第85話 みんなで水遊び1
ライラ様の恋人になり身も心も結ばれた幸せの絶頂だけど、だからと言って家にこもってばかりじゃない。今日は夏の暑さがまだおさまらないと言うことで、みんなでピクニックをしている。
かつてネルさんが住んでいた洞窟や近くにあると言う湖を見に行って、軽く水遊びをする予定だ。森の中とは言え、みんなで遠出はめったにないことだ。イブはネルさんに肩車してもらってとってもご機嫌で歌をうたっている。
全然意味の分からない異国の歌だけど、イブが歌がうまいようで森に響いてとってもいい雰囲気だ。
「イブはほんとに、ネルさんのことが好きみたいだね」
「へへっ、エストにもそう見えるかぁ?」
「うん」
「そうかぁ、へへ。照れるなぁ」
イブはマドル先輩にも懐いているけど、あくまでお世話される時の話だ。寝る時は必ずネルさんと一緒だし、何かあれば彼女に引っ付いている。最初はびびっていたのに、いつのまにここまで仲良くなったのか。
と言うか、イブって言葉もまだ全然わからない中、普通にめちゃくちゃ毎日満喫してるよね。帰りたいそぶりとか見たことないし、故郷に未練とかない感じなのか、それとも帰れないと理解して割り切っているだけなのか。まあ、今のところどうもしてあげられないから笑顔ならいいよね。
「ネル、####?」
「お? なんだぁ? イブ、おしっこかぁ?」
「###」
ライラ様とマドル先輩と手をつないだまま顔だけ出してネルさんとお話していると、イブがネルさんのおでこをぺちぺち叩いてきた。ネルさんが視線をあげ、頭の上にあるイブの頭を撫でながら聞くと、イブはにかっと笑って機嫌のいい声をあげた。
うーん、ちっとも何を言っているのかわからないけど、ネルって大物になりそうだなぁ。
「エスト様はおしっこは大丈夫ですか?」
「ちょ、ちょっとマドル先輩、イブの世話をするようになったからって私相手にまで対象年齢さげてこないでください。大丈夫ですから」
正直今も両サイドから手をつながれていて身長差もあって両親にはさまれてる子供感しかないけど、でも今までそんなこと聞いたことなかったでしょ。必要なら自分で申告しますから。
「く、くくく、エストのおしっこはまだ大丈夫のようだな」
「ライラ様まで、もー!」
ぶんぶんつないでる腕をふって遺憾の意を示すけど、ライラ様はくつくつと笑いを抑えられない様子だ。爆笑しないだけまだ気を使ってるのだろうけど、恋人に対するからかいかこれが。
と言うかライラ様の口からおしっことか言うのやめてほしいのだけど。こんな美人の口から威厳ある声でおしっこって……いや、ありかなしならありかもしれない。
「もうすぐつくからなぁ。ほら、あそこがわでの家だ」
「あ、あそこですか!」
膨れているとネルさんの前のお家についた。斜面になっているところに大きな岩が押し込まれるようにはまっている場所がある。ネルさんは駆け足で近寄り、その岩に触れた。
「ふんっ、と。ふぃ、久しぶりに開けたから、ちっと見栄えはよくねぇかもだけど、トイレくらいはできっからな」
そして岩をどけて家をみせてくれた。いや、ドア、岩、でか……。うん、まあ個人でね、道具もなしにドア作るの難しいのわかるけど。いや、でも風や獣の影響を受けないし、ネルさんくらいじゃないと退かせないから鍵もいらないから、ある意味これ以上ないドアなのか。
とりあえず中を見せてもらうことにした。当然暗いけど、結構大きくてスペースはひろい。奥に向かって傾斜がついていて、どこまで続いているのか見えないくらいだ。中はごつごつした岩でできた隙間みたいで、全方位が岩だけど、その分ぱっと見は綺麗に見える。土の上より衛生的なのかな。すでに物は運んでいるけど、残って放置されただろう木材や、何か作業していただろう跡が見える。木々が生い茂る奥は結構薄暗くて地面がしけっている感じがするので、森の中で住むには安全性的にも快適性的にもこの洞窟はいい方だろう。
