第86話 みんなで水遊び2

 水泳教室が終わり、ちょっと疲れたのもありお昼を食べることになった。水から上がると、強い日差しが温かく感じる。湖の脇で水着ではないマドル先輩が用意をしてくれていたお弁当を食べる。飲み物はいれたての温かいものだ。

 木陰に行くとちょっと涼しいくらいに感じていたのでありがたい。中身はお決まりのサンドイッチだ。以前であれば私が食べる分と半人前くらいのさびしいものだったけど、今日はネルさんとイブの分もなのでかなりのボリュームだ。

 マドル先輩がじゃじゃーんと言う掛け声とともに大きなバスケットの蓋を開けて披露すると、おおー! とネルさんとイブが声をそろえて歓声をあげた。


「すげーなぁ、どれでも食べていいのかぁ?」

「もちろんです」

「いただきマスいい? いい?」

「はい、ではいきますよ。いただきます」

「いただきマス!」


 イブは目を輝かせてマドル先輩にいただきますのおねだりをして、一緒に手を合わせていただきますしてからご飯を食べ始めた。遅れてネルさんもいただきますをしてから食べ始める。マドル先輩がイブにしつけとしてこれを教えたことで、すっかり我が家は日本っぽい作法になってしまった。


「私たちもいただくか」

「はい、いただきまーす」


 ネルさんとイブも気に入っているようでぱくぱく食べているのをついニコニコ見てしまっていると、横からライラ様に促されたので私も手を合わせてからご飯にする。えーっと、何からにしようかな。


「エスト、ほれ、あーん」

「え、あ、ありがとうございます。あーん」


 ライラ様が口元に持ってきてくれたので、素直に口を開ける。中身は揚げた魚が挟まったもので、ソースでカツがしんなりしているけどその分パンと馴染んでいて美味しい。じゃなくて。


「あの、イブが見てますから」

「ん? それがどうかしたのか?」


 普通に不思議そうにされてしまった。


「そ、その、ちょっと恥ずかしいので」

「なに? これは別に恋人の行為ではないだろう」

「いやまあ、家族同士でもしますけど、ライラ様と私がしたらもう恋人的行為なんですって」


 この間寝室では声を小さくしましょう、恥ずかしいから。と言った時も、恥ずかしがるのが可愛いとか、我慢できないくらい楽しませてやるとか言って全然手加減してくれなかったけど、どうやら人の前で恋人としてふるまったりするのはライラ様的には全然恥ずかしくないらしい。不満そうな顔をされてしまった。

 いや、確かに食べさせあうくらいなら恋人じゃない時もしてましたけども。でもこんな何でもない時はそんなにはしてないじゃないですか? 恋人になったからじゃないですか? と言い訳と言う名の説明をしたけど不満そうだ。


「まったく、お前はいつまでたっても初心だな。さっきも私の膝に座ろうとせんし」

「す、すみません。水着だし、恥ずかしいんですもん。その、二人っきりの時にお願いします」

「ううむ、……仕方ないな。我慢してやろう」


 ライラ様は眉をしかめていたけど、謝るとにっと笑って許してくれた。ほっ。許された。もちろん私だってライラ様といちゃいちゃしたい欲はあるけど、イブは遠慮なく見てくるし、ネルさんも居心地悪そうに目をそらすし、落ち着かないんだもん。

 マドル先輩はマジで何一つ気にしていないくらいいつもどおりだし、マドル先輩の前だからとは言わないけど、さすがにこの二人が一緒の時は、うん。それに見た目は露出してないって言っても水着は肌にぺたってくっついてるし、濡れた肌で触れ合うの、やっぱりその、意識しちゃうし。今までと変わらないって言っても、私の意識がかわってるから、はい。今日はね。みんなでお出かけだからね。健全に。健全に。



