第75話 花嫁になります

 お誕生日パーティは無事に過ぎて行った。デザートを食べ終わり、プレゼントもした。イブとネルさんは一緒に作ったと言う木彫りの熊をくれた。元々何かを作るのは好きらしく泥をこねて人形を作ったりして寂しさを紛らわせていたらしい。

 せっかくなのでと木工用の小刀を渡してから売れるくらい楽しんでつくってくれていた。今回のプレゼントは首に巻くリボンをイブが選んでくれたから一緒のプレゼントと言うことらしい。

 三人一緒にもらうプレゼントと言うのは初めてでなんだか家族扱いでとっても嬉しかった。二人の時のプレゼントも頑張ろう。

 そして私からのプレゼントのミサンガもお手紙も喜んでもらえた。ずっとつけて切れたら願いが叶うと言うと、人間らしい品だと興味をもってもらえた。

 ちなみにライラ様からのプレゼントはマドル先輩には大きな布で、私には大きな掛け布団だった。マドル先輩は言わずもがな服を作る用のいい布だ。私のはちょくちょく蹴っ飛ばしってしまって何度もかけなおしたりしているから、布団から出ないようにとのことだった。全然気づかなかった。これで気を付けます。


 そんな感じで誕生日会は無事終了した。で、肝心の吸血鬼の花嫁になるイベントだけど、普通に見られるのは恥ずかしいので二人を帰して夜になってからすることにした。

 手順としては血を吸うのとそれほど違いがない、と言うことでいつも血を吸われる時と同じようにお風呂にはいってからすることにした。


 正直に言って、ドキドキしないわけがない。せっかくなのでと昼に着ていたのとは別の、誕生日プレゼントとしてマドル先輩がくれたドレスを身に着けているのもまた、いや、なんかいかにもこれから本番って感じで、ライラ様が戻ってくるのが待ちきれなくて意味なくベッドの周りをうろうろしてしまう。


「待たせたな」

「はわっ、はっ、はっ、はいぃ!」


 寝室に入ってきたライラ様の声に飛び上がってしまいながらなんとかライラ様を振り向くと、お昼に劣らない素敵な格好だった。普通に肩もあるし袖もあるのだけどどこかけだるさを感じさせる緩やかなシルエット。こういうのもオーバーサイズと言うのか。それでいてちょっと裾短くないですか? しかもはだし。えぇー、艶やか! いや前からライラ様あんまり靴下はいてなかったけど! でもこの流れでそれはさぁ! 昼とのギャップがあるじゃん? 夜用じゃん?


「くくく、なんだその返事は。お前は本当に、おかしなやつだな」

「え、えへへ。だ、だって、しょうがないじゃないですかぁ、こ、これから……」


 それ以上、言葉にならなかった。体が熱くて、意識してしかたない。こんなの、意識しない方が変でしょ。だってライラ様と恋人になって、それだけじゃなくて、恋人がするあれこれを今からするんだから。

 ……いや、ほんとに!? ほんとにするの!? こんな急展開ほんとにある!? え? もしかして長い夢を見てる!? 今更不安になってきた!


「お前は本当に、ころころ表情が変わるな。ふっ。そういうところが、愛らしいのだが」

「うっ。ら、ライラ様こそ、その、今夜も、お美しいです」

「ふふふ、そうか」


 うう、余裕気な笑み。素敵。抱いて。あっ! そう言う軽口は駄目だって! あああ、やばいやばい。はー、し、死にそう。真面目に鼻血でそう。絶対ダメだよ、私。そんなの雰囲気めちゃくちゃだもん。それにライラ様は私の血を一滴も逃さないから、絶対鼻血もなめられるもん。そんなの恥ずかしすぎる! はー、落ち着け私ー!


「まあ座れ。落ち着け。焦ることはない。明日も休みだろう」

「は、はい」


 促されてベッドに座ると、ライラ様は気負った様子もなくすっと自然に私の隣に座った。めちゃくちゃ密着して腰まで抱いて。えっ! ちっか! いくら何でも近すぎない!? いや最終的にはそのくらいになるけど、とりあえず隣に座る流れで最初からこれは近すぎるでしょ!


「はは、エスト、また心臓をならしてるな。そんなにならして疲れないのか?」

「つ、疲れますよぉ。生き物が一生で動かす心臓の鼓動数は決まってるとかあるんですから、このままじゃ、ドキドキしすぎて寿命が縮んじゃいますよ」

「なに? 本当に人間はか弱いな。だったら、すぐにお前をわたしのものにしないとな」


 だからいったん落ち着かせてほしい、と言う意味だったのに、ライラ様は真面目な顔になって私を見ると、ぐいっと私の腰に回した手で私を軽く持ち上げて抱っこするような状態でそのままベッドの真ん中に置いた。腕がまわったままなので、当然ライラ様は私に密着したままで、ベッドの上に押し倒されたような姿勢になってしまう。

 ああ、これから私は吸血鬼の花嫁になるんだ。そう思うと、期待と、それと同時に少しだけ不安が沸き上がってきて、私の体は緊張でかたくなってしまう。


「ら、ライラ様」

「怯えるな。言っただろ。気持ちいいと。嘘じゃない」

「嘘なんて、ライラ様の言うことを疑ったことなんてありません」


 今まで一度も、ライラ様が私を騙したことなんてない。私が勘違いすることはあっても、ライラ様が嘘をついたなんて思わない。

 ためらいなんてない。私の短い一生ではなく、ライラ様の長い長い一生に付き合えるなんて、めちゃくちゃ嬉しい。だけど、人間じゃなくなる。その事実が、今になって少しだけ怖くなった。体は気持ちよくても、何か、変わってしまったりするのだろうか。

