからなぁ。
「え、えーっと、結構適当ですよ? あってるかわからないですけど、サイコロ……さ、サイクロプス? うーんと、私の知識だと、確か、神様の子供の中に一つ目のとっても大きい人がいて、そんな感じの名前だったと思います」
「か、神様の子供なのかぁ?」
サイコロではなかったはずなので、多分。だけどネルさんは私が口にした名詞そのものより、その説明にびっくりしたようだ。ある意味人間ってみんな神様の子供っちゃ子供なのでは?
「えっと、はい。人間より強くて大きな巨人と呼ばれる人はみんな神様の子供だったと思います。ネルさんはご両親は普通の大きさの人間だったってことですから、多分ネルさんは巨人と人間が子供をつくっていった子孫で、普通の人より神様の血が強く出た感じなんじゃないですかね。あ、あくまで私の知識の中だとで、実際の神様とか神話とか信ぴょう性はわからないですけど」
人間も神様の一部からできているけど、特別な力をもつ物語に出てくる存在は神様の子孫だったはず。でもそれはあくまで前世の神様にまつわる物語の話で、この世界の神様とか全然知らないし、実際に神様がいるのかも全然わからないのでそこはちゃんと説明しておく。
「……そっか、そうなのかぁ……へへ。へへへ。エストは色々知ってて、すげぇなぁ! わで、エストのこと好きだなぁ」
「えへへ。ありがとうございます。私も、強くて優しくて頑張り屋なネルさんのこと好きですよ」
「わ、わでのこと、そんな風に思っててくれたのかぁ。へへへ、照れるなぁ」
私の説明にネルさんは何かを考えるように二度深く頷いてから顔をあげ、私を真っすぐに尊敬の眼差しでみながらそう言った。それが嬉しくて私も気持ちを返すと、ネルさんは目をまんまるにしてから頭をかいて見るからに照れている。大きな体のネルさんが背中を丸めるようにして照れているのは可愛い。
全然適当な知識だし、この世界ではほとんど関係のないようなものだ。それでも自分に似た存在の種族ってことで喜んでくれたるなら、もっと早く言えばよかった。
物知りで好きなんて言ってもらって嬉しい。そしてそんなことを素直に言ってくれるネルさんのことは可愛い妹みたいに思っている。私の方が小さいし、おんぶしてもらったことだってあるんだし、そんなこと言うと、えって思われるかもしれない。
でも年下で純粋な性格のネルさんは、一人前の大人として尊重してはいるけど、それはそれとしてここまで一緒にいればもうただの友達以上に家族みたいな、仲間みたいな感じに思っているし、その中で言うと断然ネルさんは妹枠だと思っている。
「ん! イブも! イブも、ネル好き」
「えっ、い、イブもかぁ? へ、へへ……て、て、照れる、なぁ」
なので私の好意に照れて頭をかいてるネルさんが可愛くて、いい機会なので妹みたいに思ってるよ。って言おうかと思っていたのに、イブが挙手して割り込んでしまった。
それにネルさんは突然だからかぎょっとしたように目を見開いてから、顔を真っ赤にして頭をかきながら俯いてしまった。てれってれである。明らかに私の時より照れている。
うん、まあ、イブのことも妹のように思ってるよ? 要領のいい末っ子枠。そして二人は一緒に寝起きしてるんだし、この中でネルさんにとって一番仲良しの相手はイブなのは当たり前だろう。
でもそれはそれとして見るからに差をつけられると、あ、はい。ってなるよね。まあ二人が仲良しなのはいいことだし、微笑ましいけどね。
「相変わらず、お前の発想はとんでもないものばかりだ。ま、面白いがな。サイクロプスが一つ目の巨人なら、ブラウニーはどういう意味だ? 似たようなネズミの人種がいたのか?」
「えっと、ブラウニーは妖精の名前ですかね。ちっさくて夜中にこっそり靴をつくってくれる子で、見た目は色々な説があるはずですけど、ブラウンが茶色なので、ブラウニーも茶色系のイメージのはずです」
離しながら思ったけど、ブラウンから変形してブラウニーになった説あるでしょ。少なくともチョコのお菓子絶対そうでしょ。と言うことはブラウニーが茶色っぽい妖精な可能性あるな。
靴の話では緑色の服を着ているイメージがあるし、考えるほどぴったりかもしれない。実際にあってるかどうかはおいといて。
「妖精か。私の思う妖精とはずいぶん違うが、まあ、確かに小さいし、服を着ていると言うのは合っているな」
「ですよね。きゅーちゃん、勝手に決めてますけど、ブラウニーって呼びかたどうですか? 嫌じゃないですか?」
「きゅう」
「ふむふむ。なるほど。大丈夫そうですね」
「エスト? そのきゅーが言っている言葉がわかるのか?」
「まさかー、わかるわけないですけど、でも嫌がってないなら大丈夫じゃないですかね」
