第77話 一夜明けて


 ライラ様との嬉し恥ずかし朝を迎え、私はなんとか顔から赤みをなくしてから寝室を出た。


「おはようございます、エスト様。もう起きられるのですね。昨夜が遅かったのでもう少しゆっくりされるのかと思いましたが、もう着替えてしまったのですね」

「あっ、は、はい」

「では朝食を用意しますので、顔を洗いにいきましょう」

「は、はい」


 部屋を出たところすぐにマドル先輩の一人がやってきて、そう私に声をかけてきたので肩をおされるまま水場に向かう。

 マドル先輩はいつも通りだけど、遅かったとか普通に寝た時間を把握されてるってことは、そう言うことだよね? 恥ずかしくて挙動不審になってしまう。


 顔を洗ってもらい、襟まで正してもらって朝食の席に着いた。

 何というか、あらゆる意味で恥ずかしくなってきた。私、いつまでもこんな子供ポジでいいのかな。だってライラ様の恋人になったわけだし、もうちょっとしっかりしないと駄目なんじゃ。昨日まではこれが当たり前だったけど、昨日までの私と今日の私は違うよね?


「あの、マドル先輩。私、もうちょっと自分のことは自分でしようと思います。今までありがとうございました。明日から、着替えと身支度は自分でやりますね」

「!?」


 がちゃん、とマドル先輩が手にしていたポットを乱暴に机に置いた。その顔はとっても驚いてるのが初見でもわかるくらいにはしっかり驚いた顔をしていた。


「どうしたのですか、エスト様。風邪でもひいたのですか? 昨日ライラ様に無理をさせられたからですか?」

「いやちがちが、っていうか、あの、まあ、えっと、昨日声とか聞こえちゃっててわかってると思うんですが、その、ら、ライラ様と結ばれたんですね」


 無理はさせられてないけど、ちょっと強引なところもあったよね。でもそれもまたよくて、っていうのはおいといて、やっぱりめちゃくちゃ声聞こえてたんじゃん。

 ちょっと察したレベルじゃなかったことを察して恥ずかしくて仕方ないけど、マドル先輩はそう言う行為に思うところがないのか平然としているので何とか言葉を続ける。


「そうですね。ライラ様と性行為をされたことはわかっています。それがどうしてそのようなことになったのですか?」

「せ、あの、はい。その、お、大人になったのでいつまでもお世話されるのは恥ずかしいかなっていう」

「そのようなことはありません。そもそも花嫁になられたエスト様は一生今の小さいままですから大人になりません。私は大人になったエスト様の赤ん坊を楽しみにしていたのです。それがなくなるのですから、エスト様のお世話はさせてもらいます」

「えぇ、いや、うーん」


 マドル先輩は真顔のまま顔をよせてめちゃくちゃ圧をかけてきた。確かにこれ以上は成長しないし、ライラ様との間に赤ちゃんは生まれないけど。

 うーん、でも確かに今までもそこそこ世間的には大人だったのに堂々とお世話されてたわけで。じゃあ何が変わったかと言うと……今までペット枠だったのがライラ様の恋人枠になったということ、かな?


「えっと、お世話する相手はほら、イブもいるじゃないですか」

「それはそれ、これはこれ、とこう言う時に言うのですよね」


 新しいペット枠のイブのことを言っても駄目だった。イブは寝る時こそネルさんのお家にお邪魔しているけど、起きてすぐにこちらに来てから着替えから全部マドル先輩がお世話している。ネルさんもライラ様と同じで太陽が沈んでいるうちにお仕事しているから、ネルさんが起きるまではずっとマドル先輩が見ている形だ。

 正真正銘のマドル先輩のペットと言うことで、躾けも熱心にして言葉や礼儀を教えたりしている。最初ナイフがうまくつかえなくてライラ様に向かって吹っ飛ばしたこともあったけど、いまではちゃんとしている。普通にお手もし込んでいるのけどイブも気にせず楽しんでいるようなので大丈夫そうだ。

 とそんな感じでしっかりペットとして可愛がっているのに、私は私でお世話をしたいみたいだ。マドル先輩ってほんとに世話好きだよね。逆にここにくるまで私とライラ様二人だったの物足りなかったくらいなのかな。


「……どうしても、私に世話をされたくないのですか? 私のことを嫌いになったのですか?」

「えっ、そっ、そんなわけないじゃないですか! 大好きですよ!」


 どうしようか、と思っているとマドル先輩はしょんぼりしたようにそう聞いてきた。表情をあまり変えないマドル先輩がしょんぼりするなんて、そんな顔をさせてしまったことにびっくりする。

 私はただ、普通に大人になったからちょっとだけ、過保護なくらいのお世話は卒業しようって軽い気持ちだったのに。マドル先輩を悲しませたかったわけじゃない。


「すみません、マドル先輩。そんな風に悲しまれるとは思わなくて。その、嫌とかじゃなくて、ちょっと恥ずかしいから言っただけなんです」

「恥ずかしがることなんてありません。私が何年エスト様のお世話をしていると思っているのですか」

「まあ、はい。そうですよね。今までお世話になっておいて、自分の都合でもういいですなんて、勝手でしたよね。すみません」

「そう、まさにその通りです。エスト様は私が育てたのですから、最後まで私にお世話されるべきです」


 子供の時から何年もお世話されてきているからこそ、そういうことをした後の体とか見られるのが恥ずかしいのだけど。でもマドル先輩がここまで嫌がるなら、無理を通すことはできない。

