第88話 二人の誕生日
今日はネルさんとイブのお誕生日会だ。ライラ様と一緒に買いに行ったプレゼントは枕にした。自分たちにはいいけど、身に着けるものでお揃いってよく考えたらちょっと重い気がしたので、普通に日常使いできてあんまり自分ではいいものを買わないよねというものにした。これで夜はぐっすり眠ってほしいです。はい。
お誕生日のお祝いについては、紙に絵をかいて説明した。赤ん坊が生まれる絵、春夏秋冬と季節が巡る絵、そしてお祝いする絵をかいてネルさんとイブを書いて見せた。一応イブはすでに全員の名前の文字は覚えている。元々文字を覚えていたようで、数字と音表記はすでに覚えてしまった。
それによりイブは誕生日を覚えた。ちょっとずつ単語を喋れるようになっているのは積極的にガンガン喋るタイプだからだけじゃなくて普通に頭がいいのかもしれない。ご飯につられてついてきて何の違和感もなくペット生活してるから正直ちょっとあほの子かと思ってた。
「改めて、ネルさん! イブ! 誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう」
「おめでとうございます。今日は心ゆくまでお楽しみください」
「ありがとう! ネル! たんじょーび、おめでとー!」
「あ、ありがとなぁ。イブも、おめでとうなぁ。いくつになったんだ? えーっと、誕生日、何回? 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10?」
前回のお誕生日会と同じ服を着た二人を今日は主賓としてご招待だ。用意ができたので迎えに行き、席にそろってお祝いの言葉を述べたたところ、とってもご機嫌のイブはにこにこでネルさんにお祝いを言っていた。それに笑顔でネルさんが返事をしてから、イブにもわかるようにかみ砕いて年齢を聞いている。そう言えばまだ年齢を聞いてなかった。10歳くらいかな?
「ん、しー」
「ん? しー? 内緒ってことかぁ?」
「ないしょ、ってこと、だぁ。ないしょだぁ」
口元に指を立てたイブはにししと笑って何故か年齢を答えなかった。内緒と言う単語を覚えたイブは楽しそうにしている。にしてもイブ、発音がだいぶ良くなったなぁ。
「ネル、は? たんじょーび、1、2、3?」
「わでは14だなぁ。じゅう、よん。わかるかぁ?」
「じゅ、よん!? え。あ、エスト、エストは、たんじょーび、1、2、3?」
「私は17だよ」
「???」
なんかすごい混乱している。思ったより数字をちゃんとわかっているみたいだけど、まあ、ネルさんと私で私が年上とは思わないよね。
「イブ、落ち着いて。ご飯食べようね」
「ごはん。いただきます」
「はい、いただきます」
どんなに混乱していてもご飯だよ、と言うとご飯モードになるイブ。何故か年齢を内緒にしているけど、普通に10歳か、なんなら5歳とかの可能性あるのかな。
とりあえず食べる。二人が好きな大きなステーキは味を自分でつけて食べられるようにしている。塩、ワインのはいったソース、レモンをつかったソース、の三種類だ。うん、どれも美味しい。
イブは食事に関しては特に細かく教えなくても自分でソースをつけたりはするのでそのあたり心配はない。バクバク食べるイブをマドル先輩は嬉しそうに見ている。
人数が増えたのもあり、コース形式じゃなくて普通に全部一気に出ているので好きなものから食べられる。メインのステーキを半分食べてから、スープを一口。とろみがついていて美味しい。サラダで口の中をさっぱりさせる。小魚の南蛮漬けも美味しい。骨までばりばり食べられるのが気持ちいい。
「んー、おいしい。ネル、これ、おいしい」
「ん? この黄色いのかぁ? おお、美味しいなぁ!」
二人も喜んでくれているみたいだ。うんうん。ポテトサラダはいいよね。ネルさんはお芋好きだし喜ぶと思った。
そうして食事を食べ、ケーキも楽しんだ。二人が主役なのだけど、普通にライラ様は私にあーんしていたのでちょっと焦ったけど、ネルさんとイブも食べさせあって楽しそうにしていたのでよしとする。
ネルさん、もしかして私とライラ様のことになれてしまったのでは? とちょっと思ったけど、まあそれはそれでよしと言うことで。
それから本日のメイン、プレゼントだ。私とライラ様からの枕のプレゼントは、そのままだとちょっとシンプルなので枕カバーをつくった。耳、目、鼻をつけた動物の顔柄だ。頭をのせるのに邪魔にならないよう、耳は枕からはみ出て目と鼻も端っこの方なので干渉しないだろう。
お金はライラ様、枕カバー作成は私と言う感じだ。このくらいならマドル先輩に習っているので私にもできるのだ。まあさすがに、マドル先輩みたいに型紙もなく服をつくることはできないけど。脳内どうなってるんだろう。
「! ###。いーこいーこ、だぁ」
イブはそう言って枕をなでて喜んでくれた。さっそく犬を撫でて可愛がるとは、なかなか見どころがあるね!
