第95話 お家探検1

 ライラ様の手動高速船移動により、おやつの時間くらいに目的の島についた。一番最初は普通なら二日か、天候によっては三日かかる距離にあるそこそこ大きい島で補給兼初めての船旅の休憩で寄るはずだった。なのになぜかライラ様は言ったのだ。

 目の前の家が、私たちの家だと。


「え? ここは補給するだけの島では?」

「ここが私たちが住む、目的の島だ。船でのろのろと何年かけて探すつもりだったんだ? ふっ、私が探しておいてやったぞ」

「えっ、ええええぇ!?」


 ライラ様が得意げに不敵に笑ってそう答えたことで、じわじわ私の脳みそがようやく現実を理解し始める。つまり、これから探しに行くと思っていたのが、実はとっくに見つかっていて引っ越し準備万全だし、もう着いちゃったし家もあるってこと!? すごすぎる!!


「すっ、すごいです!! わー! それでこんな家まで用意してくれたんですか!?」

「うむ」

「うわぁ! ありがとうございます! もう今日からここが私たちの島で、ここで暮らせるってことですね! さすがライラ様!」

「ふふん。まあな!」


 びっくりしてとびあがりながらなんとかお礼を言う私に、ライラ様は満足気に頷き、満面の笑顔を見せてくれた。

 サプライズがすぎる。ただ先手をうつだけじゃなく、ライラ様がこんな風にお茶目にお披露目してくれるなんて。しかもめちゃくちゃドヤ顔で、可愛すぎる。すでに一生を捧げたいくらい好きなのに、さらに好きになってしまう。


「さぁ。降りるぞ。おいで」

「はいっ」

「この島は人間の生息域とは離れているし、マドルが島を見て回ったが人間がいた気配もなかった無人島だ。それでいて交易船がまわっている人のいる島まで船でマドルだけでも移動可能な距離だ。これなら人目を気にすることもなく生活でき、適度に文明に触れようと思えばできる。どうだ? お前の望み通りの場所だろう?」


 ライラ様は私を再び抱っこして、ひょいと船から飛び降り、砂浜に着地しながらそう説明してくれた。ライラ様が言うことは全部最もだ。そう言う都合のいいところに住みたいと思っていました! 完璧すぎる!

 でも待って、元無人島って、この目の前の大きな館、元々あったのを買ったとかじゃなくてゼロから作ったってこと!? すごすぎる。それに無人島なら港もないはずだ。いきなり砂浜だけどこれ船どこにあるの?


「はい! そんないいところが近所にあったんで、え、えー!? これ船、砂浜の中にあります!?」

「うむ。相当大掛かりな工事をしないとすぐに港は作れそうになかったからな。とりあえず船を置ける場所を作った」

「すっ、すごすぎます!」


 砂浜の一部に穴をあけ、海とつなげて船を浮かべられるようにそこだけ深い海をつくったらしい。玩具を操るように船を上から置けて、柔らかい砂浜を一部だけ砂を掘って崩れないようにするとか、何もかもライラ様にしかできない話だ。

 振り向いて見上げるとネルさんとイブも驚きながら、ネルさんがイブを抱っこしたまま同じように飛び降りてきた。おお! 外から見るとめちゃくちゃ迫力のある入島だ。


「おー!」

「すっげぇ家があるけど、あれがほんとにわでたちの家なのかぁ?」

「その通りです。ご案内いたします」

「うむ。そうだな。一通り説明してやれ」


 マドル先輩が先導する形で、私たちはこの島を案内してもらうことになった。


 どうやら元々この島の周りは変わった海流らしく、漂流物くらいならともかく、船が転覆せずにたどり着くのは難しいらしい。それもあって交易可能地域でありつつ、人が寄り付かず放置されている無人島。ライラ様がいるからこそ最高に都合のいい場所だったらしい。

 しかも土地も豊かで、いろんな植物や動物も生息していて自給自足もできそうらしい。マドル先輩はすでに畑を作り出していて、いい感じに芽がでているとのこと。

 家、いやもはや館なこの家もライラ様が素材を運び、マドル先輩とライラ様も手伝ってつくったらしい。いや、仕事ができすぎるでしょ?

