第90話 釣りデート2

 釣りデートを提案すると、ライラ様は思っていた以上に釣りを気に入ってくれたみたいだ。目を閉じてじっくりと楽しんでくれている。それを特等席(ひざまくら)で見ていると、日差しをあびてぽかぽかしてきた。ちょっと眠くなってきた。うとうとしながらも寝てしまうのももったいない気がして、ぼんやりしつつも目は開けたままライラ様を見る。

 ライラ様は時折私の顎をなでつつも基本は顔をあげて目を閉じている。見上げると、ライラ様の顎と鼻が見える。喉からの顎のライン、下から見ると肌色多めでなんだかえっちに見えるなぁ。こんな角度で見ても美しい。なのだけど、その手前のおっぱいが邪魔だなぁ。

 普段もたれたり抱き締められたりして触れ合う分には気持ちいんだけど、胸だけ下から見ても別にそんなに楽しくはないんだよね。ライラ様のお顔の方が見たい。


 まあ姿勢的には仕方ないけど。お家でベッドの上とかで膝枕してくれる時は顔を覗き込んでくれてるけど今は片手間だからね。

 片手間だからこその下からのお顔が見たいけど、だからこそ顔がよく見えないジレンマ。


 なんて思いつつもぼんやりと今の状況を楽しむ。ちょっと背中はかたいけど、あったかくて、波でゆらゆら揺れつつ、時々動くライラ様の手が気持ちよくて、ひたすら心地いい。


「……」


 本格的に寝てしまいそうで、目蓋が重くなってきた。うーん。寝ちゃおうかな。起きて私も釣りをする選択肢がないではないけど、こうやってお昼寝するのも最近では貴重だし。


「お」


 と葛藤していると、ライラ様がぐっと上体をそらして声をあげた。視線だけ釣りざおを追うと、さっきまでより大きな魚がつりあげられていて、その勢いで船が少しゆれる。

 大きめの魚にテンションがあがっているようで、黒いもやで魚をとりつつ、胸をそらしたままライラ様はその魚を観察しているようだ。多分。胸を張られるとほぼ胸しか見えない。もー、邪魔だなぁ。


「ん? どうした?」

「え? あっ! す、すみません! つい」


 邪魔だなぁ、と思った勢いでつい、普通に手を伸ばしてどけようとして掴んでしまった。当然ライラ様の胸が動くわけないので、普通に揉んだだけだ。

 ライラ様は不思議そうに私の顔をのぞきこみ、それでようやく自分の行いに気づいて眠気がふっとび手を離した。


 反射的にとはいえとんでもないことをしてしまった。こんな公衆の面前で…。

 と反省しながら慌てて起き上がって見渡し、まわりには相変わらず人影はないのでほっとする。危ない。夢うつつで完全にボケーっとしていた。


「その、ライラ様のお顔が見えないのでつい」

「つい? くくく、本当にお前と言うやつは。お前でなければ、とんでもないことだぞ」

「お、おっしゃる通りで。すみません」


 重ねて謝るとライラ様はきょとんとしてからくつくつと楽しそうに笑いながら魚をおさめた。そしていったん釣竿をおいて、私の頬を軽くつまんで笑う。

 全面的に私が悪い。普通に考えてめちゃくちゃ失礼。と言うか恋人じゃなかったら痴漢だ。ライラ様は笑ってくれているけど、恋人だとしても勝手に無造作に触っていいところではない。


「しかし、そうか、うっかりか。ふふ、てっきり、先日の宣言をまだあきらめていないからかと思ったが」

「ん? 宣言ですか?」

「ああ、月夜の散歩の際に言っただろう? お前が私を気持ちよくさせて、夢中にさせる、と」

「うえっ。そ、そそ、それはその、あきらめてはないですけど、でも今でも、ないです」


 意味ありげにほほ笑んで、上半身をやや倒して私に顔を寄せて囁いたライラ様に私はあわててしまう。まさかこの流れで夜のことに言及されてしまうとは。

 確かにそれは言った。言ったしその気持ちに嘘はない。でもあれから挑戦してみても、私が一生懸命ライラ様にキスをしているだけでいっぱいいっぱいなうちに、ライラ様の方から私に触れてきて気持ちよくなってしまっている。その結果、まだ一度もライラ様を気持ちよくさせられていない。


 反省はしているし、いずれはと思っているけど、今は真昼間だし野外だし、さすがにそんな発想はなかった。と言うかライラ様も普通にきょとん顔だったし絶対そんなこと考えてなかったでしょ。私の反応が面白くなってからかっているに一票。と思いつつ私が全面的に悪いので反論できない。うぅ。


「くくく。そうか。まあ、私はお前が満たされている顔をみるだけで十分だからな。お前がしたいならいいが、できなかったとして、今以上を求めるつもりはないから安心しろ」

「そ、そういうものなんですか?」


 と赤くなる私に、ライラ様は頬を引っ張るのをやめてぽんと軽く頭を撫でてからそう明るく笑った。声の調子も軽く普段の会話のトーンだったので普通に聞いてしまった。

 え、だって、私ばっかりしてもらって申し訳ないとすら思っていたけど、抱くだけでも気持ちいいものなの?


