第76話 恋人としての夜

 花嫁になってそのままいい雰囲気でベッドイン、と思っていたら思わぬくすぐったさに大爆笑して空気を壊してしまった。でもさすがに私のせいではないと主張したい。

 ライラ様は何やら意味ありげにほほ笑んで私の頬をなでてくれた。何かがつながっている感じがある。感情がわかるとかそう言うことはないけど、なんとなくライラ様の気配を感じると言うか、温かいものがある。


「エスト、どうだ? 私のものになったのがわかるか?」


 ライラ様は私の隣に寝転がると、そっと胸に手をあててそう尋ねてきた。一瞬どきっとしてしまった。い、いきなり始まった!? と勘違いしてしまいそうになったけど、ライラ様は柔らかく微笑んで目をあわせてくれていて、そう言う感じではない。


「あ……はい、ライラ様。その、うまく言葉にできないですけど、胸の中があったかくて、ライラ様を感じます」


 自分を落ち着かせるため、そっとライラ様の手の上に手を重ねて、ゆっくりそう答える。ライラ様の言う通り、今までと違う何かを感じる。


「ああ。それでいい。花嫁になったお前の血が楽しみだ」

「えへへ。ちょっと味見してみます?」

「ふむ…………いや、やめておこう。予定外になるし、個人差があるならなおさら、花嫁になったお前の健康状態を確認してからにした方がいいだろう」


 花嫁になり人間ではなくなった。ほんの少しそれが寂しいような、ライラ様に近づけて嬉しいような、変な感じだ。でももう戻れないのだから、前向きに考えよう。花嫁は吸血鬼にとっていいことなんだから、味が悪くなるってことはないよね。今まで以上にライラ様に喜んでもらえるんだ。嬉しい。


「わかりました。じゃあ、また今度ですね」

「ああ。今日はお前の血は我慢しよう。だが、お前の純潔はいただこう」

「わ……は、はい」


 まるで自然のことのように口に出された言葉に、急激に鼓動が早くなる。ライラ様は当初の予定を変えるつもりは全然ないようだ。いや、変えられてもあれだけど。う、ううん。

 ライラ様の手の下にある私の胸の高鳴りは、直接伝わってるだろう。ライラ様はぐっと私に顔を寄せてほほ笑む。


「ふふ、またうるさくなってきたな」

「それは、そうですよ。だって初めてですし。その、す、好きな人とそう言うことするの、ドキドキしないわけないです」

「ああ、そうだな。……エスト、私も同じだ」


 そう言ってライラ様は私の手をとり、自分の胸にあてた。柔らかくて、熱くて、力強い。どくどくと、私と変わらない早さで動く心臓。それに同調するように、私の鼓動も感じる。

 ライラ様も同じように思ってくれている。ライラ様も初めてなんだ。私の純潔を捧げると同時に、ライラ様の初めてをもらえるんだ。わかっていたけど、こうして示してもらうと、どうしようもないほど嬉しい。


 早く結ばれたい。だけど、どうすればいいのか。どんな風になるのか。私がどうなってしまうのか。わからなくて、恐い気もする。私は何をすればいいんだろう。

 えっと、起き上がった方がいいのかな? 服を脱ぐとか? いやでもそんないきなり裸からはじめるものではないよね? き、キスとか? 寝転んだままでいいのかな?


「ライラ様、その、どうすればいいですか?」

「エスト、お前に多くを求めるつもりはない。私に身をゆだねればいい」


 考えてもわからなくて恥ずかしくなってきたので、ライラ様に聞いてみたところ、ライラ様は口の端をあげて余裕気な微笑みをつくった。そして肘をついて上体を起こして握っていた私の手を離し、すっと私の頬をなでた。そのふわっとした触れ合いにそれだけでぞくぞくしてしまいながらなんとか頷く。