「おお、顔になってるのかぁ。可愛いなぁ。ありがとな、エスト」
「? かわいい? かわいいなぁ?」
うんうん、喜んでくれているみたいで何より。それからマドル先輩から二人に服が送られる。本当は今日の為にも新しくちゃんとした服を、と思っていたみたいなんだけど、ネルさんがこんな立派な服はいくつもあっても使い道がないとかもったいないとか遠慮したんだよね。
だからか、プレゼントされた服は日常使いできそうなカジュアルデザインで生地も普通のものだ。だけどデザインが違うものを複数で、帽子やベルトの小物もあって、自分で組み合わせてオシャレを楽しめるものになっている。マドル先輩、また新たな境地を開拓してるっぽいね。
二人が着替えた可愛いカッコも見せてもらい、一通り楽しんでお誕生日会は無事に終わった。飾りつけの片づけなんかも全部終わらせて、お風呂にあがるとマドル先輩の一人がテーブルで布をカットしはじめたので近寄る。普段は夕食の片づけをしているマドル先輩の手が空いていたからだろう。ライラ様も入浴中で暇なので、久しぶりに服作りをじっくり見学させてもらおう。
「マドル先輩、今度は何を作っているんですか?」
「エスト様、さきほどの枕、感銘をうけました」
「え? そ、そんなに可愛かったですか?」
「はい。さきほどイブを寝かしつける際、頭の上にあるその動物の顔とイブの組み合わせ、その可愛さは何倍にも跳ね上がるのですね」
「あ、さっそくつかってくれてるんですね」
マドル先輩はぱっとこちらを振り向いた。その手に持っているのはフード付きの上着、ようはパーカーを作ろうとしているようだ。フード一枚で防寒になるし、以前にいたところで一度マドル先輩に作ってもらったことがある。フードと本体が一体型なので切った形でわかる。
「以前、エスト様のご助言でつくったフード付きの衣服があったでしょう。それに先ほどの枕のような動物の顔をつけることを思いついたのです」
「さすがマドル先輩、自力でその発想にたどり着かれるなんて。動物パーカーいいですよね!」
「そう言う概念があるのですね。やはりエスト様の知識は興味深いです」
動物パーカーは可愛いけど、外で着るには子供っぽすぎるし、あえて提案することはなかった。だけどどうやらマドル先輩の琴線に触れてしまったらしい。マドル先輩動物好きだもんね。もっと早く言ってあげてもよかったかも。
「イブなら年齢的に違和感ないですし、そのほかも部屋着としてなら問題ないですし、あ、どうせなら着ぐるみパジャマとかどうですか?」
「きぐるみ、ですか?」
「はい、ワンピースみたいに一枚で上下セットの服になっていまして、こう」
言いながら、布の隣においてあるデザイン帳にしてるノートを開いて、そこにイメージ図を描く。上下別れてるズボンでもいいし、ワンピースタイプでもいいよね。フードに耳と鼻先と目がついていて、尻尾もついてて、あ、お腹にポケットがついててもいいよね。
犬、猫、は定番にして、全身なら顔フード以外にも柄がでるような、パンダ、キリン、シマウマもありだなぁ。実際の柄がよくわからないけど、そこは適当で。
「なるほど。なりきれる衣装なのですね」
「そうですね。全身その動物で尻尾もあるのがより可愛いと思います」
「いいですね。犬と猫はわかりますが、この動物はどのようなものなのでしょうか?」
「あ、そうですね、一応動物単体で書くと、こんな感じの生き物です」
リアルには書けないので、適当に特徴のあるゆるキャラっぽい動物バージョンをかいておく。どうせ服のデザインでもリアルにはしないので十分だろう。それぞれの特徴さえわかれば、マドル先輩がいい感じに服にしてくれるだろう。
「なるほど。このような動物がいるのですね」
「キリンとか、めちゃくちゃ大きいんですよ。うーん、多分ネルさんでも首の付け根くらいで、そこからのびる首がさらに長くて、私のいたところだと二階から見てたりしてました」
「そんなに大きな生き物がいるのですか」
「そうなんです。でも大きいですけど何気に睫毛ばしばしで舌がながくて愛嬌のある顔してるんですよね」
「睫毛ですか」
「あ、もちろんそこまでしたら雰囲気変わるので、このゆるい感じでいいと思いますけど、犬猫も実際には睫毛あるけど無視してますからね。首が長いのも着ぐるみでは表現しにくいので無視で大丈夫ですし。厳密に似てなくても、なんとなく可愛ければいいんですよ。可愛いは正義ですから」
「ふむ、可愛いは正義……。エスト様は動物に詳しいのですね。勉強になります」
「えへへ。そんな風に言われると照れますね」
幼稚園児でも動物園に行ったら知ってる程度の知識しかないのだけど、久しぶりに知識チートをしてしまった。
「何の話だ?」
と久しぶりにどやっていると、ライラ様がお風呂がから上がってきて、私をひょいと持ち上げた。脇の下に手が入ってぶらぶら揺らされている。持ち上げても全然いいんだけど、恋人の持ち方ではないですよね。これはこれでちょっと楽しいけど。
「主様、今、エスト様から新たな衣装について教えていただいておりました。これは革命です」
「そうか。まあお前のつくる服なら心配はしていないが……そろそろ寝る時間だ。こいつは連れて行くぞ」
「はい。お休みなさいませ」
と言うことでぶらぶらされながら寝室に運ばれた。移動する時は丁寧に胸に抱きしめてくれたのでとっても居心地がいい。
マドル先輩にドアを開けてもらって丁寧に見送られて寝室に入ると、ライラ様は私を抱っこしたままベッドに座った。自然とお膝に座らされるけど、構わずライラ様は人形を抱きしめるように私を抱きしめている。座り心地はもちろんいいんだけど、このままではライラ様の顔が見れない。
「ライラ様? この状態だとライラ様の顔が見えないんですけど」
「そうだな」
「……?」
相槌をうたれたのに、ライラ様はそのままだ。首をまわしてライラ様を振り返る。ぎりぎりまで振り向いてるのに、ライラ様は真後ろなので全然見えない。と言うかもしかして避けてない?