 準備期間どれだけあったらできるんですか。すごすぎる。普通に考えて、私去年この話したところなのに、まだ一年たってないのに探した上にこんなことできる?? 何から何まですごすぎる。

 確かにマドル先輩はいずれ自分でいい家を作るためにって勉強していたけど、これそんな簡単にできるものじゃないでしょ。


 これ私が船ができないかなーと思ってた頃にはもうほぼ館できてたでしょ! いや、ほんとに、すごすぎる。


 と思いつつこれまでの流れを聞きながらビーチを横切り、家に近づいて行ってようやく気が付く。


「この家、めっちゃ大きいですね」


 大きいので近くにあるのかと思ったら、ビーチを横断する形で思ったより離れていた。海水を引いているので、念のため家から離した場所にしていたらしい。


「ネルさまが今後さらに成長される可能性もありますので、ライラ様のご指示に基づき設計しております」

「わ、わでのために!? わぁ、ありがとうなぁ! ライラ様!」

「うむ。一から用意する以上、窮屈な思いをさせるわけにはいかんからな」

「ライラ様……わで、一生ついていくぞ!」

「ふっ。お前はよくやっている。これからもよく仕えろ」

「りょうかいだぁ!」


 え? あれ? なんかいつの間にかライラ様とネルさんの関係ってちょっと主従関係っぽい感じだったの? いや、でも実質ここはライラ様の島だし、そこに住む人はみんなライラ様の傘下にはいるも同然なのかな? まあ本人たち満足げだしいいか。


 玄関扉からして五メートルくらいありそうな大きさだ。すごく立派でいいけど、これ私一人で開閉できないのでは? とちょっと思ったけど、よく見たら玄関扉は下のライラ様くらいの大きさだけでも開くようになっていた。

 芸が細かい。それでも大きいけど、これなら私やイブでも一人で開閉ができそうだ。


「わぁ、中はこれまた天井が高いですね」

「おー、すごい!」

「おおぉ、なんだか、お城みてぇだなぁ」


 館は以前いた家を参考に立派な洋館の外見で見張り台もついていて、外観だけでもオシャレだったけど、中はこれまた広くて素敵だった。


 家に入ってまずエントランスがあって左右に分かれて階段があったのだけど、その部分はまあ吹き抜けなので天井が高いのはわかるけど、左右に見える廊下につながっている部分でも天井十メートル超えてるのでは? ここまで来たらもう高さの感覚がわからない。

 ネルさんがどんなに頑張っても天井まで手が届かない高さだ。まるで巨人の館に迷い込んだかのような錯覚を覚えるスケール感だ。


「玄関は館の顔ですから。入ってきたお客様に、小さくてみすぼらしいと思われては、ライラ様の威厳を損ないます」

「こんなところに客が来るかは疑問だがな」

「あらゆる可能性に対処するのが、私の仕事ですから」


 その凝ったつくりにライラ様は少し呆れてたように苦笑しているけど、マドル先輩は私たちの反応に満足そうにしている。


「ではまずはこの館で最もいと高きお方にご挨拶していただきます」

「え?」


 いと高き? いまいち意味がわかってないけど、一番偉いってことだよね? ライラ様では? 挨拶とは? 隣にいるけど?


「ライラ様、ご用意を」

「わかったわかった」


 三人で首をかしげていると(たぶんイブはそもそも意味がわかってないけど)、マドル先輩はライラ様の背を押して一人だけ先に、エントランス中央を抜けた先にある扉の向こうに連れて行ってしまった。

 エントランスの両サイドの階段の間にはこれまた大きくて立派な両開きの扉がある。玄関も立派だったけど、外なので丈夫そうなしっかりしたものだった。こちらは室内だからか木の色そのままではなく色もついて飾り彫りもされていて、宝物庫の扉みたいだ。

 イメージだけど。宝物庫が中に宝物あるからって扉までお宝みたいになってるのか知らないけど。


「さて、では改めて、ご挨拶していただきます」

「あ、はい。イブ、ライラ様に挨拶だよ」

「ん? うん。挨拶、する」

「な、なんだか緊張するなぁ」


 どうやら改まってこの館の主、ライラ様に挨拶、と言う流れらしい。茶番だけど、まあ楽しいからいいよね! イブもわかってくれたようなので、私たちはマドル先輩について進んだ。

 マドル先輩、私、ネルさんの手をひいてるイブ、最後に緊張してやや身を縮こまらせている真面目なネルさん、と言う並びだ。


 扉が開くと、中は空から降ってくる光でまぶしいくらいだった。思わず目を細める視界の中、まっすぐ先に大きな椅子があり、そこにライラ様が座っているのが見えた。


 ライラ様が、まるで初めて会った時みたいに玉座に座って私たちを見ていた。足を高く組んでいて、奥は少し段差があって上から見下ろされている。ダンスホール、とまではいかなくても軽いパーティならできそうなくらい広い部屋で距離があるのも、昔みたいだった。


