第94話 船の旅へ、出航!
「エストちゃん、これまでよく働いてくれて、ありがとうね。この街はちょっと古いところがあるからねぇ。エストちゃんがのびのびと生きられる場所に行けるよう、祈ってるからね。頑張るんだよ」
「ありがとう、おばあちゃん。また落ち着いたら手紙とか、できそうなら会いに来るからね」
船ができてから一か月。いつも誕生日を祝うにはまだ早い日、私たちは出発することになった。おばあちゃんには手を取ってそんな風に見送ってもらえた。マドル先輩がどう詳細を説明したのかわからないけど、なにかもしかして知られているのでは? みたいないい方だったけど、他にも人はいたのでそっとしておいた。
その他にもローバー君たちお子様友達や、マドル先輩をこっそり?思っていた男衆も見送りにきてくれた。女だけで船旅に出ると言うのでとても心配され、引き留める声もあった。だけどマドル先輩がすでに完璧な操舵技術を身に着け、ライラ様が力もあり一人でも帆の管理ができるし、少人数向けの小ぶりな船で航海自体はできること。そして新大陸を目指すのではなく大陸の周りの島々をめぐると言うことで、絶対死ぬほど無謀な旅路ではないし、そもそも私たちは遠くから旅をしてきたと言うのもあって結果見送ってくれることになった。
そうしてみんなに見送られて私たちの長い長い船旅がはじまるのだった。出航! いざ行かん、新しい未来へ! なんてね。
窮屈で申し訳ないけど、ネルさんには夜の間に入っておいてもらった。顔だけ隠せば単に大きい人ってことで行けると思うし、実は前からいた仲間ってことで軽く紹介するのも考えたけど、ネルさんが嫌がったのでやめた。
みんなに手を振り、イブが帆先に乗って振り返っても港が見えなくなってからネルさんに出てもらった。ネルさんは周りを気にしながら出てきたけど、自分の身長でも見えないことを確認してから安心して背を伸ばした。
「おー、ほんとに、どこ見ても水しかねぇんだなぁ。すげーなぁ」
「ん、うみ、ひろい、すげー」
「わでが、船に乗るなんて、すげーなぁ……」
「ネル、ネル」
二人で感動していたかと思うと、イブが飛び上がってネルさんに無理やり肩車してもらっていた。それからネルさんの頭を撫でたりしていつも通り楽しんでいるようだ。特に船酔いもなさそうなので、一安心だ。こればっかりは事前にわからないからね。
それでは私は私で楽しむことにする。マドル先輩の練習に付き合ったので船に乗るのは初めてではないけど、どこを見ても水平線しかないのはやはり感動する。
「すごいですねぇ、なんだかすごく遠くまで来た気分です」
「実際にはそれほどではないがな。散歩の時くらい空にあがれば、普通に港も見えるぞ」
「あー、確か普通に立った状態で大人でも五キロくらいなんでしたっけ。ライラ様からしたら五キロなんてすぐですもんね」
正確な数値は忘れたし、三キロとかだった気もしないでもないけど、身長で変わるんだからライラ様だと五キロの方が近いだろう。
「ふむ。そうだな。まあしばしの船の旅を楽しんでみろ」
「そうですね。今日は天気もよくて風も強いからいい感じにスピードも出てますし、目的通りにいけるんじゃないですかね」
確か予定では数日ごとにすでに判明している小島をまわっていって、船旅になれてきたら遠くに行くはずだ。すでによく知られていてこの辺の人が普通に住んでたら出てきた意味がないので、最終的には新大陸まで行くか、そこまでいかなくてもだいぶ遠くまで行くんだろう。
どこまで行くんだろう。わくわくもするけど、やっぱり今更不安もあるなぁ。見た目にも違和感がない程度小さめの船だし、あんまり長距離の食料は……ん? でもライラ様とマドル先輩は実質食料いらないとして、もしかしてその次に少なくていいと言うか減らせるのは私の分では? 今まで通り毎日いっぱい食べてるけど、花嫁になったことでその辺も耐久力が上がっている可能性がある? いやもちろん、海の上なんだし最悪魚があるからなんとでもなるだろうけど。
「……」
なんかちょっと不安になってきた。まあ、ライラ様がいるのだから大丈夫だろう。今から万が一を気にしても仕方ない。どこを見てもどこまでも続く水平線も綺麗だけど、その分どのくらいどこに向かって進んでるのかもよくわからない。だから今考えても仕方ないことを考えてしまうんだろう。こういう時はのんびりして気持ちを切り替えよう。
