第82話 恋人としての初デート2

 ライラ様との初デート、流行りの喫茶店でコーヒーを飲み、ケーキをあーんで食べさせあう。と言うちょっとだけ清いデートから逸脱してるのでは? と思っちゃうくらい幸せいっぱい堪能し、お店を出た。

 行きと同じようにライラ様に抱き着くほどに密着しながらゆっくりと腹ごなしをかねてお散歩だ。


「美味しかったですね」

「そうだな。カフゥと言うのは悪くなかった。酒以外を飲む時に選択肢としてあってもいい」

「あ、そう言えばコーヒー、えー、カフゥのお酒もあるんですよ」

「そうなのか」


 ライラ様は結構お酒が好きなので喜んでくれるかなと思いながら、思い出したことを口にするとライラ様は意外そうに目を丸くした。そう言う表情をされると幼げにも見えて可愛くてきゅんとする。ライラ様って実際吸血鬼的には何歳くらいなんだろ。老化現象がないって言ってたし、そう言う概念がない可能性もあるのかな?


「そうなんです、この世にお酒にならないものはないですからね」

「ふっ。飲まないくせに大きな口をたたくな。じゃあ魚でも酒になるのか?」

「えっと、確かひれ酒っていうフグ? とかの魚のヒレをいれるお酒があったと思います」


 確かに飲んでいなかったけど、有名なお酒は話くらい聞いたことがある。ヒレ酒も見たことないけど、ヒレとセットになっているカップ酒みたいなのをお店で見たことがある。

 と思いだしたながら答えたのだけど、ライラ様はさらに不思議そうな顔をする。


「フグ、と言うのはどういう魚だ?」

「毒を持ってる魚で、昔は毒があるとわかってても食べて死んでた人が多かったみたいです。現代では免許のある人しかさばけなくなってますね」

「……いや、それは嘘だろう」

「え? 嘘っぽいところありました?」

「はぁ? 死ぬ毒があるとわかっていて食うとか、許可をとってまで食うとか頭がおかしいだろう。お前のいた国は食糧難だったのか?」

「あー……えっと、食い意地がはった国だったのは間違いないですね」


 半笑いで疑われてびっくりしてしまった私の反応に嘘じゃないのがわかったライラ様は、戸惑ったような哀れむような顔をしている。

 そう言われると、あえて食べるのが大変な毒物を積極的に食べるのはおかしいと言うのは否定できない。飽食の時代の高級食品なのだけど。でもまあ、いいか。


「そうか。まあ、お前のいた国だからな」


 何かを納得されてしまった。とりあえずライラ様も興味があるみたいだから、コーヒー豆を買って試してみようかな。梅酒みたいにコーヒー豆を濃いお酒につけたら味がでる、のかな?


「今度、私のいたところにあったいろんなお酒もつくれるか試してみますね」

「簡単に言うな。まあ、期待しないで待ってやる」

「マドル先輩にも手伝ってもらうので、期待してもらって大丈夫ですって」


 コーヒーはあれだけど、なにかしらはうまくいくでしょ。そう、スーパーメイドさんのマドル先輩がいればね!


「このまま遠回りして帰るんだったな」

「はい。最後に海に沈む夕日を見て帰りましょう。ロマンチックでいかにもデートっぽいですよね」

「ん? 夕日を見るのは無理だぞ」

「え? な、なんでですか?」

「なんでも何も、今の時季はお前の夕食が終わる頃に沈んでるだろうが。帰るのが遅くなってもいいならできるが」

「あー……そうでした」


 勝手に脳内で予定していたけど、言われてみればその通りだ。最近は家に帰っても明るい。そのことを完全に失念していた。


「じゃあ、冬になるまでお預けですね」

「そうだな。そうしょげるな。ほら、お前の好きな海だ」

「はい。そうですよね、いい天気で気持ちいいですよね」


 ちょっとしょんぼりしてしまったけど、港エリアについて視界がひらけたので気を取り直して海を満喫することにする。もうすっかり見慣れた景色だけど、海はいいよね。波音もいいし、どこまでも続く海に青い空白い雲、何度見てもいい景色。


「そうだな。水平線と言うのは地平線より気分がいい」

「砂漠は暑かったですよね」


 なんて会話をしながら、ライラ様とのんびりお家に帰った。


 最後はちょっとしまらないけど、でも初めてのデートとしては十分楽しめたし、よし! ということにするのだった。







「おい、起きろ」

「ふわ? んん? ライラ様ぁ、朝ですかぁ?」


 急に揺り起こされて、私は目をこすりながら尋ねる。ライラ様の顔がぼんやり見える。暗い。目を開けてもまぶしくないのはいいけど、どうして早い時間に起こされたんだろう? とぼんやり思いながら起きて、そうして何やら全身がなにかに包み込まれている状態でライラ様に抱っこされていることに気づいて、ライラ様以外にも目が行く。


「え? ど、どこですか?」


 朝ではなかったし、家でもなかった。ここはどこ、私は誰、とでもいうべき状況だった。私は毛布にくるまれたままライラ様に抱っこされ、どこかの上空に浮かんでいたのだ。

 下を見ると森が見えて、ひえっと恐ろしくなってライラ様に全身でもたれかかる。全身が巻かれているので腕でライラ様に抱き着けないのでより怖い。もちろんライラ様なら小指一本でも私を落とすことなんてないけど、だからって怖いものは怖い。


