第104話 きゅーちゃん1
「おい、平気か? 何があった?」
「うわっ、ら、ライラ様??」
横からの力と突然の目の前の青空にびっくりして硬直していると、上から声をかけられて遅れて自分の状況を理解する。
どうやら私は横からライラ様に上空へとかっさわれたらしい。いや、ほんとに一瞬で景色が変わったからわからなかった。ぐっと体に力がかかったけどそれも一瞬すぎて今どうなってるのか自覚するより空にいる方が早かったし。
「び、びっくりしたー。ライラ様、どうしたんですか?」
「それはこっちのセリフだ。お前が悲鳴をあげたから、私も驚いてとりあえず引っ張り上げたんだろうが。何か危ないことがあったのか? 怪我か?」
「え、あ、すみません。ありがとうございます。その、スイカを食べようとひっぱりあげたらネズミがいたように見えて驚いちゃって」
「なんだ、ネズミか」
そう言うことだったのか。驚いた声を聞いて駆けつけてくれて? え、優しー、好き。じゃなくて、それはそれで改めてお礼を言いたいけど、ひとまずはお客さんだ。
「はい、でもネズミじゃなくてどうやら原住民の方みたいで。すぐに謝らないと。戻ってもらってもいいですか?」
「は?」
ライラ様は訳が分からないと言う顔をしたけど、私の言葉に危険はないと判断したのかゆっくりめに戻って行く。井戸の前まで戻ると、イブの隣にネルさんがいて、全員でじっと桶を見ていた。
と言うか普通にとっさに手を離してしまったけど、イブがずっと掴んでくれていたのか。助かる。
「イブ、手、離しちゃってごめんね。持っててくれてありがとう」
「どういたしまして。スイカ、たくさん食べたい」
「うんうん。イブの分は大きめにカットしてもらおうね」
「うん!」
と言うことで元の位置に戻る。みんなまだお客さんの存在に戸惑って何もしていないみたいなので、ごほんと咳払いしてから話しかける。
「ごほん。あの、さっきはびっくりしちゃってすみません。驚かせてしまいましたよね。大変失礼しました」
「きゅぅ」
原住民さん?は私の謝罪にロープ部分に抱き着いたまま、甲高い声を出した。
「私たち、最近ここに引っ越してきたんです。ご挨拶なくてすみません。私はエストです。イブに、ネルさん、マドル先輩、ライラ様です。よろしくお願いします」
「きゅー」
言語が違う可能性はあったから最初から身振りで話しかけているのだけど、どうも反応から通じてるのか通じてないのかいまいちわからないな。
「今から、この果物、スイカっていうんですけど、食べるところです。一緒に食べませんか?」
「きゅう」
お誘いしながらそっとすぐ隣に手を差し出すと、わからないけどそっと乗ってくれた。多分なんとなく通じているみたいだ。よかったよかった。
私は手をひいて左手でさらに下から支えるようにして安定させてから振り向いて、よく見えなかったみんなにもお客さんが見えるようにする。
「はい、と言うことで、大きな声出してびっくりさせてしまってごめんなさい。なんと、お客さんが来てくれています。みんなで一緒にスイカを食べて歓待しませんか?」
「とってもいい提案だと思います。ささ、お客様、どうぞこちらに」
「きゅ? きゅぃ……」
マドル先輩が微笑みながら私の前にしゃがんですっと私の手の前に手のひらを広げてそう言ったけど、お客さんは首をかしげてからそっと私の親指につかまってしまった。
どうやらまだ怖がっているらしい。まあ私ですらこの子からしたら巨人なのだろうし、さらに大きなマドル先輩に乗るのはなれないと高さ的にも恐いだろう。
「マドル先輩、ひとまず表の机までは私が案内しますね」
「……はい、よろしくお願いします」
スン、と表情を消したマドル先輩は恭しくそう言って立ち上がり、桶からスイカを取り出して頷いた。いつもの無表情に見えて、これ結構ダメージ受けてそう。
マドル先輩可愛いもの好きだから、小さいお客さんにときめいてた可能性あるな。
「マドル、イブ、大きいの食べる」
「はい、聞こえていましたのでそのようにいたします。お席でお待ちください」
「ん。ネル、行く」
「お、おお。わかった」
マドル先輩がスイカを手に歩き出したので、イブがネルさんの手を引いて表に向かう。私はライラ様を振り向いてにこっと笑って促す。
「ほら、ライラ様も」
「お前は……本当に変わってるな」
「え?」
「いい、行くぞ」
ライラ様は何故か呆れたように笑ってから、私の頭をぽんと軽く叩いてから背中をおすようにして歩き出した。
押されながら進むスピードは完全に私に合わせてくれているし、別にいいのだけど。私今別に変なこと言ってないよね?
