第83話 花嫁の吸血1
最高の初デートをして、そして今日、恋人になって初めての吸血の日がやってきた。今までもドキドキしていたけど、ペットとしてでもえっちでドキドキしていたのに、恋人としてするなんてとっても緊張してしまう。
あの夜のことはまだ肌が触れ合う感触をありありと思い出してしまうくらいには鮮明だ。夜になってライラ様と一緒に寝るのも、翌日はさすがになかなか寝付けなかったくらいだ。
「エスト、ようやく花嫁になったお前の血を飲めるな。心の準備はもういいな?」
「うう、だ、大丈夫です」
「ははは、心臓はそう言っていないようだな」
どっきどきしながら頷くと笑われてしまった。そしてライラ様はどすっとやや乱暴に、気楽な感じで隣に座って私の肩をつかみ自分に軽く引き寄せてきた。その一連の流れが自然すぎる。
ライラ様は花嫁も恋人も初めてっていうけど、全然私みたいに戸惑ったりする様子がなくて何もかも様になりすぎている。そりゃあ、私なんてちょろくてライラ様からしたら簡単に扱えるだろう自覚はありますけど、たまには私に夢中なライラ様を見てみた……
「どうした? まだ肩を組んだだけだぞ?」
「だ、だだ、大丈夫です」
夢中なライラ様を見てみたい、と考えてつい、あの夜のライラ様の顔を思い出してしまった。あの時だけは、私しか見えてないっていうのが伝わってくる表情で、だから余計に私も夢中になってしまって、あああ。
きょ、今日はそう言うのじゃないから。まだだから。うん。深呼吸して落ち着こう。
「だ、大丈夫です。ふー。ちょっと、意識しちゃって」
「そうか。言われてみれば血を吸う時は普通にお前を抱きしめているからな。恋人になると、そう言うのも意識するのか」
「うっ。く、口にださないでくださいよ」
さっきはまさにそれで意識していたことを言われてしまう。だ、大丈夫。ただ血を吸われるだけ。血を吸われるだけ。うぅ。でも、血を吸われるの気持ちいいんだよねぇ。
気が遠くなるような、体から力が抜けていくような感覚。どこか不安定なような、だけど目の前のライラ様にしっかり抱きしめられていて温かくて、それがギャップですごく安心するんだよね。そして私に吸い付いているライラ様が可愛らしくて、ライラ様に全部ささげられるようないい気分で、なんだかとっても気持ちいいんだよね。
あの目が回るような激しい夜のやつとはまた違うけど、相手がライラ様だからこそ、どことなく背徳感すらある気持ちよさなんだよね。はぁ、ドキドキしてきた。
「くくく。このままではいつまでも飲めないな」
「うぅ。だ、大丈夫です。始めましょう。しちゃえば大丈夫なので」
「ほう? そうか。そう言うならば、遠慮はしないぞ」
ライラ様はそう言ってにぃっとどこか悪そうに笑って私を抱えて自分の膝に座らせた。横抱きにされていつもの血を吸われる体制だ。そのいつもの感じに少しだけ緊張がおさまってくる。花嫁になって初めての吸血、とは言ってもやることは同じだ。どんなにドキドキしたって、別にそれ以上のことはないんだから。
「ん」
「ふゃっ!?」
ちゅ、と頬にキスをされた。首筋に噛みつかれるとばかり思っていたので、突然のキスに普通に大きめの声が出てしまった。
「ふっ、おかしな声をだすな。可愛いぞ」
「ん、ら、ライラ様ぁ、な、なんで吸わないんですか?」
ライラ様は楽しそうに笑いながら私の頬や唇にもちゅっちゅと優しく唇で触れてくる。そんなことをされたら、吸血とは全然別のドキドキをしてしまうに決まっている。
「ふふふ、恋人になったからと動揺ばかりされても確かにやりにくいが、だからと言って、そんな風に投げやりにされても面白いわけがないだろう。どうせ、いずれ回数をかさねればお前も今のような初心で可愛い反応は見れなくなるんだ。今は目をまわしていろ」
「ら、ライラ様、いじわるですってー」
もしかしてこのまま吸血じゃなくてえっちなことされるのかな? とちょっとだけ期待、いやいや、考えちゃったわけだけど、ライラ様の答えは全然違った。私がこんなに落ち着こう、ライラ様が早く血を吸えるように、って頑張ってたのに!
でもおかしいくらい動揺してすぐにてんぱっちゃう私もまるごと受け入れてくれて時間かかっても何でも許してくれているとか、それはそれで愛情深すぎて嬉しいっていうか! あー、私ってほんとちょろい!
「ははは、いじわるか。だが、そんな私も好きなんだろう?」
「すっ、好きっ。好きですけどもー」
ライラ様は笑いながら聞いてくる。冗談でも勢いでも否定されるなんてありえないと理解していて、私もその通りすぎて瞬間的に口から好きってでちゃうけども! そのくらい好きだけどもー!
「ふふふ、許せ。私も恋人となった初めての花嫁の血を、楽しみにしていたんだ。二度とない初めてだからこそ、じっくり味わわせてくれ」
「そ、それは……別に、嫌とか、じゃないですけどぉ」
謝罪されてそんな風に言われてしまうと、私が悪いみたいになってしまう。私だってライラ様との全部の初めてを大事にしていきたいし、大事にしてくれるのは嬉しい。でも、いやでも、からかってはいるよね?