でも引っ越し後だから当たり前かもだけど、こうやってみると普通に大自然の中。家だったとは思えない。私だったら一日で体痛くなってそうだから、ネルさんだからできた生活だよね。改めて尊敬する。
「ちょっと奥まで行くと分岐していて、右の方をトイレとしてつかってたんだぁ」
「結構広いんですね」
「ああ。まあ、でも今の家とは、比べもんになんねぇけどな」
そんな、と言うのもおかしいだろう。この家を否定するわけじゃないけど、岩場よりベッドの方がいいに決まっている。それに広いのもネルさんの性格上、きっと寂しかったんじゃないだろうか。私だったらそうってだけで、決めつけて同情するのも違うけどね。
「思ったより立派な洞窟だったのでびっくりしました」
「そうかぁ? へへ、なんか恥ずかしいなぁ。さ、湖はこっちだぁ」
イブはネルさんの頭からおりなかったので、中にはいるとぎりぎりイブがぶつかりそうで危ないので中にははいらず、そのまま湖にむかうことになった。立派な洞窟だったから、探検しても楽しいかもしれないけど、言ってもネルさんが住んでた家だしね。さすがにそれは失礼だろう。
ネルさんの家をでてしばらく歩くと、湖にでた。と言うか、これは滝だ。そんなにものすごい段差ではないけど、5メートルくらいはあるんじゃないか。普通に大きな湖にどんどん落ちて行って奥の方へ流れていく川が見える。
「うわぁ、すごいですね、こんなに大きな湖に滝まであったなんて」
「ああ、向こう岸にはいかないよう頼むなぁ。人間の匂いをつけると、動物の日常を壊しちまうからよぉ」
「な、なるほど。気を付けます」
縄張りというやつか。確かに向こう岸には鹿とか見えるし、警戒させて水場に近寄れなくするのは可哀そうだろう。さすがネルさん。森で生きてきた女。カッコいいな。
と言うわけで周りに気を使いつつも、さっそく水遊びの格好になる。
この辺りは基本的に人間はこない、とは言っても前みたいにライラ様の私有地みたいに絶対人がこないわけではない。そんなところであまり薄着になるのは恥ずかしいし、この街にあった水遊び用の衣類は普通に長そで長ズボンだったのもあり、前のデザインちょっと恥ずかしいかも。と言うのもあり、新たにマドル先輩が作ってくれたのはワンピースとズボンみたいな露出少なめのデザインだ。胸の下とウエストでしっかりボタンをとめて固定して、水の抵抗で脱げたりしない安心デザインである。
マドル先輩が手早く目隠しをはって着替える場所をつくってくれたけど、ネルさんとイブは待てないようで普通に着替え始めた。イブはともかく、ネルさんにも他に人いないのに? みたいな顔をされてしまった。
それはともかくお着替え完了だ。シンプル目なものだけど、ライラ様のスタイルの良さがむしろ際立っている。まぶしい。なんかちょっと恥ずかしいのは気のせい。
「さっそく、準備運動からですね」
「そうだな」
よいしょよいしょ、とライラ様に見守られながら準備運動をする。そうだな、って言ってくれたわりに全然ライラ様はしてくれないのはいいのだけど、そんな横から見なくても。ちょっと恥ずかしい。
そしてイブは不思議そうに首をかしげてから、ネルさんにしがみついて抱っこしてもらい、そのまま湖に入って行った。ぐぬぬ。先に遊ばれると悔しい。
「よーし、じゃあ行きましょう!」
「待て待て。慌てるな。私がいれてやるから」
「あ、はい、あ、ら、ライラ様……」
ライラ様に抱っこされて足先から入水させられてしまった。赤ちゃんの沐浴みたいでは……恥ずかしすぎる。いやあの、前はそうされてたんだけども。でもさぁ、やっぱりこう、大人になったからね? うう。とはいえ、マドル先輩にも大人になったから変わるとかおかしいって言われたし、善意でしてくれてるのに拒否は駄目だよね。私が死なないように気遣ってくれて、待てよ?
