第92話 ライラ視点 引っ越しについて
エストが求める条件と言うのは、本人は気楽に考えているようだがかなり難しいものだ。
まず、種族の違い、見た目も能力も生態も含め、それを気にせずふるまえると言う時点で難しい。以前の私のように頂点に立てば可能だが、基本的に生き物は同種族で群れる傾向がある。身体能力が同一であれば考え方や物事の基準が自然とそろってくるので社会を形成しやすい。全く異なる身体、価値感なら別に生きるか、区別してしまうのが楽だ。例えば私が生まれた国の人間が吸血鬼に飼われる存在であったように。
あれもある意味共存していたと言えるだろう。持ち主によってはひどい扱いをうける人間もいただろうが、基本的には財産なのだから無駄に傷つけられることはないし、そう言うものだと人間は従順に従っていたし、混乱なく社会は回っていた。
私たち全員の存在をありのまま受け入れる既存の社会を求めるのは困難だろう。この世にないとは断言できないが、どう考えてもあてもなく探すより自分で作る方が手っ取り早く簡単だろう。
と言うことで探すのは人のいない未開拓地になる。しかし私たちの寿命はながい。下手に人間社会に近ければ、いずれ人間が私たちを見つけるだろう。その時に既に社会を形成していれば対等に接することもできるだろうが、場合によっては領土をめぐって戦いになる可能性もあるだろう。
たとえ未開の地であろうが、生活しやすい地は他の種族にも同様だろう。かといってあまりこの大陸の東側に行くのも気が進まない。まずどんな生き物や種族がいるかわからないのだ。私一人なら何があろうと問題ないだろうが、四六時中守らなければならないものがあるとなれば話は別だ。
別の大陸と言うのも存在は認知されていたが、容易に行ける場所ではないようだし、詳しい生態系も不明だ。そもそもこの大陸とどれだけ違うか。人間がいることが確認されている以上、似たような社会形態なら同じことだ。
なので私は海を探すことにした。大陸ではなく、それよりも小さい未開の島だ。開拓後にその地をめぐってもめる可能性も、ゼロにはならないだろうが地続きの陸地よりはずっとましだろう。外部からの侵入を感知するのも、隠すものがない海上からなら容易だ。
エストが眠った後、私は空を飛んで海の偵察をすることにした。現状人間が関知している海路図を参考に海をまわると、思っていた以上に小さな島と言うのは数が多かった。
交易上にも都合のいい場所にあるが、一軒家がはいるかどうか程度の小さな島もあった。ある程度大きさがあり、現在の海路上にあり交易時の補給にちょうど良い場所、と言ういい島はすでに小さな集落があったりした。
その島の周辺には使われていない島がいくつかあったが、それに比べると急斜面に囲まれた島であったり小さすぎたりと微妙なのと、交易の船が頻繁に通ると言うことはそれだけ見られてしまうし簡単に来れてしまう。その島を参考にしながら交易路から離れた辺りを探すことにした。
そうすると交易路から少し離れているところに似たような複数の島がある海域が目についた。船では見えないだろうが、空から見ればすぐに見つかった。この交易路が開拓される前にこの島の存在は認知されているはずが、現状の地図にも記載されていなかった。
近いところに使い勝手のいい島があるのだから、わざわざこちらにまで手を伸ばす必要もなく放置された可能性がある。中途半端に近いからこそ、どこかへ行くのにここを中継地にする必要もないだろう。
一番大きい島を軽く空から見てみたが、建物などは見当たらず人の手の痕跡はない。私が見たところ問題はなさそうだが、調べてみる必要があるだろう。
「と言うわけで、お前にはその島の探索を命じる」
「畏まりました。先行してできる限り住めるようにした方がいいでしょうか。木材はできれば加工済みのものを使った方がいいのですが、無人島では現地調達は難しいですね。そうなると大きな船が必要になりますね」
「ふむ。それも島の様子を見てからだ。水があるのか、生活ができそうなのか、だな。定期的に商船のように船を出してもいいのだから、自給自足できる必要はないが、真水が出なければ不便だろう」
夜に上空から見ただけでは調査は十分とは言えない。と言うわけで詳しい調査はマドルに任せることにした。人手もマドルならその場で増やすこともできるし、擬態でごまかすこともできる。これ以上の適任はいない。そもそも他に人員はいないが。
船の用意はまだなので、さっさとマドル一人を運んでしまう。この島で決まったわけでもないので、無駄な時間は省くべきだろう。それは納得しているだろうに、マドルは神妙な顔で私に抱っこされていた。
以前の旅でもマドル本人を背負って運ぶことは何度もあったが、前に抱えたことはなかった。エストを抱っこばかりしているのでついそうしてしまったが、しかし不満があるわけでもないようなので無視をする。
「では頼んだぞ」
「畏まりました。よいご報告をお待ちください」
「うむ。期待しているぞ」
〇
「と言うことで、外部からの侵略はあまり気にする必要がないかと」
「ふむ」
翌日の夜。日中の状態も確認するため丸一日調査したマドルによると、島の状態は良好らしい。