「さて、エスト、お前の身体能力が変わったかを確認するんだったな」

「あ、そうですね。なんとなく体力がついてる感じはありますけど、元々の数値がわからないので難しいですよね」


 昼食を食べ終わり、午後からは何をしようかな、と思っているとライラ様がそう言ってくれた。そうだった、そうだった。せっかくだから確認たいと思っていたのを忘れるところだった。


 さっきの水泳教室で自分も結構泳いでいて、ネルさんに教えるために自分もずっと足がつかない場所にいた。でもお昼ご飯を食べたらもう回復しているから、体力があがってる気はしている。でも前の体でそんなに泳いだりしてないし。

 ランニングが一番わかりやすいかな? でもそれも、あの家からあの目印までの距離が実際にどのくらいの距離なのかわからないからなぁ。


「うむ。息止め競争をしてみるのはどうだ?」

「あ! いいですね、それは」


 その発想はなかった。確かにそれなら大体一分くらいだったと覚えているし、特別鍛えたわけでもないからそう変化するものでもないし。限界の基準があるのはわかりやすい。さすがライラ様、目の付け所が違うよね!


「じゃあせっかくですからみんなでしましょうか」

「ん? そうか。マドル」

「はい、なんでしょう」


 マドル先輩を呼びよせたライラ様は耳打ちし、そうして私たちを促して水の中に移動して息止め競争をすることになった。なんだかいやに積極的だ。さっきの水泳で見てるだけだったから、一緒に遊びたくなったのかな? ライラ様可愛い。でもそれならそれで一緒に泳いでくれてもいいのに。ライラ様ならバタフライもできそう。


「はい、じゃあやりましょうか! ネルさんもイブもいいですか?」

「お、おお、よくわかんねぇけど、できるだけ長く潜ってればいいんだな」

「###?」

「まあイブはおいといて、いきますよ。せー、の!」


 じゃぼん、と勢いよくしゃがみ込むようにして水に潜る。あんまり深いところだと危ないので、私の脇くらいの深さですることにした。ここならイブも立った状態で顎が水面なので危なくないし、あんまり浅いとネルさんが潜れないしね。


 目を閉じたまま体の力を抜き、ぶらりと浮き上がる。そのまま数を数える。30、まで数えたところでばしゃっと水音が聞こえて目を開け、水面から顔を出さないまま前方を見る。


 イブが立ち上がっている。まあ、よくわからないまま一緒に沈んだ可能性があるからね。何の心の準備もなく、息を長く止められるわけがない。イブが隣のマドル先輩の体に乗りあがるようにして、そのままマドル先輩に連れられてバシャバシャ水音をたてながらどこかに歩いていく。どうやらもう興味がないらしい。

 ネルさんはぎゅっと目を閉じたまま縮こまるようにして座り込んでいる。ライラ様は普通に水中に腰かけるような姿勢でいて、手が届く距離で楽しそうにこちらを見ている。

 もはやライラ様は息止め競争とかじゃない別の何かをしている気がするけど、まあそもそもライラ様に勝てるわけない。ライバルはネルさんと見定めよう。私は再び目を閉じる。

 えっと、どこまで数えたっけ。まあ30からで。


 続きから数を数える。60を超えて、100数えたところでまだ苦しくない。どうやら確実に私の息がながくなっているようだ。

 そのまま数えて、200を数えたあたりで苦しくなってきた。ちらっとネルさんを見る。何も変わっていない。目をぎゅっとつぶっている顔は苦しそうに見えるけどどうやらそんなことはなかったらしい。

 3分超えてるんだし、すごいはずだけど、前世でも訓練したらこのくらいいけてたはずだし、まだ人間やめてないレベルだとは思うけど、ネルさん素のスペックがすごいからって、うぅ、く、苦しい。もう数えられない。自分の口をおあせてぎゅっと目を閉じる。あ、あと10秒だけ頑張ろう。


