あなたとずっと
第93話 引っ越しの準備
長いようで短い冬が終わり、温かくなってきた。この周辺の地図くらいは見せてもらったけど、まだまだこれから先の行先は決まっていない。しばらくはお金をためるのが優先とはいえ、そろそろ方向性くらいは決めていきたいと思い、私は寝る前にライラ様に話しかけた。
「ライラ様、前にちょっと言ってたお引越しの件なんですけど、春になりましたし、そろそろどういう風にするかだけで決めます? 陸路でこの大陸の東側に行くか、海路で行くかだけでも船を用意するかどうかで全然変わりますし」
「うむ、そうだな……。海だな。今船を手配している。しばらくかかるから、それからだな」
「あ、そうだったんですね。なんか、仕切るみたいに言っちゃってすみません」
一応地図とか見せてもらったり、話を聞いたりしてみてライラ様にもその報告が言っているはずだけど、あんまり反応がないなぁ。まあライラ様って寿命が長い分期限がないとのんびりなのかな。
と思っていたのだけど、まさかの先を行かれていた。私が提案するまでもなくて、ちょっと恥ずかしい。なんかでしゃばっちゃった感じだよね。はい、すみません。
「ん? ふ、ふふふ。何を照れている。お前が言い出したのだから、進捗を知りたいと思うのは普通だろう。私こそ、言わなくて悪かったな」
「い、いえいえ。その、そう言ってもらえると嬉しいです。そうだ、船ってどういう船を買う予定なんですか?」
ライラ様は楽し気にそうフォローしてくれたので、嬉しさでまた照れくさくなりつつ話題を変えた。
「うむ。交易船ほど大きなものは必要ないが、全員が入れて数日で生活できる程度はいるからな」
「それってどのくらいでしょうか。ネルさんのお家くらいの部屋がついている船……大きめの漁船くらいですかね?」
言われてみれば屋根がいるのか。中に隠れるのもそうだし、実際に何日もかかって探すなら普通に建物じゃないと駄目なのか。そこまで考えてなかった。
探しに行くときはネルさんは待っててもらって、場所が決まったら港を出る時だけ隠れてもらったらいいかなくらいで思ってた。でもそうなると結構高いよね。
いくらくらいするんだろう。昔、漁船って結構高いって聞いたことあるような。でもあれはレーダーとかの最新機器が高いんだっけ?
「大きさはそうだろうが、漁船は魚を捕るためなのだからつくりが違うだろう。まあ、詳しくはマドルに聞くがいい」
「なるほど」
確かに。漁船って住むようじゃないし。えー、じゃあ。どんな船だろう。楽しみだなぁ。
「じゃあ食料の用意とかも、船ができてからですね。一からつくるなら結構時間かかりますよね?」
「そうだな。まあ、夏にはできるだろう」
「はー」
そ、そんなにかかるのか。でもそりゃあそうか。海の上をすすむ船を適当につくられたらたまったものじゃない。狂いがあったりちょっとぶつかっただけで壊れたら沈んで死ぬんだ。機械で自動的に作られるわけでもなくて全部手作業なら数か月でできるのでも早いくらいだろう。
「いくらくらいかかるんですか?」
「さぁな、私はそもそも自分が稼いでいる額もしらん」
「おー、さすがライラ様」
ものすごいセリフだ。お金に無頓着なところ、大物っぽいよねぇ。ライラ様はそう言う些細なことにこだわらないおおらかさがある。しびれるほどカッコいい。こういうところに器の大きさが現れている。
詳しくはマドル先輩に聞くとして、とりあえずそう言うことならすぐにどうこうできることはない。あんなのがいいな、こんなのがいいな、と希望を口にすることはできるけど、実際に出てみないとわからないわけだし。
「じゃあそれに備えて、えーっと、船の操縦とかも必要ですよね。必要な勉強とか他にありますかね」
「そうだな。船はマドルが操縦するだろうが、生活の準備は必要だろう」
「生活の準備、うーん」
海を行くってことは新大陸を探すってことだろう。言葉が通じない可能性が高い以上、仕事は物理的なものをつくるのがいいだろう。それこそライラ様の狩りやマドル先輩の服作りは現物を用意すれば手ぶり身振りでも売買くらいはできるはずだ。
私も言葉が通じなくてもお金になることを……そんな簡単にあったら困らないんだよね。うーん。まあこの二人がいれば最低限の生活は保障されてるんだから、私は自給自足の足しになってお金を節約する方向として、家庭菜園とかはどうだろう。昔は畑をやっていたし、国がちがっても全然やることが違うってことはないでしょ。
「私は一から畑がつくれるようにとか、そう言うのを調べてみますね」
「ん? そうか。いいんじゃないか。お前は意外と野菜も好きだよな」
「美味しい食べ物は何でも好きですけど、野菜も食べないと血液がドロドロになっちゃいますから。美味しい血の為にはお野菜は不可欠ですよ」
「そう言えばそんなことを言っていたな」
「そうなんです。これでもライラ様に気に入られるよう、努力してるんですよ。えへへ」
吸血鬼の花嫁になったことでまた美味しくなったって言ってもらえているけど、だからって食べ物の影響もゼロになったわけじゃないみたいだし、ちゃんと規則正しい生活しないとね。とはいえ、何を食べたら何の味、みたいな単純なものじゃないみたいだし、多少味が変わるのも味変で楽しいみたいで、美味しくないって言われたことはないのだけど。努力は大事だよね!