「ライラ様?」
「……ふぅ。仕方ないな。そんなに私の顔が見たいなら見せてやろう」
ともったいぶってからライラ様は私をベッドに転がし、その上に乗りあがってきた。途端に視界いっぱいにライラ様がひろがり、ライラ様の髪がカーテンになってライラ様で目の前がいっぱいになる。ライラ様の髪が光を通してきらめいていて、ライラ様の瞳がまっすぐ向けられる。
当然それだけでときめいてしまう。ライラ様はどこか悪戯っぽい顔をしていて、今日そう言う予定じゃなかったよね? と思いつつ期待してしまう。
「……」
「……ふっ。全く、お前はしかたないやつだな。この私を振り回してゆるされるのはお前くらいだぞ」
「え? えーっと、振り回されてゆらされてたのは私だと思いますけど」
ドキドキしてるとライラ様はふっと笑って私に軽くキスしてから、ごろりと横に肘をついて寝転がり、そんな言いがかりをつけてきた。一瞬期待したのに、普通にキスだけであっさりいつもの雰囲気になってしまったし、私の鼓動からそれをわかっててやってるだろうに。とはいえ、そう言うところも好きなのだけど、物理的にもついさっきゆらされていたのは私なので反論しておく。
「ふん。今日はお誕生日会、と言うことで朝からずっとお前は動き回っていたし、あの二人もいたからキスも控えていただろう」
「あ、はい。そうですね。ありがとうございます」
さすがのライラ様も目の前に席についていたらそんなタイミングはなかったし、そもそもお祝いなのでね、主賓の二人をもてなすのが第一なので、そう言う雰囲気はゼロだったね。いや、あーんは普通にしていたのだけど。事前にライラ様にもそれは言っておいたし、必要以上に密着もしないようにしていた。
ライラ様も理解は示してくれていたけど、改めてお礼を言っていなかった。これは私の不手際。だから不機嫌だったんだね。
「すみません、気を使ってくださっていたのに、お礼が遅くなって。ライラ様もご協力してくれたおかげで、二人とも楽しく過ごしてくれて最高のお誕生日会をプレゼントできたと思います」
「うむ。まあ、それは別にいい。私も、人の祝いの場ででしゃばる気はないからな。お前がしてくれて知ったが、誕生日を祝われるのは悪い気分ではない。その程度の気遣いでわざわざ礼を言われることではない」
「あ、そうですか?」
別にお礼を言わなかったからご機嫌斜めなわけではなかったらしい。二人ともライラ様から積極的に絡みに行くわけじゃなく、友達の友達くらいの距離感っぽいところあるかな、と思っていたけど、ちゃんとライラ様なりに二人の誕生日会をお祝いしようと考えてくれていたみたいだ。
思っていた以上に、二人を受け入れてくれてたみたい。最初ネルさんがきた時ちょっと警戒してたっぽかったから、人見知りなところあるのかなと思っていたけど、よく考えたら私にも初日から優しかったし、そんなことなかったのか。よかったよかった。
「ああ、だが、控えていたからな。お前も私との夜を楽しみにしているだろうと思っていたと言うのに、お前ときたら今夜に限って呑気にマドルとおしゃべりしおって。そのくせ、顔をあわせるだけであんな顔をして、全く」
「う……ら、ライラ様、可愛いっ」
苦笑しながらさらっと説明してくれたけど、内容が衝撃的すぎて思いがそのまま口からでてしまう。
だって、なにそれ、え? 私が健気にライラ様を待ってると思っていたのに、私がそんなことなかったから不機嫌になってるってことですよね? それって、嫉妬じゃないですか!? その結果が無言抱っこで、なのに私のちょろすぎる反応に笑って許してくれるって、可愛すぎるんですが!?
「ふん。お前は自分の可愛さに自覚がないようだな。まあいい。お前の可愛さに免じて、口づけだけで許してやろう」
それは罰になってないし、ライラ様こそ自分の可愛さに自覚がなさすぎる、と思いながら悶える私に、ライラ様は楽しそうにキスをした。
この後、私の舌までちゅうちゅうしたりして、普段よりしっかりいちゃいちゃしたのに本当にキスだけだったので、ある意味普通に罰になったのだけど、ライラ様がそこまで計算していたかは謎である。
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