 でも、なりたい。ライラ様の花嫁になりたい。私以外の誰かがなるなんて絶対嫌だから。私がなりたい。ライラ様の特別になりたい。そのためになら、人間をやめられる。


「……ライラ様。好きです。私をライラ様の、花嫁にしてください」


 覚悟を決めて、体の力を抜いてそう言った。まっすぐに見つめる目の前のライラ様の瞳はどこまでも優しくて、吸い込まれそうなほど美しい。


「ああ。私もお前が好きだ。お前以外、花嫁には考えられない。私の花嫁として、恋人として傍にいろ」

「はい。はいっ」


 その力強いまでの美しさに、熱を感じる声音に、私の心臓はもはや制御不能なほどずっとなっている。だけどもう、とめることはできない。

 最初にライラ様と出会った時から、その瞳の美しさに魅入られたあの時から、ずっとこの時を待っていたのだとすら思える。感動に似た喜びで、私は意味もなく二回返事をしてしまう。


「力を抜いたまま、目を閉じていろ。力がなじむまで違和感はあるだろうが、すぐに終わる」


 そんな私にライラ様はくすっと笑ってそう言った。言われるまま目を閉じる。具体的にどういう風になるのかよくわからない。でもきっといつものように首に噛みつかれるのだろう。いつもはライラ様が吸いやすいように座った状態だけど、きっと私の体は動かなくなったりするから寝かせてくれてるんだろう。まあ吸われる時もいつもそのまま寝てしまうから同じ気がするけど。

 ドキドキしながらその時を待つ。目を閉じたことで感覚が研ぎ澄まされ、自分のうるさい心臓の鼓動の合間にライラ様の息遣いまで聞こえてしまう。


 ライラ様が近づいてくるのが気配でわかる。自分の首元に、ライラ様が近づく。


「……」

「っあ!」


 静かに、私の首の付け根に噛みつかれた。構えていたつもりでもその瞬間声が出ていた。ずぶり、と何かが入ってくる。何度吸われても、この瞬間はちょっとびっくりする。

 だけどそこからが違った。何かが抜けていくようないつもとは違い、何かがはいってくる異物感。痛くはない。だけど噛みつかれたそこから入ってきた何かが、鼓動と共に全身に広がっていく。ドクンドクンとうるさい心臓と同時に、ごうごうと血流が回る音がする。


「っ、-」


 く、くすぐったい! 痛くはないけど、体の中を撫でられているようなくすぐったさだ。笑ってしまいそうになるのをこらえるけど、体がかすかにふるえてしまう。

 これ気持ちよくはない! 嘘つきじゃん! と思うけど、でもくすぐったさは性感と紙一重って聞くから人によっては嘘ではないのか。それとも花嫁はシリアスな場面だから笑うわけにいかなくてみんな我慢して、思わず漏れ出る声が気持ちよくて出てる風に聞こえて吸血鬼が勘違いしてるのか。どっちなの!?

 何かが広がっていくのと同時にくすぐったい箇所も動いていくから、常に新鮮な笑いが襲ってきて声に出して笑ってしまいそうだ。体をよじって耐えていると、ライラ様がぎゅっと抱きしめてくれる。


「大丈夫か? もう少しだからな」

「んふっ」


 固定されると触れられたところが温かいし、くすぐったさがちょっとマシになるけど動いた瞬間に力の制御をミスって笑い声がもれてしまった。


「気持ちいいなら、声を我慢しなくてもいいぞ」

「んふっ、ふふっ、あははははは!」

「ん!?」


 優しくかけられた言葉が、だけど全然見当違いの言葉すぎて、ちょうどくすぐったさが足先にきたのもあって我慢できなくて笑ってしまった。


「あはははは! ははは! はー、はー、く、苦しかったぁ。はぁ」


 思わず目を開けて全力で笑ってしまう私の反応にびっくりして、ライラ様は私を抱きしめる力を弱めて顔を覗き込んできている。ようやくくすぐったさが収まった私は、そんなライラ様にフォローを入れるより先にまだぴくぴくする腹筋にお腹をおさえた。結局笑ってしまった。でも、仕方ないよ。だって本当にくすぐったかったんだもん。


「すみません、ライラ様」

「ああ、いや、大丈夫なのか?」


 呼吸をととのえてから謝るとライラ様は困惑しながらも私を気遣ってくれた。優しい。好き。


「大丈夫です。いやー、気持ちいいって嘘でした。めちゃくちゃくすぐったかったです」

「は? そうなのか? 本には気持ちいいとあったんだが。血の味のようにこれも個体差があるのか? うーむ、わからんな」

「そうかもしれません、すみません。雰囲気こわしちゃって」


 でも確かに、私は吸血鬼の花嫁になった。私の体の中には何か温かいものが確かにあって、それがライラ様とつながっていることが本能でわかる。詳しい理屈も何もわからないけど、今までとは違う。はっきりとわかる。恐れることは何もない。こんなにもライラ様の存在を感じられるなんて、心地よくて幸せだ。


「花嫁になるとこんな感じなんですね。ライラ様を感じられて、なんていうか、気持ちいいです」

「そうか。まあ、実はお前の体には合わなくて痛い、とかではなくてよかった。もうお前に嘘はつきたくないからな」

「ん? ライラ様に嘘をつかれたことなんてないですよね?」

「……ふっ。そうだな」


 ライラ様はちょっと意味ありげにほほ笑んで、私の頬をそっと撫でた。何故かある風に言ってるけど、いや、ないよね?

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