「じっと立ってても仕方ないですし、座ってゆっくりしましょうか」
「ん? おい待て待て、どこに座るつもりだ」
「え?」
隣のライラ様を誘って普通に外に足を投げ出す感じで手すり、と言うか縁に座るつもりだったのだけど、足をかけた時点でライラ様に抱っこされてしまった。そこそこ高さがあるので、座っても足先が水面に当たるわけではないし普通に座れると思うけど。
振り向くとライラ様は私の両脇に手を掴んで持ち上げた状態のまま後退して、船の縁に私の足が触れないようにしてから呆れたようにため息をついた。
「はぁ。全く、お前は目を離すとすぐに危ないことをするな」
「えー、そんなことないですよ。そこにライラ様と並んで座ろってだけじゃないですか。高さもあるし、波がかかることもないですよ」
「高さがあるから危ないんだろうが。落ちたらどうするんだ」
「え? ライラ様と一緒なのに、落ちるわけないじゃないですか」
ライラ様はおかしなことを言う。私一人でならもちろん危ないかもしれないけど、ライラ様がいて危ないことある? 落ちても大丈夫に決まっている。
「お前なぁ……」
「エスト様、こちらにお座りください」
「あ、マドル先輩」
とか言ってたらマドル先輩が席を用意してくれた。こんな折り畳みの椅子まで用意を? どこに置いてたんだろう。そんなに広くないよね? 居室の半分は食料や衣類の荷物でいっぱいのはず。横を見るとネルさんも椅子に座っていて、その上にイブが乗っている。
「うむ、ご苦労」
「あ、ありがとうございます」
ライラ様が私を抱えたまま椅子に座ったので、私もライラ様のお膝に座らされる形になる。隣が隣なので、なんだか私まで幼児扱いのような……気のせいかな!
背もたれに傾斜が付いているリラックスタイプの椅子なので、私はライラ様の上に寝そべるようにもたれる姿勢になる。はー、気持ちいい。日差しもぽかぽかしていて、ライラ様の体は柔らかくてお腹に腕がまわってしっかりホールドされて安心感もある。
「気持ちいいですねぇ」
「うむ。釣りの時も思ったが、船の上でこうしてのんびりするのは悪くない」
マドル先輩も一人はちゃんと船を見つつ、私が座らなかった席を使ったり自由に過ごしているので、のんびりさせてもらうことにする。
〇
「……ん」
いつのまにか、うとうとしていた。ふっと意識があがってきて目を開けると、薄暗い。あれ、と思ってるとライラ様の手のひらだった。ゆっくりと手が避けられる。まぶしくて顔をしかめる私を、ライラ様の顔が楽しそうに覗き込んでくる。
逆光でよく見えないけど、見えないライラ様もいいなぁ。
「起きたか。ではそろそろ移動するか」
「んん? え? もしかして、もうどこかに着きました?」
「そんなわけがあるか。中にはいって昼にしていろ」
何がなんだかわからないけど、一緒に起こされたネルさんとイブと共にマドル先輩に促されるまま船室にはいる。下にある荷物置き場などをのぞき、基本居住できるのは一室だけだ。全員が寝れるくらいには余裕があるけど、雨がふって数日閉じ込められるとしんどいくらいには狭い。
お昼は朝に用意していたサンドウィッチだ。マドル先輩が用意してくれている中、窓の外が暗くなる。
「ん? 夜? 曇りになる?」
イブが不思議そうにそう言って窓に近づくので、私も後ろから覗き込む。
「えー? ライラ様がなにかしてますね?」
急な雨とかかな? と一瞬思ったけど、外は暗いもののその向こうに普通に太陽らしき光がある。ライラ様のもくもくした黒い力でおおわれてるのではないだろうか。
と見当はついたものの、それが何故かわからず首をかしげていると、マドル先輩がぽんと私の肩に手をおく。
「二人とも、座ってください。上下の際は少し揺れますので」
「?」
わからないなりに座ったままのネルさんの膝の上にイブが設置され、私もマドル先輩に抱えられるように着席させられた。
それからもう一人のマドル先輩がこんこんと入り口ドアの小さな窓をノックして合図を送ると、そこにいたライラ様が中をのぞきこみ、私に目が合うとにこっと笑ってから前を向いた。
あー、今のめっちゃ可愛い。声が聞こえないだろうから、笑顔でアイコンタクトしてくれるとか、優しい。可愛すぎる。好き。
「わ?」
「お?」
とぽわぽわしてると、二人が不思議そうな声をだした。それに遅れて、私もちょっと揺れたかな? と思ってから気づく。波の揺れがなくなった?
