第73話 ペット枠

「なんだ? そいつは」

「主様、この子を飼ってもいいですよね? 他に行くあてのない可哀そうな子なのです」

「……」


 起きてきたライラ様はリビングでマドル先輩の膝に乗ってご機嫌でおやつを食べているイブを見て眉を寄せたけど、マドル先輩は構わずそのままお願いした。お風呂にも入ってマドル先輩が間に合わせでつくった簡易ワンピースを着ていて、髪もほどほどの長さで切りそろえられ、すっかり可愛い女の子となっているけど、いや、言い方。え? 飼う気だったの?


「ま、マドル先輩? 私と言うものがありながら、その子を飼う気なんですか?」


 私はてっきりしばらく面倒見て片言でも話ができるようになれば仕事を紹介してあげて独り立ちするよう手助けしてあげるつもりだと思ってた。なのにペットとして飼うなんて、私の立場はどうなるのか。


「エスト様……そのように言われると困りますね。エスト様はライラ様のものですし、花嫁にもなるのですから、私が飼っているわけではありませんから」

「それはそうですけど、でもこの家のペット枠は私のものじゃないですか?」


 確かに家族とかも言ってたし、明確にペットっていう訳ではないかもだけど、元々はペット枠だったはずだし、そのくらい可愛がられていたはずなのに。動物のペットを飼うなら私だって反対しないけど、言葉が通じない子供とはいえ、人にペット枠を取られると思うと何だかとても寂しくすら感じられてしまう。


「おい、エスト。お前はペットではないだろうが」

「えっ!? か、家畜枠ってことですか?」


 なのでそう主張したのだけど、ライラ様は私の隣に座って肩をひいて笑いながらそう否定したので慌ててしまった。ペットなんて何匹いてもいいと言う風にフォローされるかと思っての否定だったのでびっくりしてしまった私に、ライラ様は呆れた顔になる。


「どうしてそうなる……。私は家畜を恋人にする趣味はないぞ」

「あっ! そ、それは……そう、でしたね。えへへへ。私、ペットじゃなかったです」


 呆れながらぽんと優しく頭を撫でられて、私は顔をとろけさせて頷くしかできなかった。確かに。今まではペットも家族だし、家族だけどペット、みたいなふわーっとした関係だった。でもこれからは明確に恋人になるんだ。

 ならいつまでもペット枠に執着することないよね。私の立場はもうステップアップするんだから!


「エスト様にもご理解いただけて嬉しいです。では、この子がペットでいいですね」

「いや、それは認めてないが。以前とは環境も違うのだから、人間をペットにするのはまずいだろう。そもそもそいつは信用できるのか?」

「言葉が通じないので大丈夫です。他所の国から流れてきて持ち主もいませんし、エスト様が花嫁になると決まったこのタイミングで私のところにきたのはきっと運命です。うちの子にします」


 笑顔になる私にマドル先輩も頷いて、ライラ様の懸念もなんのその、イブの口にお菓子をつっこみながらそう断言した。その固い決意にライラ様は口を結んでじっとイブを見た。

 イブは会話がわからないなりにライラ様の視線に何かを感じているようで不安げに表情を曇らせ、ぎゅっと口元にあったマドル先輩の手を握った。


「……いいが、寝室にはいれるなよ。あとちゃんと躾けろよ」

「ふむ。そうですね。室内飼いはやめておきます。ネルさんの家の横に新しくつくることにしますね」


 そして折れた。えぇ、ほんとに飼うの? そして外飼いってこと? うーん、でもネルさんみたいに家を作るなら別に非人道的なわけじゃないし。

 むしろ言葉が通じない行くあてのない心配になるほど簡単にご飯につられるこんな子供を保護して面倒見るんだし、まあ、悪いことではないよね。飼うって言い方が悪いけど、私も普通にペット生活楽しんでたし。自分以外で人を飼うって言われるとちょっとえぇって思ってしまうけど、まあ、いいか。


 と言うわけで、今日からイブもうちの一員になることになった。この街に来てまだ一年たっていないと言うのに、ネルさんと言いイブと言い、普通の人以外との出会いが多発している。港街ってやっぱりいろんな人が流れ着くんだなぁ。私たちもだけど。


 それからイブが眠くなってきたようなので、いったんリビングの椅子を並べてそこでお昼寝となった。それを見守るマドル先輩を配置しつつ、イブは家族の一員になるので歓迎会をすることにした。

 最初は渋ってしまったものの、イブは可愛いし境遇は可哀そうだとも思う。ここで幸せに暮らすのに異論はない。ネルさんは年下とはいえ自立して社会人として生活している人なので、名実ともに小さなイブは私の妹分と言ってもいい。可愛がってあげなきゃね。

 まあ本人了承してないけど、とりあえず出て行くそぶりもないし、それどころかマドル先輩にくっついて離れないし、会話ができない以上どうしてあげることもできないのでいいとする。むしろわかりやすく歓迎会をして、言葉は通じなくてもここにいていいんだよって伝えてあげたいよね。


