第87話 夜の散歩

 今日はなんとなくとっても天気も良くていい月夜だったので、ライラ様と夜のお散歩をすることにした。少しずつ夏の熱気が減り、秋に向かって暦が進み始めている。

 夜、少し肌寒いので私はしっかり服を着たうえでライラ様に抱っこされている。前の日の出の時は毛布にくるまれていたけど、やっぱりライラ様にしがみつける方が安心感がある。毛布にくるまれるのもあったかくて気持ちいいけど、ライラ様に直に抱っこされてる方がずっといいもんね。

 自分の足で歩いていないので散歩と言い切りにくいけど、空の散歩なので仕方ない。


「ライラ様、今日はほんとに綺麗な月夜ですねぇ」


 満月の光は優しくもしっかりライラ様を照らしていて、その横顔を見ているだけでうっとりしてしまう。たまには夜の散歩も、いいよね。

 綺麗な星空がバックに、きらめくライラ様がまるで浮かび上がるようだ。ひんやりした空気もあってどこか浮世離れした雰囲気を強調され、月の女神様と言われても違和感はない。はー、眼福眼福。


「そうだな。ここ数日雲が多かったからな。これから気温もさがってくるだろう」


 ライラ様に見とれる私に、苦笑しながらライラ様はそう相槌をうった。


「ですねぇ。そだ。ネルさんとイブのお誕生日ですけど、どうしましょう? お料理とかはマドル先輩と考えてますけど、プレゼントに悩んでて」


 秋ごろ、と言うことで二人のお誕生日会はもうしばらく先の秋祭りごろに予定している。まだ先だけど、一か月くらいなのでそろそろ決めておきたいところだ。でも難しい。二人ともなんでも喜んでくれそうな気もするけど。


「ふむ。そうだな。……どうせマドルは服をつくるだろう。私とお前で、何か贈るか」

「あ、いいですねぇ。二人仲良しですから、二人お揃いの何かでもいいと思うんですよ」


 イブとネルさんからのプレゼントも一緒だったし、二人は想像以上に仲良くなっている。一緒に寝起きしてるし。それか一緒に使うものとか?


「ふむ。お揃いか。そうだな。お前のくれたミサンガとやらは悪くない。普段気にならんが、たまに目に入ると気分がいいしな」

「ライラ様……。んふふ、私の思いがこもってますからね」


 ライラ様は優しい声でそう言ってくれた。ミサンガ、目に入るだけで気分をあげてくれるって、めちゃくちゃ気に入ってくれてるじゃん。嬉しい。


「でもミサンガは願い事の説明もありますから、イブにはまだちょっと難しいですよね。もうちょっとわかりやすいものがいいですかね」

「そうだな。それにそれだとお前からだけになってしまう。なにか、一緒に店で探してみるか」

「そうですね。じゃあそれで。あ、ちなみにライラ様、ミサンガにはなんてお願いをこめてくれてるんですか?」

「ん? ふっ、内緒だと言っただろう」


 プレゼントした時にもお願い事を何にするか聞いたら内緒って言われたけど、まだ秘密みたいだ。ううん、わかっていたけど、無理に聞き出したいわけじゃないけど、内緒って答えるライラ様ちょっと色っぽくてミステリアスな魅力があって、いいよね。


「残念です。んふふ、ん」


 ふいに強い風がふいて、反射的に身震いした。涼しくって気持ちよかったけど、ライラ様の飛行に合わせて元々風をうけていたので体感的にかなり強風だったので仕方ないのだけど、私のその動きでライラ様は停止して私を抱っこしなおした。


「体が冷えたか? もう戻るか?」

「んー」


 私はぎゅっとライラ様の首に腕を回してより密着する。うん、あったかい。


「もうちょっとだけ、駄目ですか?」

「まあ、いいが。お前、さっきから私ばかり見ているだろう? もう月見は十分なら、部屋に戻って話をしてもいいと思うが」


 そう言ってライラ様は私の体を風から隠す様に腕を回して、さっきよりかなりゆっくりとしたスピードで家に向かって進み始めた。いいと言いながらも有無を言わせぬ帰宅コース。ライラ様は甘いのか厳しいのか、いや、過保護なのか。


「えへへ。だってぇ、せっかくの二人きりですもん」

「寝室では二人きりだと思うが」

「すぐ傍にマドル先輩もいますから、どうしても、ちょっと恥ずかしいですし」


 そう言って、ちょっと呆れた顔で見てくるライラ様。お顔が近い。ちょっとドキドキしてきて、自分で言ってて二人きりなんだなって意識してきた。


「ふむ? そう言いながら、お前はすぐに大きい声を出しているだろうが」

「うっ、そ、それは。ライラ様が普通に声をだされるから、つい」

「私は別に恥ずかしくないからな」


 最初は声を我慢しているし、ライラ様も付き合って小さめの声にしてくれてはいるのだ。だけどライラ様はだんだん興奮するとその声が普通の声になるし、私の反応に楽しそうに笑ったり私をちょっとからかう声とか私の耳元なのもあって結構大きくなるよね。それにつられて私もだんだんライラ様の声で頭がいっぱいになっちゃって、自分の声の大きさとか気にする余裕がなくなってしまうんだよね。

 ううん、でも、ライラ様は普通の声以上に大きな声にはなっていないわけだし、結局私が一番興奮して一番大きい声を出してるってことなんだけども。でも、でもその場で注意してくれたら。うう、いや、でも、結局私の声だから、私の責任なわけで、ライラ様のせいっていうのは八つ当たりだ。