「もういいですよ」
「おー? 飛んでる?」
「え? そうなのかぁ? よくわかんねぇけど、ライラ様が船を飛ばしてるってことなのかぁ?」
「えっ、そうなんですか!?」
「その通りです。長く移動時間をかける必要もありません。主様の手にかかれば本日中に目的地につくことでしょう」
二人が近くの窓から外を覗き込んで首をかしげて言った言葉に驚いていると、マドル先輩が胸を張ってどや顔でそう言った。マドル先輩の笑顔もそろそろ慣れてきたけど、ライラ様に関してはこうも素直にどや顔するのか。可愛すぎる。と言うのは置いといて、いや、すごすぎる。
まさかのライラ様の手動高速移動船とは想像してなかった。確かにね、ライラ様は飛べるし一人ならずっと早く移動できるのはわかってた。でも海の上は前みたいにできないし、のんびり船移動しかないと思い込んでた。ライラ様、さすがすぎる。
黒いもやもやによって窓の外は全然見られないけど、こんな嘘を言っても仕方ないので、本当なんだろう。しかも安全の為に全員を中に入れてライラ様だけ外で運転? してくれるなんて、優しさがすぎるな。やっぱりライラ様こそナンバーワン、ライラ様世界一。はー、好き好き。
扉の小さい窓に張り付くようにして外を見ると、少し離れてうっすら黒いもやごしにライラ様が前方を見ているのがわかる。はぁ。運転姿のライラ様も素敵。もっとよく見たい。
「……」
「あっ」
見ていると気が付いたライラ様と目があい苦笑され、さっと手で窓を覆うようにされてから、ドアの窓だけ完全に真っ黒にされてしまった。いじわるだ。とは思ったけど、じっと見てたらライラ様も集中できなくて危ないよね。これは私が悪い。
「さぁ、三人ともお昼を食べてください。ゆっくりしていたらすぐに着きますから」
「はーい」
「んだなぁ」
「ん! いただきます!」
と言うことで改めて食事をとる。
外でライラ様を一人働かせていると思うと申し訳ない。でもこれが助手席に座っているなら一口ずつ食べさせてあげることもできるけど、そうではないし。そもそもライラ様自身が必要としてるわけでもないしね。私がライラ様を気にして食べない方が怒るだろうから、普通に食べた。
それからもライラ様のもやが扉を閉めていて出られないので、室内で手遊びをして遊んだ。指の数は全員同じなので遊びやすい。
「さん!」
「あっ、やられたー」
「イブ、つよいなぁ」
「皆様、到着いたしますので、準備してください」
「あ、もうですか」
一通りの指遊びをしていて、イブが地味に強くてこれは優勝決まりでは? 勝敗数数えてないけど。となる頃にマドル先輩がそう言いながら私を抱っこした。
「ネル」
「おお、イブー。あんまり勢いよくすると、あぶねぇぞぉ?」
抱っこされて座らされる私の横で、イブがネルさんの膝に飛び込み、ネルさんに苦笑されながら同じように膝に抱っこ座りさせられている。なごむ光景だ。
それからちょっとだけ揺れる感覚があった。これがそっと水面に浮かべられる感覚か。新感覚でちょっと面白い。普通に屋根とかない小舟でやってもらったらアトラクションっぽくてよさそう。ちょっと今度やってもらおうかな。
「待たせたな。エスト」
「ライラ様ー」
とか考えているとドアがばんっと開いてライラ様が私に向かって手を伸ばしたので、私は勢いよく立ち上がって駆け付けるようにして抱き着いた。ライラ様と離れること自体は仕事もあるし珍しくなくても、船旅でずっと一緒だと思ってたところに離れてたし、船をとめてすぐに迎えにくるように元気にドアを開けてくれた様子からライラ様も恋しいと感じてくれたのかと思うと嬉しくて、結構な勢いで抱き着いてしまった。
当然抱き留めてくれたライラ様は、その勢いのまま私を抱っこした。
「なんだ、甘えん坊だな」
「えへへ。いつものことじゃないですかぁ。それでついたんですか?」
「ああ。見せてやろう」
ライラ様は私をおろして肩を抱き、そう言って意気揚々と私を部屋の外にエスコートしてくれた。
「お、おお……っ!」
外に出ると一瞬まぶしさに目がくらみ、目を細めて手で日差しをつくりながら前を見た。
手前には白い砂浜が広がり、その奥に大きな洋館があった。プライベートビーチにあるホテルみたいなオシャレで雰囲気がある。建物の向こうには森が広がっていて、建物が一つだけに見えるのがまた、南国の高級リゾート地みたいで素敵だ。
歓声の声をあげてうっとりする私に、ライラ様は満足げにほほ笑み、顔をよせながら口を開いた。
「どうだ? あれが私たちの住む家だ」
「え?」
こうして私たちの長い長いはずの船旅は終わった。到着!!!
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