「うむ。ではそろそろ一口もらおう。エスト、目を閉じろ」
「う、は、はい」
いつもは血を吸う時にそんなこと言わないくせに。と思いながらもその言い方にもうときめいてしまったので黙ってその通りにする。目を閉じると抱きしめてくるライラ様の感触がよりわかってしまう。
ライラ様の息遣いが近づき、ずぶ、と首筋にはいってきて、吸われていく。
「あぁ……」
今までと違った。全然違うわけではないけど、いつもみたいに一瞬で何かが吸われていく感じではなくて、どこか余裕があってライラ様と今まさに私の血を介してライラ様とつながっているんだと広い視野で感じられる。
体が思わず反応して動いてしまうような強い刺激と言うより、どこか心地よいゆるやかな気持ちよさ。ずっとこのまま血を吸われ続けたい。
「うむ。うまい。今までと少し違うが、いいな」
「あぇ? もう終わりです?」
目を閉じたまま堪能しているとふいに終わって、ぬるっとライラ様の歯が抜かれてぺろっと首筋をなめてからライラ様がそう批評したことで私は目を開けて首を傾げた。いつもタイムをはかっていたわけではないけど、断然短いと思う。
「もっと飲んでほしいのか?」
「え、はい。なんだかいつもより少なくないですか? 私寝てませんし」
「くくく。そうだな。花嫁になったことで以前より頑丈になり、いつも以上に飲めるようになっているんだろう。これからは早々には気を失わんだろ
」
「あ、なるほど」
あと、寝てる認識だったけどライラ様的に私気を失ってたのか。それ考えると吸血って結構危ない行為なのかな? 献血で気を失うまで血をぬかれることないし。翌日から飲まれる前よりむしろ健康的になるから考えたことなかったけど。
でもそうか。吸血鬼の花嫁っていうラブリーな名前だけど、要は吸血鬼の食料係に永久就職ってことだもんね。よりたくさん血を飲めるようにってところもあるのか。
「だが、実際にいつもほどは吸っていないぞ。よくわかったな」
「あ、やっぱりそうですよね」
「ああ、言っただろう? 今日はじっくり味わうと」
そう言ってライラ様はちゅっとまた私の唇に軽くキスをした。ふ、不意打ちだ。それにあれ以来スキンシップとして昼夜問わずキスしてくれるようになったライラ様だけど、唇は普通に今までなかった。それを今日は大盤振る舞いがすぎる。
さっきから普通にドキドキしちゃうの、ライラ様は全部わかっていてやってるんだろう。とっても楽しそうだもん。うう、そう言うとこも好き。むしろめちゃくちゃ好き。
「……」
「ふふ、そう期待した目で見るな。目を閉じろ」
「あ、は、はい」
これからどうされるのかな、と思ってるとおかしそうにそう言われた。が、がっついてたと思われたかな? 別にそんな、今日は血を吸われるだけって思ってるし? と思いながらも胸の高鳴りを抑えられないまま私は目を閉じた。
「んっ」
すると今度はいじわるされず、私の期待通りにまた唇に柔らかいものが触れた。目を閉じていたって、あの夜どこまでが自分の唇なのかわからなくなるくらい合わせたライラ様の唇の感触はすぐにわかる。
だけどそれを喜ぶよりさきに、ライラ様の舌が荒々しく入ってきた。思わず声を漏らす私に、ライラ様はぎゅっと抱きしめて首の後ろを手で支えてくれた。
「っ」
だけどそうして私の頭が安定すると、ライラ様の舌は私の舌をぐいぐいと強い力で撫で始めた。圧迫される息苦しさもライラ様に求められている証のようで気持ちよさになってしまって、単純に舌を愛撫される以上に気持ちよくなってしまう。
「!? ―――っ」
さっきの吸血の気持ちよさが薄れるくらいのはっきりした快楽に頭がぼーっとしてしまいそうな中、ライラ様に吸われてからめられ、私の舌が口内からでたところでライラ様が私の舌に噛みついた。
私の舌はそんなに長いわけじゃない。でもライラ様の舌が私の奥歯にまで楽に届くように、そのくらいはできる長さだったんだろう。だけど感覚で言えば私の舌の半分くらいのところをかまれてびっくりした。
びっくりすると同時に、私の口の中にも血の味がひろがる。しょっぱくて、でも不思議とあの鉄臭い風味ではなくて、自分の血なのにどこか不思議な力強さとほのかな甘さがあった。
じゅるるるるっ
「っ、っ」
私の口内に湧き出す血に、だけどそれには思った以上に不快感はなくて、むしろ下品なくらいに音を立てて私の唾まじりの血を飲み込むライラ様が愛おしくて、私は抱き着いていた自分の手をライラ様の頭に回して、ライラ様から離れられないようにぎゅうっと自分から口を押し付けた。
全部、全部飲んでほしい。ライラ様が求めるなら求めるだけ、一滴も残さずに飲んでほしい。それがライラ様の為になるのなら、私はこのまま全部なくなってしまってもいい。
そんな酔ったようなライラ様に陶酔して他に何も見えないまま、ふーっと気が遠くなってきた時、ぐっとライラ様と私の舌がぴったり合わせられた。
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