「……いじわる」


 でも、だからってそもそも今そんなこと言わなくてもいいのに。恥ずかしがる私を楽しんでるんだ。二人きりでいい雰囲気なのに。

 私は楽しそうなライラ様をじっとみて、それからぐっと首を伸ばして、ライラ様にキスをした。これ以上、いじわるなことを言われないように。


「……」

「えへへ。いじわるなことばっかり言うなら、ライラ様の口、ふさいじゃいますからね」


 ドキドキする心臓をごまかしながらゆっくり唇を離すと、ライラ様はびっくりして目をまんまるにしている。こんなに可愛い顔を私が引き出したのだと思うとなんだか嬉しい。得意になってそう言うと、ライラ様はゆっくり瞬きしてから笑い出す。


「く、くくく。はは、そうか、だったらもっと、お前にいじわるを言わなければならないな」

「も、もー。やめてくださいよ」

「いいや。お前からの口づけなど貴重だからな」


 ちょっとした軽口だけど、ライラ様は本当にわざとしそうな悪戯っぽい顔で言ってくる。そんな顔も魅力的だけど、でも、そんなに私からのキスで喜んでもらえるとは。


「えー、そうでしたっけ? えへへ。喜んでもらえるなら、いつでも、は、あの、ちょっと恥ずかしいですけど、でも、いくらでも、しますよ」

「ほう、大きく出たな」

「えぇ、そりゃあ、だって、私だって、ライラ様と、その、したいですもん」

「ふっ、口に出すのも恥じらうくせに、まったく、可愛い奴だ」


 そう言ってライラ様は私の頬を撫でるようにして、頬にキスをしてきた。とっても自然なキスだ。さすがライラ様。


 ライラ様がそんなに自然に頻繁にキスしてくれるから、私からの機会がなかなかないだけで、私だってライラ様が好きだし、いちゃいちゃしたいし、キスだってしたい。ライラ様に触れられるのも気持ちいけど、ライラ様に私からだって触れたい。

 でもライラ様が二人っきりじゃない時でもしてくるし、いや、もちろん、いやってわけじゃないけど。なんだかんだ嬉しくないわけじゃないけど。でもそれ以上に恥ずかしいんだもん。

 でもこのままだと私に積極性がないと誤解されてしまう。そう言うわけじゃないってちゃんと主張しておかないと。


「ら、ライラ様が自然にしてくれるから機会がないだけで、その……私だって、いっつもしたいって思ってます」

「ほう? そうなのか?」

「そうですよ。その……き、キス以外だって、その……」

「ん? なんだ? 何をしてくれるんだ?」


 実際にそう言うこともしているとはいえ、言葉に出そうとするとやっぱり恥ずかしくて濁してしまう私に、ライラ様はにやにやしながら追及してくる。これ、わかってて言ってるよね? いじわるだ、とは思うけど、でも実際に勘違いですれ違ってる可能性がないではない。ちゃんと言葉にした方がいいよねって告白の時も話をしたんだ。こういう重要な意思表明において恥ずかしいからって察してよってのは駄目だ。


「その、だから、私だって、ライラ様のこと、気持ちよくしたいです。ライラ様が恥ずかしくなるくらい、いっぱい、私に夢中にさせたいです」

「……く、くくく。本当にお前は、予想もつかないことばかり言うな。ははは、私が恥ずかしくなるくらいか」

「う、それはその、だって、声が、その」


 そもそも私の声が聞こえて恥ずかしいのだってそう言う声だからだ。ライラ様は興奮しているって言っても気持ちよくて出してる声じゃないから聞かれても平気っていうのは絶対あると思う。そうしてライラ様も私の恥ずかしい気持ちをわかってくれればさっきみたいないじわるはもうなくなるし、私もライラ様の可愛い声を聞けて嬉しいし。それに、私ばっかりしてもらうのは公平じゃないと思う。

 ライラ様と一生一緒にいたい。だからこそ、与えられるだけじゃなくて、私もライラ様にできることをして、飽きられないようにしたい。そして単純に、私もライラ様に触れたいし夢中になってるライラ様を見たいっていう欲がある。


「ははは。全く、真っ赤になっているくせに、とんでもないことを言うな、お前は」

「うぅ、でも、恋人ですもん。ライラ様がしてくれるように、私もしたいです。その……そう言うのは、嫌ですか?」


 ライラ様と恋人になっての夜のこと、ライラ様からも積極的にしてくれるし、楽しんでくれていると思う。でも自分がされるとなるとまた別かもしれない。そこはちゃんと確認しないと。

 そう気づいてライラ様に尋ねると、ライラ様は楽しそうな笑みのまま軽く私に頭突きをして鼻先にキスをしてから笑った。


「ふっ。本当に馬鹿だな、お前は。エスト、私はお前のことで嫌なことなど、何一つない。お前がそうしたいならそうすればいい」


 確認はするけど、でも多分許してくれるだろうとは思っていた。でも、まさかここまで直球で全肯定してくれるなんて。

 だけどそうしたいと薄々考えてはいたものの、いずれの話であってまだまだ具体的に思っていたわけではなかったのに、こうなると一気に現実味を帯びてしまう。


「だが、私が我慢できずにお前を先に可愛くしてしまったとしても、文句は言うなよ? お前が可愛すぎるのが悪いのだからな」

「う……は、はい」


 ドキドキしすぎて、今ではないのになんだか緊張までしてしまう私に、ライラ様は笑顔のままふっと私の耳元に息を吹きかけながらそう宣言した。

 それはつまり、私にさせてはくれるけど、手間取ってたりしてたらいつでも私のターンは終了してライラ様のターンになるからなってことだよね。うう、そ、それは、頑張らないと、と言う思いと、それはそれで全然ありと言う思いで、あの、はい。頑張ります。


 この後、家にたどり着く直前に停止したライラ様が無言で私からのキスをねだっていたのが可愛すぎたので、いやほんとに、頑張りたいと思いました。今度って、いつだろ。

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