まず猪以上に大きな生物は確認できなかった。危険生物はいないようだ。地理的にもそれは予想通りだ。次に土も見つけただけでも芋類や果樹などが自生していて、すぐ食材になりえるものもあるようだ。そのまま食べられるかはともかく、必要なものを育てることも可能と言うことだ。
島の半分は山になっているて、中心から東寄りにある山の脇には十分飲用可能な水源が確認できたとのこと。そこから小さな川となり海にまで続いていて、川もあったそうだ。山のある方は崖になっていて船をつけるのは難しく、もう半分は浜辺になっていて結構な遠浅だそうだ。そのまま大きな船はつけにくいだろうから、大規模な工事で船着き場をつくらなければならないので、一般的には使いやすい島ではないのだろう。
ここまでは問題はなかった。
どうやらこの島の周りは小さな島が乱立しているだけなら交易の中継島と変わらないはずだが、それが近いからなのか、浅いからなのか、島の形が変わっているからか、詳しくは不明だが単純な海流ではなくぶつかり合って渦になっている個所も何か所もあるようだ。
流れた端材などが海の上で妙な形で留まっていたので意図的に葉を流したりして確認したようだが、さすがにまだ全容までは不明のようだ。
マドルはそれを外部からの侵略を防ぐ一助になると考え、美点ととらえているようだ。確かにその考えもあるが、私以外出入りできないと言うのは不便だろう。
「船で出入りできなければ、買い出しに不便だと思うが、その点はどう考えている?」
「他の島に面する浜がそうなっていますが、崖側であればそれほどではありません。エスト様は難しいですが、丈夫なロープがあればイブ様でもできるでしょう。端の方であれば10キロも距離がありませんし」
「そうか……」
エストは花嫁になってから丈夫になり体力がついていて力も以前より強くなっているように思う。だがどうにもどんくさいところがあるので、危ないことはしないほうがいいだろう。外から侵入できない崖も、上からおろせるロープがあればできると言う理屈もわからないではない。
しかし私はなくても問題ないからこそ、あまりぴんとこない発想だ。だがマドルができるからと崖から出入りするのは危険ではないだろうか。雨や風の影響もある。それなら普通に海流に問題がない場所まで伸ばした船着き場を作った方がいい気もする。
だが、そもそも船で買い出しに行くと言うのも、あまり小さな船ではどこから来たのか不思議に思われるだろう。私の想定もまだまだしっかりしたものではなく、エストの想像を馬鹿にできないふんわりしたものだ。
実際に生活の管理をしているのはマドルだ。そのマドルの意見ならば、多少おかしな意見でも一考の余地はあるだろう。なんでもまずはやって見なければならない。エストならばそう言うだろう。
「いいだろう。お前がそう言うならば、あの島に決める前提で対応をしろ。島への移住しその生活基盤を整えるにあたり、お前に全権を与える。必要なものを手配し、住めるようにしろ。私の手が必要であれば手伝ってやる」
「ありがとうございます。必ずやご期待に応えて見せましょう」
そうして指示を出したしばらく後、マドルは本当に遠慮なく私の手を借り、夜中にめちゃくちゃ必要資材を運ばせた。
やるとは言ったが、私ならできるからと一気に運ばせるな。見つからないように大量のものを運ぶのは意外と大変なんだぞ。
「ライラ様? なんだか今日はお疲れですか?」
「ん? ああ」
エストにはまだこの移住計画は秘密にしている。前回の旅はエストが決めたものだ。だがあまりにエストにばかり任せるのも癪だろう。たまには内緒にして、驚かせてやるのだ。くくく。
エストは背後から声をかけるだけで驚く娘だが、何度その顔をみても愉快になる。行先が決まりすでに予定が決まっているとなれば、エストはどれだけ驚くだろうか。マドルは同時進行でいろいろと用意しているようだ。その時が楽しみだ。
と言うわけでエストには内緒だ。体力的には問題なくとも、気を使って多少の気疲れはあったが、いつも通りの仕事もして起床時間も同じにしておいたのだが、そのせいで少しぼんやりしてしまったのだろう。
私はごまかすようにカップに口を付けた。しかし別にそこまで疲れたつもりはなかったが、エストには気づかれてしまったようだ。エストは私のことが大好きだから仕方ないな。
「そうだな。少し、考えることがあってな」
なのでそんなことはないとごまかしても仕方ないだろう。私は内容を濁すことでごまかした。エストは心配そうに私を覗き込んできた。
「なにかありました? 私でよければ何でも相談してください! できるだけのことをしますから!」
こういう時、エストは簡単に自分が何とかするとか何でもするなんて大口はたたかない。基本的に自分の身の程をわきまえているのだろう。身の丈にあわない大口をたたいたのは、私を守ると言った時くらいだ。思い出すだけで愉快な気持ちになる。
「そうか。ならばお前に癒してもらうとするか。こっちに来い」
「はい! ん?」
私はエストを抱っこし、お菓子を食べさせたり撫でくりまわして可愛がり、膝枕をしてお昼寝させて癒された。
マドルはあれで人使いが荒い。まだしばらく、島が整うまでは気を遣うこともあるだろう。だが、エストとの今後を思えば些細なことだ。私は幸福な未来を想像して、呑気なエストの寝顔を撫でた。
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