ハネムーン期

第81話 恋人としての初デート

 ライラ様と恋人になって数日。今日は、なんと! 満を持してライラ様との初デートです! 今までもデート気分で楽しんではいたけど、正真正銘の恋人になってのデート。これは滾りますよ!

 とはいってもゆっくり散歩しながら喫茶店に行ってお茶を飲んでから、遠回りして海辺をまわってから帰る。と言うめちゃくちゃ健全デートなんだけど。


「えへへー、ライラ様ー」

「ご機嫌だな、エスト」


 マドル先輩に見送られて家を出て、さっそくライラ様の手をとる。ぎゅっと私の手がつぶれない程度に優しく握ってくれながら、微笑んでくれるライラ様。はー、綺麗すぎる。眼福眼福。


「だってデートですもーん」

「前もデートと言っていただろう」

「あれは付き合う前のデートで、これは恋人としての初めてのデートなんです。一生に一度の特別なデートと言っても過言ではないですよっ」


 やってることが同じでも、気持ちが違う。こんなに美人なライラ様が私の恋人、はー、幸せー。えへへ。


「ほう、ならいいのか? この程度で」

「え?」

「手をつなぐ程度でいいのか?」


 にやっと笑ったライラ様はそう言って、ぐっと握った手を引いた。私の体は簡単にライラ様にひきよせられぶつかる。ライラ様の体は私を受け止めてくれて、そのままライラ様は私の手を離すと抱きしめるように肩に手をまわして軽く抱きしめてくれる。


「こうして歩けば、もっと特別なことなのではないか?」

「あ、そ、そうかもしれないですぅ」

「くくく。気に入ったか。じゃあこのまま行くか」

「はぁい」


 私は格好良いすました笑顔のライラ様に肩を抱かれたようにくっついたままデートすることになった。ドキドキしてしまって心がふわふわしてしまう。ライラ様と一緒に寝たと言っても、こういういかにもデートみたいなのは初めてなわけで、緊張しちゃうよー。


「ら、ライラ様、これから行くのは春にできたばかりの新しいお店なんです。マドル先輩が言うには、異国のドリンクが変わってるけど大人の美味しさって噂ですよ」


 ただでさえ夏で暑いのだ。この辺りは海風が結構あるし空気はからっとしているから、そんなに肌がべたつくような暑さはない。でも普通にこんなにくっついたら暑いし汗ばむ。なのに緊張でさらに汗がふきだしてしまいそうだ。それをごまかすため、私はなんとか意識をそらそうと話題をふってみる。

 マドル先輩はオシャレ好きで流行をおさえた女性が主な接客相手なので、こういう噂をよく仕入れてくれていて、今日のデートにいいのじゃないかとおすすめしてくれたのだ。マドル先輩様様である。


「ふむ。異国のか。私にとってはまだこの国自体が異国だが、ここに来るまで特徴的な飲み物と言うのはなかったな」

「そう言えばそうですね」


 ワインやミルク、果物をつかったジュース、お茶、もろもろお酒になったやつと色々飲み物自体はあった。それぞれ飼っている生き物によってミルクの種類が違ったり、果物の種類が違ったりもした。でも例えば果物でも柑橘系とかベリー系とか、別物だけど系統は似ていると言うか。

 茶葉も似たようなのが多いと言うか、え! そんなの飲むの!? みたいな驚きなものはなかった。料理は結構、え! そんなの食べるの!? っていうのあるんだけど。

 噂になる異国のドリンク……え、なんだろう。コーラとか? さすがにないか。炭酸水自体はなくはないけど、強炭酸みたことないし。


「ライラ様はどんな飲み物だと思います?」

「ふむ。そうだな……異国から運ばれてきたと言うなら、利益率がいいはずだ。酒だろうな」

「えっ、その発想はなかったですね。えー、うーん。だとしたら私、あんまり飲めないですね」


 この国でもお酒の年齢制限はないし、私くらいの年齢になれば普通に飲みまくっている人もいる。だから飲めないことはないだろうけど、これまで飲んでこなかったし、あんまり飲みたいと思わない。全く興味がないでもないけど、せっかくの初デートでつぶれたらショックすぎるし、二十歳になるまではいいかな。


「そうか、そうだな。マドルもすすめたなら、酒ではないのか。茶葉のように、乾燥しているものか」

「あ、その可能性もありますね。へあー、ライラ様すごいですね。そう言う発想がすぐでてくるんですもん」

「ふっ、特別頭をつかうような話でもない。大げさに褒めるな」


 つまり自然に思いつくままお話してるだけだってこと? いやだからそれがすごいのだけど。ライラ様ってば謙虚だなぁ。


 とライラ様を改めて尊敬しながら喫茶店に向かう。街中を通ると、通行人の人が時々私たちを見ているのを感じた。ライラ様はそう頻繁に街には来ないから、ライラ様の美貌はそれほど広まっていないのだろう。

 ふふふ。この美人が私の恋人なのだ。優越感がすごい。いやこういう考え方、よくないとは思うけどさー。でも、思っちゃうよね! 美人だからライラ様のこと好きってことじゃないけどー、中身も所作も言動も全部素敵で好きだけどー、ライラ様はやっぱり世界一美人だし? 誰が見ても魅力的な美女すぎるし? 自慢にはなっちゃうよね?