「は、はい。じゃあ、えっと、や、優しくしてください」

「怯えるな。いつだって、そうしてやっているだろう。目を閉じろ」

「は、はい」


 ライラ様はどこまでも優しくそう言ってくれる。その吸い込まれそうな瞳と目を離したくなかったけど、だけど見つめあったままではいられない。私はぎゅっと目を閉じた。


「ふっ。可愛いな」


 ライラ様はそう笑いながら言って、そっと私の瞼を撫でた。くすぐったいようなその感触に身を震わせる私に、ライラ様はベッドをゆらして私に覆いかぶさった。振動と明かりが遮られたことでそれを察して、いよいよだとさらに緊張してしまう。


「……!」


 気配が近づいてきた、と思った瞬間、ためらうことなく唇に柔らかいものが触れた。ライラ様とキスしてるんだ。そう思うととんでもなく気持ちよく感じる。唇ってこんなにふにふにしてるものなの? ライラ様が特別なの? それとも、好きだからこんなに気持ちいいのかな?


「ぁっ」


 ただ柔らかいものが触れ合っているだけでこんなに気持ちいいと感動していると、熱いものが触れてきて、思わず声がもれた。だって唇ほんわかあたたかくて気持ちよかったけど、それに比べて圧倒的に熱を感じた。一瞬何かわからなかった。


「ぁ、ん、ぅ」


 それがそのまま私の唇の上をなぞって、そしてそのまま入ってきた。他に何もないからそれがライラ様の舌だとわかるけど、わかるけど、え!? こ、こんな気持ちいいものなの!? めちゃくちゃぞくぞくして、変な声がでてしまう。

 体が震えて悶えそうになる私を、ライラ様が手を腰に回して抱きしめてきて体が密着して押さえてくる。動いてしまいそうなのはこれで抑えられたけど、だけどライラ様の体が触れ合って、余計にこの気持ちよさが生々しいような気になってしまう。

 ライラ様の舌は中にはいってくるとまるで私の口内中を掃除するように全体に触れてきて、舌同士も激しくぶつかって、まるで私の舌をこすられているような動きだ。唾がまざりあって、熱くてぬめぬめして、私の口なのかライラ様の口なのか訳が分からなくなってしまう。


 ずっ

「ぅひっ、う、はぁ、はぁぁ、ら、ライラ様ぁ」


 気持ちよすぎてくらくらしてきて、ライラ様にすがりつくように服の裾をぎゅっと握った途端、吸い込むような下品な水音と共に唾液がなくなって口が離れた。

 その瞬間の空気が触れたぞくっとした感覚に間抜けな悲鳴をあげてしまってから、呼吸を忘れていたように私はあわてて息をしながらゆっくり目を開けてライラ様の名前を呼んだ。


 ライラ様はすぐそこにいて、私をじっと見下ろしている。だけどその表情は目とを閉じる前と違っていた。

 その目は爛々と輝いていて、頬はどこか紅潮していて口は半開きで、見たことがないわくわくした子供みたいにも見える顔をしていた。私とキスをして、そんな顔をしているんだ。興奮をしてくれているんだ。

 胸の奥からどうしようもないくらい、愛おしいと言う気持ちがあふれてくる。もっともっと、私を味わってほしい。もっと私で喜んでほしい。もっと私を求めてほしい。


「ライラ様、唾、美味しいですか?」


 だから本当は唾を吸われて恥ずかしかったし、ちょっとやだなと思ったのにライラ様の表情に気づけばそう聞いていた。


「ああ、エスト、お前は血だけではなく、どこもかしこも美味いな」

「ライラ様……」

「優しくする、優しくはするが……もっと、食べてもいいな?」


 その言葉にはライラ様の葛藤と優しさが詰まっていた。キスだけで悶えてしまう私だから遠慮してくれていて、だけどライラ様ももっともっとしたいと思ってくれていて、こんな風に聞いてくれてるんだ。

 全然そんな必要はないのに。痛くするとかでもなければ、もっと自分勝手にしたって怒ることなんてないのに。なのにどこまでも気を使ってくれるライラ様の優しさと、それを我慢したくないって訴えてくるその瞳の熱に、私は身も心もライラ様に食べられてしまいたいと言う欲求に耐えられなくて、ライラ様の首にぎゅっと手をまわして抱き着いて、鼻先をくっつけながらその問いかけに答える。