 さっきまでの食事でほぼ食生活は変わらないようだったので、シンプルにみんな大好きBBQを開催することにした。ネルさんが裏庭で生活を始めた時もしたけど、開放的でライラ様も気に入っていたのでこれからも定期的にしていきたい。


「わでがじゃんじゃん焼いていくからなぁ。マドルさんもたまにはゆっくりしてくれて大丈夫だぁ」


 ネルさんは元々料理には興味があったけど、人里離れて何の器具もない関係上できなかっただけなので、マドル先輩が器具を提供し色々教えた結果、今ではお肉を焼くのは自信があるようでそう言って積極的に焼いてくれている。

 奥には豚の丸焼きまでセットされている。歓迎会をすると聞いてすぐにセットしてくれたのだ。じわじわ弱火でじっくりと焼かれていく様は壮観だ。


「そうですね。それではお言葉に甘えて、お肉の担当はネル様にお任せします。私はイブ様を起こしに行きますね」

「いい匂いですね。ライラ様も一緒に食べましょうね」

「構わんが、お前は本当に肉が好きだな」


 ライラ様はそう言って私の横について一緒にお皿を持ってくれるけど、呆れたように笑った。付き合いがいいところも好き。


「えー、お肉以外も何でも好きですよ? もちろん甘いものも好きですし」

「それは知っているが、お前が初めて食事をとった時、肉を食って泣いていただろう」

「えっ、そ、それはー、そうだったかもしれませんけどー?」


 そんな昔のことを覚えているなんて。恥ずかしい。もちろん私も覚えている。この世界に生まれて初めて食べたまともなお肉なのだ。口いっぱいにひろがるうま味、あの美味しさ。もはや感動だった。あの瞬間は忘れようがない。でも確かにお肉で泣き出したけど、お肉以外もめっちゃ美味しかったからね。だから、あの、そこまで肉食だと思われてたの恥ずかしいな。

 もちろん普通に好きだし、確かにあの頃は今以上にお肉を食べたがっていたかもしれない。でも今となっては魚も普通に好きだし。いやでも、豚の丸焼きはかなりテンションあがるし、自分で思っている以上に私お肉好きなのかな。


「###ー!!!」


 とライラ様の中の私のイメージを恥じていると、背後から高い声の悲鳴がした。振り向くとイブがマドル先輩の腕に抱き着きながら驚愕の顔をしている。豚の丸焼きに興奮しているのかな?


「###! ###!」

「ネルさん、こちらがイブです」

「お、おお。えっとぉ、わで、ネル。イブ、よろしくなぁ」

「###!」


 マドル先輩がネルさんに近寄って紹介すると、ネルさんは膝をついて身をかがめて優しくあいさつした。イブは何かを言いながらマドル先輩の腰に抱き着くのをやめない。


「やっぱ、わでみたいなやつ、こわいよなぁ……」


 急に人見知り? と思っているとネルさんががっくりと肩をおとしながらも笑顔をつくってそう言った。あ、そうか。ネルさんにびっくりしての反応なのか。ダークエルフでイブがこの辺の人と種族が違うとは言っても、巨人の種族を知ってるかは別だもんね。


「問題ありません。ネルさん、彼女に豚の丸焼きを食べさせてください」

「え? でも、わでがそんなことしても」

「差し出せば食べますので」

「お、おお? わかったぁ」


 いやいや、マドル先輩。いくらイブでもそんな警戒してる状況で食べ物を差し出されてもそんなうまくいかないでしょ。と思いつつ見守っていると、ネルさんがマドル先輩に言われるまま豚の丸焼きの一部を切り取ってイブの口元に差し出さしたところ、普通に食いついた。


「##! ######! #######!」

「お? おお? うまかったかぁ? よかったなぁ! へへへ。もっと食え」


 そして瞳をきらきらさせるとさっきまでの態度が嘘のように、マドル先輩から離れてネルさんに近寄ってお代わりを催促しだした。ネルさんも驚いたけどすぐに表情を明るくさせてせっせとイブに食べさせだした。


「うまくいきましたね。イブの小屋ができるまではネルさんの家に間借りさせていただく予定だったので懐いたようで助かります」

「マドル先輩、そんな予定をたててたんですか……」


 マドル先輩って、めちゃくちゃ有能で人の世話が好きだから目立たないけど、結構自己判断ですごい計画たてるよね。そう言うお茶めなところも好きだけど。


 その後、イブはネルさんによじ登って勝手に肩車をしてもらい、ロボットごっこのように乗るのが気に入ったようだ。ネルさんもイブがいいなら、としばらく夜の間は家で預かるのを了解してくれて、そのまま乗せたままつれていってくれた。

 はしゃぐイブに、ネルさんも楽しそうだったからまあいいか。


 こうして日々の生活はますます賑やかになっていくのだった。



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