「くく、そうしていると芋虫のようだな」

「ら、ライラ様がそうしたんじゃないですか。もー。外に出るなら起こしてくださいよ」


 何が何だかわからないけど、問題があって出てきたわけじゃないだろう。ライラ様一人だし、普通に楽しそうだし。でもそれならそれで起こしてくれたらちゃんと着替えて準備したのに。これじゃあせっかくの夜のおでかけもデートじゃなくて、芋虫の散歩だよ。


「気持ちよく寝ていたからな。それに一応着替えも済ませているぞ。お前が寝ていただけで。ははは。本当にお前はよく寝るな」

「う……」


 とじとーっと見ながら文句を言ったらライラ様に楽しそうに笑われてしまった。腕を動かして感触を確認すると、確かにパジャマではないような。ぐぬぬ。


「えっと、それで、どうかしたんですか?」

「ふっ。わからんか。前を見ろ」

「ん?」


 ライラ様に微笑んで促され、そーっと首だけ回して前を見る。起きてすぐは暗い、と思っていたけど、いつのまにか前方の空は少し明るくなっている。


「あ、もうすぐ夜明けですか?」

「ああ。昨日、初めてのデートだから夕日が見たかったと言っていただろう。代わりだ」

「え……ら、ライラ様、好きすぎる」


 ちらっと振り向いて尋ねると、ふっと微笑んで返ってきたライラ様の答えに、私は思わず気持ちがもれてしまう。

 いやだって、私の行き当たりばったりの何も考えてないただの思い付きを、わざわざ朝方に私を起こさないようにして運んでまでかなえようとしてくれたなんて。か、感動。私のこと好きすぎる。私も好きすぎるからお揃いだね!


「ふ、ははは。いいから前を見ろ。もう出るぞ」

「はいっ!」


 私の言葉にライラ様は噴き出して笑ってからそう言って私の顔を前に向けさせた。元気に返事をしてから前を見ると、森が続く先から朝日が昇ってくるところだ。それまでもどんどん明るくなっていた雲がぱっと光るようになり、まぶしさの塊が姿を現した。

 日が昇る前は夏でも涼しいくらいの気温からか、太陽の日差しがあたるとわずかにだけど熱があるのだと感じることができた。朝日を見るのは前世を合わせても初めてだ。こんなにも綺麗だったのか。

 夕日の綺麗さは知っていた。熱く重いあの美しさは知っていた。だけど朝日はただ時間帯が違うだけじゃなくて、全然違う美しさだった。夕日が赤いのに、朝日は白だ。透けるような美しさ。すがすがしいような空気になっているような、そんな気持ちがすっきりするような美しさだった。


 ちらりと、ライラ様を見る。朝日に照らされたライラ様の顔ははっきり見えるけど、その向こうの空はまだ暗くて、朝と夜のはざまにいるのだと感じられた。

 輝く美しい髪がゆらめいて、夜空に浮かぶ光の女神様みたいに綺麗だった。吸血鬼じゃなくて神様だって言われても信じてしまいそうなくらいだ。


 なんだか不思議な気分だった。こんなに美しいものを、ライラ様と見ている。こんなに美しいライラ様が私と恋人で、私との初めてのデートの為だけにここに連れてきてくれた。こんなにも幸せだなんて、本当のことなのか。夢でもみているんじゃないか。そんな気になってしまう。


「エスト、さっきから私を見ているが、もう朝日はいいのか?」

「え、あ、はい。朝日に照らされたライラ様に、見とれてました」

「ふ、そうか。お前は本当に私が好きだな」


 朝日はもちろん綺麗だったけど、それ以上にライラ様とそれを見ていると言う状況の方がずっと私にはいいものなので、こうなってしまうのは仕方ない。私を見て苦笑するライラ様も麗しい。


「はい。好きです。すっごく好きです」

「知っている。全く、朝日より私の顔を見せてやったほうがよかったようだな」

「そ、そんなこと、えっと、ないっていうのもあれですけど。朝日、見せにつれてきてくれてすっごく嬉しいし、朝日の綺麗さにも感激しましたよ。前世をあわせても初めてでしたから。ライラ様と一緒に初めての経験をできてよかったです。ありがとうございます、ライラ様。ライラ様のおかげで、最高の初デートになりました」


 そんなことないけど、ないと言い切るのも失礼なような気がしてあいまいになってしまったので、何とか自分の気持ちを伝えようと言葉を重ねた。伝わったかな?


「くく、そう慌てなくてもいい。お前がどれだけ朝日を熱心に見ていたか、ちゃんと見ていた。お前の可愛い顔を見逃すと思っているのか? くくく」

「う……ライラ様、私のこと好きすぎじゃないですか?」

「くはっ、ははは! お前は本当に、可愛いやつだな。ははは」


 あんまり恥ずかしいことを言うものだから、つい言ってしまったのだけど、別にそんなに爆笑するようなことではないと思う。だけど何故かつぼにはまったライラ様は朝日が完全にあがって明るくなるまで笑っていた。

 だけど笑いながらも私を抱っこする力はずっと安定して優しくて、笑いが収まってむけられた目は輝いていて、私を馬鹿にしてるとかじゃないのはわかる。だから純粋にライラ様を笑顔にできたことが嬉しくなってしまって、私も笑ってしまった。

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