 10、9

 バシャ! と激しい水音がして、水流で体が流されかける。ぱっと顔をあげて、ネルさんが立ち上がっている。やった! 勝った! と油断して口から泡が出て行く。もう限界だ! と思った瞬間、隣からライラ様の手が伸びてきて顔を挟まれた。


「!?」


 浮かび上がるのを止めるようなその動きにただびっくりする私に、ぐっとライラ様の顔が近くなり、唇が強引に合わせられた。

 ぐぽぽぽぽぽと空気が私の口からもれていく。でも私の空気じゃない。ライラ様が私の口の中にあんまりたくさんの空気を送り込むから、あふれているのだ。

 びっくりする私に、ライラ様は一度顔を離して正面から目を合わせた。


 空から光がさして青い水の世界の中でも、ライラ様の瞳はそこから光線がでているみたいに強く強く私に届く。私の心をいつでもその視線ひとつで貫いてしまう。見とれるくらい、美しい。


「……」

「……、」


 見とれる私にライラ様はふっと笑って、私を抱きしめながらまた唇を合わせた。今度はさっきより丁寧に、唇をぴったり合わせて私の口から肺まで満たす様に。

 すー、ふー、とライラ様と私の中で空気が行きかう。口の中だけは、まるで陸上と同じように空気で満ちている。ライラ様と見つめあいながらキスをしていると、ここが水の中なのが不思議なくらいだ。

 物理的に体がふわふわしているのに、ぎゅっとライラ様に抱きしめられ、唇は気持ちよくて、水越しのライラ様の瞳は幻想的に美しくて、なんだか夢の中にいるみたいだ。


 ライラ様の肺がへこんで私に空気が送られて私の肺が膨らむ。私が息を吐いて肺をへこませると、ライラ様の肺が膨らんで胸が押し付けられる。

 不思議な感覚のまま、五回、六回とそんな風に呼吸をしてから、私の呼吸が落ち着いたのをみてライラ様はにんまりとその瞳をゆるませた。


「!」


 ぬるりとライラ様の舌がいたずらっ子のようにゆっくりと息と一緒に侵入して、私の舌をなめた。ぞくぞくと、夢のようなファンシーな感覚が消えて、生々しい気持ちよさが私の背筋を走る。

 こんな、こん、いやさすがに駄目でしょ!?


「! !」


 私は唇を強引に閉じてライラ様の舌を挟んでこれ以上はいってこないようにして、その肩をバンバン叩いて中止を求める。

 むっとライラ様は眉をひそめ、唇を離すと私を抱きしめたまま立ち上がった。


「ぷはぁ! ら、ライラ様」

「うむ。どうやら以前より呼吸は持つようになったようだな」


 抱っこされて水面に持ち上がり、一度は落ち着きかけたけど普通に体はまだ酸素を求めていたので大きく息を吸ってから、私はライラ様の名前を呼ぶ。ライラ様は何食わぬ顔をしている。


「そ、それはそうですけど、ど、どうしたんですか? こんな、その、人前では恥ずかしいってさっき納得してくれたのに」

「なんのことかわからんが、別に人目はないようだぞ?」

「え?」


 言われて見回すと、イブは離れたところでマドル先輩と泳ぎの練習をしていて、ネルさんは別のマドル先輩に目隠しをされていた。正面から手を伸ばしたマドル先輩に両手で目を隠されているのに、ネルさんは文句も言わずされるがままだ。

 二人っきりの時にっていうのは、こういう、こういうんじゃないんですよ! 強引すぎる!


「……はい、そうですね」


 とは思ったけど、ライラ様がめちゃくちゃどや顔だったのが可愛かったし、私も流されて普通に最初のキス受け入れちゃったし……なにより、水中での呼吸共有するのなんかすごい、よかったので、何も言えなかった。

 でもせめて、ネルさんには見えてないだけで何かしてるのバレバレすぎるから、もうちょっと自然にお願いします。


 この後、家に帰るまでに人目を盗んで(盗めてない)三回キスされた。

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