「ふっ。エスト、そう可愛い顔をするな。あんまりお前が可愛さを振りまくから、見られているだろう?」

「えっ。いやいやいや、ライラ様が美人だから見られてるんですよー」

「そうお前が思うならいいが、む? あの店か?」

「あ、そうですね。外にもお店を出していて、結構派手にやってますね」


 昼を過ぎて一番暑い時間帯なのだけど、お店の外にテーブルセットも出していてなんだかとてもオシャレな感じがする。オープンカフェテラスっていうのかな?

 そうやって席数を確保しているからか、並ぶことなく案内してくれた。店内の壁際の席だ。ライラ様はお日様も平気と言っても、ライラ様の美貌が人目を引いてしまいすぎても迷惑だからね。室内の方が助かる。


 テーブル席のほとんどが埋まってはいるけど、みんなお連れさんとお話してはしゃいで過ごしている感じなので外のように注目されていない。これでライラ様からの親ばかすぎる発言はもうされないだろう。

 私が可愛すぎるから見られてる、なんていうのは思ってくれている分には嬉しいけど、さすがに聞かれたら恥ずかしすぎるからね。


「カフゥ、と言う飲み物が話題の飲み物みたいですね」

「そうだな。ではそれを二つと、ケーキか。お前が好きなものを二つ頼め」

「え、いいんですか?」


 飲み物がどんな味かわからない以上、味の想像がつくケーキの選択は重要なところなのに、ライラ様はあっさりと私にゆずってくれる。メニュー表から顔をあげると、ライラ様はやさしい瞳で私を見ている。


「私はどれでも構わんからな。お前が喜ぶ方がいい」

「ライラ様、好き」

「くくく、お前は相変わらずだな」


 いやほんと、冗談じゃなくてライラ様が好きすぎる。これ以上惚れさせてどうするのってくらい、ライラ様といるほどに好感度があがっていく一方だ。


 それにしても、なんだか懐かしいような喫茶店ってこういう匂いするよね、みたいな何故かすごいしっくりくる匂いがする。しっくりはくるんだけど、何の匂いだろう。ケーキの甘い匂いはともかく、カフゥなのかな? なんだか喉まででてくるんだけど、何の匂いだったか。

 とちょっとひっかかるところはあるものの、文字だけのメニュー表をじっくり眺める。商品名だけではなく、ちゃんとどういうメイン食材をつかったどういう食感のものかを説明する文章もついている。この辺りは文字の識字率が結構高いらしいけど、そこそこいい金額のお店だからか、メニュー表もしっかりしてるなぁ。期待が高まる。


「あっ」

「どうした?」

「あ、いえ、なんでもありません」


 わくわくしながら待ち、店員さんがしゃなりしゃなりと上品にお盆にのせた商品を持ってきてくれて、机にのせて飲み物の説明をしてくれたのだけど、その見覚えのある見た目と目の前でしっかり嗅いだ匂いに記憶がよみがえって思わず声が出てしまった。

 不思議そうにされたので首をふり、とりあえず説明を終えて店員さんがいなくなってからライラ様に顔を寄せる。


「これ、私の前世でもありました。コーヒーって名前でした。コーヒー豆は南国でつくってたはずです」

「ほう? 豆からつくられているのか。うまいのか?」

「そうですね、ミルクと砂糖をいれると子供も好きでしたね」

「なるほどな。ならエストの方に好きなだけいれるといい」

「あ、はい」


 うん、はい。私はカフェオレぐらいミルクをいれて砂糖たっぷりしか飲まないけども。子供が好きって言った先で進められると複雑と言うか。いれるんですが。

 たっぷり入れてミルクティーくらいの色にして砂糖は三杯いれる。ちゃんと砂糖壺やミルクポッドも一緒にもってきてくれていて、お上品感がすごい。


「うーん、いいにおい。うん。……うん、おいしーです」


 そして匂いをしっかり確認してから口をつけると、そんなに頻繁にコーヒーを飲んでいたわけじゃないけど、なんだかとっても懐かしくてじんわり胸が温かくなった。ミルクも砂糖もこの街では安くはないので、いいお値段するのも納得だ。


「そうか。ふむ……確かに香りはいい。……うむ。悪くない」


 ライラ様は喜ぶ私を見て満足げにうなずいてからゆっくりと口をつけた。その何気ない仕草ひとつひとつがうっとりしてしまうくら優雅で見とれてしまう。はー、私の恋人、美しすぎる。


「ふ。お前にとってはどんなに美味いものも、私の前ではかすむようだな。ケーキを忘れているぞ」

「はわ、ライラ様、えへへ。ライラ様にはなんでもお見通しですね」


 じっと見つめてしまう私に、感心したようにコーヒーを見ていたライラ様はふっと笑ってつんと鼻先をつついてきた。口が半開きになっていた。

 ライラ様に見とれてしまうのがバレバレなのは今更なのだけど、具体的に言われると恥ずかしい。デートだけど、お外なんだし多少はおまぬけ顔をさらさないように気を付けないとね。


「ああ、ほら、口をあけろ。食べさせてやる。どっちがいい?」

「えっ、そ、そんな、いいんですか?」

「悪いのにいう訳がないだろう。今日は特別なデートなんだろう?」

「わ、は、はい。えへへ。じゃあ、こっちのケーキからお願いします」


 人目を気にした方がいいかな、なんて考えはライラ様の誘惑でどこかに飛んでしまい、私は周りの目なんか一切気にすることなく、ライラ様とあーんしあってケーキとコーヒーを堪能した。

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