私の適当な返事にライラ様は久しぶりに変な生き物を見る目を向けてきた。いや、逆にわかると思っちゃうライラ様純粋すぎでは? 私への好感度は下がったかもしれないけど、私はますますライラ様のこと好きになっちゃうよ。
「さて、あんまり長くきゅーちゃんを拘束しても駄目ですよね。多分家族も待ってると思いますし、あっ、ちょ、ちょっと待っててくださいね」
そろそろお昼の時間だし、あんまり長いと心配して探されているかもしれない。と言うかよく考えたら井戸の中から出てきたし、もしかしてうっかり井戸に落ちてだいぶ長いこと行方不明だった可能性もある? とまで考えて早く返してあげなきゃなんだけど、それと同時に気づいた。
このまま帰したら、次に会う時にきゅーちゃんとそれ以外の子を見分ける自信がないと。そうでなくても人種が違うと見分けって難しいのに、これだけ小さいんだから余計に、目の大きさの違いとか難しすぎるでしょ。そして言葉も通じないとか無理すぎるでしょ。
「おい、どうした?」
「ちょっと、お部屋に!」
と言うことで話の途中でぶったぎり、私はあわてて建物内に走った。何故か早歩きでライラ様もついてきてくれている。足の長さの差がね、大きいよね。と思いながらも自室に戻る。まだあんまり物がないけど、その中にも私専用のものがないではない。身に着けるものは基本私物だ。
小物入れから髪を結ぶときにつかうリボンを一つとりだす。マドル先輩が作ってくれたものの一つで、申し訳ない気もするけど、でもだからってマドル先輩の部屋にある材料から勝手にとるのも気が引けるからね。まだ何回も使ってない綺麗な緑のリボンにする。
一瞬、一つだけあるまだ使ってないリボンにしようかと思ったけど、色が真っ赤だ。これはこれで綺麗だけど、森で生活するのにあんまり目立つ色は困るかもしれない。それに好みもある。なのでとりあえず本人がすでに身に着けている色にした。
「これです。今日の出会いをお祝いして、キューちゃんにプレゼントすることにします。いいですかね?」
「そうか。まあ好きにしたらいいんじゃないか?」
「ありがとうございます!」
と言うことで急いで戻る。ライラ様はまたついてきてくれるけど、あれ、もしかしてさっきので今日は過保護モードになってる? 走ってるから転ぶかもと思ってついてきてくれてる?
まあおいておいて、私はテーブルに戻って軽くはずむ息のままきゅーちゃんにリボンを差し出す。
「きゅーちゃん、今日はありがとう。一緒にスイカ食べれて楽しい時間を過ごせたよ。これはお礼の気持ちだよ。これからもよろしくね」
「きゅ? きゅう! きゅー!」
きゅーちゃんは私が差し出したリボンに顔を近づけて不思議そうに匂いを嗅いだけど、私を見上げて何かを理解したようで、ジャンプしながら軽くその場を回りだしたので多分プレゼントを理解してよろこんでくれてるみたいだ。うんうん。言葉が通じなくても、通じるものはあるよね。
「では、僭越ながら私がつけさせていただきます」
「あ、マドル先輩からもらったものなのにすみません」
「いいえ。エスト様のものですから、どのようにされたとしてかまいませんよ。さ、渡してください」
「あ、はい」
やっぱりマドル先輩はきゅーちゃんのことが気に入ったようだ。スイカ食べてる時もじっと見てたしね。
リボンを渡すとマドル先輩はゆーっくりとその手をきゅーちゃんに近づける。きゅーちゃんはそれにちょっとだけ戸惑ったようだけど、さっきスイカを出してくれたのもマドル先輩だからか、自分から近づいていった。
「じっとしていてくださいね」
「きゅっ!」
マドル先輩の言葉がわかるかのようにきゅーちゃんはリボンの前でとまった。そしてその体に優しくリボンが巻かれ、腰あたりでリボンが結ばれる。草の上からだけど同系統なのでそんなに目立たないし、太めのリボン生地で胴体を巻いているのでちょっとした服っぽくも可愛い。
「よくお似合いですよ」
「きゅーちゃん、可愛いなぁ」
「んだなぁ」
「うんうん、似合ってて可愛いよ、きゅーちゃん」
「きゅう! きゅーう!」
きゅーちゃんはぴょこぴょこ机の上を動き回って喜びを表現してくれた。
それから名残惜しむみんなに、探してるかもしれないからと説明して、マドル先輩が小さな果実を小さい袋にいれてお土産に持たせて帰すことにした。
きゅーちゃんは荷物をしっかり背負って(即席で小さな巾着に肩掛け紐をマドル先輩がつけた)、井戸のところで地面におろすと思った以上に素早い動きで畑の向こうに走り出し、森の入り口で一度立ち止まって振り向いてから、そのまま帰って行った。
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