全体的に今までの行動を振り返ってね? 総合的に見たらまあ、変人扱いも仕方ない部分もあるかなとは思うよ? 前世の記憶のある人間だからね。でも変なとこある? あ、あんなにびっくりして悲鳴上げたくせに手にのせてるってことか。
「ライラ様、さっきは私のこと助けにきてくれてありがとうございます。私のせいで心配かけちゃったのは申し訳ないですけど、とっても嬉しかったですよ」
「ふん。別に構わん。これからも何かあれば大きな声をだすんだぞ」
「はーい。お世話になります」
ライラ様は私の頭を撫でながらぶっきらぼうにめちゃくちゃ優しいことを言ってくれる。これからもいつでも私のこと助けてくれるつもりだ。うーん。好き。私ったら愛されてる。
私たちの会話に手のひらの上でお客さんは不思議そうに首を傾げてる。
「お客さん、お客さんの名前はありますか?」
「きゅう?」
「ふむ。ない、か通じてないですね。では仮に、きゅーちゃんと言うことで。どうですか? きゅーちゃん」
「きゅ、きゅう」
「オッケーみたいですね。さっきも言いましたが、私はエストです。エスト」
「きゅぅ」
などと話しながらさっきまで作業していて館の前の机についた。イブとネルさんがすでに並んで座っている。ネルさん用の外椅子はまだないので地面に座っているけど、高さ的には問題ない。
そっと机の上にきゅーちゃんをおろす。
「お客さん、ネズミ?」
「イブ、失礼だよ。ほら見て、ちゃんと服着てるでしょ? ネズミじゃなくて、私たちと同じような人だよ」
「ん? ひと?」
「えーっと」
私、イブ、ネルさん、みんな見た目で違うところがある。言葉が通じなくても、見た目が違っても、同じように生きていて、動物とは違って、と思ったけど人間も別に動物は動物か。えーっと、ペットと違って対等な、いや、イブは現在進行形でペット? イブに言葉で説明するの、無理だな。
「お客さん、だね」
「ふむー? お客さん、いらっしゃいませ」
「きゅい」
「おお、返事した」
私の雑な締めくくりに首をかしげたイブは、机につくくらい顔を寄せて視線を合わせてきゅーちゃんに声をかけた。きゅーちゃんが振り向いて応えるとイブは目をまん丸にした。
「わ、わでもいいかぁ? えーっと、その、わで、ネルだぁ。お客さんはぁ?」
「きゅうぅ?」
「おー、可愛いなぁ」
それを見てネルさんも同じようにできるだけ身を屈めてきゅーちゃんに近づき、手を軽くふりながら声掛けしたところ、きゅーちゃんも手を振りかえした。可愛い。
「ですね。とりあえず言葉が通じてないので、きゅーちゃんと呼ぶことにしました」
「きゅーちゃん! いい子だね」
「きゅーちゃん、可愛いなぁ」
「ん? ……! か、かわいいなあぁ?」
「?」
ネルさんがイブに続いてきゅーちゃんを褒めたところ、何故かイブは一瞬驚いた顔でネルさんを振り向いてから、動揺したままネルさんの言葉を繰り返した。
「お待たせしました」
とそこでマドル先輩が飲み物と一緒に人数分カットされたスイカを持ってきた。もちろんお客さんの前にも、相応の大きさにカットされて置かれている。
「おー、まさしくスイカですね」
「ふむ。見た目は美味そうだな」
「味も美味しいですよ。あ、この黒い粒が種なので、種はだすんですよ。イブ、これ、種、食べないよ。わかった?」
「うん。わかった」
ライラ様はどこか警戒したようにスイカを見ているけど、どうやら見た目は好感触らしい。みんなに食べ方を説明してから、さっそく食べることにする。
「それでは、いただきまーす」
うん! しゃくっとみずみずしくて甘くて、美味しい! ちょっと薄味だけど、夏らしくていい感じ!
みんなも続いて食べてくれるので、その反応をちらっと見る。全員、おーっと言う感じでちょっと不思議そうな顔をしてからだけど二口目を食べてくれているので、いい感じみたいだ。
「お、きゅーちゃんのお口にもあったみたいですね」
「きゅ、きゅう!」
喜んでくれているみたいで、きゅーちゃんはもりもり食べている。きゅーちゃんからしたら種は大きいので勢いよく食べても間違って食べちゃうことはなさそうだ。
「ふむ。水分量が多くて独特の食感ですね。このままで十分美味しいですが、その分加工は難しそうですね」
「加工となると、そうですね。ジャムとかできるかもしれませんけど、そのまま食べる以外はあんまり思いつかないですね」
スイカ味のシャーベットとかはあるかもしれないけど、スイカのお菓子は確かに思いつかない。種を全部とると逆にみすぼらしくなっちゃうし、マドル先輩的には扱いにくいのかな?
「あ、塩をかけても美味しいんですよ。ほら、こうやってぱっと」
「あ、おい、勝手なことをするな。甘い果実を調理して塩味をつけるのはわかるが、単にそのまま塩をかけるのはさすがにやりすぎだろう。さっぱりとして悪くなかったと言うのに……うん? 悪くないな」
「でしょ!? えへへ」
ライラ様は強引に塩をかけた私に文句を言ってきたけど、食べてから表情を変えてくれた。ライラ様結構食わず嫌いなところあるから、つい。せめて一回は試してほしいからね。
こうして家の裏の畑で今後もスイカは正式採用されることになった。
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