「お前は本当に……可愛いやつだ」
「えへへぇ。それにネルさんもイブもまだまだ育ちざかりですし、野菜は必要ですよ」
頭をなでて慈しみの目を向けられる。そうしてくれるかなと思っての発言だったけどその通りにしてもらうとちょっと恥ずかしくなってきたので話を広げることにする。
「ネルさんが自由に外出できるようになったら、ネルさんも好きなお仕事できるようになりますし、イブは私と一緒に農業するのもいいかもですね」
「仕事か……まあ、二人のは落ち着いてから考えればいいだろう」
「まあ、そうですけど」
そんな会話をしながら、この日も眠りについた。
〇
そんな会話があってからも特に大きな出来事はなく、夏を迎える少し前。なんと、船ができあがった。なんでもちょうど手が空いている職人が多かったのと、マドル先輩が興味を持って毎日のように様子を見に行って差し入れをしていたのにいいカッコしようとした若い職人さんが頑張ってくれたからだろう。何回か私も見に行ってたけど、マドル先輩へのアピールすごかったもん。
マドル先輩は最近は柔らかい表情をする美人なのはもちろんそうだけど、そりゃあ自分の仕事に興味を持ってくれて日参してくれたら無理もないよね。マドル先輩はその気は一切ないし全然気づいてなかったけど、罪な女だよねぇ。ちょっと誇らしくなってしまう。私のマドル先輩は魔性の女。
「うわぁ……こうやって見ると、大きいですねぇ」
パーツを見てもだし、組み立て時も大きいとは思ったけど、こうやって海に浮かんでいる状態で見ると迫力が違う。下半分くらい水面に沈んでいるのだけど、そうして私たちの視点があがった分、上の居住部分や帆の部分がしっかり見えて全然受ける印象が違う。
「そうですね。十分な大きさかと。これでいつでも出発できますね」
「うむ。準備はできているか?」
「もちろんです」
「え、そうなんですか? 全然引っ越しの準備してませんけど」
ライラ様と三人一緒に船の受け取りをすませたところなのに、ライラ様とマドル先輩はすでに準備を済ませていたらしい。そろそろできあがるかも~とは聞いていたけど、まさかそんな。全然荷物の準備してないような。いやでも、荷物をいきなり全部もっていくわけでもない? うーん、でも気楽に往復できるところではないのでは? せっかく船でたくさん荷物運べるんだから、できるだけ持っていくのかと思ったけど。
「ん? まあそれはこれからでいいだろう」
「そうですね。仕事についてもいずれと言うことで、まだ具体的な日付で言っていませんでしたから。さすがに明日、となったら怒られるかと」
「それはそうですよ」
おばあちゃんにも引っ越す予定なのは伝えている。可愛がってもらってるのに申し訳ないし、ここもとってもいい街だしずっと暮らすつもりだったけど、そういう訳にはいかなくなった。と言うと何故かおばあちゃんはうんうんと頷いて了承してくれた。
マドル先輩から説明も受けていたのもあるみたいだけど、話がはやすぎる。どんな話術をつかったんだろうか。と言っても、さすがにいずれと言う話だった。まだ来週に遊ぶ約束もしているし、すぐは無理だ。
「うむ。だが実に楽しみだ。お前がどんな顔をするか」
「まあ楽しみではありますけど。船旅って初めてですし」
不安がないでもないけど、まあライラ様がいる以上沈没や遭難してどうしようみたいな命の危機はないだろう。一応新大陸の場所はわかっていて、ルートもあるっちゃあるのだし、嵐に遭遇でもしない限りは大丈夫なはずだ。
私たちはこの日から本格的に引っ越しの準備をはじめた。一応お試しで植木鉢に家庭菜園を始めてみたりもしているのだけど、どうやらそれも持って行けるらしい。水さえあれば育てられるけど、大丈夫なのかな?
不安やここで出会った人たちと別れることに寂しさもある。だけど、いつかは別れが来るのだ。ならよりよい未来のためにもこれが最善のはずだ。新天地でも頑張るぞ!
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