「あの、ライラ様、花嫁になったら頑丈になるんですよね? さすがにここまで丁寧にしてもらわなくても多分大丈夫になってるんじゃないですかね」
「ん? そう言えばそうだな……まあ、お前は何につけても変わっているからな。どれだけ頑丈になっているか、確認しながらではないとな」
「まあ、確かに体感よくわかんないですけど」
と言うわけで、今回の水遊びで多少体力確認しようと言うことになった。イブ、人を指さして笑ってはいけないよ。あとイブ、泳ぎ上手だね。
まずは泳ぎだ。以前とは違い、それなりに深さがあるのでこれなら普通に泳げそうだ。私だって小中と水泳を習っていたのだ。水遊びはしていたし、水の中で体を動かす感覚は覚えている。ちょっと数分練習してから、さっそくライラ様にお披露目することにする。
「ライラ様、見ててください、これが異世界で洗礼された泳ぎです!」
「……いや、見ているが、うむ、まあ、普通にいいんじゃないか?」
あれ? 平泳ぎに対しての反応が。顔を水につけずに泳げるゴーグルがなくても泳げる最適な泳ぎ方なんだけど。 実際にこの体で動いていなかったのでクロールはちょっと不格好かもだけど、平泳ぎなら普通に泳げてるはずなんだけど。とはいえ、バタフライとか見栄えするのはできないし。
「ライラ様は泳がないんですか?」
「ふむ。と言ってもな。水の中で進むだけなら普通にできるが」
そう言ってライラ様は私だと足がつかない辺りからふいに浮かび上がり、腰から上が出ている状態になってそのまますーっと進んで円を描いて戻ってきた。
いや、恐いです。普通に足がつくから歩けるとかじゃなくて、要はライラ様は空も飛べるから水中でも関係なくそのまま体を動かす必要もなく進めると。呼吸も人間ほどは必要ないもんね。なるほど。
「なんだその顔は」
「いや、泳ぎではないです」
「わかっている。だが考えてみろ、お前からすれば四つん這いで歩いてみろと言うようなものだ」
「あー、なるほど?」
普通に歩いて移動できるのに、それより遅くて不格好なことをあえてしたくはないと。
「泳ぐの、結構楽しいですけどねぇ。クロールはどうです? これなら多少格好いいはずです」
「ほう? 見せてみろ」
さっきの練習ではちょっと腕の角度がへにゃってた自覚があるので、ゆっくりめにしっかりやってみる。あと泳いでいて気づいたのだけど、結構息が続くな。そんなに苦しくないと言うか。この体で泳いだのは初めてだから比較しにくいけど、これ、花嫁効果なのでは? 適当なところでぐんっと潜って水中で方向転換。思ったより方角が曲がっていたので、向きを訂正してライラ様に向かって再出発。
「はぁ、どうですか? これがクロールです」
「ふむ。複数の泳ぎ方があると言うことだな。今のは少し面白かったぞ」
「そうです。ライラ様もやってみたくなりません?」
「ならんな。それより興味をもっているやつがいるぞ」
「え?」
言われて指さされた方を見ると、水中にもぐったり飛び出たりして遊んでいたネルさんが、イブを頭にのせたままいつの間にか私を見ていた。目が合うとずいずいと近づいてくる。
ネルさんが勢いよく水中をすすんでくると普通に水の流れができてしまい、流されそうなのでライラ様につかまる。するとライラ様はすっと私の腰に手をまわして抱きしめてくれる。さりげない優しさ、きゅんとくる。
見てばっかりで泳いでくれないのつれないなー、って思っても、こういうちょっとしたことで全然好き好きってなってしまう。はー、ライラ様好き好き。
「エストはちゃんと泳げるんだなぁ、誰かに習ったのかぁ?」
「そんな感じです。ネルさんがよければ教えましょうか?」
「いいのかぁ? 嬉しいなぁ」
「###」
「よろしくお願いします」
「あ、はい。お願いします」
目をきらきらさせたネルさんと、よくわかってないイブにまとめて水泳を教えることになった。と思ったらいつの間にかマドル先輩もその横に並んでいた。
こうして急遽水泳教室が始まった。
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