 完全に大人になったからこれから独り立ちしますっていうならともかく、そんなことはなくこれからもマドル先輩のお世話になるつもり満々なのだ。なのに都合よく着替えとかはいいです。なんてのは通らない話だ。

 反省して謝罪するとマドル先輩はほっとしたように笑顔になると改めて朝食の準備をしてくれた。

 一度やめようと言ったからか、マドル先輩はやたら私にべったりしてデザートはあーんで食べさせようとしてきた。どうやらお世話される良さをアピールしてるつもりみたいだけど、あの、余計に恥ずかしいです。これからも今まで通りでお願いします。









「そう言えばイブはもうご飯食べてるんですかね? 遊ぶ声とかも聞こえないですけど」


 朝ごはんを食べ終わり片づけを手伝って終わらせてから、そう言えばと首をかしげる。いつもより遅い時間だからいなくても疑問には思わなかったけど、裏から声も全然聞こえない。

 そう尋ねるとマドル先輩も首を傾げた。ネルさんと一緒の関係上、イブを起こしに入ってネルさんを起こしてはいけないし、どうせ何時に起きないといけない用事もないので勝手に起きてもらっているのだけど、どうやら今日は起きてきていないらしい。


「そろそろ起こしに行きますか」

「ふむ。そうですね。昨日はネルさんもお仕事はお休みですから、もう起きていてもおかしくありません。そう考えると妙ですね」

「ですです」


 と言うわけで起こしに行くことにする。マドル先輩は二人がかりで私を抱っこしている。早くイブを起こしてお世話先を分担しないと。ライラ様が起きた時にこの状態は見られたくない。

 まずは軽くノックして、返事がなかったのでそっと開ける。起こしに来たとは言え、ほんとにぐっすり寝ているなら休日なのだし無理に起こすことはない。


「……起きてますかー?」

「エスト様、そのような小さな声では起きないかと思いますが」


 マドル先輩、声大きいです。起こす気満々だな。まあ、いいか。もう朝遅いわけだし。

 ドアを開けて中を覗き込むと、ベッド部分が膨らんでいる。中に入って覗き込むと、ぱちりとネルさんが目を開けた。


「わっ、おは」

「しーっ」


 驚きながら挨拶しようとすると、ネルさんはあわてたように口の前に指をたてた。はっとして自分の口を押える私を見て、ネルさんは頷いてそーっと起き上がる。その横にはイブが寝ていてうーんとうなって目をかいている。


 静かに見守り、また寝息をたてだしたのをみてからネルさんはふうと息をついてからゆっくりベッドから出てきた。


「ふたりとも、おはよぉ」

「おはようございます。今日はイブが起きてこないなーってことできたんですけど、昨日は夜更かしされてたんですか?」


 そしてベッドから離れたところまできてから小声でいつもどおりのほんわか雰囲気で挨拶してくれるネルさんに、挨拶を返してから尋ねる。休みだから普通におしゃべりしたり遊んで遅くなったのかな?


「あー、いや、あー……うーん、わで、普通の人よりずっと耳がいいんだぁ。それで、その、イブも耳が大きいだろぉ? やっぱり耳がいいみたいでさぁ」

「ん? そうなんですね?」


 ネルさんのあらゆる身体能力がすごいのはわかっているし、イブが耳がいいのもわかる。でもどうして今それを言い出したのかぴんとこなくて首をかしげながら相槌をうつ。

 ネルさんはどこか言いにくそうにもじもじしながら、ちらちらイブの方を見つつもさらに小さな声で続ける。


「あー、うん。その、だから、昨日はちょっと、声が大きかったなぁって……。高い音って、響くからさぁ」

「……………え? わ、私の声だったりします?」

「ん、あー、イブは、意味とか分かってないと思うんだけどぉ」


 つまり、ネルさんは意味わかってたんですね。はい。う、あ、あ、ああああああああっ! 恥ずかしすぎる!!!

 私は飛び出したい気持ちをおさえ、イブを起こさないように静かにマドル先輩にぎゅうぎゅう力をこめて抱き着き顔をマドル先輩の胸にうずめる。


「す、すみませんでした……。以後、気を付けます」

「あ、ああ。その、ごめんなぁ。こういうの、気が付いてもほっとくもんだと思うんだけど、その、家が近いから思ったよりはっきり聞こえて」

「う……はい、ご指導、ありがとうございます……」


 気まずい、なんてものじゃあない。いくら耳がよくて建物が近いとはいえ、そんな寝れないくらいって、多分会話内容もはっきり聞こえるくらいってことだよね。うっ。うううううう。恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。


「その、帰りますね。あの、マドル先輩、私をこのまま、家に運んでくれますか?」

「了解しました。今日は私が一から十までお世話しますね」

「お、おお。まあ、次から気をつけてくれれば、気にしないでいいからなぁ」


 恥ずかしすぎて顔をあげられないので、ネルさんの気づかわし気な声にも目線を返せないまま、私はマドル先輩に頼んで抱っこしてもらって運んでもらって退出するのだった。

 こうしてさっき大人になったから、などと言っていたくせに全力でマドル先輩に甘えて癒してもらう私なのだった。


 恥ずかしいよぉ。

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