「はい……はい。全部、食べてください。私の全部、ライラ様にあげます」


 私の答えにライラ様は目を細め、私を組み敷くようにして唇を合わせた。









「……」


 意識が浮上する。ふわふわした気持ちのまますーっと目が覚めた。でもなんだか、体が重い。眠い。もっと寝ていたい。だけど瞼ごしに光が照らされていて、意識だけは勝手に起きていく。そしてけだるい目覚めと共に、視界の中いっぱいにライラ様が現れた。

 う、美しい。こんなに美しいライラ様が、昨日、私にあんな顔して、あんなことを。あ、ああああ!


 私は昨日、ライラ様の花嫁になって、恋人になって、頭の先から足の先まで余すところなく全部ライラ様に食べられた。

 ぼんやりしていた意識がはっきりして、昨夜の情景が思い出されて私はかーっと熱くなってしまう。


 恥ずかしくて人に見せられない場所も、全部ライラ様に見られた。自分で触れたことがないところも全部、ライラ様が触れていない場所はなくなった。

 唾だけじゃなくて、汗も何もかも私の体液の味を全部ライラ様に知られてしまった。ていうかちょっとおしっこも出ちゃってたかもしれない。めちゃくちゃ恥ずかしかったし、めちゃくちゃ気持ちよかった。


 正直、半分記憶がないくらいすごかった。とにかくめちゃくちゃエッチだった。声も可愛いとか言われて普通に声をだしていたけど、もしかしなくてもマドル先輩には聞こえてたよね。恥ずかしすぎる。

 ここから出たくない。


「起きたのか」

「わっ、ら、ライラ様も起きてたんですね。おはようございます」


 ライラ様に見とれながらこのまま一生を終えたいと思ってると、ぱちりとライラ様は目を開けた。閉じているので勝手に寝てると思っていたけど、起きてたみたいだ。


「うむ、おはよう。よく寝ていたな」

「そ、それはまあ、はい。い、色々ありましたから」


 目を合わせて微笑まれる。それだけで体温があがるのを自覚する。ライラ様はいつも通りの平然とした表情なのに、私は昨夜のことを意識せずにはいられない。


「くくく、そうだな。実に可愛かったぞ」

「うっ、うううぅ」


 ライラ様は楽しそうに笑うけど、その軽い言葉でもさらに私は恥ずかしくなってしまう。だって昨日、ライラ様は私が反応するたびにそう言って褒めてくれたから。昨日のライラ様のあの時の可愛いの声音と、その時されたことを思い出してしまった。


「ははは、どうした。またそんなに可愛い顔をして。もう一度可愛がってほしいのか?」

「ち、ちがっ、ちがいますっ」


 思わずうなり声をあげてしまう私に、ライラ様はからっと笑ってからふっと私の頬に触れて顔を寄せてくるものだから、私は身を引きながら否定する。

 単純に朝からなんて恥ずかしいのもあるけど、朝起きたところなのにもうすでにくたくたなくらいだ。さすがに無理無理! と言う勢いで否定したけど、いや、でもちょっと強く言いすぎたかもしれない。

 これで、あ、じゃあもう二度としないわってなったらそれは話が違う。恥ずかしいし疲れたけど、その、もちろん嫌なわけがなくて。すごい気持ちよかったし、今すぐではないけど、全然、これからもそういうことをする関係ではいたいわけで。


「あの、い、嫌ではないんですけど、朝ですし、その、た、体力の問題もあるので、い、今はその……」

「ふっ、ふふふ。冗談だ。無理をさせるつもりはない」


 言い訳する私にライラ様はまたおかしそうに笑って頭をぽんぽんと撫でて、そして何気ないくらい自然にすっと私の頬にキスをした。


「またそのうち、な」

「うっ……は、はい。そのうち、お願いします」


 こうして私とライラ様は名実ともに恋人になった。


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