「ああ。お前の顔、お前の声、お前の反応の一つ一つが愛らしく、それを五感の全てで感じているだけで、頭がおかしくなりそうなくらい、私はお前に夢中だ。まあ、お前はそれに気づかないほど、私に夢中のようだが」

「うっ」


 ライラ様の笑顔と広がる青空の爽やかさと、耳から届くライラ様のねっとりしたえっちな言葉のギャップに私は普通に興奮してしまった。ここはお外。ここはお外。

 ぱっと見て周りに誰もいないけど、普通に誰に見られているかわからない場所なのだ。一瞬のキスだってはばかられるし、さっきの不意打ちおっぱいはかなりの問題行為だ。


「ら、ライラ様、ここはお外ですよ?」

「はは。こんな海の上で、誰が私たちの会話を聞くんだ。それとも、見られたくないことをするつもりか? ふー……、ふふふ、さっきのお前の行動はずいぶん大胆だったな?」

「は、反省しているので許してください」


 だからあんまり挑発しないで、と言う気持ちをこめたのに、ライラ様はますます楽しそうにして私の顔に息を吹きかけて私が目を白黒させるのを楽しんでいる。い、いろっぽすぎる。じわじわと誘惑されているのを感じる。


「ふふふ。別に責めているわけではないぞ。お前がいいなら、私に好きに触れるといい」

「ああああ、ら、ライラ様! 私そろそろ釣りしますね!」


 全面的に降伏して白旗を揚げる私に、ライラ様は顔をあげて距離をもどしながらそう言って襟元のボタンを一つ外した。

 ベッドでもしないくらいわかりやすい受け身の誘惑に、私は頭が爆発しそうな衝撃に勢いよく起き上がり、なんとか自制して姿勢をただしてさっき放り出しておいた自分の釣り竿をつかんだ。


「はっ、はははは。本当にお前は、可愛い奴だな。ははは」


 ライラ様は声を出して笑いながら、片手で私の頭をつかんでゆらすように撫でてきた。ううう。こ、子ども扱い。この流れでは冷静になれるので助かるような、全部ただからかわれていただけみたいで悔しいような。

 でも私が本気でライラ様に手を出そうとしたらライラ様の場合普通に受け入れそうな気もする。そうなったら結局一番恥ずかしくて後悔するの私だし。どう転んでも平気とかライラ様が強すぎる。いや、私が弱すぎるのかな?


 すでに何回かしてるのに、ちょっと挑発されたり襟をあけられたくらいで興奮するなんて……いや、興奮はするでしょ。普段とのギャップ効果もすごいし。


「お、今度は変わった魚だぞ。見てみろ」

「え? うわっ、それフグですよ!」

「何!? お前が言っていた毒魚か。変わった見た目だし、美味そうにも見えんが」

「怒ると体が膨らんで丸くなってしまうのが特徴なので間違いないです」


 釣りあげられた魚はそう大きくないけど、異常にお腹がぷくっとしていて、反射的にピンときてその名前を呼んだけど、ライラ様が黒いもやでつかむとどんどん膨らみ全体的に丸くなり、なにやらぎゅうぎゅう謎の鳴き声もあげている。

 間違いなくフグっぽい見た目になったけど、こわ。こんな感じだったのか。生きてるフグみたことなかった。


「ふーむ? いままで気にしなかったが、魚は鳴くんだな。愛嬌もある。よくこれを食おうと思うものだ」

「まあほら、私も可愛いけどライラ様は食べますから」

「くふっ、あははは」


 何故かまたしても前世の価値感をディスられそうなので軽くぼけたら、思いのほか受けてしまった。ライラ様はフグをぽいと海に返して私の肩をたたきながら笑い声をしばらく響かせた。予想外の展開だけど、まあ、えっちな空気はなくなったからいいかな?


 このあと健全にデートした。


 そして釣り終わったライラ様の釣果は夕ご飯となった。私のはつれないなーと思ったら、どうやら放り投げていた間に餌をとられてしまっていたらしい。結構長く気づかなかった。まあ、ちゃんとつけてもそんなに取れなかったけど。


「あまり市場でみない魚が多いですね。普通に食べて大丈夫なのでしょうか?」

「市場では無難に美味しくてよく取れるのが並べられるそうですけど、釣りでは結構とれる魚みたいです」

「うむ。毒がないことは確認しているから大丈夫だろう。お前に任せる」


 とってきた魚を前にしたマドル先輩は困惑した様子だったけど、ちゃんと船を貸してくれたおじさんに見てもらっているので食べられる。


「えっと、これが小骨がおおくて、これは煮魚向きらしいです」

「このような小さな魚もあるのですね」

「小さいのは丸揚げでどうでしょう。南蛮漬けです」

「ふむ、なるほど」


 覚えている限りの注意点の説明をしつつ、マドル先輩のお料理の助手をした。ネルさんが海の魚は湖と全然違うんだなーと楽しんでくれていた。いずれは船にのって海にでる可能性も十分あるので、ネルさんが興味をもっているのはいいことだ。いつか人目を気にせずどこにでも出かけられるようになればいいよね。

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