「ライラ様! 好きです!」

「ふふっ。くくくく。お前、挨拶するんじゃないのか?」

「あ、そうでした。つい。えへへ」


 なんだか遠く感じてこの気持ちを伝えたい気になってしまったのだけど、そう言う話だった。普通にボケたみたいになってしまってライラ様に笑われてしまった。まあ、ウケたんだからいいことにしよう。

 挨拶、初対面風にすればいいのかな? ライラ様のところに私たちが移住してきたみたいな感じで。


 私は室内の真ん中くらいまですすんで、ライラ様に近づきすぎず、かつ声が普通に届くくらいのところまで行ってから声を張る。


「今日からこの島に住むエストです! 一生懸命頑張りますので、これからよろしくお願いします!」

「うん! イブ! よろしくおねがいします!」

「お、おお。えっと、ネルだぁ。その、これからもよろしくお願いします、だぁ」


 そしてぺこんと頭を下げてそう挨拶すると、ついて着ていた二人が続けてそう言ってお辞儀してくれた。全然正しい礼儀作法はわからないけど、そもそもライラ様の立場の設定もよくわかってないのでセーフ!


「うむ。いいだろう。頭をあげろ」

「はいっ」

「はーい」

「は、はいぃ」


 許可をもらったので顔をあげる。それにライラ様は頷いてから、自分の横で待機しているマドル先輩に目をやった。それにつられて私たちもそっちを向く。マドル先輩は楚々として控えたままだ。

 何気に私が初対面の時にはいなかったライラ様の横に控えるマドル先輩もしているので、私たちを案内するマドル先輩と控えるマドル先輩で二人分楽しんでいるよね。とっても楽しそうで何よりだ。


「……おい、マドル。もういいか?」

「はい。ありがとうございます。とてもいいと思います。やはり、ライラ様には玉座がよくお似合いです」

「わかります! いいですよね! 世界で一番お似合いです! なんでもしてあげたくなっちゃいます!」


 もういいみたいなので私はライラ様に駆け寄って椅子のすぐ手前で膝をついて見上げながら全力で同意した。

 はー、この至近距離で下から見上げると、ますますライラ様に見下ろされている感じで、足先が当たりそうなくらい近くて、女王様感はんぱない。

 全然そんな趣味とかじゃないんだけど、ライラ様の足になら頬ずりをしたいくらいだ。


「ふん。エスト、お前はまだまだ私がわかっていないな」

「え? なんでしょう」


 好きすぎてうっとりしている私に、ライラ様はどこか不満そうに鼻をならして立ち上がった。見上げる私に、ライラ様は一歩近寄って、ふわりとスカートが触れそうな距離で揺れる。


「私を喜ばせたいなら、そんなところに膝をついていないでとっとと飛び込んでこい。馬鹿め」


 そう言うとライラ様は私の腕をつかんで立たせ、その勢いでふらつく私を抱きしめた。


「わ、わわ。ライラ様、しゅき」

「うむ。ほら、そろそろ次に行くぞ」


 ライラ様は私を一度ぎゅっとしてから離し、私の肩を押して回して後ろから抱きしめる形で合体してお家探検ツアーの続きを促した。


 私はライラ様にうっとりしつつ、イブと同じように合体してどこか歩きにくそうによちよち歩きのネルさんと一緒にマドル先輩に先導されまずこの部屋を出た。


「ところでこの部屋は他には何に使うんですか? ダンスホールですか?」

「そうですね。今のところ特に考えていません。踊ることもできますし、エスト様のご自由に使っていただけますよ」


 ライラ様との謁見室として対お客さん用となると今後使う機会は少ないだろうし、さすがにこんなに立派なお部屋は他にも予定があるはず。と思って尋ねたけど、まさかの特に何の予定もなかった。

 なるほど、玉座ライラ様が見たくて作った部屋と。さすがマドル先輩。ライラ様への愛が重くて負けそう。恋人として対抗したほうがいいのか悩むところだ。


「マドル先輩、やりますね……」

「? ありがとうございます。ではキッチン側から説明しますね。ついでなのでおやつにしましょう」

「おやつ! やったー、嬉しい」


 イブが笑顔で喜んでいる。それはいいのだけど、やったーを私から習得したのもいいのだけど、やったーが棒読みに聞こえるからいつもちょっと面白くて笑いそう。


「嬉しいなぁ、イブ」

「嬉しいなぁ、ネル!」


 二人がニコニコなので何とか我慢しているけど、いつか噴き出すかもしれない。あとライラ様は私のちょっと笑いかけてぴくっとしたからってお腹を撫でないでください。くすぐったいから。

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